第12話 関係なかった
医務室。時計の針は夜十時を指していた。
部屋の広さは教室を二つつなげた程度。
医師の机の周りにはひと山の機材。ハイテクの塊と主張しているような見た目だった。
学校とは違い、ベッドを区切るカーテンはない。
そのベッドの一つに座りながら神喰マリは医師の診察を受けていた。
どうやら、もう身体に異常はないらしい。
マリを助けた男とその仲間に“ラボ”と呼ばれるこの施設に連れてこられた。
医務室はあくまでもラボの一部。
ラボに入ってから、ストレッチャーで長い距離を移動した。
途中、治療室で酸素カプセルのようなものに入れられた。
怪しげな光を点滅させながら、うぃんうぃん、と音を立てる機械。
カプセルの中に霧が充満し、入っているだけでマリは次第に気分がよくなった。
目の痛みはすっとひき、涙も流れなくなった。
一生懸命していた呼吸も、意識せずにできるようになった。
たった三十分。
それだけの時間で治療は終わった。
治療後、マリはこの医務室に連れてこられ医師の最終的な診察を受けていた。
医師は「もう完治しているよ」と太鼓判を押した。
直後、しゅん、という音とともに入口の自動ドアが横滑りに開いた。
入ってきたのは緑色の瞳をもった男——マリを助けた人物だった。
年齢は二十代前半。
緑がかった黒髪に大きい目と高い鼻。
どうみても純粋な日本人ではない。
暗い色でまとめられた、戦闘服のようなものを着ていた。
マリは思った。
何が起きたのかはさっぱりわからない。
でも、助けてもらったのは事実。それならまずは……。
「あの、ありが……」
「黙れ」
ぴしゃり、と男がいった。
マリはいきなりの言い草にカチンときた。
「なんなんですか」
「黙れ、化け物」
マリは唖然とした。
なんて失礼な人だろう。初対面の相手を化け物よばわり。
しかも——自分でいうのはなんだが——そこそこ可愛い女子中学生に向かって。というかそもそも、
「むちゃくちゃよ」
再び「黙れ」という声をマリは無視する。
「こっちはね! わけがわかんないの。
なんでわたしが襲われるのよ? なんでこんな所に連れてこられなきゃならないのよ!?
早くパパを探さなきゃいけないのに……。
なんの説明もしないで。いきなり化け物よばわり。
おかしいんじゃないの?
それが大人のすることなの?
化け物よばわりするなら助けなきゃ……」
肩を上下させながら話していたマリの身体がピタリと止まった。
約一秒。
急に呼吸することさえできなくなった。
マリはけほけほと咳き込みながら、緑眼の男を睨んだ。
男は一瞬、戸惑いのいろを見せた。しかしすぐに冷たい目となり、こつこつと歩み寄ってくる。
マリの前にきた男はそのままマリの頭に手を伸ばす。
『ちょいと待ちな!』
マリと男の間に現れる、約三十センチの人形。
燃えるような赤髪。たしか名前は——
「サタン。邪魔をするな」
『総司。あんた、あんなことまでして……。
この娘になにする気だい?
何度もいってるけど、守のことはこの娘に関係ないよ』
「サタン。みすみす守を死なせたお前の言を、なぜ俺が信じると思う」
『いい加減にしな』
サタンは短く深呼吸をした。
『守を失って辛いのはアンタだけじゃないんだよ?』
緑眼の男——総司は鼻で笑った。
「精霊のくせに人間みたいなことをいうな。
お前たちにとっては人間などただの駒だろ?
守が死んだ直後に俺を宿主として選んだ。
俺が死んでもまたすぐに別のやつの所にいくだけだろう」
サタンは片手で頭を抑えながら嘆息した。
『まったく。そんな簡単じゃないのはあんたが一番よく知ってるだろうに……』
サタンは総司に向かってさらに言葉をかけようとした。
総司はそれを無視し手近なベッドに座った。
手をしっしっとふり、お前たちで話していろといわんばかりだった。
サタンは髪をくしゃくしゃにかきながらいった。
『ったく。あー……ごめんな』
サタンはマリの方を見た。
『神喰マリだよな。アタシは精霊サタン。
あんたに宿ってるベルゼブブのお仲間さ。
ま、見た目でなんとなく想像はついてるだろうけどな。
これから長いつきあいになるからよろしくな』
サタンはピッと敬礼のような仕草をした。マリは反射的に会釈を返す。
「あの」
マリは髪の毛をぎゅっと抱きながら聞いた。
「さっきの……急に息ができなくなったやつ、あれはいったい?」
『あー、そうだよな。気になるよな。
うん、まあ総司があんなんだし、アタシが色々説明してあげるわ……ベルゼブブ、アンタにも説明してもらうからね?』
マリの前に光が集まり人形サイズのベルゼブブが現れた。
ベルゼブブは突き放すようにいった。
『私で説明できることがあるのならね』
サタンは手を額に当てた。
『アンタさ、約百万年ぶりにまともに会話してるってのに冷たすぎないかい?
