第21話 同類?
「訓練の方法?」
シュピーゲルが聞き返す。
午前七時、マリは朝起きてすぐに主任室に向かった。
シュピーゲルは本が平積みにされたデスクに腰かけながらコーヒーを飲んでいた。
ユウキが好きだった銘柄の匂い。
シュピーゲルが懐かしむように飲んでいるのがなんだか嬉しかった。
そしてマリは聞いた。デジャイヴァーを操るための訓練方法はないか、と。
「教えるのは構わないが……」
「なにか、まずいことでもありますか?」
「いや、学校。行かなくていいのかい?」
「…………忘れてたっ!」
ラボから出発するまでに一時間かかってしまった。
シュピーゲルによる車の手配や、ラボが広く出口が遠いことより、マリが朝ごはんにがっついたことが原因だった。
幸い、ラボから学校までは車で一時間ほどだった。
送ってくれた運転手さんに礼をいい、十二時に迎えに来てもらうように頼んだ。
一限のテストに遅刻したが、すべてのテストを受けることができた。
結果は見たくない。
今日はテスト最終日。最後のテストが終わった後の開放感が教室に満ちる。
終礼のあと、ほとんどの生徒は部活か遊びにいった。
マリの所属している料理部の活動は冬休み明けまでない。あとはラボに戻るだけだった。
しかし、戻る前にやることがある。
あずさと話さないと。
マリは緊張しながら自分の座席で帰り支度をしているあずさに近づいた。
頭を思い切り下げて、「心配してくれたのにごめん」と謝った。
あずさは「気にしないでいいよ~」とあっさり許してくれた。
拍子抜けするくらいだ。
「それよりもさ」
あずさは一瞬ためらう仕草を見せてから、言葉を続けた。
「マリってあのあと病院行って検査した?」
「あ、うん。えーっと、検査はしたよ」
検査といっても病院ではなくラボでだ。
あずさに噓をつくこともできず、マリは曖昧に返事をした。
「そか、よかった。そんでさ、何の病気だったの? 伝染病だったり?」
「へ? いや、病気じゃなかったよ」
「あ……ちがうんだ。なら、うん、いいんだ。
じゃなくて、よかったね」
歯切れ悪く話すあずさが不思議だったが、そのあとはいつも通りの会話ができた。
約束の十二時前に解散し、車に乗ってラボにもどった。
ラボについたマリは、主任室に行かずまっすぐ食堂に向かった。
ビーフシチュー、豚の角煮、刺身盛り合わせ、メインディッシュをたっぷり三品食べた。
腹八分目がいいというし、そこでやめた。
いままでも人よりご飯を食べる方だったが、昨日から食欲が妙にある気がする。
——まあ、美味しいものがいっぱい食べれるからいいか。
満足したマリは主任室に向かった。
「シミュレータールームを使うといい。
五感すべてを本物そっくりに体感できる。
デジャイヴァーを動かすために最も重要なイメージ訓練が可能だよ。
マリさんのケルベロスもクララがデータを入力済みだ。
本当は模擬戦が一番訓練になるんだが……。
私がつきあってあげたいが、神喰主任の仕事で手一杯だ。
すまないね」
シュピーゲルは本当に申し訳なさそうにいった。
不気味なくちばし仮面のせいで表情は見えなくても、マリはシュピーゲルの気持ちが理解できる気がしていた。
シュピーゲルに礼をいって、シミュレータルームに向かった。
しかし、途中で思いとどまる。
わたしは弱い。昨日の戦いで十分にわかった。
ベルさんが悲願というくらいだ、<虚無の瞳>を倒すのは並大抵のことじゃない。
パパを取り戻すため、いまは少しでも早く強くなりたい。
なら模擬戦をするべきだ。
シュピーゲルさんが無理なら、候補はあと一人いる。
ダメもとでもあたってみよう。
緋月の部屋はシュピーゲルに教えてもらっていた。
一応パイロットだからと。
マリは昨日クララにもらったラボの地図を見て歩きだした。
”緋月総司・緋月雪乃”
