第24話 世界線
訓練後、約束どおり雪乃とクララとマリは三人で夕食やカードゲームを楽しんでいた。
マリの異常な食欲に雪乃が目をキラキラと輝かせていた。
食べっぷりが気に入ったらしく、こんど手料理を振る舞ってくれるらしい。
それはとても嬉しいが、雪乃のすきな男性のタイプがぽっちゃり系だと発覚してからは微妙な気分になった。
午後九時、レクリエーションルームの前で雪乃とクララとマリは別れた。
マリが向かうのは自宅ではなく、個室だ。
マリの学校はテスト休みに入り、冬休みまで残りの登校日は二日のみ。
次の登校日は五日後だ。
自宅に帰ってもひとりきり。
送迎はしてくれるそうだが、訓練の時間が減ってしまう。
そんなもったいないことをするなら、ラボに泊まった方がいい。
幸い、パイロット用の個室は七つあり、まるまる空いていた。
緋月は雪乃と同じ部屋を希望したために、パイロット用の個室は辞退した。
シュピーゲルは元々助手部屋を使っていたし、いまでは主任室もある。
つまりマリは、七つの空室のどれでも選び放題だった。
マリが希望したのは訓練室や整備ハンガーに一番近い個室。
申請は驚くほどあっさりと受理された。
シュピーゲルに直接頼んだことが聞いたのだろう。
マリはその個室の前に着くと、ドアの横についた掌サイズのタッチパネルに手をかざした。
生体認証方式であり、カギはない。
ドアが横に滑り、中に入った。
六畳のワンルーム。
キッチンなし。トイレ・風呂別。収納にはラボの制服と簡素な部屋着が収納済み。
部屋の中に置いてあるのは、シングルサイズのベッドと壁かけモニターのみ。
モニターはすべての部屋にあり、センサーの役割も果たしているらしい。
部屋の大きさは十分。
着替えも用意されている。
まあ、こんど学校に行くときには自宅によって下着くらいは持ってこよう……。
マリはシャワーで汗を流し、寝る準備をすべて整えてベッドに横になった。
電気を消して眠りにつこうとスイッチに手を伸ばす。
それを阻むように光の粒子が集まり、ベルゼブブが現れた。
「ベルさん、どうしたの?」
「ぱちぱち。
たった一日でデジャイヴァーのモデリングを済ませ、顕現できるようになりましたね。
集中力とイメージ力はやはり素晴らしい。これで次の段階にいけます」
「次の段階?」
「ええ、マリさんはユウキを取り戻したいですよね?」
「当たり前でしょ、いまさら何をいってるの?」
「<虚無の瞳>を倒すためには強くなる必要があります。
しかしこのままでは時間がない。わかりますね」
「うん……。もっと訓練したい。でも、クララをつきあわせるわけにもいかないし……」
「実に中途半端ですね。
いや、ただ甘いだけでしょうか。
その程度の覚悟でヤツに勝てるとでも?」
甘い、か。
たしかに今日は甘かった。
植物状態とはいえ、パパを見つけたことで気が緩んでいた。
ベルゼブブはそんなマリの内心を見透かすように言葉をつづけた。
「このままでは確実に負けます。
貴方はユウキと言葉を交わせないまま死にます」
痛烈な宣告だった。
自分が死ぬ。
いやそれ以上に、もう一生パパと話すことができない……。
無意識に避けていた思考をまざまざと示された気分だ。
「どうすれば、いいのよ……」
「方法があります。
短期間で飛躍的に強くなれる可能性が。
しかし、命の危険も高い。どうしますか?」
「ずるいよ。こんな話のされ方で断れると思うの?」
「思ってませんよ。どちらにせよ、<虚無の瞳>に勝てなければ死ぬんです。
むしろ優しいと思いますが」
「はは。うん、そうだね。
やらなきゃいけないんだ。そうしなきゃ二度と会うことができない。
やるよ、その方法を教えてベルさん」
「ええ、守、お願いします」
「へ?」
ベルゼブブの横に光の粒子が集まっていく。
ベルゼブブと同じ三十センチくらいの人形サイズ。
西洋風のいでたちのベルゼブブとは対照的に、和風のいでたち。
和風というより、そのままずばり陰陽師という言葉しか思い浮かばなかった。
黒い千早と袴が存在感を引き立てていた。
強い意志が秘められた瞳、固く結ばれた口に凛とした立ち姿。
——この人が早川守さんなの?
「ベル、いまの僕を呼ぶときは守じゃなくて法眼って呼んでほしいな」
法眼は表情を一気にやわらげ、ベルゼブブにいった。
「わかってますよ、ただマリさんには守という名前を知らせておいた方がいいでしょう」
「うん、そうだね」
法眼は身体をふよふよと動かし、マリの布団の上にちょこんと立った。
「僕は君と会ったことがあるけど、君は僕を見るのは初めてだよね。
はじめまして、神喰マリさん。
僕はサタンがいうところの早川守。
ケルベロスに食べられちゃった人間です」
「食べられた……えと、その節はどうも?」
明るく食べられたと話す法眼にマリは混乱した。
おかげで変な返し方しかできない。
「あの、意味がわからないんですけど……」
「うん、そうだよね。
えっと、とりあえず僕のことは法眼って呼んでもらえる?
