第11話 急転直下
マリは混乱しながらもご飯を持ってきた叔母を家に招いた。
話しかけてくる叔母に空返事で応えて歩き、やがて二人はダイニングテーブルを挟んで座った。
マリは確かめるようにいった。
「あ、ありがとね……おばさん。パパがもうちょっとで帰ってくると思うから待っててくれる?」
叔母の目には憐れみと哀しみのいろが映っていた。
「……あずさちゃんから聞いたとおりなのね。
倒れたときに頭でも打っちゃったのかもしれないね。明日学校休んで病院いきましょう?」
「やめてよ! 叔母さんもパパがいないっていうの? じゃあきてよ!」
マリは立ち上がり、座っていた叔母の手をぐいっと引っ張りユウキの部屋に連れていった。
「ほら! パパの部屋よ」
叔母は部屋をみて困っていた。
しだいに自分を落ち着かせるように深呼吸をして、猫なで声で話し始めた。
「あのね、マリちゃん。思い出して? この部屋はマリちゃんがこうしたんだよ?」
「…………は?」
「小学生のときさ、パパがいたらこんな感じかな~っていって。
ただ無邪気に空想を楽しんでるようすだったし……両親がいなくて可哀そうだからってこの部屋のこと何もいわなかったから、今回こうなっちゃんでしょうね。……叔母さんたちが悪かったわ。
ごめんね」
マリは凍りついたまま、口を動かすこともできなかった。
叔母さんはなにをいってるの。
この部屋をわたしがつくった?
あずさも、叔母さんもおかしいよ……。
…………そうかな……。
ほんとに二人がおかしいのかな。
あの変なロボットと精霊のせいで……わたしがおかしくなったってことはないかな。
パパほんとは……サイショカライナイナンテコトナイカナ……。
マリは戸惑いうろたえ混乱し、両手で耳をふさいでいた。
これ以上、なにも聞きたくない。
ふいにベルゼブブが声をあげた。
『興味深いですね。マリさんの父親がいたことは間違いないのに、記憶だけがポッカリと失われている』
マリは、はっと気づきベルゼブブの方をみやって凝視した。
体長約三十センチメートルのベルゼブブは、パソコンモニターのひとつに腰かけ叔母を真顔でじっと観察していた。
マリは震える唇を嚙みしめながら、泣きそうな声で大声をあげた。
「そうだよね? パパは……いるよね!?」
叔母はぴくりと身体を震わせ、顔をひきつらせた。
叔母が心配そうに声をかけてきたが、いまは一刻も早くベルゼブブと話したい。
マリは涙をこらえながら、「大丈夫、また明日きて」といって叔母を無理矢理帰らせた。
マリは玄関のドアを閉じる。その姿勢のまま空中を漂っているベルゼブブを見た。
「ベルさん……さっきのほんとだよね?」
『どの、さっきの、ですか?』
「……パパがいるってとこ」
『マリさんのパパがいる? そんなこといってないですよ』
マリは顔をしかめ、声をあらげた。
「噓だ! さっきたしかにそういってた。パパがいるって!」
ベルゼブブは嘆息した。
『嘘じゃないです。私、嘘つきません。
マリさんの父親がいたことは間違いないのに、といったんです。マリさんのパパがいる、なんていってません』
マリは一瞬呆然としたが、すぐに目を大きくした。
「やっぱり! そうだよね。パパはいるんだ。わたしが狂ってるわけじゃないんだ」
マリは独りごとのようにいい放ち両手で自分の頬を挟むように、ぱんっ、と張った。
何回かぱんぱん、と叩いたあとベルゼブブにいった。
「大丈夫。進めよう」
『進める?』
「そう、ひとまず話して、パパを探す」
『……わかりました』
マリとベルゼブブはリビングに移動した。
マリはソファに座り、ベルゼブブはソファ前のローテーブルにちょこんと立った。
マリが意を決したように口を開いた。
「まず、ベルさんはなんでパパが……」
しかしマリの言葉は遮られた。
突然鳴り響く甲高い音に。
マリは反射的に身構え、「いやっ」と悲鳴をあげた。
同時にマリを襲う石つぶて。
だがそれは石ではなくガラス。
リビング横のバルコニーへとつづく大きな窓が盛大に割られていた。
投げ込まれてくる灰色の卵のような機械。
ぷしゅという音とともに煙が一気に部屋を染めていく。
マリは煙を吸ってしまった。
げほげほと咳き込む。
立ち続けることができず、座り込んだ。
とにかく逃げようと這いつくばって玄関へ進んだ。
途中足がとまった。
ちがう、止められた。
煙の中で、誰かに足をつかまれ、力任せに引っ張られた。
マリは「うぇっ」と呻きながらも必死で抵抗する。
足をつかんだ主と目が合った。
キュルキュルと機械音をたてるゴーグル。防弾チョッキのようなベスト。
右手には小さなナイフを持っている筋肉質の男。
男は口角をにぃとあげて叫び、
「華麗なる世界の終りのために!」
ナイフを振り下ろした。
だがそれはマリに届かない。
完全に振り下ろされる直前、玄関側からきた緑色の目をした男がナイフの男に向かって体当たりをした。
「くそっ!」
苛立つ声の主——緑眼の男はナイフをもつ男の腕をとった。
両手で手早く関節を極め、躊躇うことなく腕を折った。
ぼきり、と響く大きな音。
緑眼の男は声を荒げ、
「どうなっている? なぜ俺がこの化け物を助けなくちゃいけない!」
それを目印に二人の敵が襲ってきた。
緑眼の男は、右から切りつけてきたナイフを叩き落とし、その持ち主の顎に拳を叩きこんで昏倒させる。
その隙を縫って視界外から繰り出されるもう一人のナイフ。
緑眼の男はそれを一瞥することもなく軽やかに躱しナイフの主の頭を思い切り蹴とばした。
やがて煙が晴れていく。
一方、マリは目の端から涙をぼろぼろと流し、ひゅぅひゅぅという息音を立てていた。
「っつ! 催涙弾をもろに吸ったか。……しかたないラボに運ぼう」
緑眼の男は、苦しむマリにちらりと視線を向けたあと誰もいない虚空に向かって話しかけていた。
ふいにその虚空から声がした。
『総司! そいつまだ意識がある!』
最初に襲ってきた敵が、動く方の手で銃をマリに向けていた。
緑眼の男はそれを防ごうと蹴りを放つが、引き金にかけられた指の方が早い。
鳴り響く乾いた音。
頭部を狙った凶弾は、マリの眼前で止まっていた。
止めたのは、体長約三十センチメートルの人形だった。
ベルゼブブは真顔だったが、その目にはわずかに驚きのいろが混じっていた。
そして、ベルゼブブは口を開いた。
『とても興味深いですね。まさかこんなことになるとは。
それにしても……これ、どういう状況なんですか、サタン?』
ベルゼブブの視線の先に現れる悪魔のような2本の角を生やした女性。
体長はベルゼブブと同じく約三十センチメートル。
揺れる赤髪は美しく。露出度の大きい服を着ていた。
赤髪の女性ががなり声をあげた。
『はん。ふざけるんじゃないよ! それはこっちのセリフだ。
どうやって銃弾に干渉している? ルール違反もいいところだ。なのに、なぜまだリセットされない?』
ベルゼブブは凍りつきそうなほど冷めた目でサタンを睨み、
『これだから精霊はつまらない』
緑眼の男に目を向けた
『マリさん、早いところラボに連れて行っていただけますか』
緑眼の男は、がなるサタンを一瞥しながらも「……ああ」とこたえた。
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