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第20話 やるべきこと


 マリが思案するなか、シュピーゲルが話をつづけた。


「わたしは神喰かんじき主任の助手でね。

 一緒にベルゼブブに関する極秘の研究をしていたんだ。

 ラボの中で一番ベルゼブブに近い位置にいたのが神喰かんじき主任、次いで私なのさ」

「パパの助手? あれ、でもシュピーゲルさんはメディカルセンターの主任なんですよね?」

「それは——」

「シュピーゲル、お優しいのも結構ですが話が進みません。

 それに順に話さないと、わかるものもわからない。

 マリさん、本当にユウキについて聞きたいのなら質問は私の話が終わったあとにしてください。

 無い頭で考えても仕方ないでしょう」


 マリは眉をひくひくさせながらいった。


「最後のひとことは絶対いらない……。でも、パパについて話して欲しいから我慢してあげる」

「当然です」


 ベルゼブブは勝ち誇ったように鼻をならした。


「さて、では話しましょう。

 今朝、マリさんがキーとして覚醒間近だと悟ったユウキはかねてからの計画を実行に移しました。

 私の弱った魂を、自らの魂で補強する計画です」


 マリは目をみはり、ベルゼブブとユウキを交互に見る。

 それってつまり——


「マリさんの想像通りですよ。ユウキの魂は私の中にあります。

 植物状態になったのは、魂が抜けたからです」


 ベルゼブブは足でこんこんとガラスケースをたたく。


「とはいえご覧の通り死んではいません。

 死ぬというのは、<魂の館>にかえることですから。

 現状は、いわば幽体離脱みたいのものですね」


 ベルゼブブの中にユウキの魂がある。

 それはつまり、ベルゼブブと最初にあったときからユウキの魂はずっとそばにいたということ。

 聞きたいこと言いたいことはやまほどある。ただ、ベルゼブブはまだ話を続けるようだった。


「ただ残念ながら、人間の魂で私を補強することはできません。

 ユウキにとって、これは誤算だったのでしょう。

 精霊と人間では魂の位階が異なります。砂場に砂を一粒加えたところでなんの意味もないでしょう?」


 マリは頭に血が上るのを感じた。

 砂場に砂一粒、それはつまりユウキの魂を砂の一粒にすぎないと言っているに等しい。

 なぜユウキがベルゼブブの魂を補強しようとしたのかはわからない。

 だが、文字通り魂を投げ出したユウキに対してあまりにも酷い言いぐさだった。

 口を開きかけたマリを続く言葉が押し黙らせた。


「しかし意味はあった。

 私たちの悲願が達成しうるほどの大きな成果が。

 不可解なことは、ユウキの記憶が他者から消されたことです。

 貴方あなたたち二人以外の人間だけでなく精霊であるサタンからも消えていた。

 シュピーゲル、マモンはどうです?」

「マモンも同じだ。神喰かんじき主任のことは覚えていなかった。

 まったく、この場に出てきて話せばいいものを。

 マリさんがいるから出られないそうだ」


 マリはなんだか泣きそうになった。

 マモンというのがシュピーゲルの精霊であることは想像がつく。

 その精霊が、マリがいるから出られないといっている。

 ——ベルさんのことといい、わたし精霊に嫌われるなにかあるのかな……。

 シュピーゲルはマリを見て慌てて頭を振った。


「違う違う。マリさんが嫌いってわけじゃないよ。

 マモンは極度の人見知りなんだ。

 初対面の人がいるとまず姿を現さない、私の中でじっくりと観察しているらしいんだ」

「ほんとですか? よかっ——」

「いや、案外ほんとに嫌ってるかもしれないですよ」


 ベルゼブブはマリの言葉に被せるようにつぶやく。

 マリはベルゼブブを睨みつけるが、ベルゼブブは意に介さず話をつづけた。


「マモンの記憶からも消えたということはほぼ確定ですね。

 ユウキのことを覚えているのはこの場の三人だけ。

 そしてユウキが消えたことの埋め合わせに、シュピーゲルが主任だという記憶に置き換えられたようですね」


