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第1話 期末テスト

 洗面所の三面鏡を前にして、神喰かんじきマリは自分の姿を確認した。


 ルシフェル女学院中学校の白を基調とした制服。

 胸に描かれた天使をモチーフにした模様が可愛い。

 地毛だが赤みがかった黒髪。今日は三つ編みハーフアップ。

 パパにやってもらったお気に入りの髪型だ。

 小さい頃から色々な髪形を作ってくれるパパは、このくらいなら五分で作れてしまう。

 顔のどこにもニキビひとつない。

 白くてつるんとした肌は、親友の石山あずさから好評で、よく赤ちゃん肌なんていわれる。

 まあ、揶揄やゆも入っているのは間違いないが。


「はあ」


 それでも、マリは大きなため息をついた。

 鏡に映る自分の姿を見て気持ちが落ち込む。

 原因は目。

 夜更かしをしたわけでもないのに、目が異様なまでに血走っていた。


 しかも、白い制服によってその赤さがより強調されている。

 色だけではない。

 目覚めたときから、目の奥がズキズキと痛む。

 おかげで日課となっていた鏡を使った笑顔練習も、今日はまるでやる気が起きない。

 

「ついてないな~。期末じゃなかったら休むのに」

 

 今日は二学期期末テスト。

 数学は難しくて頭を抱えたが、できる限りの勉強はした。

 目が充血して痛いからって、休むわけにはいかない。


「マリ、大丈夫か? 目の痛みひどいんだろ?」


 マリの声を聞きつけたのか、三面鏡に一人の人物が映った。


 マリの父—神喰かんじきユウキ。

 どこかの研究室で働いているらしいがよく知らない。

 家にも巨大なパソコンが置いてあり、そこで仕事をすることもある。

 年齢は四十五歳。

 どちらかというと白髪が多いほうだが、毎月黒染めしているのでそうは見えない。

 髪型も若々しく保つため三カ月に一回は変えている。

 マリの願いだったらなんでも叶えてしまう。

 第三者からみたら極度の親バカ。

 マリからすれば、魔法使いのような最高のパパだ。

 ちなみに、あずさいわく白衣の似合うダンディなイケおじ。

 

 マリは鏡越しにユウキを見ながら頷いた。


「ありがと、パパ。でも行くしかないから。ね、見てみて」


 マリは両手で自分の眼を開いてユウキに見せた。


「赤いだけじゃなくて、紫っぽくない? そこが気持ち悪くて嫌な感じ」


 ユウキは眼を見開いてマリの眼を真剣に見つめた。


「……そうだな……ちょっと紫色だ」


 そういったユウキの目は、なぜかわずかに潤った。


「大丈夫?」


 マリは首をかしげた。


「声もなんだか震えてるよ」


 ユウキはにこりと笑顔でこたえた。


「大丈夫だよ」


 マリは不思議に思った。

 なんで、ちょっと泣きそうなんだろう。

 不憫になっちゃうほど目の充血ひどいかな?

