消滅希望者の憂鬱
神様の手違いで命を落とした主人公が異世界転生。そんな定番の展開を主人公が拒否したら?お目汚しですが読んで頂ければ幸いです。
気が付いたら、ボクの目の前にはその人がいた。
「あ、越方 遥さんですね。私は神です」
「え!?」
白いワイシャツにネクタイ、サスペンダーで長ズボンをつった30位のやや肉付きの良い小男がボクの前に立っていた。黒縁の丸眼鏡をかけ、両腕には黒いアームカバー。まるで市役所の戸籍係みたいな風体だ。テカった顔に卑屈そうな笑顔を浮かべて、上目遣いにこっちを見ていた。
「こほん、越方さん、ちゃんと聞いてます?私、神なんです」
何言ってるんだろう、この人?もしかして危ない人かも…と思ったけど、怖そうな感じはしない。そのせいか胸に浮かんだ疑問がついつい口をついてしまった。
「あのー、神様って、頭に輪っかがあるとか、ヒゲ面でトーガ着てるとか、ミズラ結ってるとか、普通そういうんじゃないんですか?その格好じゃ、厳かさの欠片もないような気がするんですけど。」
目の前の戸籍係氏は一瞬イラついたような顔をした。やばい、言い過ぎたかなと思ったけど、彼はすぐ元の慇懃そうな表情にもどってこう返してきた。
「あ、あの、その辺りはですね、時代によって変わるもんなんですよ。世も既に令和ですからね」
「はぁ、そんなもんですか」
「ええ、そんなもんなんですよ。それはそうとして、折り入ってお話ししたいことがあるんです」
彼の説明にあまり納得は出来なかったけど、どうやら何か急ぎで話したい事があるみたい。取りあえず聞いてみる事にした。
「実はこちらのちょっとした手違いで、あなたは死にました。誠に、誠にっ、申し訳ありませんでしたっ!」
「は?…えーーーーっ!!」
湾岸署の前で報道陣に不祥事をお詫びする芸能人よろしく、90度に頭を下げる自称「神様」。その衝撃的な言葉にボクの精神活動は急停止した。
いやいやその手違い「ちょっとした」ってレベルじゃないでしょ!だって人が死んでるんだよ。て言うか、あぁ、ボク、死んじゃったのか…。実感ないけど、死ってこんなあっさりしたもんなのかなぁ。何か騙されてるような気もするけど…。
まてよ…今ボクがいる「ここ」ってドコなんだ?この人の背後は元より、右も、左も、振り返っても、視界には真っ白で何もない空っぽの空間が広がっているばかりだ。足下も両足が何かを踏みしめてる感覚はあるけど、見た目には大地でも草原でもアスファルトでもない無の空間。
これがテレビのドッキリ番組で、良くできたセットの中という可能性もゼロじゃないけど、このリアリティは作り物とは思えない。この人はホントに神様で、ボクは死んで彼の前にいるのかも知れない。
そんな考えを巡らしてる間もずっと頭を下げ続けていた件の小太り男はやっと顔を上げ、揉み手をしながらこう続けた。
「それで、あなたには2つの選択肢があります。1つは他の世界への転生、そしてもう1つは魂の消滅。さぁ、どちらを選ばれますか?」
頭を下げ続けて血が上ったのか顔を真っ赤にしながらも表情はあの卑屈な笑顔のままだ。
こ、これはもしかしてラノベでよくある異世界転生って奴ですか?ホントにあるんだ、こんな事。あ、何かドキドキしてきた。落ち着け、落ち着け、もう答えは決まってるじゃないか。ボクは一回大きく深呼吸して、出来るだけ落ち着いた声でこう答えた。
「じゃ、消滅でお願いします!!」
「はいはい、分かりましたw……えっ?? えーーーーっ!!」
男は一瞬固まったかと思うと赤かった顔を真っ青に変えて問い返した。
「ちょ、ちょっと待ってください!い、いま何ておっしゃいました???」
あれっ?聞こえなかったかなぁ?ボク、よく声が小さいとか、もっとハキハキしゃべってとか言われるんだよね。じゃ、今度は大きな声でハッキリと…
「じゃ、消滅でお願いします!!」
「えーーーーっ!!」
これだけ大きな声で言えば今度は聞こえてるよね。でも、何でこんなに驚かれるわけ?消滅希望って、そんなにレアなケースなのかな?
