悪女はイケメンに絡まれる
デビュタントがまだ始まったばかりだと言うのに気分が悪くなった守はリュウを連れてミルエラから離れてしまう。その際もデビュタントへ誘っておいて 一言「離れる」「待っていてくれ」等もなく会場の出入口付近にポツンと取り残されたミルエラは帰ろうと迷ったけれどまだ会場に守が残っている以上は勝手に帰る訳にも行かず、小腹を満たすために全く手を付けられていない豪華な料理が並んでいる置いてある方へ向かう事にする。
「どれも美味しそう...どれから食べようかしら」
パーティーに参加しても参加者達は飲み物ばかりを口にしているから取り放題だと微笑んでいると誰かが歩み寄ってくるのが視界の端に映った、料理を取りに来たのかと思いきや確実に自分の元へと歩み寄ってくる気配に不快感を感じて顔をそちらに向ける。
「誰も手を付けないから食べずらかったんですがお美しい令嬢が選んでいるなら私も食べたくなりました」
片耳に絹のようにさらさらな金髪の髪を掛けている男はにっこりと柔らかく笑いかけてくれるがミルエラは眉をひくりと動かして眉間を少し寄せてしまう。
直線につり上がっている目はバイオレットサファイア色で美しく輝いて居るが、腹の中を読ませない不思議な雰囲気を漂わせているからミルエラは警戒をしたのだ。
「名も名乗らず、声を掛けるなど不躾ですね」
嫌われている自分に声を掛ける者はアルヴァンに従えてる者や知り合いの大人だけ、参加している子供達ですら義務的な挨拶を済ませると去って行くのに自分に話しかけて来た意図が分からず冷たい態度を取る。
「これは失礼しました、私は...グラシアン・フォルテティアです。貴方は...ミルエラ・ブルクルム辺境伯令嬢でいらっしゃいますよね」
ミルエラの体は固まった。名前を知られていたからではない、自分の悪い噂は幾つも知っているし中央都で知らない貴族は居ないだろうと思うほど酷いものだったから。
驚いた理由はグラシアンの名前である、この王立ロゼストン学園が建っている孤島の領土を含む王国の名前が「フォルテティア王国」だからだ。
王国と言えど、鬼に滅ぼされる国は多く帝国並の国土を保有しているが琥珀の権力には及ばない上に民間人を守るのも琥珀の仕事だから王族は形だけの象徴的な存在である。それでも王族は貴族にとって仕えるべき相手であるから 失礼な態度をとってしまった事を後悔して顔色を悪くしながら深々と頭を下げた。
「殿下であらせられるとは存じ上げず、失礼な態度を取ってしまい申し訳ございませんでした」
グラシアン・フォルテティアは第二王子だ。
兄の王太子はとても優秀で異能も開花しており非の打ち所のない男、それに比べてグラシアンは何をしても平均的な平凡王子でダメは所は無いのに、王族は特別光る物を持っていなくてはいけないと言う皆の期待が募っていき、普通過ぎるが故に「駄目王子」のレッテルを貼られていた。
「気にしなくていいんだよ、デカいだけが取り柄なんだ...君も、私がデビュタントに参加するには大き過ぎるだろうってびっくりした?」
グラシアンが自分にとって唯一の取り柄だと思っているのが身長だが、確かに同年代の十歳の子供たちよりふた周りはデカかった。
「え、...えぇ。そうです」
十歳とは到底思えない整った顔をしているミルエラと十歳とは思えない身長のグラシアン、 変わり者同士は惹かれ合うものがあったのか直ぐに意気投合した。
しかし、婚約者とデビュタントに参加をして他の男性と居るのは印象が悪くてエリーナ令嬢が悪評を広める前にザワザワと噂は広がって行き、バルコニーで冷静に気持ちを落ち着かせる様に涼んでいた守と強引に連れてこられたリュウにも聴こえてきた。
「ブルクルム辺境伯令嬢様ったら今度は第二王子にも色目を使っているそうよ」
「本当なの? 陰一族様と参加したのにそんな事有り得るの?」
真っ赤なドレープカーテンで周りの目から隠れられるバルコニーは人の目から避けるのにうってつけ、だけれど声は遮断されないから隣のバルコニー居る令嬢達の会話が聴こえていて来てしまう。
「お前の婚約者に...守はもったいない」
「リュウ様はあの女性の事など気にしなくて良いんですよ」
「気にしないわけないだろ...守は俺のなのに!」
