プロローグ 漆黒の機動兵器
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*4/28に大幅な改稿をしました。
大筋は変わりませんが、最後の部分に変更があります。
荒廃したビル群がそびえ立つ戦場を駆け抜ける一体の人型機動兵器。
全身が吸いこまれそうな漆黒色。その表面を這う淡く光る幾何学的な青色のライン。
帽子のように狼の顔を被った頭部。握られた拳にも狼が宿っている。
地獄の番犬をモチーフとして形成された、人狼を連想させる約十メートルの機体。
自身が操る機体の映像。
コックピットの中、モニターの一つにそれは投影されていた。
ルシフェル女学院中学校三年生、十五歳の神喰マリは必死に機体を動かしながら、別のモニターに視線を滑らせた。
「みぃぃつけたー!」
マリは人型機動兵器——ケルベロスを繰り、大地を駆けた。
加速した勢いのまま、狼の頭部を模した拳を大きく振りぬく。
拳の先にいたのは化け物——ヘイムダルと呼ばれる狭間の世界に住む門番。
造形は様々。
いま目の前にいるのは象に似た外観。だが大きさは象の数倍。
全身が真っ白。頭部には不自然なまでに大きい赤い瞳。
長い鼻のような触手が首元から何本も生えていた。
象型ヘイムダルはケルベロスの拳をなんなく受け止めていた。
マリは、淡くピンク色に光る水晶型の操縦桿を強く握り、目を瞠った。
「なんでっ!?」
この機体——ケルベロスは強い。
そういってたじゃない!
マリはヘイムダルにつかまれた腕などお構いなしに、もう一方の拳でも殴りかかった。
その意思に反して、ケルベロスはヘイムダルの腕をほどき後方へと飛んだ。
マリは苛立ち叫んだ。
「じゃましないで! ベルさん」
マリが睨みつけたのはコックプットの目の前にあるモニター群。
その前に、ふよふよと浮かぶ長い銀髪の青年がいた。
アメジストのような紫色の瞳。
グラデーションがかったダークブルーのローブ。
年齢は二十歳ほどに見える。しかし、実際は悠久の時を生きており、歳を覚えていないらしい。
見た目は外国人モデルのようにカッコいいが、目は氷——絶対零度。
それがマリにとっての精霊ベルゼブブだった。
ベルゼブブは長い髪を真顔でかきあげる。
マリをまっすぐ見つめ、顔に笑みを張りつけた。
『猪突猛進ですね。
焦らなくていいですよ。
いまのマリさんが真正面から攻撃してもあたりませんから。
ケルベロスは確かに攻撃特化型ですが……』
マリは眉間にしわを寄せ、ベルゼブブの声を遮った。
「ベルさんは黙ってて! これはわたしがやらなきゃいけないの」
そうだ。
わたし以外に誰がやってくれるのだ。
誰も覚えていないのに。
まるで、最初からいなかったかのようにいうくせに。
「このぉぉぉ!」
マリはベルゼブブの制止を振り払う。ケルベロスは再びヘイムダルめがけて走り出した。
ヘイムダルを眼前にして、ケルベロスの拳が振りぬかれる。
しかし、その拳は空を切った。
がら空きになった胴体にヘイムダルの触手が直撃する。
くの字に折れ曲がり吹き飛ぶケルベロス。
マリは自分の腹を蹴り上げられたかのような衝撃を受ける。
フィードバック。
巨大な人型機動兵器を意思の力だけで動かす代償。
マリはコックピットの中で咳き込みながら、腹をおさえた。
——折れてない。
このスーツもすごい。
これなら大丈夫。
マリは自分の着ているスーツを見た。
ピタリと身体に密着するパイロットスーツ。白地に薄紫色の模様が入っていた。
要所にはプロテクターがついている。
このスーツがフィードバックされた衝撃の大半を吸収した。
そういえば、ベルさんがいっていた。
このパイロットスーツ——ネメシススーツは特別な粒子でできている、と。
フェムト粒子。
精霊の力と科学技術の粋によって作られた原子核レベルの粒子。
ケルベロス自体も、そのフェムト粒子で構成されているらしい。
外傷がないことを確認したマリはモニターを、きっ、と睨んだ。
そこには、不気味な触手をうねうねと動かす白い巨大な象型のヘイムダルが映っていた。
マリはケルベロスを操って再び大地を駆けた。
ヘイムダルとの距離が近くなったとき、ケルベロスは地面を蹴って宙を舞った。
ケルベロスは足を槍の様にしてヘイムダルに蹴りかかる。
ヘイムダルは触手でその足をつかみ、蹴りの勢いを利用してケルベロスを投げ飛ばした。
マリは呻いた。
「っぐ!」
ダメ。こんなところで立ち止まってはいられない。
マリは涙ぐみながらも、再度ケルベロスを立ち上がらせる。
ベルゼブブは首をふった。
『マリさん。
このままじゃ死んじゃいますよ?