「ほ、ホントにいいんですか?消滅ですよ!し、ょ、う、め、つ!!意味分かってますか?消滅って事はあなたの存在が世界から無くなるんですよ。体は元より意識も魂も全部、きれいに、すっかり無くなっちゃうんですよ!い、いーんですか?」
いや、そんなに興奮して言わなくても、ちゃんと分かってますってば。この人、短い手足をジタバタさせて何をそんなに狼狽えているのかなぁ。はぁ…ここはキチンと事情を説明しないといけないのかも知れないな。面倒くさいけど、まぁ、しかたないか。
「だって、生きてても良いことなんかなーんにもなかったですから。物心ついてからズーッとボクなんかもう死んじゃった方がいいって思ってたんです。
子供の頃から親にはいらない子扱いされ、何をやっても駄目出しされてました。学校ではいじめられっ子で、勉強も運動も苦手だし、彼女はもちろん友達もろくに出来ず、独りぼっちの暗い青春時代でしたよ。
社会に出てからも役立たず、給料泥棒と呼ばれてパワハラ、モラハラ受け放題。おまけに他のメンバーの仕事を押しつけられて、毎日毎日残業続きで過労死一歩手前でした。
しかも給料のほとんどは今まで育てて貰った恩を返せと親に召し上げられて、ボクの手元に残るのはわずかな小遣いのみ。それでも認められようと大口の契約をいくつか取ったりもしたけど、結局全部上司の手柄になってたし。
結局それもこれもボクがダメなせいなんですけど、正直もう、いい加減生きるのがイヤになってたんですよ。ねぇ、お願いですから、消滅させて下さい」
「こ、越方さんっ、は、早まらないで下さいっ!命を大切にって学校で習いませんでしたか?それに今流行ってるじゃないですか異世界転生!ね、消滅は辞めましょうよ。今ならまだ間に合いますよっ!」
えっと、早まらないでもクソも無いでしょ。大体ボクはもう死んでる訳だし…。しかも死んだのはそちらの手違いですよね。「命を大切に」とか、あなたに言われたくないよって感じ。あっ、そういえば1個だけ確認したいことがあったんだ。聞いてみよう。
「あのう、消滅って、痛みや苦しみを伴ったりするんですか?」
「そ、そんな事はないですよ。消滅した段階で意識が無くなる訳ですし。痛みや苦しみは知覚出来ません」
「ほっ、そうですか。いゃあ、良かったぁ。ボク、痛いのや苦しいのはノーサンキューなんで。今まで自殺とかも考えたんですけど、痛いのや苦しいのが怖くて踏み切れなかったんですよね。いや良かった良かった」
「チッ!」
え?この人いま舌打ちした!?