 それに、いつものパパの笑顔じゃない。

 どこかぎこちない。

 少し気にはなる。けど、腕時計の針は七時半を指していた。

 もう家をでなければ間に合わない。


 マリは、ユウキを安心させるように笑顔でこたえた。


「それじゃ、いってくるね! 帰ってきたらなんでそんな顔したのか教えて」


 ユウキはどこか悲しそうな瞳で苦笑した。


「——ああ。気をつけて、いってらっしゃい」


 気をつけて、が妙に強調されていた気がした。


◆◆◆


 三年A組の教室で、マリは背伸びをした。

 今日のテストは三限でおわり。

 勉強のかいあって、なんとかしのぐことができた。

 だが油断はできない。

 明日はラスボス——英語の試験がある。

 いつものように、親友の石山あずさと学校に居残って自習する予定だ。


 あずさは、マリと同じくルシフェル女学院中学校の三年生。

 ボブヘアがよく似合う、眼鏡をかけた自称オタク。

 マリと同じ部活——料理クラブに入っている。

 休日はお互いの家にいきあって、遊んだりお菓子を作ったりする。

 マリの家に来たときは、ユウキを交えて料理対決をすることもある。

 そのため、あずさとユウキの仲はいい。

 もっともそれは、親友のあずさからマリの話を聞くためのユウキの思惑が混じっている。

 昔からのことなのでマリもそれに悪い気はしていなかった。

 むしろ、親友と仲良くなってくれることはうれしい。


 あずさと一緒に勉強をするその前に、やるべき大切なことがある。

 腹ごしらえ——待ちに待ったお弁当タイムだ。

 机を二つくっつけて、二人でお弁当を広げる。

 あずさは、いつものガッツリ系お弁当。


 じゅるり。


 甘辛のタレがたっぷりついたチキン南蛮をみてマリは思わずよだれを垂らしそうになった。


「食い意地!」


 あずさが自分のお弁当をマリから遠ざけるようにサッと動かす。


「あはは、だって美味しそうで……」

「まったくもう。それで、目はどう? ついに邪眼覚醒しちゃった?」


 マリは少し首をかしげて答えた。


「うん」


 マリは目にそっと触れる。


「だいぶ痛みはひいたよ」

「くうぅ。後半部分はわかんなかったか~」


 あずさは大げさにうなだれた。

 あずさはいつもマリに、中二病の素晴らしさを語っている。

 今回もその関係だろう。


「ま、治ってよかったね。にしても、マリって食い意地やばいのに何なの、その身体からだ

 

 あずさは上から下までマリを目でなめまわす。


「どうやったらあんなにバクバク食べてこのスタイル維持できるかね。

 しっかも、今日はハーフアップ~?

 まーた、おじさまにやってもらったんでしょ。

 あいかわらず、マリのためならなんでもできちゃう人だね」

「えへへ、ありがと」

「べつにあんたをホメたわけじゃないんだけど……」

「わかってるよ。パパのことでしょ? だから、嬉しいんじゃない」


 あずさは額に手を当て、「ファザコンきわまれり」とつぶやいたあと大げさにため息をついた。


「まあいいけど……。

 お弁当もいつもどおりおじさまのお手製ね。

 一口ちょうだい」

「目玉焼き以外ならいいよ」

「……けちんぼ。

 まあ、おじさま特製目玉焼き、美味しいからね。

 ほんと才能よね。たかが卵がなんであそこまでうまいのか」

「だよね! 黄身は半熟だけど、裏側は焦げつくくらいしっかり焼かれている。

 その焦げの部分と半熟の黄身を混ぜ合わせていただくこのハーモニー。

 パパにしか作れないよ!」


 マリは口の端からほんのりよだれを垂らしながら力説する。

 じゅるり。


「よだれ垂らしすぎ。

 マリはただでさえこどもっぽいからさ。

 よだれまで垂らしてたら赤ちゃんと変わんないわ」


 あずさは鼻を鳴らしてからかった。


「もう、またこどもあつかいしてる」


 マリは口をとがらせた。


「その反応がおこちゃまなんだよな~。

 マリ()()()は本当にかわいいでちゅね」


 マリはその言葉を聞き流し、目玉焼きを口に運んだ。

 一口食べるだけでニヤケてしまう。

 美味しいものを食べれば気分なんてすぐよくなる。

 パパのお弁当だとなおさらだ。


「にやにやしながら、美味しそうに食べちゃって。

 いっそのことさ目玉焼きと結婚すればいいんじゃない?」


 マリは一瞬真剣に考えた。

 想像しただけでまた口からほんのりとよだれが垂れてしまう。


「パパの目玉焼きならありかな」

「いや、ツッコめよ」


 あずさは眉をしかめ、マリにチョップを放った。


「わかりやすいボケにツッコまないのはね、マナー違反よ。

 聖地巡礼でポイ捨てするぐらいたちが悪いわ」

「よくわかんないけど……ごめんなさい」



 そのあとは二人で美味しくお弁当をたいらげた。

 やっぱり、お弁当の時間は至福のひとときだ。

 とはいえ、明日のラスボスに備えてそろそろ勉強しなければいけない。

 マリはお弁当を袋にしまい、鞄にしまおうとした。

 その時、視界が歪み……目が尋常でない痛みを訴えはじめた。

 マリはその痛みに耐えかね、椅子から転げ落ちる。

 教室内に、椅子が倒れるけたたましい音が響いた。


「ちょっと、だいじょう……」

「あああああ!」


 マリの絶叫が、あずさの声を遮った。


「いっいいいいいい!」


 マリは両目を手で抑えてうめき転がった。

 激しく暴れすぎているせいか、あずさも近づいてこれないようだった。


「誰か、先生よんで! 早く!」


 あずさは教室に残っていた生徒に大声で懇願した。

 マリの身体はまるで痙攣しているように、ときおりびくんと跳ねる。

 痛みに耐えきれず、叫び声を上げ続けることで何とか意識を保っていた。

 必死に助けを求めて、あずさを見つめた。


「マリ……目が……真っ赤、ううん……紫色?……」


 そのとき、マリの視界に()()が入った。

 まるで鏡が割れるときのようなひびがあちこちに入っている。

 そのひびは、あずさをも切断しているかのようだった。

 激しい痛みの中、マリはなんとか口を開いた。

 

「あ……ずさ。かが……? だいじょ……」


 なんとか絞り出したその言葉を最後に——マリは気絶した。


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