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第14話 ケルベロス顕現

 整備ハンガー。

 飛行機が何台も入りそうな巨大な空間。

 デジャイヴァーを格納するための倉庫。

 とはいっても、いまあるデジャイヴァーはたった一体。

 全身が紅蓮色。差し色のように入る黒いライン。

 頭部にある金色に輝く一本の角。背中には鋭利な刃物で組み上げたような翼が生えていた。

 まるで堕天使のような見た目。

 機体の周りには多くの機材が組み立てられていた。

 そこには、何人もの整備工や白衣を着た研究者がいた。


『さ、呆けていないで、さっさと出してください』


 マリの肩にちょこんと座っているベルゼブブが耳もとで口を開いた。

 マリは反射的に身震いする。

 

「耳もとでしゃべるのやめて……。ぞわっとするわ」


 ベルゼブブはマリを見下ろす位置にふわりと浮かび、

 冷たい目でマリを見下ろした。


『残り二十分ですよ? なんでこんなに時間ないかわかります?』

「ご……ごめんなさい」


 道中、ベルゼブブの話に希望をもったマリは、そのことばかりを考えていた。

 <虚無の瞳>を倒せば願いが叶う。

 冗談のような話だ。だけど、それをもたらしたのは、冗談のような存在である精霊。

 なら、可能性は高いはず。

 

 希望が見えたところでマリは別のことを疑問に思った。

 そもそも、なんでパパがいなくなっちゃったの?

 今朝はいつも通りだった。パパと話してから家を出た。

 うん。間違いない。

 お昼ごはんを食べているとき、あずさはパパの話をしていたし。

 

 変な化け物やロボット、精霊なんかが急にでてきて、保健室で目が覚めたらパパが世界から消されたみたいになっていた。


 やっぱり……あの化け物や精霊がパパのことに関わっているとしか思えない。

 だとしたら、私を戦わせるためにパパを……。

 いや、それなら隠す必要がない。パパを人質に私を戦わせればいいだけだもの。

 化け物が原因だとしても、精霊がそれを私に教えて戦いへと促すはず。

 じゃあ本当に関係ないの?

 

 思考の渦をグルグルと回っていたマリは、整備ハンガーに誘導するベルゼブブの話をろくに聞いていなかった。

 そのせいで何度も道に迷い、大幅に時間をロスした。


『さあ』


 ベルゼブブは紅蓮色の機体の横にある広大なスペースを指した。


『ここにデジャイヴァーを顕現してください。

 ケルベロスを生成するつもりで強くイメージすればオーケーです』


 マリはこくりと頷き、目を閉じた。

 イメージするのは先ほどベルゼブブが出したプラモデルのような立体映像。

 すると、きらきらと光を反射する粒子が集まり、ケルベロスが足元から形成されていく。

 マリは目をあけ、瞬く間に腰まで顕現したケルベロスに視線を移した。

 そのとき、形成されたケルベロスの下半身が霧散した。


「あれ?」

『……イメージができていませんね。

 仕方ないとはいえ、顕現すらできないのは問題です』

「ようするに?」

『機体の正確な形がわかっていないということです。

 そのせいで中途半端にしか顕現できていない。しかたない』

 

 ベルゼブブが手を掲げるとその先にプラモデルのようなケルベロスが映し出された。


『これを見ながら顕現してみてください。

 私がやっているように、手をかざして』


 いわれた通りに手をかざしてイメージする。

 立体映像をまじまじとみて、細部まで確認する。

 狼の頭を帽子のように被った頭部。

 そこから背中にかけて生えているハリネズミのような鬣。

 獣のしなやかさを持ちながら、無機質な恐怖を体現したかのような機体。


『もう顕現してますよ』

「えっ?」


 紅蓮色の機体の横に、ケルベロスはいた。

 片手片膝をつき、まるで騎士のようだ。

 