守は声をだいにするリュウに人差し指を口の前に持っていき、静かにするようにジェスチャーで伝えるとリュウは白くて小さな手で口を抑えた。
「...父が決めた相手と言えど、家同士の関係もあるのでそう簡単には切れないんです。...ですが俺がお慕い申しているのはリュウ様だけです」
「そうだよな、俺も守のこと好きだぞ!」
守はその言葉を聞くと嬉しそう目を細める。
そこにリュウの保護者代わりの者がやって来て引き渡したあと守は前髪を乱すようにかきあげて深いため息をつく。
(誰と居ようが俺には関係ない。俺にはリュウ様だけ傍に居ればそれでいいんだ)
それでも、守は誰が流したかも分からない噂を全て鵜呑みにしないように自分の目で見て確かめる事にした、守の異能は「身体強化」、体を銃弾や刃物を通さないほど硬化させる事はもちろん、1キロ先で離れた場所で落ちたスプーンの音まで聴こえるほど聴覚を強化することも可能、視覚を強化すれば何千と離れている場所を見る事も可能なのだ。「身体強化」は人々が開花しやすい異能として二番目に多い異能ではあるが普通は 身体のどこか一つしか強化 できない、それだけでも凄いのに守は自身の体なら何処でも強化できる天才の中の天才。
そんな守は、バルコニーから会場の中に戻ると異能で視覚を強化して遠く離れた場所からミルエラとグラシアンを見詰めた。
婚約者のいる身であるミルエラはグラシアンと適切で失礼のない距離を保って話をしているが、守には向けられたことの無いような眩しい笑顔で笑いかけていた。
「... ... は ぁ 」
自分に向けてこないのは分かっている、避けているのも、無下にしているのも、婚約破棄を持ちかけたのも、全て守だから。そんな自分に笑顔など向けてくれる彼女はもう居ない、それも自業自得なのに胸がモヤッとした。
「...なんだ、この気持ちは...?」
守には理解できない気持ちが駆け巡るせいで今まで感じたことの無い胸の痛みに苛まれた。
「こちらに居らしたんですね」
振り返るとエリーナ令嬢がそこに居た。
ミルエラと同じピンク色のドレスを身に纏っているエリーナは質素なドレスを着ているミルエラより豪華な装いなのに元々の顔が地味なせいで化粧をしてもミルエラの美貌に劣って居た。
「何をなさっているんですか?」
「リュウ様を見守っているだけだ」
居るだけで存在感の溢れる守の隣に立っている行為は 婚約者の居る男性へのアプローチとして本来なら淑女として恥ずかしくみだらな行為と捉えられるはずなのに婚約者であるミルエラの悪評が皆の頭に植え込まれているせいか「エリーナ令嬢の方が婚約者として相応しいのではないか」と言う声も聞こえて来た。
守にとっても隣に立つ者など ” どうでもいい ” 良いから傍に立つなと注意をしない、そのため、周りの声のせいでドンドンつけ上がっていくエリーナ令嬢を止める事はなかった。
「...君の婚約者は顔や地位は良いが酷い男だね」
「私の婚約者を悪く言わないで下さい。」
「良いのかい、エリーナ令嬢に牽制しに行かなくても」
「牽制してどうなります? ...か弱い令嬢に悪口を叩いた悪女として噂されるだけです」
正当な意見を言っても、嫌味のない正しいアドバイスを発言しても全て悪口として捉えられ噂されるミルエラはエリーナ令嬢の行為も黙認していた。学園に入学してからは、他のご令嬢と話す事もお茶会に参加することも無いのに授業のない二日間の休みが開けるとミルエラに虐められたという噂が新たに増えていくからミルエラが変わろうと頑張るのを止めるのもグラシアンには理解出来た。
「...私も兄の王太子の出来が良くて、何をしてもマイナスに捉えられる事には疲れていたんだ。王族の権威を取り戻そうとする兄は素晴らしいとは思う...でも、そんな才能のある兄と比べれれる平凡な弟の身にもなって欲しいと...思うよ」
「...殿下にも悩みがあるのですね」
「こう見えてまだ十歳なんだ、普通の子供としての悩みなんて幾らでもあるよ」
「慣れない寮での生活は心許ない...とかですか?」
「はははっ、そうだね。私が王子だと分かって皆気を使うから友達も居なくて寂しいんだ... ...だから、良かったら...その、...」