相変わらずといえばそうなんだけどさ』
『人間は面白い。精霊はつまらない。となれば、自然とこうなるのは仕方ないでしょう』
サタンは『はあ』と大きくため息をついた。
『精霊嫌いの人間好き。ほんとブレないねアンタ』
マリは耳を疑った。
え、サタンさん、なんていったの?
ベルさんが人間好きって……。
じゃあ、人間なのに馬鹿にされ続けているわたしはなんなのだろう。
地味にショックだ。
マリの表情の変化には誰も気づかないままサタンは説明を始めた。
『さて、まずはさっきのマリの質問に答えようか。
あれはインフィニティだ。総司の能力は“固定”なんだよ。
発動したてでまだ大して検証もしてないけどな。
ってか、マリにかけたときは総司自身が戸惑ってたから、制御できなくて思わずかけっちゃったんだと思うよ。
ごめんな』
「あ、いえ。サタンさんが謝ることじゃないんで。あの人が謝るべきなので」
マリは手をしゅぱっと前に出していいきった。
サタンは一瞬呆気にとられる。
『あっはっは。マリ、あんたけっこういうね~。好きだよ、そういうの』
「ありがと」
次々とわけのわからないことに巻き込まれていたマリの不安や恐怖は、先ほどのやり取りで、大部分が怒りに変化していた。
しかし自分がやるべきことは決まっている。そこにいきつくために、マリは話を促した。
「それはそうとインフィニティって?」
『あん? おいベルゼブブ。どういうことだい?』
ベルゼブブは不機嫌そうにため息をついた。
『まだ発動してないんですよ。マリさん、ちょっと特殊な状態なので』
そういったきり、話すことはないとばかりに姿を消した。
サタンは両手で頭を抱え、
『はあ……。なんでアタシのまわりはこんなんばっかなんだろ』
あきらめて腕を組みなおしてマリを見た。
『……インフィニティってのは、簡単にいえば特殊能力さ。
精霊が宿ることで宿主に発動するんだ。
どういう能力になるかは、その人間の可能性次第なんだけどな』
「特殊能力……うん、わかった。
じゃあ次、家でわたしが襲われたことについて教えてくれる?」
サタンは興味深そうにマリを見た。
『やけに物分かりがいいな』
「巨大ロボットと精霊はもう体験したからかな。特殊能力っていわれても大して驚きがなくて」
『ま、そりゃそうか。んで、マリを襲ったのは<自然なる終焉>っていう組織さ。
ここ特殊防衛機関プロメテウス——略して特防の目的に反対してる組織。
なんでマリを襲ったのか。
なんでマリの家を知ってたのか。
そこら辺はわからん。いま調査中だと』
マリは「うーん」と唸りながら思考を巡らせていた。
「それなら、わたしを化け物よばわりする人が助けてくれたのはなんで?
しかもあんなにタイミングよく」
『助けたのは、ベルゼブブの宿主であるマリを失いたくなかったから。タイミングの方は偶然だな』
マリは怪訝に思った。
「偶然? そんなこと……」
『たしかに、信じられないよな』
サタンは一呼吸おく。
『もちろん総司とアタシがマリの家に向かったのは偶然じゃない。
ベルゼブブから話を聞くためだった。
……アタシは総司に話さないようにしていたのに——どこから聞いたのか、総司が守の死について問いただすって聞かなくてな。
マリの家の前でアタシが総司をなだめている時に窓が割れる音が聞こえてね。突入したってわけさ』
マリは思った。
なぜ家の場所を知っていたかも気になるけど、精霊の力かなんかだろうな。
それよりも、わたしが襲われたのはパパがいなくなったことと関係ないないみたい。
それなら……
「もう帰っていいですか? わたし、やらなきゃいけないことがあるんです」
サタンは目を丸くする。
『ちょいと待ちな。
マリがなんで襲われたかもわからないのに家に帰せるわけないだろ。
何を焦っている?』
「サタンさんにいってもわからないだろうけど、わたしはパパに会わなきゃいけないの」
『パパ……マリの父親ということか?
……父親はいないはず』
マリは両手で制服のスカートを硬く握る。唇を嚙みしめ、サタンを見て口を開きかけた。
すると、なぜか再びベルゼブブが現れ、じろじろとサタンを見ている。
タイミングを逸したマリに、総司から声が投げかけられた。
「はんっ。やはり、化け物だな。
お前の資料には目を通した。父親なんかいやしなかった。
その父親に会うだと? 気持ちわりい」
マリは眉間にしわを寄せた。拳を握り、キッと総司を睨む。
「なんな……」
ジリリリリ!!
マリの声をかき消すように、巨大な警報が鳴り響いた。
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