第7話 精霊ベルゼブブ
ごくん。
目覚めた神喰マリが最初に感じたのは、何かを丸呑みする感触。
異物が体の中に入ってくる気持ち悪さに嘔吐しそうになりながら、瞼が開かれた。
目の前360度に広がるモニター群。
モニターに映し出されるのは、四肢をもがれ、コックピットが丸出しとなったロボットの残骸。
それに加え、睨みつけるようにこちらの様子を伺っている動く仏像のような化け物。
それを見てマリはつぶやいた。
「……ゲーム?」
何かの中にいる。それは確かだ。
座席に座っているから、乗り物の中なのだろう。
両手を置く場所には水晶があった。フラミンゴのようなピンク色の丸い水晶。
操縦桿だろうか?
着ている服は制服ではない。見た目は白いライダースーツ。
ピタリと密着して体のラインが浮き彫りになっている。
誰かに着替えさせられた?
その考えが頭に浮かび、薄気味悪くなった。
マリが自分の格好を確認していると、乗り物が、ドクンドクンと振動を始めた。
マリはそれを脈拍のリズムのように感じた。
「気持ち悪い。なんなのこれ、生きてる? 私は何かに食べられたの?」
つぶやくマリの前にホログラムが映し出された。
投影されているのは長い銀髪の青年。
冷たい瞳は、アメジストを思わせる紫色。
霧のようなグラデーションのダークブルーのローブを纏っていた。
ホログラムと思えないほど、色が鮮明に映っていた。
青年は仰々しく頭を下げた。
『はじめまして。神喰マリさん。私はベルゼブブ。良い精霊ですよ』
マリは一瞬、耳を疑った。
良い精霊? そういったのだろうか。自分からそんなことをいうものを信じられるはずがない。
リアルに感じるが、やはりゲームなのだろう。
ゲームキャラだから定型文的に話すのだ。
そうだ。そうに違いない。
「精霊……えっと、お助けキャラ的なものかな。これってゲーム? なんだよね」
『誰がお助けキャラですか』
ベルゼブブは真顔でため息をついた。
『時間がない』
そういいながら、モニターに映る仏像の化け物を指さした。
『タイプΩ。あれを倒します』
「倒す? 誰が?」
ベルゼブブはマリを指さした。
『とりあえず貴方』
マリは自分を指さす。
「わたしが?」
モニターに映る、タイプΩが動き出した。
マリの所に突進してくるように見える。
精霊だということを信じたわけではない。
ただ、逃げないとまずい。そうマリの直感が働いた。
「どうすればいいの!?」
ベルゼブブはピンク色の水晶を指した。
『ここに手を置いて、あとは念じるだけです。
避けるイメージをしてください。
ああ、私が補助するので気負わなくていいですよ』
マリはすぐさま、水晶の上に手を置いた。
いわれるがまま「避けて!」と叫びながら念じた。
乗り物が動き、タイプΩの突進をすれすれで避けたことがわかる。
大きく動いたはずなのに、座席にはほとんど振動が伝わってこなかった。
タイプΩはすぐに身を翻し、マリに向かって剣を横薙ぎに振り払った。
「防いで!」と叫びながら右腕で剣を弾くようにイメージ。
その動きをこの乗り物はトレースしてくれるらしい。
なんとかまた避けることができた。
その後もタイプΩは、槍や剣を使って攻撃を仕掛けてきた。マリは必死に避け、防いでいた。
けれども長く持つはずがなかった。
左からくる錫杖の一撃を避けることができずに吹き飛ばされ地面を転がった。
ベルゼブブはコックピットの中で高く浮かび、マリを冷たい目で見下ろした。
『ま、こんなものでしょう。ケルベロスを初見で動かしているだけで褒めてあげます。ぱちぱち』
ベルゼブブは、ぱちぱちと口でいいながら手もぱちぱちと叩いていた。
ここまで露骨にけなされるのは初めての経験だった。
「バカにしないで! 大体ケルベロスってなによ?」
ベルゼブブは首を傾げ、
『馬鹿にしている?
人間の真似をしたつもりですが、間違っていましたかね。もうだいぶ古い記憶ですから』
悪びれもせず、淡々と言い放った。
『ああそれと』ベルゼブブはモニターをこんこんと叩く。『ケルベロスとはこの機体ですよ。それ以外ないでしょう?』
「ああ、はいはい。わかりました!」
ケルベロスがこの乗り物を指していることはマリにだってわかっていた。
だが、確かめたくなるのは仕方がない。
ベルゼブブの言い草には腹が立つ。
マリが内心の苛立ちを抑えられずにいると、ベルゼブブが唐突に大声でいった。
『マリさん。避けて!』
目の端に映ったのはタイプΩが何かを投擲しようと振りかぶっている姿。
直後、マリは右肩に突き刺すような痛みを感じた。
「っい! いやあぁ!」
右肩を何かが貫いている。右手がまったく動かない。
まるで座席に縫いつけられているみたいだ。
見た目は何も変わっていない。血の一滴も出ていない。
それにも関わらず焼けたように痛い。
肩を貫いている何かに必死で触れようとした。
しかし左手はただ空を切るだけだった。
『落ち着いて。ケルベロスのダメージがフィードバックされているだけです。メインコントロールを渡してください』
メインコントロールといわれてもわからない。もっとちゃんと説明してほしい。
痛みに耐えながらマリは尋ねた。
「どう、すればいいの?」
『私にすべてを委ねると、強くイメージしてください』
マリはいわれたとおりに念じる。けれど、肩の痛みに気を散らされる。
集中することができない。
ベルゼブブは不思議そうにいった。
『痛いのを我慢してどうするんですか? 痛みごと私に渡すイメージをしてください。すべてを委ねるといったでしょう』
痛みも含め、自分のすべてを渡す。そう考えると気が楽になった。
痛いのは変わらないが、それを押し付けるようにイメージすることは難しくない。
次第に肩の痛みは薄れていった。
それだけでなく、頭がぼーっとして上手く働かない。
おぼろげな音の中で、ベルゼブブがいった。
『ああ、これはかなり痛いですね。それにしても、いくら委ねるといってもやりすぎです。意識を失いかけているじゃありませんか』
マリの意識はたゆたっていた。
ベルゼブブがなにかをいっていることはわかる。
だけど、よく理解できない。
『まあ、集中力とイメージ力がずば抜けて高いと褒めてあげましょう。
ぱちぱち。あ、ぱちぱちはダメなんでしたね』
ベルゼブブがなんだか反省しているように感じた。
『さて、いきますか』
そういったベルゼブブの声を最後に、マリの意識は途切れ途切れとなる。
ときおり、若い女性の声がした。
サタン。
かろうじて、ベルゼブブがそう呼ぶのが聞こえた。
サタンは怒っているようだった。
『ベルゼブブ。どうなっている? なぜ守を喰った!!』
あるときは、困惑しているようだった。
『宿主ぬきで武器を生成した!? やはりルールを逸脱している』
マリがたゆたう意識の中で最後に聞いたのは、ベルゼブブの声でもサタンの声でもなかった。
耳に残ったのは、巨大な断末魔だった。
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