悪役令嬢ちゃんの秘密
……どうしてこうなったんだろう?
私の前には、泣きじゃくる悪役令嬢ちゃんがいた。
あ、決して私が虐めたわけではない。
この悪役令嬢なのに意地悪しない、優しく可愛いクローディア様のことを虐めるわけがないだろう。
私は、コーヒーを淹れてあげ、ようやく泣き止んだクローディア様に、
「どうされたのですか?私でよければお話お伺いいたします」
と言った。
(誰かに見られて誤解されたらどうしよう? 完全こっちが悪役だよね)
なんて自分の身を案じてしまう。
きっとクローディア様は、若くして重責に耐えていらっしゃるのだろう。
私が話を聞くのもおこがましいが、聞いて心を軽くできるのならば、まさに国民の義務であり喜びである。
※※※
私は、一人でお弁当を食べている。
毎日学食はきつい。
貴族の学食だからか、フランス料理みたいなメニューばかりでカロリーも高いし一回食べたけど、口に合わない上すごく胃もたれした。
胃が強靭でたくさん食べてもスリムな貴族の皆さんが羨ましい。
それならばと家にある食材で適当につくったお弁当を持ってきて一人で楽しく食べているというわけだ。
しかも今日は料理長が仕入れてくれたおいしそうなベーコンがあって、それをもってきたのですごく楽しみだったのだ。
前世で大好きだったシャケ入りのおにぎりもまた、とっても楽しみ。
このゲームの世界は米があった。
ただ、そのことに感謝である。
みんな学食に向かったので、端っこじゃなくても真ん中でもいいのだけど、なんとなく校庭の端っこの方に布を敷いて、座る。
「フッフッフ」
私は笑いが止まらない。
今日は、前世で一人キャンプのときに使っていた小さな焚き火台を思い出して、鍛冶屋に作ってもらった焚き火台(組み立て式)をもってきたのだ!
ベーコンは、冷めてるより焼いた方がうまい!
美味しいものを美味しく食べること、それはとても大事なことだ。
焚き火台を組み立て、ナイフでそのへんの拾った枝でシャッシャッとフェザースティックを作ったのを入れる。
不器用だが前世でやってたので早くできる。
独身OL、趣味はソロキャン。
昔取った杵柄が、まさか今役に立つとは。
だが、火はもちろん魔法でつける。
あっという間に火がついた。控えめに言って最高。
ルンルンとベーコンを乗せていく。
いい匂い。
あぁ、ビールが、のみたーい!
ビールがないことを残念に思いつつ、いいベーコン、やきたて、しかも野外という最高なコンディションでベーコンを味わって食べていると、そこにピンク君とクローディア様がやってきた。
こんなベーコンの焼いた匂いを放出して楽しそうにやってたら多分見ちゃうと思うんだけど、二人はなんだかそんな余裕もないかんじだった。
何か二人は言い争い、ピンク君はどこかへいってしまった。
……クローディア様は立ちすくんで泣いていた。
私はベーコンのことがとても気になりつつ、いつもお世話になっているクローディア様のために、焚き火台からベーコンをお皿に戻した。
(また焼いて食べてあげるからね)
だが、一番おいしそうなやつとどうしても目が合ってしまったので、それをポンと口に放り込んで、もぐもぐしながらクローディア様のところへ向かった。
「もぐもぐ……フホーディア様……ゴクンっ…気があっちにいらっしゃいませんか」
食べてから行けば良かったかもしれない。
でも、ベーコンって最高。
あの美しい令嬢がさめざめと泣いてどうしようもないので、無理矢理私が座ってた布のところまで、連れていく。
がたいのいい私は、小柄で華奢なクローディア様などヒョイと抱っこできてしまう。
なんてイケメンなのだ、私よ。
とまぁそんな感じで布の上に座らせて、膝掛けをかけてあげる。
自分も飲みたかったので、クローディア様にもついでにコーヒーを淹れてあげる。
コーヒーセットも抜かりなく用意しておいたのだ。
食後のコーヒーを前世から大事にしている私は、これは毎日もってきている。
泣いてるクローディア様にはミルクと少し蜂蜜で甘くしてあげた。
コーヒーを飲み、ようやく泣き止んだクローディア様は、
「美味しい……」
と笑ってくれた。
「どうされたのですか?私でよければお話お伺いします」と冒頭の話になったというわけだ。
クローディア様は、どうみても一人キャンプ状態を楽しんでいる私をみて、はっとした顔をして、
「これは、焚き火台ですか?」
「そうです。鍛冶屋に作らせました」
「これ、こちらでは見たことありません。ミリーさんも、もしかして前世の記憶がおありなのですか?」
おずおずそう話されるクローディア様。
なんで答えたらいいかわからない私は黙ってしまう。
クローディア様は、
「やはりそうなのですね」
と勝手に納得していた。
クラスメイトで過ごすうちにそうじゃないかと思っていたらしい。
私は全くクローディア様に前世の記憶があるだなんて、気がつかなかった。
クローディア様は私よりも、順応性が高いのかも知れない。
たしかに悪役令嬢なのに優しいってそういうことだったのかなって思う。
私はちょっかいかけるどころか、ピンク君の名前すら覚えられないので、意地悪する意味すらないのかなって思っていたのだ。
