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悪女はプレゼントを受ける

 リュウと会うなと言われてから、早くも三日が経過したが未だに贈り物を渡していなかった。

 王立ロゼストン学園の敷地内には、繁華街や都の様になんでも揃っている学園街フィヨルドがある。宝石店やブティック、カフェから娯楽施設まであるフィヨルドは生徒たちだけでなく学園に在住している人々の癒しだった。


「・・・どれが良いのか全くわからない、どれも同じではないか」

「それ、本当に言ってんの? それともギャグ?」


 父親に言われた通りに、この三日間は毎日学園街フィヨルドへ足を運んでブティックや宝石店を往復しているが守にはどれも同じようにみえてしまう、その事にナイルは信じられないと言わんばかりの顔をしていた。


「ギャグなんか言ってる暇はない! リュウ様に会えないストレスで胃に穴が開きそうだ」

「なら早く選ぼうぜ、守しかミルエラちゃんの好み知らないんだからさ」

「・・・俺も知らない」


 小声で呟いた守の声はナイルには聞こえなかった。

 しかし、小声で口にすると言う事はろくな事ではないと察しがつくため、今日はナイルの婚約者マチルダを誘っていた。

 学園街フィヨルドの領域は塀で囲まれていて、出入り口は二ヶ所だけだが、生徒の出入り口は正面門だけ。その正面門で二人はマチルダの到着を待っていると、学園内の移動に主流である六人掛けの小型ボートが見えて来た。小型ボートは無人で動くうえに宙に浮くため馬車の様な揺れは無いから女性には人気の乗り物で「デュセイ」と名付けられている。


「あ! マチルダ!」


 デュセイに乗ったマチルダを見付けたナイルはうっとりとした表情を隠そうともせず、目の前に止まったデュセイから降りるマチルダに手を貸して降ろした。


「ご機嫌よう、陰一族の守さま」


 マチルダのゆったりとした挨拶は語尾を無駄に伸ばしたりせず、エレガントな印象を相手に与える。ピンク色の髪はストレートに伸びており、色白な肌は太陽の光が透き通るようだった。そんな太陽の光から隠すような水色のボンネット帽子は、両横についた長い紐リボンをあご下で結ぶのが可愛らしくて人気があり、帽子と同色のパフスリーブワンピースも流行を先取りした衣装だ。


「息災だったか」

「ええ、相変わらずです」


 口紅の塗られたぷっくりとした唇で弧を描いて微笑むマチルダは蠱惑(こわく)だった、元々大人びている彼女の色っぽさには思わず視線を逸らしてしまう。


「・・・それより、本日は婚約者への贈り物を共に選んで欲しいとの事でしたが」


 守とマチルダが挨拶をしている最中もナイルは、今日も可愛いね 綺麗だね。と彼女を絶賛してうるさかったが頭を撫でて黙らせたマチルダの態度は一変する。


「ご自身で選ぶ ”初めて”のプレゼントを共に選んで欲しいとの事ですが・・・ご冗談でしょう?陰一族ともあろう者が婚約者一人喜ばせられないとは思えませんもの・・・きっとなにかの誤解ですわよね・・・?」

 訳 : 婚約者への初めてのプレゼントですって?お前は今まで何をしてたんだ?世の中の女性を敵に回すつもりか?


 マチルダの冷たく刺さるような眼差しに守は言い訳すらも思い浮かばなかった。


「え・・・と、あの ・・・」


 商売上手な父を見て育ったマチルダは自分の力で上に上がれることを知っている。

 だから、権力者に少しでも気に入ってもらおうと媚びへつらう気品の欠片もない貴族、おこぼれをもらおうとする愚図な貴族はその地位にいる資格もないと思っている。そして、その地位に甘んじて権力を振りかざす者・他人を見下す者も嫌いな清い女性だった。