思わず視線をやると、神様はハッとして口許をおさえた。なに、この態度の悪さ!怒ってもいいレベルだよね。この人表向きはボクに丁寧に接してるけど、本音じゃ自分のした事全然反省してないんじゃ?何だか信用出来ないなぁ。
「ついでに聞きますけど、元々いた世界で鳴かず飛ばずだった人が、別の世界に突然行って成功できるものなんですか?転生した人の成功率とか教えてくれませんか?」
「その件に関しましては転生者のプライベートに関わる事なので、ここでの発言は差し控えさせていただきます」
え、何かどっかの国のエラい人たちが言ってたような答えだよ。ますます信用出来ないなぁ。
「転生は通常無作為抽出で、どこの誰に生まれ変わるのか選べないんですが、今回は特別サービスで生まれる世界や何に転生するかも選ばせてあげますよ!ねっ、ねっ!あ、これなんかどーかなぁ?ほら金髪美形の勇者!カッコいいし、強いし、女の子にもモテモテですよ!」
神様は失地回復の積もりなのかすごい勢いでまくし立ててきた。いつの間にか小脇に分厚い「転生先カタログ」まで抱えてる。昔、秋葉原で綺麗なお姉さんにバカ高い絵をローンで売りつけられそうになったけど、そんな強引かつ詐欺チックなニオイがぷんぷんするなぁ。でもそんな事でボクのかたーい決意は変わらないよ。
「ちょっと待ってください。勇者とか英雄って言えば聞こえは良いけど、結局人殺し、しかも大半は大量殺人者じゃないですか。やむを得ない理由があるにせよ、つまるところ人でなし、外道、人非人ですよ。そんな存在ボクはかっこいいと思えないし、なりたくありません。
しかも職務上、常に危険と隣り合わせ、事前に相手の弱点が分かる訳じゃないのに無謀に闘いを挑まねばならない、そんなリスクをしょって生きるのは正直割に合わないと思うんですよね」
「そ、それはまぁ勇者ですから、敵は倒さなきゃならないし、戦争があれば参加しない訳には…ごにょごにょ」
「それに女の子が寄ってくるといっても、暗殺者とかのハニートラップなんて事もありそうだし。
そうじゃなくても中身は結局ボクじゃないですか。付き合ってみたら『なーんか思ってたのと違うー』って言われてポイ捨てされるのがオチですよ」
埒があかないと思ったのか神様は脂ぎった顔にひきつった笑いを張り付けたまま、おもむろに分厚いカタログを開きページをめくり始めた。
「…普通なら勇者って言えば皆二つ返事なのに…ブツブツ。それじゃあ、とっておきのを。
とある王国の王子!第一王子だから将来は約束されてますし、国のお金で贅沢し放題。戦争や政治とかの面倒ごとはすべて家臣に丸投げでオッケー!さぁどーです、どーです?転生したくなったでしょ!?」
「いやいやご冗談でしょ。為政者なら国を守り運営するために自らの欲望や生活を犠牲にし、身を粉にして民に尽くすのが本当だと思うんですけど。それもトップならなおのことです。
なのに自分が贅沢三昧するために重税を課したりしたら、民が疲弊して国力が落ちちゃいます。ほどなく国の財政はひっ迫、民衆のうらみを買ってついには内乱やクーデター、あるいは他国からの侵攻を受けて、哀れ血祭りに上げられる末路しか見えないですよ。
それに兄弟がいれば跡目争い、宮廷内では貴族同士のイザコザや派閥争い、一時も心の安まる暇がないと思うし、日常生活だってお作法だの宮中行事だの儀式だの、窮屈な事この上ない。そんなのボクにとっては正直貧乏くじ以外のなにものでもありませんよ」
「ぐぬっ、全くああ言えばこう言う…コイツ何でそんなにマイナス思考なんだよ。大体お前らの世界でも公益よりも私情を優先する為政者なんて掃いて捨てるほどいるだろ…。えーい、じゃ、これは?」
神様、どうでもいいけど心の声がダダ漏れですよ。何だか無理やりにでもボクを説得しようとしてるみたい。はぁ…何で無駄だって分からないかなぁ?
ま、どうせボクはもう死んでるんだし、時間(?)はたっぷりあるわけで。ここは気長に付き合うしかないのかな。
そんな訳で神様VSボクの転生と消滅を巡る不毛な闘いは続くのだった。(続)
原稿用紙30枚程度の短編を一人称で書こうということで制作したものです。最初は一回で上げようと思いましたが、分量を考えて4分割してます。次回は23日の予定です。宜しくお願いします。