第26話 躍進、そして遭遇
狭間の世界はいつもと様子が違っていた。
いつも青く明るかった空が夕焼け色に染まっている。
アスファルトなど見当たらず、大地は赤土で覆われ、乾燥のためか一面にひびが入っていた。
最近は見慣れていた荒廃したビル群が一切見当たらず、高さ二、三十メートルほどの岩山が所どころそびえ立っていた。
なにより、音がする。
いままでの狭間の世界は不気味なほど静かで、ヘイムダルの叫び声しか音らしい音はなかった。
それがどうだ。ここは猛るような風が轟轟と音を立てている。
百以上の戦場を経験したマリだからこそわかる違和感。
マリは身を引き締め、シュピーゲルに自分の意見を伝えた。
「なるほど、たしかにいままでの狭間の世界とは様子が違う。
総司くん。
空を飛んで辺りを確認してもらえるかい。
マリさんは前を警戒、私は後ろ。
風のせいで索敵が難しい。少しずつ進もう」
この場での指揮官はシュピーゲルだった。
おそらく最年長で、パイロットの経験も一番長い彼が適役だった。
総司もシュピーゲルのいうことには素直に従っている。
しかしあまりにも風が強く、思うように飛べていないようだった。
「この風が厄介だな。
近距離主体のドワーフやケルベロスはなんとかなるが、遠距離攻撃を得意とするアインホーンの強みが半減されてしまう」
「ええ、主任。
破壊の羽根は牽制程度にしか使えないでしょう。
神殺しの槍を使ってカバーメインに動きます」
「ああ、頼む」
十分経ってもヘイムダルの一体にさえ遭遇しない。
やがて三機のデジャイヴァーは広く開けた場所についた。
そこはまるで闘技場。
半径五十メートルほどの巨大な円状に真っ平な大地が広がっている。
大地でできた円を囲むように岩山が乱立し、まるで観客席のようだ。
その闘技場のど真ん中で空間に巨大な亀裂が縦横無人に走った。
鏡が割れるような甲高い音とともにヘイムダル——タイプαが大量に這い出てくる。
豹型、鮫型、カブトムシ型、様々なヘイムダルがいる。
数はゆうに三十体を超えていた。
「総司くん、神殺しの槍を投擲。そのあと背後から攻めてくれ。
マリさんは左、私は右からいく。ただし、互いをカバーできる距離を保つんだ。
マリさん、無理をしないで危険な時はすぐに後退してくれ」
「了解」
「わかりました」
二人は返事とともに行動を起こしていた。
アインホーンは瞬時に神殺しの槍を生成して投擲。這い出る途中のタイプαを数体串刺しにした。
その中の一体はコアとなる『種』を串刺しにされ爆音と光をまき散らした。
ケルベロスは音と光に一瞬たりともひるまず、タイプαに向かって駆けていた。
そしてドワーフよりも圧倒的に早くタイプαの軍団に肉薄する。
「マリさん、出すぎだ!」
シュピーゲルの声が響き渡る。
その声と、マリの攻撃は重なった。
瞬時に生成された大鎌が、大群から頭ひとつ抜け出していたカブトムシ型ヘイムダルを縦真っ二つに切り裂いていた。
その断面にはちょうど種の形とおなじ楕円体の穴が開いていたが、マリ以外からは見えなかった。
爆音と激しい光があふれ、同時にケルベロスは大地を蹴った。
ひとっ飛びに後退したケルベロスはドワーフの横にそっと着地した。
「すみません、出すぎました」
「い、いや。無事ならいいんだ」
シュピーゲルの声は明らかに動揺していた。
アインホーンも空中で停止して、こちらを驚くようにこちらを凝視していた。
無理もない。
つい二週間前に巻き込まれたばかりの少女がまるで手慣れた動作で戦っている。
しかもたったの一撃でヘイムダルを殺した。
ふつう、ヘイムダルを殺すには少なくとも十回以上の攻撃が必要だ。
コアとなる『種』の位置がわからないからだ。
切り刻んだり潰したりしながら、徐々に種の位置を特定していく。
マリはその特定するという工程を無視して殺してみせた。
なぜそれが可能か?
百回以上の戦争を経験し、実戦経験が他の二人の比ではないことも一因だ。
しかし根本的な原因は異なる。
その原因は早川守の覚醒したインフィニティだった。
彼のインフィニティはもともとが相手の感情を読み取るものだった。
それがベルゼブブと接触し、自らの正体を思い出したときに覚醒した。
覚醒したインフィニティは相手の魂の情報を読み取る能力を有していた。
これを使えるマリにとっては『種』の位置を特定するなど造作もないことだった。
ドワーフのスピーカーからシュピーゲルが息をのむ音が聞こえた。
マリは自分の力が他の二人に劣っていないことを確信し、敵へと意識を集中させた。
「シュピーゲルさん、いきましょう」
ケルベロスは接近してくるヘイムダルの大群に目を向け、再び駆けだした。
ドワーフもそれを追うように駆けだした。
十分後、闘技場に残るのは一体の豹型ヘイムダルとデジャイヴァー三体。
マリの撃墜数は二十を超えていた。
ケルベロスは大鎌一本でこの成果をたたき出した。
『種』を狙った一閃による文字通りの一撃必殺に、完璧なヒットアンドアウェイ。
大乱戦の中、一度も攻撃をくらうことなく圧倒してみせた。
他の二人が目を瞠っているのがありありと分かった。
マリは最後の豹型ヘイムダルに向かって、ケルベロスを操り大鎌を振りかぶる。
しかし大鎌が届く前に、極太の光の線が四方八方から走り、豹型とケルベロスを貫いた。
豹型は爆音と光を放って消滅。
ケルベロスは直径十センチほどの大穴をいくつも開けられていた。
その穴のひとつはコックピットを貫いていた。
コックピットの中でマリは左の太ももを貫かれ、おびただしい量の血液で座席は真っ赤に染まる。
太ももから先がだらりと力を失い、足はいまにも千切れそうになっていた。
マリは「うぁぁぁぁぁ!」と、苦悶の叫び声を上げつつも急速に後退。
後退している最中、ケルベロスがマリの意思とは無関係に内部機関を動かした。
ケルベロスの体内に貯めていた『種』のひとつがめきりと音を叩て潰れていくのがわかる。
その瞬間、黒板を爪でひっかくような不快な音が機体の中でこだまする。
音が鳴ったあと、穴だらけだったケルベロスと、千切れかけていたマリの太ももは完全に元の状態を取り戻していた。。
「パパ……、またわたしを殺したのね」
コックピットの中、瞬時に治り痛みも消え去った左足を見て、マリは小さな声でつぶやいた。
ユウキにそれをさせてしまったことが悲しく、自分の弱さが情けなくもあった。
そのとき闘技場に、マリが知らない人間の声が響き渡った。
「へぇ。
一体は沈めたと思ったのに、ほんの数秒で修復ができるのか。
パイロットが優秀なのか機体が優秀なのかはわからないけど、厄介だね。
これが他のデジャイヴァー」
声の主は、乱立した岩山の上にいた。
間違いなくデジャイヴァー。
頭部は白く、他は全身が鈍い青色。
背中についてる六枚の翼は、まるで飛行機のように機械的な形だった。
両手の甲からは鋭く長い3本のかぎ爪が伸びていた。
そして再び声が響いた。
「死んでくれ、裕福な世界の住人たちよ」
デジャイヴァーどうしの世界間戦争が始まった。
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