 守は権力を振りかざす者ではないが、陰一族としての権威をミルエラに対して諭していることがマチルダは気にくわなかった。


「ああ・・・きっとお忙しかったのですね。如月家のご子息様の面倒を見てらっしゃるとか・・・とても素晴らしいですわ」

 訳 : 婚約者すら面倒見れないガキがガキの子守り?巫山戯んのかお前。


 マチルダの威圧にとうとう守は黙ってしまう。

 それなのにナイルは、マチルダの冷めた顔も好き、綺麗! と興奮を隠せず、あるはずのない尻尾まで振っているからいつまで経っても子供扱いされるのだ。


「しかし・・・ブルクルム辺境伯令嬢はとてもお優し方なんですね」

「・・・そう、なのか?」

「お噂は(かね)てから耳に入れておりますが、今まで婚約者の選んだプレゼントも無く・・・贈られて来るのは陰一族からのプレゼントだけ、そのうえ冷たくあしらわれて、他のご令嬢を周りに侍らす様な殿方に誠心誠意尽くされるなんて・・・誠の淑女ですわね」

 訳 : 私ならここまで放る婚約者なんか 身体を縄で縛ったあと馬車で一日中引きずり回してから鬼の生贄にしてやるからな? 私が婚約者じゃ無くてよかったぁ? 


 とても、丁寧な口調なのにマチルダの真意が読めてしまう事に守は女性はこんなにも怖いのかと鳥肌が止まらなかったし、マチルダのお陰でミルエラの株は守の中で ぐん! と上がった。


「そ、・・・そうだな。その、彼女は素晴らしい・・・女性だ」

「そう思いますわ! ・・・そんな素晴らしい女性への贈り物を私がアドバイス出来るなんて、このマチルダ=ロクサイト感激です」


 婚約者を褒める守の言葉に納得したマチルダの顔には再び笑顔が戻り、滝のように汗を流していた守もホッと一息つけた。

 マチルダがオススメのブティックを紹介してくれると言うから歩き出すと、ナイルはやっと釘付けの状態から我に返ってマチルダの後を追い掛けた。


「おい、ナイル。お前は普段からマチルダにどんな贈り物しているんだ・・・!」

「え? ・・・ 普通だよ? マチルダの好きな花を毎日贈って、週末のデートの時はマチルダの美しさに似合う宝石をプレゼントしてる。・・・でもどの宝石もマチルダの美しさの前ではちっぽけな石にしか見えなくて・・・。 それに、気付いたんだよ、マチルダは宝石より花が好きだって事に、だから 異国の花々を世界中から集めたサンルームをプレゼントしたんだ!」


 そのサンルームにいったいどれだけ莫大な費用がかかったのか、と 聞きたくなったがナイルはマチルダを喜ばせるためならばお金など気にしていない様子だった。


「私のように宝石より花が好きな女性も居ます事を覚えておいてくださいね、女性が皆・・・宝石が好きだと思わぬように」

「あ・・・嗚呼、心に刻んでおこう」


 家門を守る男性と子を成す事が義務の女性とでは、従来、女性が婚約者の後ろを一歩下がりサポートのが当たり前だった。

 しかし稀に、ナイルとマチルダの様に想い合う二人になりお互いをサポートするのが当たり前になる事もある。この二人はナイルが一方的に尽くしていることが目立つがマチルダもナイルを愛している。


(もしかしたら・・・ミルエラ令嬢はそれを望んでいたのかもしれない。・・・いつからだろうか、彼女の瞳から期待が消えたのは・・・)


 彼女に初めて会った時の事は余り覚えていない、早くリュウの元に帰りたくて堪らなかったからミルエラの表情も思い出せなかった、あの時渡した物でさえ覚えて居ない守は自分がリュウを想うようにミルエラが自分の事を想ってくれていたと思うと胸が痛んだ。


「ここが、オススメのブティックですわ」


 真っ白のレンガで造られた建物の正面にはデカデカと看板が掛かっており、ガラス張りで出来てる窓からは美しいドレスや宝石等、中の様子が良く見えた。


「ミルエラ様はどのような物がお好きなのかしら?」

「えっと・・・最近は落ち着いたモノが好きみたいだ」

「何色がお好きかご存じですか?」


 マチルダの問い掛けに守は黙り込んでしまった。

 ミルエラの好きなもの、好きな色、好きな食べ物など何一つ彼女の事を知らなかったから。


「ミルエラ様に似合う色くらいは考えられますわよね・・・?」

「黄色が似合う」


 その問い掛けには食い気味で答えるからマチルダはナイルと顔を合わせた。


「私、ミルエラ様とお話した事がありませんから彼女に何色が似合うのか分かりませんが・・・守さまが黄色と仰せられるなら黄色で探してみましょう」

「助かる」


 マチルダは店の者に黄色のドレスや宝石を持ってくるようにお願いをしてから店内を見て回る。

 守も物珍しそうにアクセサリーを見詰めているとナイルの茶化すようなふざけた笑顔が視界に映った。どうして黄色が似合うと思ったのかと聞いてきたが守は答える気がないのか無視をしてそばを離れた。