そして絶対に守ってほしいことが一つ。
君が独りのとき以外、僕の名前を出さないで欲しいんだ」
「なんでですか?」
「僕がこうやって魂だけで存在していることをベルゼブブ以外に知られるわけにいかないんだ」
優しいが、有無を言わせない言い方だった。
「わかりました……」
「ありがとう。
それで、僕のことは追い追い話すとして本題に入ろう。
僕のインフィニティを使えば狭間の世界に入りこむことができる。
そうすれば君は実戦を積むことが可能だ。
もちろん、狭間の世界で死ねばそれまでだけどね」
「狭間の世界って、自由に入れるものなんですか?」
「ふつうは無理だよ。
デジャイヴァーとパイロットが狭間の世界に召喚されるのは世界線γとの接触のときだけだからね」
「世界線γ?」
「そう。簡単にいえば、デジャイヴァーが介入しないとどちらが勝つかわからない世界だね」
「どちらかって?」
「ああ、そこからか。
何もわからない状態で訓練までしていたの? すごいね」
守は驚きながらも称賛の色をこめていった。
マリは「えへへ」と照れたが、
「褒めてないです。
猪突猛進の馬鹿だといってるんですよ。
法眼の性格上、直接指摘できないだけです」
マリの気分は一気に急降下。
しかし余計な反抗心は口に出さない。
話が進まなくなるだけだ。
「ベルは辛口だなぁ。
話を戻そうか。並行世界って知ってる?」
「漫画とかで読んだことがあります。
別の世界ってことですよね?」
「そう。世界は可能性の数だけ無数に存在している。
そしてこの無数の世界がお互いの生存をかけて戦っているんだ。
その戦いが起こるのが狭間の世界。
狭間の世界でそれぞれの世界の代表が戦って、勝利した世界が負けた世界の魂を取り込んでいく」
「世界の代表……それがデジャイヴァー?」
「ちがうよ。ヘイムダルだ」
「え……あの化け物が?」
「そう。あの化け物が。
タイプαとタイプΩはわかるよね?
タイプαはただの兵士。いくら死んだところで世界間戦争の勝敗には関係ない。
キーとなるのはタイプΩさ。タイプΩが死んだ時点でその世界の負けが決まるんだ」
マリは「ちょっと待ってください」といって黙考する。
整理しないと、頭の中がパンクしてしまう。
色々な世界があって、その世界どうしが戦争をしている。
生き残りをかけた世界間戦争。
わたしはその戦争をしている最中に狭間の世界に飛ばされたのか。
たしかに初めて狭間の世界に入ったとき、化け物どうしが殺しあっていた。
世界の代表として戦うのがあの化け物——ヘイムダル。
あんな気持ちの悪いのが世界の代表だなんて、なんだか自分の生きている世界が酷く醜いものに思える。
実際そうかもしれない。
学校では毎年のようにイジメが起きている。
日本のどこかで、強盗や殺人が毎日起こっている。
外国では戦争——人間どうしの殺しあいだって行われている。
ニュースで悲惨な事件を見ない日なんてない。
それらを思うと、あの化け物の姿も納得がいってしまう。
ただ、ヘイムダルが世界の代表として戦っているなら、わたしたちは何のために?
マリは口を開いた。
「じゃあ、デジャイヴァーってなんなんですか?」
「うん、当然の疑問だね。
デジャイヴァーは狭間の世界ではただの異物。だからどちらの世界のヘイムダルからも狙われる」
「わたしたちの世界のヘイムダルからも狙われるんですか?」
「そうだね。彼らにあるのは敵を滅ぼすという概念だけだから」
「だったら、なんで……」
「世界は無数にある。
だけど、すべての世界の力が拮抗しているわけじゃないんだ。
明らかに僕らの世界より力が劣っている世界群を総称して、世界線αと呼んでいる。
逆に僕らの世界と力が拮抗していたり、僕らの世界より強い世界群を世界線γと呼ぶんだ。
デジャイヴァーが召喚されるのは世界線γとの戦いのときだけなんだ」
「えっと、世界線α? は弱いからデジャイヴァーいなくても勝てる。
世界線γはいなくちゃ勝てないってことですか?」
「そうそう、飲み込みが早いね」
「守、マリさんはおだてても木を登れませんよ。
むしろ調子にのって落っこちます」
マリは宙に漂っているベルゼブブを掴み、手で顔を覆った。
しかし、すぐに光の粒子となって手をすり抜け、再び現れる。
「言葉で敵わないから実力行使ですか。
やれやれ、本当にこどもですね」
ベルゼブブがわざわざマリを見下ろす位置に移動して、心底馬鹿にするようにいい放った。
守はそれをみて苦笑しながら、
「ベル、きみは色々と間違ってると思うよ。
さてそろそろ本題に戻ろう。
僕のインフィニティを使えば、本来不可能な世界線αとの戦いに介入できる。
世界線αとの接触は数分に一度の間隔で起きている。
インターバルを取らなければ、一時間に十回は戦争に参加することが可能だよ」
「一時間に十回?
いや、戦争ってそんなすぐ終わりませんよね?」
「あれ? 気づいてなかったの?
狭間の世界に行っている間、この世界の時間は進まないよ」
「…………え!?」
そういえば、はじめて狭間の世界に巻き込まれたとき、教室で倒れてから保健室で目覚めるまでほとんど時間が経ってなかった。
あのわずかな時間は、わたしがただ気絶している時間だったんだ。
ベルゼブブは驚愕しているマリを見てため息をついた。
「ほんと、脳みそ入ってるんですかね……」
マリはその言葉にイラっとしながらも、守の力を借りて世界線αに介入することを決めた。
すべては、父親——ユウキを取り戻すため。
この瞬間からマリの本当の訓練が始まった。
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