『全長は、約十メートル。

 速さに優れ、攻撃に特化した機体です。

 使いこなせれば、間違いなく強い』

「すごい……」


 全身が吸い込まれそうな漆黒。

 青色の幾何学的な模様がなければ、人型の穴が開いていると勘違いしそうだ。

 これに乗って戦えばパパを取り戻せる。


「さあ、<虚無の瞳>を倒しにいきましょう!」


 つい力が入り、マリは大声をだした。

 ベルゼブブはマリを見て固まっていた。

 同じように、紅蓮色の機体の周りにいた整備工や研究者もマリを見て固まっていた。


「わたし……変なこといった?」


 マリは独り言のようにつぶやいた。

 それを拾ったのは、ベルゼブブでも整備工たちでもなかった。


「馬鹿かお前? お前のような何の訓練も受けていないやつが<虚無の瞳>を倒せるわけがないだろう。

 そもそも、<虚無の瞳>が現れるまであと一年ある。

 どうやって、存在しないやつを倒すんだ? やっぱり頭がいかれた化け物だな」


 紅蓮色の機体から放たれる辛辣な総司の言葉に、今度は別の意味で場が凍った。


「……ベルさん?」

『<虚無の瞳>が現れるのが西暦六百六十六年十二月三十一日です。

 倒すチャンスはその一度きりですよ』

「そんな! それじゃあ、願いが叶うとしても一年後じゃない!」

『……わかっていたのかと』


 マリは髪を抱くように握った。

 すぐに<虚無の瞳>とかいう化け物を倒せるとは思っていなかった。

 ただ、戦うこともできないなんて……。

 この方法だと、あと一年はパパと会うことができない。

 それならいま戦うことに意味が見出せない。


「わたし、やっぱり乗らない……」

『パパさんを捜す具体的な方針でもあるんですか』

「それは……」


 無い。

 パパの携帯はつながらなかった。

 職場の連絡先は知らない。

 パソコンを見ればわかるかもしれないが、ロックが解除できない。

 親族の中で一番親しい叔母。

 家にちょこちょことやってきてはパパと料理勝負などしていたいた、あずさでさえあの調子だ。

 他の人に期待することはできない。

 もちろん、ビラを作って配ったり、パソコン業者にロック解除を依頼したり、できることはあるだろう。

 しかし、想像するものはどれも、実を結びそうにないものばかり。


『<虚無の瞳>を倒すには、マリさん自身もケルベロスも強くなる必要があります。

 いまは、産まれたての赤ちゃんのようなものですからね。

 マリさんの目的のため、いま戦う経験を積むのは意味のあることだと思いますよ』

「うん……」


 ベルゼブブは、はあ、とため息をつく。


『むずかしいことがあっても、必ず一歩前に進むこと。

 それが、大事なことではないですか?』


 その言葉にマリは目をみはる。

 

 わたしの信念。ママとの約束。

 それをベルさんの口から聞くことになるなんて。

 でもそうだ、ケルベロスに乗ることで、一歩前に進める。


「わかった。わたし、乗るわ」


 そのとき、放送が入った。


「世界線γ(ガンマ)との接触まで、残り十分」


 ベルゼブブがいった。


『急ぎましょう』


 マリは、こくりと頷いた。


 ケルベロスに乗りこむには、マリが念じるだけだった。

 そうすれば胸部が勝手に開き、乗り込めるようになる。

 コックピットに入ると同時に、光の粒子がマリを包み、パイロットスーツとなった。

 ベルゼブブいわく、光る粒子はフェムトマシン。

 フェムトとは数の単位で、ナノの百万分の一の大きさだとか。

 ようは、ナノマシンの百万分の一のマシンということだ。

 スケールが大きすぎてマリにはよくわからなかった。いや、この場合は小さすぎて。

 

 フェムトマシンは、精霊と精霊の宿主の意思によって物質を生成するという代物しろもの

 魔法のような機械だ。精霊の力が多分に使われているらしい。


 マリは他にも色々なことを聞いた。

 これから行くところは、狭間の世界と呼ばれていること。

 そこにいる白い化け物はヘイムダルと名付けられていること。

 本来なら、デジャイヴァーの形は宿主が決めるはずだが、ケルベロスにはそれが当てはまらなかったこと。

 ケルベロスの武器のこと。

 

 情報量が多すぎて、マリは頭を整理できなかった。

 ただ強く印象に残ったのは、ケルベロスの成長についてだった。


『いいですかマリさん。

 ケルベロスは特殊です。

 敵を倒せば倒すほど強くなっていきます。その条件は——』


 マリの耳には後半部分は入ってこなかった。

 ただ、ヘイムダルは自分自身で倒さねばならないことだけは強く印象に残った。


 そして、カウントダウンが始まった。


「世界線γ(ガンマ)との接触まで、残り十秒、九、八、七、六、五、四、三、二、一、接触!」


 ”接触”という言葉とともに、二体のデジャイヴァーは狭間の世界に移っていった。

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