ディアマンクッキーは恋の味(キース視点)1
いつからだろう、幼馴染のことを考えなくなったのは。
少し前まではよく遊んでいた幼馴染のことを、認識しなくなていたのは。
それ以前に俺は毎日自分のことでいっぱいいっぱいだった。
余裕のある男、とは程遠く恥ずかしいのだが、学園から卒業して、父の仕事を手伝うようになってから、目まぐるしく日々はすぎていた。
父からはまだ一年だからしょうがない、筋はいいほうだと言われのだが、まだまだなのだと痛感する。
なんだか悔しくもあり、新しく覚えることは楽しくもあった。
今日も駆けずり回り、クタクタになっている俺を見て、笑ってまだ仕事があるから先に帰りなさい、という父に感謝をして、さっさと帰ってドアを潜ろうとしたその時、丁度馬車から母が帰ってきた。
「おかえりなさいキース。今日はスノー家主催のお茶会だったのよ。お土産にミリーちゃんの手作りのお菓子もらっちゃった! ディアマンクッキーですって。色々な味でつくったんですってー! とっても美味しそうなの。シェリー、ディナーの後でお茶にだしてくださる?」
と母は言い、侍女に可愛くラッピングされたクッキーを渡した。
「へぇ、あのミリーがクッキーなんか作れるんだな。最近全然会ってないんですよ。元気にしていましたか?」
その時はそういやミリーってやついたよな、ってくらいだった。
クタクタになってソファーに座り込んでる俺にシェリーがお茶とディアマンクッキーを出してくれる。
シェリーは母について長い侍女だ。
いつまでも少女のような可愛らしい母とも違う感じで、いつも優しく見守ってくれて、第二の母のように思っている。
「奥様のお土産、とってもおいしそうですよ。キース様が余りに疲れていらっしゃるから、ディナーの前なんですけど、少しお出ししますね」
緑色のものと、チョコレート味のものと、シンプルなバター味のもの、三つ。
周りにグラニュー糖がピカピカしている。
疲れているのか、まずチョコレート味から手が伸びる。
一口齧ると、サクッホロッとする。
食感がまず良いが、味もかなり美味い。
バター味、緑色のものも食べてしまい、あっという間に無くなってしまった。
緑色のものも不思議だが、なかなか美味だった。
もっと食べたい。
「シェリー、もっともらえるかな?」
シェリーに言う。
「ディナーもありますから我慢してくださいませ」
たしかにお菓子でディナーが食べられなくなってしまうのは困るから、我慢だな。
だが、凄く楽しみにしていたのに、次の日聞いてみたら昨夜母が全部食べてしまったらしい。
母は細いのにかなり食べる。
ディナーもしっかり食べていたので、まさかその後にクッキーを全部食べてしまうとは誤算だった。
落ち込んでいると、母が、
「ごめんなさいね。ミリーちんとあなたお友達なんだから作ってもらいなさいよ。そうそう、可愛いからさぞかし殿方に言い寄られてるんだと思ったら、全然だっていうのよ! 不思議よね。あなたミリーちゃんに変な虫がつく前に、早く捕まえてお嫁さんにしてくださいな。お母様、ミリーちゃんのこと大好きなの。よろしくね」
ニッコリ言った。
また母のわがままが始まった。
さすがにミリーがお嫁さんなのは考えられないけど、クッキーは食べたい。
丁度今日は休みなので、久しぶりに会いに行こうと思った。
※※※
スノー伯爵家につくと、ミリーのお母さんである、スノー伯爵夫人が従者たちとお花を愛でていらっしゃったので、ご挨拶する。
スノー夫人は本当に可憐である。
いつ見ても見惚れる。本当に子供を産んでるのか?と思うくらいだ。
我が母も身内贔屓を差し引いてもかなり可愛いと思うが、また違って美しい。
おそらく俺は、周りに綺麗な人が居すぎたせいで、同級生と恋愛に至らなかったんだと思うくらいだ。
「ミリーは庭で遊んでると思うわよ」
スノー夫人はニッコリ笑って庭の方を見た。
「ありがとうございます。あ、これ母からです」
母が用意してくれた手土産を渡す。
「私が昨日頼んだのもう準備してくださったのね。このアクセサリー。嬉しいわ! キース、お礼を伝えてくださいな」
スノー夫人が嬉しそうに微笑まれ、少し照れてしまう。
母とスノー夫人は本当に姉妹のような仲の良さだ。
学生時代からの友人だという。
俺も学生時代にかけがえのない友人たちと出会えた。
本当に貴重な時間だったと思う。
今でも、仕事でも良く会う友人もいるし、会えない友人とも近況報告をしたりしている。
ミリーも高等部で楽しくやっているんだろうか。
庭に進むとミリーがテラスのテーブルとイスを持ち出して、お茶しながら本を読んでいた。
邪魔しないようにミリーの反対側のイスにかけた。
ミリーは本に夢中になって全然気づいてくれなかった。
いつ気付くだろうか?