「無視するなよ! 教えてくれたっていいだろ!?」

「・・・教える気はない」

「俺とマチルダを巻き込んでおいて、そういうの教えないのはずるいだろ~!」

「黙れ」



 吠えているに近い声を耳元で出されると敵わないのか鬱陶しそうな顔で窓ガラスの向こうを見るとフィヨルドの街並みが良く見えた。人混みの中で、誰もが振り返る美しい容姿を持ち、銀色の髪を揺らして歩くミルエラの姿が見えた。


(隣に居るのは・・・第二王子?)


 彼女は一人ではなかった。

 隣には第二王子が歩いており、二人は楽しそうに会話をしていた。ミルエラは自身の噂のせいで寮から出る事はほとんどないのを父親に聞かされていた。


(男となら・・・出られるのか)


 ミルエラが自分から第二王子を誘った訳じゃないのは聞かなくてもわかるが、煮え切らないモヤっとした何かが守の中に芽生える。


「守さま、こちらの品はどうでしょうか」


 マチルダは黄色で揃えた品物を守とナイルに見せてくれた。守が変に悩まないように少ない数を準備してくれているが、女性にプレゼントなんてしたことがない守はこの数でも悩んでしまうのか真剣な顔で一つ一つ手に取る。


「お二人はここにいてください、私はお花を摘んで参りますので」


 マチルダが奥ゆかしい言葉で濁したのに守は眉を寄せた。


「なに?何故、いま花を摘みに行くんだ」

「守、察しろよ。本当に摘みに行く訳じゃないって・・・」

「ならばどういう事だ」


 ナイルは守の言葉に呆れながらマチルダに行ってきていいよ、と微笑んだ。

そのあとでデリカシーのない守には女性がお手洗いに行くとき使う言葉だと教えた。どうして素直にお手洗いに行くと言わずに濁した言葉でいうのかまではナイルが説明せずとも守にも理解できた。


「これにする」

「こんなので良いの?」


 守が手に取ったのはカメオブローチだった。


「嗚呼・・・この黄色い宝飾装身具(ほうしょくそうしんぐ)にする」

「宝飾って・・・カメオブローチって言えよ」


 カメオブローチは、女性の横顔や花の柄が立体的に見える浮き彫りを宝石に施したものが主流になって古代から愛用されているが今時の女性には人気は低迷しており、可愛らしいとは言い難い古風なブローチだ。


「本気で言ってんの?」

「良いと思ったから私が候補にいれましたの・・・それに対してナイルは文句があると言うことでよろしいのですね?」


 戻ってきたマチルダはナイルの言葉が聞こえていたのか冷気を溢れさせながら声をかけると、ナイルは笑顔のまま固まり、振り返るや否や即座に頭を下げてマチルダに謝罪をした。


「ブローチの回りはシトリンを埋め込んでますので地味ではないと思います」

黄水晶(きすいしょう)か・・・」

「黄水晶違うよ。 マチルダが今言ったじゃん、これはシトリンだよ」


 ナイルは守が間違えたと思っているがシトリンの和名が「黄水晶」なのだ。黄色に赤みを帯びたをシトリンは守がミルエラに対して連想していた向日葵(ひまわり)の色に似ている。今回、守がミルエラにプレゼントしようとしているカメオブローチも、女性の横顔が彫られている。雪のように白い肌や、風になびいてる髪が繊細に表現されたカメオはまるでミルエラのようだ。