ミルエラはグラシアンが何を言いたいのか察した。
「私なんかで...宜しいのですか。」
心が舞い踊るほど嬉しい、けれど自分の悪評のせいでグラシアン王子の株まで下げてしまわないか心配で、自分と仲良くなるせいで在らぬ噂を立てられ不快な思いをして嫌われないかが不安で、ミルエラはドレスの端を握りしめて俯く。
「勿論だよ、似たもの同士...友人になろう。」
グラシアンになんの迷いもなかった。
迷いもなく輝かしい笑顔で告げられる言葉に思わず泣きたくなったほど。
「はい...っ!」
「ならば、友人としてミルエラと呼んでも?」
「まぁ...いいでしょう」
「ははっ、良かった! ...私の事もシアンと呼んでくれ」
「それは…… 考えておきます」
友達としての握手を求められたミルエラは嫌がることなく細くて綺麗な手を伸ばして 握手をした。
握手をしたと同時に拍手喝采がおきて何事かとみんなの視線の先を見ると守はリュウとダンスを踊っていた。守のデビュタントなのに注目を浴びるのは幼いリュウで、参加生徒の保護者たちは媚びへつらうように賛辞の言葉を口々にしていた。
「彼は女心がわからないんだね」
「…え?」
「本来なら、婚約者と一番最初に踊るべきなのに…如月家のご子息が先なんて、ミルエラに恥を欠かせているってわかったないんだと思って…」
「いいんです、守様は……」
――守様は如月家のご子息が好きだから。
「守様は誰かに縛られるようなお人ではありませんから、私は為される事を見守るだけです」
言えるわけない、私の存在意義がなくなってしまうような気がするから。
「ミルエラは人を思いやれる優しい子なんだね、沢山噂を聞いてきたけど…きっとそのどれもがミルエラの美貌に嫉妬してのことだろうね」
「殿下はお口が上手いですね」
「まさか、本心だよ」
「それにエリーナ様のドレスに飲み物をかけたのは事実ですから」
「ほんとに?」
今のミルエラは淑女の鑑だ。だから噂の一部が本当だと聞いてやんちゃな時もあったんだと知ってグラシアンはおかしそうに笑った。
あの頃はずっと恋い焦がれていた守に先にあったのがエリーナだったのに傷付いたことでやってしまった行為だったが今思えば幼稚で浅はかな行為だったと思っている。
「本当ですよ。私が悪女と云われる原因になりましたし...守様に嫌われる原因にもなりました。嫌われると分かっていたらやっていませんでした」
「好きなんだね、そこまで想える人に出逢えるなんて羨ましいよ」
「嫌われてますけどね」
悲しげに笑みを零すミルエラはとても綺麗でグラシアンはその頬に触れようと手を伸ばしたが、ミルエラは守が眠そなうリュウを抱っこした事で帰ろうとしているのに気付き、グラシアンに頭を下げてから守の元へ足早に向かい共に会場を出た。
「守さま!」
「何故着いてきた、あの王子と居ればいいだろ」
「いいえ、守様に着いて行きます」
守はミルエラの言葉を聞くとリュウを如月家の馬車に入れてから扉を閉めて御者に出発するように伝えると振り返ってミルエラへ視線を向けた。ちゃんとミルエラの正面に立って顔を見るのは出会った時以来で綺麗に成長しているのも分かったがその美貌に心揺さぶられる守ではなかった。
「誰が着いて来いと行った」
「私の独断の判断です」
冷たさのある夜風でミルエラの銀色の前髪は靡く。両者は少し黙り込んだ後、守はミルエラが髪に着けている髪飾りを見つめた。フリルとコバルトブルー色のリボンがあしらわれた物だが今日のドレスには似合わない子供っぽい髪飾りである。
「その髪飾りはお前が選んだのか」
「え? ・・・・・・いいえ、いつも身に付けているものです」
「お前はセンスもないとは呆れた ・・・それともメイドが選んだものか?」
学園の寮にはメイドか執事を一人だけ連れてこれる、産まれたときから身の回りの世話をされてきた貴族の娘・息子は一人で過ごすことが厳しいため許可されているがつれてくるのかは自由だ。
「いいえ、私がこれを付けて欲しいと頼みました」
「今後は身に付けるな」
いつもなら守の発言に二つ返事で答えるミルエラが返事を渋った。
「守様はこの髪飾りに見覚えはありませんか?」
「有るわけないだろ!」
