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第4話 漆黒の繭

 守はすぐさまユニーを()り、大地を蹴った。

 すでに空間の亀裂が多数入っている。

 這いでてくる直前のヘイムダルもいた。


 その中の一体、カマキリ型ヘイムダルの視線の先に横たわるマリがいた。

 守がマリを隠していた建物。

 それに、這いでてきたカマキリ型が当たった。

 ただそれだけで、運命が決まった。


 マリは静かに眠っていた。

 制服はぼろぼろだが、右腕の欠損以外の傷は見当たらず、その穏やかな表情は母親の腕で眠る赤子のようだった。


 カマキリ型は、異物であるマリを排除すべく動き出した。

 その体は亀裂から完全に出ていない。

 だがカマキリ型が無防備なマリを殺すのは鎌一本で十分に足りるだろう。


 マリの上に、カマキリ型の巨大な鎌が振り下ろされた。


『守!』

「ま、に、あえぇ!」


 守は叫ぶ。

 流星の様に投擲される明星。


 先に届いたのは、無情にも巨大な鎌だった。


 ぐしゃり、と鈍い音が鳴り響いた。


 見るに堪えないほどの凄惨な状態。


 マリの身体は無残にも引き裂かれ、血の海に横たわる。


 守はそれを悟り、思わず目をそらしていた。

 しかし、現実は違った。


 予想とは裏腹に、つぶれているのはカマキリ型の巨大な鎌。

 漆黒の繭のようなものがカマキリ型の鎌を阻んでいる。


 それだけではない。

 漆黒の繭から伸びた糸がカマキリ型の鎌と守の投げた明星をも絡めとっていた。


 サタンは目を見張った。

『なんだい、あれ……』


 その言葉で視線を戻した守は目をまるくする。


「……穴?」

 守はただ黒い穴が開いているかと見間違ってしまう。

 それほどの漆黒。

 守は戸惑いたずねた。


「あれも精霊の力?」

『……わからない』

 サタンは眉間にしわを寄せた。

『アイツの力は感じる。だが、ありえない。宿主の意識がない状態で、アタシたちが干渉できるはずが……』


 どくん。

 漆黒の繭から響く重低音。


 どくん、どくん。

 リズムをとるように鳴り続ける。


 守は立ちつくしていた。

 助けなければいけない。

 理性ではそう思っても体が動かない。

 その光景をただじっと見つめることしかできなかった。


 一方、糸に鎌をとられているカマキリ型は激しく抵抗していた。


 全身はすでに亀裂から脱していた。

 巨大な牙や脚で激しく繭へと攻撃する。

 しかし攻撃するたびに、糸が体に絡み身動きが取れなくなる。

 最後には蜘蛛の巣に捕らわれた虫のように動くことができなくなった。


 カマキリ型が完全に動きを停止した時、別の音が鳴り始めた。


 じゅくじゅく、という聞くだけで身悶えする不快な音。


 漆黒の繭はカマキリ型を溶かし、自らの中に取り込んでいた。


「うえっ」


 守の目の前で繰り広げられる捕食。


 カマキリ型ヘイムダルと明星は、間違いなく漆黒の繭に喰われていた。


 他のヘイムダルも亀裂から完全に這い出ていた。

 一様に漆黒の繭のまわりを遠巻きに見ている。


 全部で7体。

 しかし1体として近づく個体はない。

 近づけば吸収される。

 それがわかっているのだろう。


 だからといって、ユニーに襲いかかってくる個体もいなかった。

 その場の視線はすべて漆黒の繭に注がれていた。


 繭は大きく脈を打つ。

 どくんどくんという鼓動がさらに大きくなり世界に反響した。

 

 そして、それは唐突に停止。

 漆黒の繭から黒い光があふれ、視界一面を覆った。


「っわ!」

『っく』

 

 十秒ほどたったとき、ようやく光が収まった。

 光の中から現れたのは凛として立つ漆黒の巨人。

 それを見た守は、


「お、狼?」と戸惑いながらも、はたと気づいた。

「あっ。ネメシス装甲……?」

『ああ。反応は間違いない。だがねぇ……』


 巨人はあまりにも禍々しかった。

 全身が漆黒。

 人狼をおもわせるフォルムに、まるで血管のように赤く光る線が全身を走っている。


 ライオンの(たてがみ)を連想させる、頭部から背中にかけて生えている鋭利な突起。


 額の上には狼の上顎(うわあご)がのっていた。

 そして何より、獣のような巨大な口が印象的だった。


 左腕の拳は狼の顔そのもの。

 右腕は——欠損していた。


 膝や踵には巨大な刃物が連なっていた。


「彼女の選んだ姿……これが?」

『まず、違うだろうね』

「は、はは。だ……よね」


 精霊の宿主の意思に呼応してその姿を変えるネメシス装甲。

 その結晶である人型機動兵器。

 精霊たちいわくデジャイヴァー。


 デジャイヴァーの姿形は宿る精霊によってある程度固定されている。

 守のときは、ユニコーンであることが決まっていた。

 しかし、それはあくまで方向性に過ぎない。

 機体の色や姿、武装を最終的に決定づけたのは間違いなく守自身の意思だった。


 では、あの漆黒の巨人はどうだ。


 マリの意識がもどっていたとは思えない。

 もどっていたとしても10代の女の子の意思が反映された姿には思えない。


 守は思う。あれはなんだ?


「あれって、乗っとられてないよね? 寄生型もいるって聞いたことあるけど?」

『ちがう。アレからはアイツの力を感じる。乗っとられちゃいないよ』


 サタンの身体は震えていた。


『守。そろそろ呆けているヘイムダルたちも動き出すだろう。ただ、下手に介入するな』

「彼女であることは間違いないんだよね?」

『だとしてもだ。最悪、アタシたちも明星と同じく吸収される可能性がある」


 サタンは手早く自分の意見を述べる。


 ——どうしたんだろう? 守は不思議に思う。


 他者の心を感じ取れるという守の可能性——インフィニティと呼ばれる特殊能力。

 精霊が宿ったときに得られるその力で、守はサタンの心を感じ取っていた。


 いつものサタンは表面上強気に見えている。

 しかし、心の中には常に恐れと諦念が混じっていた。

 唯一それを知っていた守は、そのこともあって戦いには乗り気でなかった。


 だが、いまサタンの中にある者は違う。恐れや諦念は残っているものの、それを上回る圧倒的な好奇心。

 心が浮き立っているのだ。


 目の前の異様な光景を前にして、どうしてこうなるのか。

 守にはまったく見当がつかず、違和感を覚えた。


 だが時は待ってくれない。

 守が違和感を解消できないまま事態は進む。


 7体のヘイムダルは示し合わせたように、攻撃の態勢に入っていた。

 視線の先は漆黒の人狼。


 それに呼応するかのように人狼の体中を走っていた赤いラインが強く発光し、咆哮をあげた。


 雷鳴と噴火が同時に起きたような、畏怖を覚える咆哮。

 その中に、守はわずかな哀しみを感じた。


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