部屋の表札であろう真四角の鉄製プレートに、そう刻まれていた。
一緒の部屋なんだ。
雪乃ちゃんの前で、化け物呼ばわりされるのはきついなぁ。
マリは意を決して、ドアをこんこんとノックした。
「はーい。ちょっと待ってください」
雪乃の声だった。
その声を聞いてわずかに緊張が和らいだ。
だが、これから化け物呼ばわりされることをすぐに思い出してげんなりする。
ピッ、という機械音とともにドアが横に滑った。
部屋の中からドアロックが解除されたようだ。
ドアの前に立っていたのはやはり雪乃だった。
ジャケットに短めのタイトスカート。うすい水色を基調としたラボの制服姿。
マリを見た雪乃は笑顔になって口を開いた。
「マリちゃん! 嬉しいな、遊びに来てくれたの?」
雪乃の笑顔が嬉しくて、マリもにこりと微笑していたが、その言葉で一気に申し訳ない気分になる。
「あの、ごめん。いまは遊びにきたんじゃないんだ」
「ううん。いいんだよ。顔が見れただけでも嬉しいから」
そういってまた微笑む雪乃。
ああ、なんていい子なんだろう。ほんと、あの緋月さんと兄妹だとは思えない。
「ありがとう。そういってくれて、わたしも嬉しい。
それで、緋月さん——お兄さんいるかな?」
「うん、いるよ」
雪乃は部屋の奥を見て声を張った。
張ったわりには可愛らしいだったが。
「おにいちゃーん。
マリさん来てるよ。話があるみたい」
「……すこしまってろ」
部屋の奥から総司の声が返ってきた。
ひどく低いトーンだった。
雪乃はマリの方に向きなおり、困った顔をした。
「ごめんね、おにいちゃん、なんか機嫌悪いかも」
「いや、ぜんぜん……」
マリは思った。
機嫌が悪くなったのはわたしがきたから。なんて、雪乃ちゃんにはいえないよなぁ。
総司の足音が聞こえてくる。
これから雪乃の前で化け物呼ばわりされると思うと緊張が高まるのを抑えられなかった。
総司が見えた。あからさまに不機嫌な表情。
雪乃の横に立った総司は口を開いた。
「なんの用だ? 神喰」
「え?」
化け物と呼ばれることを確信していたマリは思わず素っ頓狂な声をだした。
神喰っていったよね。あれ、聞き間違いかな。
どこかの国の言葉で、KANJIKIは化け物って意味だったりするのかな。
混乱して頭の中だけで独り言を続けるマリ。
緋月は眉をひそめた。
「なんの用だと聞いている」
「ちょっと、おにいちゃん。
なんでそんなに不機嫌なのか知らないけど、マリさんに当たらないで。
怖がってるよ。女の子なんだからね」
雪乃が頬を膨らませて総司をたしなめた。
総司は雪乃の方を向き、表情を一気にやわらげ微笑した。
「ごめんな雪乃。
昨日の戦闘を思い出して昂っていたみたいだ」
緋月はマリをみて、顔を引きつらせながら微笑した。
「それで、なんの用……かな?」
マリはいまのやり取りを見て確信した。
緋月さん、間違いなくブラコンね!
ちょっと親近感わいたかも。
それなら、利用するようで悪いけど雪乃ちゃんがいるうちに話を進めてしまおう。
「訓練を一緒にしてほしいんです。
シュピーゲルさんは研究で忙しいらしくて。
緋月さん、一緒にやってくれませんか?
早く訓練ができたら雪乃ちゃんと遊ぶ時間も作りたいんで」
緋月がいようといまいとマリの訓練の時間は変わらないが、あえてそう言った。
ブラコンなら名前を出されたら弱い。
自分の経験から、マリはブラコンの思考を読み取ることができた。
マリはさらに追撃する。
「雪乃ちゃん、訓練終わったら遊ぼうね」
「やったぁ。お兄ちゃん、一緒に訓練がんばってね」
無邪気に喜ぶ妹を、このブラコンが裏切れるわけがない。
総司は雪乃に見られないように、器用に片目でマリを睨みながら、渋々と頷いた。
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