ミルエラはその言葉を聞くと目を伏せさせながら口元を緩めて髪飾りを静かに外す、それを見た守は寮に帰るつもりなのか夜風で靡く前髪をかき上げて背を向けた。
「なぜ、父上がお前を選んだのかがわからない」
「私にも陰一族の御当主のお考えは、はかりかねます」
噂を鵜呑みにしていた自分は浅はかだと自覚している。だが、噂を否定しようともしないミルエラの態度や行動を見るとどうしていいのか守にはわからず、ミルエラを置いて先に帰った。
*****
デビュタントが終わってから一週間が経過した。
相変わらず守とミルエラの関係には変化がないが、守は少なからず変化しようと努力をしている。
「守の婚約者だけど、第二王子に接近してるってほんとか?」
守と同じクラスのムードメーカーであるナイルはその場に存在するだけで回りを和やかにさせたり雰囲気を好転させる明るい性格だ、その性格に比例してか髪の毛もオレンジ色。守とは正反対の性格なのに二人は大体、行動を共にしている。
「逆だ、第二王子が彼女に近づいた」
「え? そうなの?」
「嗚呼、間違いない」
普段なら「知らない」と答えていた守にナイルが婚約者のことを気にかけてあげろ、という流れだったのに今回は守が否定したから驚いた。
「やっと、ミルエラちゃんを気遣う気になった?」
「なっていないし、お前が気安く彼女の名を口にするな」
「え~~? いいじゃん!」
「ダメだ」
「なに、やきもち?」
ナイルの言葉に守は有り得ないと即座に答えた。
許しを得ていないのに勝手に親しい呼び方をするのが失礼だから注意をしているのに何故ヤキモチだと思われなくてはいけないのか。そう思うと苛々してきた守は周りを行ったり来たりするナイルを殴らずには居られなかった。
「いってぇ!!」
「俺のことより自分はどうなんだ」
ナイルにも婚約者はいる。
二つ上の子爵令嬢である「マチルダ」だ。だが、歳が二つ上という事もあり弟のように扱われるナイルは立派な男性として成長するまで会うのを控えている。
「俺とマチルダの関係は最高だよ!でも俺が立派な男として見て貰えるまでは会うの我慢してんの!」
「・・・まあ、無理だろうな。お前はうるさいだけが取り柄の子犬みたいなものだしな」
「誰が子犬だ!!」
守たちが校舎で話している頃、ミルエラは図書館の建物がある隣の庭園にて書類を書いていた。側には陰一族に仕えている小間使いが控えており、わからない所があるとその都度 質問をしていた。
「休憩されますか?」
「いいえ、大丈夫です」
ミルエラが行っているのは陰一族の財務処理や、簡単な仕事を花嫁教育でやっているのだ。そして、小間使いの女性は当主の成弥へとミルエラの様子や仕事振りを報告するために側にいる。
本来なら、まだ十歳という歳で行うには早いが、成弥の妻は、リュウを出産した時に亡くなってしまった母親の代わりにリュウを育てるのに忙しいため、ミルエラに家の簡単な仕事を任せているのだ。
「あ。ここにいたんだね」
ミルエラは近づいてくるグラシアンをみて書類をしまうと後ろに立っていた小間使いに渡した。
「さっき、ミルエラに言われた通りに花の蜜をあげてみたんだけど・・・一匹しか近づいてくれなかったよ」
グラシアンはミルエラを取り囲むようにいつも飛んでいるチョウ型モンスターに触れたそうにしていたため、ミルエラが花の蜜をあげたら喜んで飛んでくるのでは、とアドバイスをしたのだ。
「それはお気の毒ですね」
「コツとかあるの?」
「そんなもの有りませんよ、気付いたら寄ってきてくれるので・・・」
何処にでもいるチョウ型モンスターに触れられないだけで、本当に落ち込んでいるグラシアンが面白くてミルエラは思わず笑ってしまった。
微笑ましい二人の関係は他人から見たら二人が人目を避けて会っている逢い引きだと誤解を生んでしまい、その事でグラシアンが陰口を言われてしまうのが申し訳なくてミルエラは不安だったが周りの声は気にしないとハッキリいってくれた。
「それにしても、髪飾りはもう付けないの?」
「はい、守様に不快な思いをさせてしまったようで・・・もう付けるのはやめましたが、部屋に保管してありますよ」
「でも・・・似合っていたのに」