逸る気持ちはわかりますが、まだまともに訓練もしていないあなたには荷が重い。今回は援軍を待ちましょう』
マリは顔を伏せ、
「わたしのなにがわかるの」
やがて顔を上げ、ベルゼブブを鋭く睨んだ。
「パパはわたしが取り戻す……。信じてくれない人に助けてもらう必要ない。助けてなんか欲しくない」
そうだ。
助けてもらう必要はない。
ひとりでやらなければ。
誰かを頼れば、会話をすれば、自分が狂ってしまうかもしれない。
絶対にダメ。
わたしが狂ってしまったら、パパを取り戻すわずかな可能性さえ消え去ってしまう。
マリの内心をよそにベルゼブブは嘆息した。
『せめて、武器を使ってください。説明したでしょう』
「あっ……」
マリは頭に血が上っていたせいで、完全に武器の存在を忘れていた。
きっと、ベルさんは初めからわかっていたはず。
もっと早くいってくれればいいのに。
マリは口を尖らせた。
「う~……ケルベロスが持っているのは大鎌だよね? 鎌の形を念じればいいの?」
『そうです。フェムト粒子はヒトの意思によって物質を具現化します。鋭く大きい鎌を強く意識してください』
即座にマリは目をつぶる。
手は操縦桿である水晶におき、他は自然体を取った。
刃を極限まで薄くした死神の鎌をイメージ。意識を集中させる。
ケルベロスの掌に光があふれ、鎌の柄が形成されていった。
その最中、ベルゼブブが叫んだ。
『マリさん!』
マリは、びくっと身をゆらす。
モニターに映っていたのは触手を振りかぶったヘイムダルだった。
触手はケルベロスの頭部を正確に打ち払う。
ケルベロスの身体は横に吹き飛び、地面を削った。
モニターには頭部が半壊したことが示された。
マリは下唇を噛んだ。
武器を作ることにとらわれすぎた。
敵が待ってくれるはずないのに。
後悔している場合じゃない。
今度は半壊した頭部を修復することに意識を集中しないと。
ケルベロスの装甲——ネメシス装甲もフェムト粒子で構成されている。
だから、たとえ壊されたとしても元に戻すことができる。
修復しながら戦うことはそこまで難しいことではない。
通常ならば。
しかし、ケルベロスは特殊だった。
本来、ケルベロスの姿はマリの意思を反映して決定するはずだった。
だが、そうはならなかった。
そのためマリは、自らが操る機体について正確なイメージを持てずにいた。
イメージが一致しなければ、フェムト粒子の反応は鈍くなる。
いまのマリにとって、修復しながら戦うことは至難の業。
理科の実験をしながら、数学の問題を暗算で解くことを強制されているようなものだった。
どちらもままならない。
ヘイムダルがマリの内心を汲んでくれるはずもない。
真っ白な象型のヘイムダルがさらに追撃をかけてくる。
体制を崩したままのケルベロスはただ攻撃を防ぐように身を縮めることしかできない。
「っぐぅ!」
ベルゼブブが冷たくいい放った。
『マリさん、修復のことは考えないで。私が機体を動かしてあげます』
しかし、動かない。
『マリさん……耳、聞こえていますか?』
ベルゼブブが何かをいっているのはわかる。
しかしマリは、その声が耳に入らないほど機体の修復に意識を向けていた。
その驚異的な集中力によって、機体の修復は徐々にスピードを増す。