少し躊躇いながら、クローディア様は口を開く。
「ミリーさん、あの、私は前世は男だったのでございます」
クローディア様は間違いなく、そう言った。
「そうなんですね。私はアラフォーの平凡なOLでした。クローディア様はどんな方だったんですか? クローディア様みたいな男性だったら、女性誰しも好きになっちゃいそうですけど」
私はなんだか前世のお話するのに飢えてたので、嬉しくなって沢山話してしまった。
「えっ気持ち悪くありませんか?」
クローディア様がなぜだか、ビックリなさっている。
「気持ち悪いって私がもしかしたらアラフォーだからですか? 私、おばさんのくせに嬉しそうに制服きてーってたまにハッと思う時があるんですよ。でも流石に気持ち悪くはないとおもいたいですよね」
なかなか痛いよね。アラフォーの制服は。
「いえ、ミリーさんはとっても可愛いし気持ち悪くなんてありませんわ。誤解させて申し訳ありません。気持ち悪いというのは、私のことです。」
クローディア様は言いにくそうに、でも覚悟を決めたような顔をして続けた。
「私、前世では20歳で亡くなりました。どうして亡くなったかは覚えてはおりませんが、私は心は女性だったんです。男性が好きで、カミングアウトしていたし、可愛い格好もメイクも大好きで、ジェンダーレス男子、なんて言われてました」
……そこからちょっと間が空いてしまう。
だが私の悪いところがでてしまった。
本当は待たないといけないのに、どうしてもうずうずしちゃって、私はついつい口を挟んでしまった。
「私覚えてます! 前世で、テレビに出てる子で、めっちゃ可愛いなーって思ってた子いたんですよ! アラフォーになると若い子ってみんな同じに見えるのに、そんなことなくて、とっても目を惹かれて。心までも美しいのかもなーって思ったこと覚えてますわ。」
私はもしかしたら、口を挟んではいけないところで挟んでしまったかもしれない。
「ミリーさんは、私のこと気持ち悪くないですか?」
クローディア様が、上目遣いでうるんだ綺麗な瞳で私をみやる。
クローディア様、可愛い。
「全く! クローディア様が気持ち悪かったら前世で前世を占ってもらった時、虫だったって言われた私はどうしたらいいんすか!」
私はつい熱くなってしまった。
嘘だと信じているが、こう転生してしまうと、3割ほど虫だった可能性も捨てきれないと思ったりする。
例え前々世が虫で気持ち悪くても私は生きるしかないのである!
「ブーーーーーー!!!」
クローディア様が盛大に吹いた。
「ミリーさん虫とかやめてください! 笑わさないでーー」
クローディア様がすごく笑っている。
笑っているクローディア様も17歳らしくとても可愛い。
「でもなんで泣いてたんですか全然話見えないんですけど。落ち着いてからでいいから教えてくださいよ。虫だったことカミングアウトしたの前世からクローディア様が初めてなんですからね!」
ここまできたら絶対教えてほしい。
「ミリーさんの話聞いてたらどうでもよくなっちゃいました」
クローディア様は憑き物が落ちたかのように、吹っ切れた顔をなさって言った。
「私女性に生まれ変われて、とても嬉しかったんです。可愛いドレスも嬉しいし、メイクも楽しくて! ラインハルト様は親の決めた婚約者ですが、本当に好きなんです。彼も私を好いてくださってるそうなんです。でも、なんだか前世が男だったことはどうしてもいえなくって、態度が変になってしまい、誰か別の人が好きなんじゃないかって言われて喧嘩してしまいました」
伏目がちにいうクローディア様はとっても可愛い。
「きっと王太子様は嫉妬なさったんですよ。それに、クローディア様は王太子様が前世が女性だったとしたら気持ち悪いなって思われますか? 前世は前世、今は今なんだと思います。それに今は女性なのだし、前世が男性だったとか言わなくてもいいと思いますよ」
クローディア様みたいな完璧みたいな人でも、そう思うのだから、こんな元虫で、元アラフォーでも、今の可愛いミリーをめいいっぱい楽しみたい、私はそう思った。
向こうの方でめっちゃ隠れてる護衛の人がソワソワしている。
「クローディア様、そろそろ行かなくて大丈夫ですか?護衛の方がなんかソワソワされてます」
そう私がいうと、
「ヤバイ! 私妃教育なの。あれ嫌いなのよね。でも虫よりはいいか」
クローディア様が悪戯っぽい顔をした。
「もーー虫は忘れてください!」
護衛の方に向かおうとなさったクローディア様がこっちを振り向いて女神のような笑顔で言った。
「ありがとう。仲直りしてくるわね。次はぜひ、ゲームの話しましょうね! 可愛いヒロインちゃん」
そして妖精のような美しさで護衛の方へ向かっていった。
絶対仲直りできるはずだ。
やはり彼女もゲームのことを知っているようだ。
もっと話してみたいな、と思いつつ、私はうますぎるベーコンを焼き直すことは忘れなかった。
ベーコンを頬張りながら、私もアラフォーだからとか、おばちゃんだからとか思わないで、17歳のミリーをもう少し大事にしてあげようと思った。
今世の私の17歳は今しかないのだから。
アラフォーちゃん、いよいよ今世を楽しみます。