デビュタントで話しかける前からグラシアンはミルエラの事を知っていた、初めは中央都で噂をされている悪女の顔はどんな顔をしているのかという好奇心だったが、ミルエラがモンスターに向ける向日葵のように暖かく優しい笑顔にいつしか惹かれていたのだ。
確かに子供っぽいモノではあったがミルエラに似合う可愛らしい髪飾りで、ミルエラも大切そうにしていたのを見守っていたから知っている。
「ありがとうございます・・・」
「・・・なにかあったの?」
「いいえ、ありませんよ。」
「友達には嘘をつかないで欲しい。守や周りに嘘をついても私には正直でいて欲しい・・・」
傷ついているのはミルエラなのに隠されそうになったグラシアンが目を潤ませて訴えてくるから、ミルエラもたまには自分に正直になってもいいのではないかと思った。
「守様が・・・初めて手渡しでくださったモノだったんです、それを身に付けてさえいればいつか気づいてくださると信じていましたが・・・デビュタントで、身に付けるな。と言われました」
「・・・なんて酷い奴なんだ、自分が贈った物も覚えていないのか?」
側で控えている小間使いはミルエラの護衛も兼ねているため異能持ちである、その能力は「テレパシー」で、聴いたものをそのまま他人に伝える事も出来る。そのため、ミルエラとグラシアンの会話は守の父親である成弥に伝わった。
その夜、寮に戻った守に父親から手のひらサイズの通信キューブを通じて連絡が来た、キューブに映る応答のボタンを押すと父親の姿が映し出された。
「お久しぶりです」
〈この愚息め!お前には心底飽き飽きする〉
「なにか失態をしましか?」
〈ミルエラ令嬢を大切にしろ〉
守はまたその話か、と思ってしまったが父からの言葉に頷くしかなかった。その後一時間は説教を受けて最終的にはミルエラに贈り物をするまではリュウに会うことも禁じられた、リュウに会えないのは守にとって地獄のような時間だ。今だって学園に入学したせいで会えるのは休日の二日間だけ、本来なら入学をしたら王族や普通の生徒は大型連休の夏休みや身内の不幸でしか変えれないのに陰一族の特権を乱用している守は休日だけが癒しだった。
「本気ですか?」
〈本気だ。・・・ミルエラ令嬢の良いと思う所は少なからず一つはあるだろう?〉
父親からの問い掛けに守の脳裏はミルエラの向日葵の様な暖かい笑顔を思い出した。
「・・・笑顔が 、 美しいと思います」
〈ならばその笑顔を悲しませる事がないように接しろ、ミルエラ令嬢だけが陰一族に相応しい〉
その言葉を最後に通信は切れた。
何故、そこまでしてミルエラで無くてはならないのか。それは、ミルエラの母であるサリエナに影響している、彼女は愛らしい顔をして同年代からはマドンナとして人気を博していたがその性格は嵐の如く気性の荒いもの。
「ふふ ・・・サリエナ様が忘れられませんか?」
「何を言う、今では そよね が一番だ」
今の妻である「そよね」に出会う前の成弥はサリエナに一目惚れしていた、勿論美しい顔に一目惚れした訳ではなく「気性の荒い性格」に惚れたのだ。
学園在学中からアルヴィン辺境伯に猛アタックしていた彼女はアルヴィンに近づく女性を異能で攻撃するのは当たり前で女性だけの社交界では彼女がトップに君臨しており誰も止められなかった、なのに悪い噂が一つも出なかったのはサリエナの徹底した監視とサリエナへの恐怖に誰も口を割なかったのだ。そんな彼女の血を引いているミルエラなら陰一族にとって良い影響を与えられると信じているのだ。
「しかし・・・ミルエラ令嬢はどうもアルヴィン辺境伯の血が濃いようだ」
アルヴィンは「悪魔の貴族」と言われて恐れられてはいるが性格はとても内気で自発的な行動も無く、控えめな態度を常に取ってしまうのだ。
結局のところ、そよねの様にお淑やかで夫を立てる出来の良い妻でも陰一族は護れるが成弥は刺激的な物が欲しいと常々思っていた。
守は食事を取り風呂に入っている間も父親からの言葉が忘れられずに居た、デビュタントで髪飾りを付けるなと言った時の彼女の顔は寂しさを帯びていた。
「・・・何処かで、見たことがある髪飾りだったな」
寂しさを帯びた顔を思い出しながらベッドに寝転がるとそのまま眠ってしまったのか夢を見た。その夢にはミルエラが出て来たが、彼女の笑顔の様に暖かい夢だった。