だが、ヘイムダルの追撃による損傷の方が大きい。
このままでは装甲が削り取られるのは時間の問題だった。
マリは心を決めた。
もう、防御を捨てるしかない。
防御も修復もすべて捨てたうえで、大鎌の生成だけをイメージするんだ。
触手の追撃によって、削り取られるネメシス装甲。
激しく揺れるケルベロス。
マリは、ぐらぐらと揺れる振動とそれに伴う身体の痛みを無視して大鎌を作りきった。
ついに、装甲が破られコックピットの一部がむき出しになった。
マリはその穴からヘイムダルを肉眼でとらえた。
ひるむことなく、大鎌を横薙ぎに振るった。
ヘイムダルは上下にスパっと切り離された。
よしっ! いける。
追撃をしかけようとするマリ。
しかし、意思に反してケルベロスは後退していく。
「ベルさんっ!」
マリは驚きをあらわに、ベルゼブブを睨みつけた。
「どうして邪魔をするの?
あと少しで倒せるところだったのに」
ベルゼブブはモニター越しにヘイムダルを指さした。
『見てください』
モニターを見たマリは驚愕した。
そこに映っていたのは、切り離された部分から無数の触手が互いに伸びあって、もとの形に戻りつつあるヘイムダルの姿だった。
『あの回復力を理解したうえで戦わなければ、倒しきれませんよ』
そういえば、戦いの前にベルゼブブがいっていた。
ヘイムダルはケルベロスに匹敵する回復能力を持っている、と。
匹敵? どこが?
マリの眼には、ヘイムダルはケルベロスよりもはるかに高い回復能力を有しているように映る。
完全に修復が終わり、ヘイムダルの足にぐっと力が入ったのがわかった。
その瞬間、巨大な槍が飛来した。
槍はヘイムダルの胴体を貫通し、地面に縫いつけた。
槍が飛来した方向から、続けて現れた紅蓮色の人型機動兵器。
頭部に生えている一本の角と、背中にある大きな翼が特徴的な機体。
両手に持った短刀で、次々とヘイムダルを切り刻んでいった。
次の瞬間。
太陽と見まちがえるほどの激しい光がヘイムダルからあふれでた。
光の輪が一瞬で同心円状に広がり、ビデオの逆再生のように収縮した。
雷鳴に似た轟音とともにヘイムダルは消滅した。
紅蓮色の機体がケルベロスに歩み寄ってきた。
損傷しているケルベロスを見下すような位置でとまり、機体の中から若い男の声が響いた。
「勝手に飛び出したくせに……この程度の雑魚で、どうやったらそこまでボロボロになれる」
マリは悔しかった。
なんの訓練も受けていない自分が弱いのはわかっていた。
それでも、立ち止まっていることはできなかった。
ひとりでやるしかなかった。
やるせない思いのまま、マリは自分の非を認めることができなかった。
「しかたないじゃない。
はじめての戦いなんだし。
そもそも戦いたくて戦っているわけじゃないし。
このケルベロスだってわたしの思い通りに作ったわけじゃないし……」
ずん、という大きな音とともにマリは口を閉じた。
いつの間にか紅蓮色の機体が手にしていた槍が地面に突き刺さっていた。
紅蓮色の機体が鋭くマリを睨んだ気がした。
「黙れよ。守を喰らった化け物が」
マリはその場に凍りつき、この非日常が始まった今朝のことを思い出していた。
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