「黄水晶はシトリンの和名だ」

「宝石に興味ないはずの守がなんで俺より詳しいんだよ・・・」


 ナイルはマチルダにプレゼントするために様々な宝石を目にして来た、それなのに自分より守の方が別名に詳しくて少し腹が立つのか拗ねた顔になって黙ってしまう。


「カメオブローチをプレゼントなさるのには・・・訳があるんでしょう?」

「天災や人災などから身を守るためのお守りとしても使われるんだ・・・奥方様が、俺にくださったことがあるんだ」


 奥方様、それは如月家当主の妻を指している。

 琥珀に所属している者にとって如月家は王族同等の存在で聖母のような人だった。今は亡き彼女は、自分の子供のように守を可愛がり死ぬ前にくれた形見でもある。


「そうなんだ・・・だから知ってるのか! 納得した!」


 学園街フィヨルドは生徒でも気軽に買える値段になっているから布財布からお金を取り出す。


「なにそれ・・・」

「財布だが?」

「そ・・・そうなんだ」


守は驚いているナイルから店員に視線を向けると金貨を五枚渡して包装されたモノをポケットに入れてすぐに店の外に出る。外に出てから守は気付いた事がある、学園街フィヨルドは生徒が溢れているのに店の中には自分達三人だけだった。このブティックは街のど真ん中にあって人気がないわけじゃないのになぜ三人だけだったのか、それが不思議で堪らなくてもう一度店の外観をみると扉には「本日貸し切り」と書かれていた。


「マチルダに感謝しろよ? 彼女が貸し切りにしてくれたんだから」


 マチルダの実家である子爵家は貿易をメインに行っていて、このブティックにある品は全て納品しているから貸し切りが出来るのだ。店から出てきたマチルダは(なまめ)かしく、男を引き付ける笑顔を守に向ける。


「定価の”五倍”でのお買い上げありがとうございます」

「なんで・・・ぼったくりされた事に気付かないんだよ。高かっただろ」


 律儀に頭を下げるマチルダは、売上のために宝石の値段をぼったくったが悪びれる様子もないのが守からしたら清々しくて、逆に好感が持てた。


「友情価格ということにしておく」

「ありがとうございます。・・・話は変わりますが 、そちらは本日中にお渡ししてくださいね」

「本気か?」

「当たり前でしょう、私のオススメした物を受けとるミルエラ様の反応が見たいのです」


 マチルダは監視していないと守が渡さないかも知れないと思っているから見届けたいのだ、しかし、それを本人に伝えると不快な思いをさせてしまうかも知れないから自分の為だと笑顔を向けるとナイルは噴水を挟んだ向こう側を歩いているミルエラを見付けた。早速呼び止めようと思ったが隣には第二王子が歩いており、守に気を遣って声を掛けるのをやめた。


「行ってくる」

「・・・え!?」


 他の男と居る所へ向かえる勇気が凄い、とナイルは驚いているがマチルダは修羅場がだいの大好物だからどんな事が起きるのかと輝く目を見開いて守の事を視線で追った。

 人混みを通り抜けている間に見失ってしまった。ミルエラを探すように周りを見渡すと第二王子のグラシアンの姿がクレープ屋台の前に立っているのが見えたがそばにミルエラの姿はない。何処にいるのかと辺りを探すが見当たらないから共に行動をしているグラシアンに聞くことにした。


「少し良いか」

「君!・・・は、ミルエラの婚約者だね、彼女はいま席を外してるんだ」

「そんなのは見れば分かる、何処にいるんだ」


 出来が悪いと言われては居るが目の前に居るのは王族なのに守は口調を直すどころか ”お前に用はないからさっさと居場所を言え ”という雰囲気を隠そうともしなかった。温厚なグラシアンも流石に気分を悪くしてしまい、眉間にシワが寄りそうになるが仮面を被るのが上手なグラシアンは笑顔を取り繕う。


「ミルエラに用があるなら私が聞くよ」

「なぜ? お前が俺たちの間に入る意味がわからない」

「彼女は君の事を怖がっているんだから仕方ないよ」

「・・・怖がる?」

「その威圧的な態度のせいじゃないのかい?」

「威圧してるつもりは無い」

「ミルエラもそう思ってると良いけど・・・どうだろうね」


 ミルエラが怖がっていると聞いた守は、今までそのような素振りはあったかと思い返す。

 守に嫌われないように変わろうとしたミルエラは傲慢な性格から しおらしくなった、守へ積極的に話しかけるのも止めて、お茶会やパーティの招待も辞めた、パーティ好きのミルエラが先日行われたデビュタントにも乗り気では無かったその理由が、怖がっているからだと思えば納得出来る。