 シュピーゲルは顎に手を当てた。


「記憶が消えたことの埋め合わせ。やはり、そうとしか思えないか。

 前例はあるのかい?」

「いえ、前例はありません。だからこそ不思議なのです。

 私の魂を補完したのはユウキが初めてではない。前のときは、他者から記憶が消えることなどなかった」


 シュピーゲルは嘆息した。


「手がかりなしか……。顔馴染みの相手が、私のことを神喰かんじき主任のように扱う。

 私からしてみれば、シュピーゲル・アイズという人間が消されてしまったかのような感覚だよ」


 シュピーゲルの声にはうんざりした色あいが含まれていた。

 メディカルセンターで他の研究者と声を交わすときにぎこちなく感じたのはこれが原因だったのだろう。

 たしかに、自分のことを他人のように扱われては気が滅入る。

 わたしだったら、あずさだと思われて話かけられるようなものだよね。

 相手はたしかにわたしに話しかけているのに、内容はあずさの話。

 わたしの存在を消そうとしている陰湿なイジメだと勘違いしそう。

 

「さて、マリさん」


 ベルゼブブがマリに視線を移す。


「ここまでが私が話せることです。

 そんな顔してシュピーゲルに下手な同情などしないで、質問があればどうぞ」


「気になることはいっぱいある。

 でも、いま聞くのはこの一つだけ」


 マリは一息おいて、嚙みしめるようにいった。


「ベルさんの中にあるパパの魂をいますぐ身体に戻すことはできないの?」

「……できません」

「なんで?」

「単純に、力不足です。魂を分離させることが簡単ではない、貴方の頭でも想像できるでしょう?

 私の中にいるユウキの魂を取り出すには莫大なエネルギーが必要です。

 私にその力がありません。だからできないのです」


 力が無いからできない。

 だとしたら、あの話は——


「おかしいじゃない。ベルさんいったよね?

 <虚無の瞳>を倒したらパパを取り戻せるって。

 願いが叶うって。

 その願いは精霊の力の及ぶ限りなんでしょ?」


 ベルゼブブは「ぱちぱち」といいながら手を叩いた。


「素晴らしい。

 どうやら頭が空っぽなわけではないですね。

 あ、これ褒めてますから。

 それで、そうです。マリさんのいったことは間違っていません。

 ただ違うのは、願いを叶えるのは精霊全員の力を合わせるという点ですね」

「なら、いま全員の力を合せてパパを元に戻してよ。

 そうしたら、パイロット続けてあげる。<虚無の瞳>を倒したときの願いも要らないわ」

「無理です」

「どうして?」


 <虚無の瞳>を倒さない限り叶えない。

 そんなことを言いだしたら、折れるまで文句を言い続けてやるつもりだった。

 しかし、ベルゼブブの返答はマリの予想外のものだった。


「単純なことです。精霊は全部で7名。

 うち3名しかこの世界にいないからです」


 マリがベルゼブブのいったことを理解するまでたっぷり十秒はかかった。

 精霊がそもそもいない。

 なら、<虚無の瞳>を倒したところで願いなど叶えられないはず。

 いやベルさんのことだ。まだいってないことがあるはず。

 

「どういうことなの?

 他の精霊がまだ生まれていないってこと?」

「違いますよ。

 この世界にいないのです。

 他の世界で、私と同じように<虚無の瞳>を倒すことを目標として活動しています。

 パイロットを続けていればいずれ会うことになるでしょう」


 聞きたいことはまだやまほどあった。

 しかし、今夜の話はここで終わった。

 すでに深夜2時を回っていたため、シュピーゲルがマリの体調を気にして話を切り上げた。

 マリも素直に従った。

 パパを取り戻すためにやるべきことは決まった。

 <虚無の瞳>を倒す。

 それだけが唯一の方法なんだ。

 マリは明日からやるべきことを決意し、シュピーゲルに案内され仮眠室に向かった。

 

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