ミリーはフワフワの金髪の髪をルーズに結い、瞳を彩るまつげは長く、碧眼は吸い込まれそうである。
小柄というわけではないが、スノー夫人に似ているし、華奢であり、ルーズに結った髪からチラリと見えるうなじからは色気も感じる。
化粧っ気が全然ないのに、毛穴のない艶やかな白い肌にまさに薔薇色の頬は、物語のお姫様のようだと思った。
この美貌、たしかに母の言う通り、本当に男性から言い寄られたりしないんだろうか?
嘘をついてるのか?
しかし、三期生のとき、ミリーも一期生でいたはずなのに、俺は全然会いもしなかったし、会おうとも思わなかった。
どうしてなんだろうか? 幼馴染なのに。
「はーー面白かった……もう終わってしまうなんて名残惜しい?!」
と本を閉じて初めて俺にようやく気づいたみたいだ。
「久しぶり、ミリー」
ニッコリ笑うと、
反射的な感じで、
「あらキース!お久しぶりです。まぁ立派になられて!本当にお話に聞いた通り格好良くなって。昨日フローレス夫人とお会いしてたくさんお話しさせていただいたんですよ。
キースのお話もして、元気そうで安心していました。お仕事も頑張ってらっしゃるそうですね」
とにこやかに話してくれた。
このフレーズ、こないだ聞いた……。
友人の家にお邪魔した際、友人の母であるご婦人に言われたセリフとほぼ同じだ。
まさか年下の可愛い女の子にまさかそんなこと言われるとは思わなかった。
ミリー、中身、老けてないか?
だ、だめだ。このギャップは……!
「プッククククク……やめてくれないか笑わせるのは」
少しの間、笑いが止まらなかった。
ひとしきり笑うと、
「キース、笑いおさまった? コーヒー飲む?」
ミリーが可愛くコーヒーを勧めてくれる。
「飲む飲む」
「ブラック? ミルク入り? ミルクお砂糖入り?」
「ミルク入りで!」
と俺が言うと、パァっと明るくなり。
「私もなんです! コーヒーは、砂糖なしの、ミルク入りが一番好きなの! 甘いお菓子と合うので!」
と言いながら俺と自分のコーヒーを手際良く淹れてくれる。
その後、野外調理用の魔道具と、小さなフライパンを出し、スコーンを温めた。
「スコーンがあたたまる前に、昨日の作ったクッキーなんですがお召し上がりになりますか?」
お皿に盛られたクッキーは、俺がどうしても食べたくて来てしまった位求めていた、あのディアマンクッキーだった。
「ぜひ」
そう言って、いただくと、やはりとても美味しかった。
苦めのコーヒーにミルクを混ぜたカフェラテにもとても合う。
すぐにスコーンもあたたまり、バターと蜂蜜、ジャムを出される。
「今日のジャムはマーマレードなんです。料理長が仕入れたてのフルーツで作ってくださったの。コレをみた瞬間絶対スコーンだ、って思って朝からつい作ってしまって」
とミリーはニッコリ笑った。
「おいしいものは一番おいしく食べてあげたいんです」
そう微笑むミリーはめちゃくちゃ可愛いかった。
スコーンは三種類の粉を混ぜるのがこだわりだそうで、簡単な割にとてもおいしく、何度も作ったんだそうだ。
料理長が作ったというマーマレードがとても合う。
「そういえば、ミリーはお休みの日に遊ぶ友達はいないの?」
俺の時は休みのたびに友人と何かしら遊んでいたような。
「それが、悲しいことにお友達が全然できないんですよ。1人も……」
ミリーが悲しそうに笑う。
「可愛いから男の子たちが放っておかなくて、ミリーに嫉妬してるんじゃないかな?」
あまりにミリーが悲しそうなので、慰めにもならないんだろうが、言う。
自分が気づかなかったのが信じられない位、他の女の子より抜きん出て可愛い。
母の言う通りだ。
「そんな全然ですよ。キース、ご冗談はやめてくださいな」
ミリーはひとしきり照れまくった。
可愛いすぎる。
でも、こんなに照れるなんて本当に言われなれてないのかな?
「誰にもそんなこと言われません。クラスの男の子たちも私のこと全然気にしてませんから女の子たちが私に嫉妬はありえないかと……。でも、そう言ってくれてキース、ありがとう!」
ミリーは、本当に嬉しそうに、ニコニコ言った。
本当にそうみたいだけど。
おかしくないか?
ちょっと調べてみる必要がありそうだ。
キースくん、よそゆきの時は僕っていうけど、
本来は俺っていう子です。
ミリーちゃん、自分のことゴツい残念と思い込んでるけど実はめっちゃ可愛いんです。ヒロインだもの!