「・・・彼女にプレゼントをしたいんだ」

「プレゼント? 今まで散々放っておいた挙句、守ろうともしなかったのにプレゼントだって? それで機嫌を取るつもりなのか?」

「機嫌を取ろうとは・・・」

「社交界に出れば悪口を言われ、学園でも陰湿なイジメを受けてる。君はそれを知っていてミルエラを放ったらかしているのにプレゼント一つで君の事を見直すと思ってるのか! 喜ぶと思ってるのか! 彼女を馬鹿にするのもいい加減にしてくれ!」


 ミルエラは守からのプレゼントだったら、読み古した本でも、道場に咲いている花をもぎ取って贈ったとしても大喜びして家宝のように大切にするだろう。グラシアンもミルエラと関わって一週間と少ししか経っていないがその事は容易に想像出来るほど、ミルエラは守を愛していた。なのに、ミルエラの事を理解していない守はグラシアンのいう言葉を間に受けてしまったから言い返せなかった。


「ご機嫌取りのつもりかわからないが、君のせいでこうなっているんだからミルエラの事を本当に想っているなら婚約は解消するべきだ」


 デビュタントでもミルエラの気持ちを一つも考えていない行動を取っておいて少し経過してからプレゼントを贈るのは誰から見てもご機嫌取りのように思われるのは必然だった。グラシアンの言う通り、自分の意思で婚約破棄出来るならとっくにしているが現実は思い通りにいかない。


「・・・わかった、これを彼女に渡してくれるか」

「どうして君のために?」

「父上にミルエラへ贈り物をする様に言われたんだ。気に入らなかったら捨てて良いと言っておいてくれ」


 ミルエラのために贈るのではなく、父親に言われたから贈ると聞いてグラシアンは守のことを本当に最低な男だと軽蔑した。しかし、意地悪は言ったが渡さざるを得ないから贈り物を受け取ると注文していたクレープも完成したから御会計をして守から離れて行った。


「え、何で第二王子に渡したわけ?」


 見守っていたナイルは予想外の行動を取った守の元にすぐに駆け付けた。


「あいつに仲介してもらったんだ」

「何で仲介が必要なんだよ、手渡しじゃなきゃ反応みれないだろ!?」

「彼女は俺のことを怖がってるらしい」

「はぁ? そんな訳ないだろ、ベタ惚れじゃん!」


 ミルエラと話したことの無いナイルでも分かっていた、遅れて二人の元にやって来たマチルダも会話は聞こえていたから怖がっているなんてのはデタラメだと説得しようとした。


「たしかに、守は無愛想だし笑顔の一つも向けてくれないけど! ミルエラちゃんはそんな守でも惚れてるのに今更嫌いになんてなるわけないだろ!」

「彼女と話した事もないくせにお前に何がわかる」

「話さなくたって・・・わかる」


 ミルエラの守を見詰める目はとても優しい、守から愛情は向けて貰えないと分かって悲しそうではあるがそれでも彼女は今でも守とことが好き。それをどうして婚約者の守が分かってあげないんだとナイルが苦しくなった。


 ミルエラは守たちがフィヨルドに来ていることに気付いていなかった。

 御手洗に行っていたのか待っているはずのグラシアンが見当たらないから迷子になってしまったのかとキョロキョロ探していると、グラシアンは笑顔で戻ってきた。


「ごめんね、クレープを買ってきたんだ」

「急に居なくならないで下さいよ・・・心配しました!

 なにかあったらどうするんですか! 」

「此処では誘拐も起きないしフィヨルドに居る子供たちは名のある名家の子達だから大丈夫だよ、それと・・・プレゼントがあるんだ」

「プレゼント・・・?」


 グラシアンはポケットから包装された物を渡した。

 コバルトブルー色のリボンを解いて、中からカメオブローチを取り出したミルエラは驚いた顔をしたが直ぐにグラシアンに返した。


「殿下、受け取れません」

「今日の買い物に付き合ってくれたから、”俺”からの感謝の気持ちだよ」

「皇太子様への誕生日プレゼントをご一緒に選べる名誉を貰いました。それに、私には婚約者が居るのでこういった物はハッキリいって迷惑です」

「直球だなぁ・・・私には友達が出来たことないんだ、お礼に何を渡せばいいのか分からなかったんだよ・・・ ・・・」


 守からミルエラへ渡すはずだった物を自分からのプレゼントだという嘘に、グラシアンは罪悪感を微塵も感じなかった。先程、守に声を荒らげて言ったことも事実を少し誇張しただけで嘘ではない。ミルエラは守の事を怖がっている、でもそれは守自身が怖いんじゃなくて守に”嫌われること”を怖がっているだけ。


「君が受け取ってくれないなら捨てるしかないんだ、だから・・・今回は受け取ってくれないかい?」

「今回だけですよ、もう高価な物は要りません。お礼なら口で言ってくれるだけで結構です」

「うん、ありがとう」


 グラシアンは好奇心でミルエラに近付いたが、今では人の良さに惚れてしまっている。


(守よりも自分の方が幸せにしてあげれる、「王子妃」という地位もあげられるし、今みたいに周りから虐げられる事もない 。彼女を守れるのは私だけだ。)


 初めこそ、グラシアンはミルエラと守の関係を仲介役になって改善してあげようとしたが守はその機会を与えさせてくれないうえに 如月リュウに構うばかりで取り合ってもくれなかった。このままの関係で守とミルエラが夫婦になってしまえばミルエラの未来に明るい未来はない。だから、今では早く別れてしまえばいいと思っている。


「ミルエラ、私の傍にずっといてくれるかい?」

「勿論です、私は殿下に仕える身ですからいつでもお傍にいますよ」

「今は・・・そう思ってくれて構わないよ」

「・・・はい?」

「なんでもない、それよりさっき向こうの通りにサーカスがあったんだ! 行ったことないから行きたいんだけれど良い?」

「仕方ないですね、良いですよ」


 グラシアンはその日、一日中ミルエラと遊んで日が暮れてから寮に帰った。グラシアンの寮部屋は他の子供たちとは違い、王族だから三部屋分の広さになっている。召使いも本来なら一名という原則があるにも関わらず、三名も連れてきている。


「本日の”デート”はどうでしたか?」


 身長の高い執事服を来た男はグラシアンの持っている荷物を代わりに受けとると今日の感想を聞いた。


「すごく楽しかったよ! ミルエラは今日も綺麗でさあ・・・」

「皇太子殿下から連絡が来ております、繋ぎますか? それとも、かけ直しますか?」

「それを先に言ってよ! もちろんでるよ」


 連絡用キューブを起動すると兄の皇太子の姿がホログラフィーで写し出された、久しぶりの兄の姿にグラシアンはとても嬉しそうな笑顔になったあと改めて挨拶をした。


「お兄様、そちらはどうですか? 私は今日デートに行きました!」

「ヴォルティから聞いているよ、相手は陰一族の婚約者なんだって?」

「そうです!」


 ヴォルティとは、グラシアンの後ろに立っている執事服を着た男のことだ。ヴォルティは元々、皇太子付きの執事をしていたがグラシアンが入学する時に皇太子の命令でついてきたが、その理由はグラシアンを陰一族に近づけて仲を取り持つこと。しかし、皇太子が予想出来なかったことはグラシアンはミルエラに惚れてしまい、守とミルエラの関係を壊そうとしていることだ。


「婚約者のいるご令嬢とデートをするなんていけいよ」

「あ・・・ごめんなさい・・・。けれど、私は彼女のことが好きなんです」


 皇太子はグラシアンを注意しようと思って今日は連絡をしたが気が変わった。


(王族に敬意を示さず、王族のように振る舞う如月家と陰一族を破滅させてやる方法を模索していたけれど・・・彼らにその気がないのなら、辺境伯令嬢を奪い取るのはいいかもしれないな。)


 口角をあげる皇太子は謝っているグラシアンに優しく笑いかけた。

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