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4th BET「精霊の支配する町」 3

凛は、血相を変えて鈴に駆け寄ろうとした。

しかし、即座に思い直し、周囲を見回した。


何が起こったのかを把握しなくてはいけない。

血の匂いに反応し、思考が疾走を始める。

凛の勝負師の本能が、周囲のあらゆる情報を一斉に取り込み始めた。


何者かに襲われたのだとしたら、刺客がまだ周囲に潜んでいるのかもしれない。

危険への感度が急激に高まっている。


(いや、違う・・・俺は、今動揺しているんだ・・・!)


本能は力強いが、行き先をよく間違える。

それを飼いならすには、冷静な理性と、強靭な意志の力が必要だった。

長い勝負の経験で鍛えられた理性が、暴れだそうとする本能を抑え込む。


(落ち着け・・・一番大事なことはなんだ?)


自問してみると、答えは明白だった。



「先生!大丈夫か!?」


急いで鈴に駆け寄り。声をかける。

そっと体を抱きかかえる。体は温かい、呼吸もしている。


(生きてる・・・よかった・・・)


安堵して、改めて鈴の顔を覗き込む。

覗き込んだ先には、暗闇の中のわずかな光に照らし出された深く青い瞳が浮かび上がっていた。

焦点が合っていないように、ぼうっと宙を見つめていた瞳は、熱に浮かされたように怪しく揺れていた。

瞬きを一つすると、視線が凜をとらえた。


「あら、冴木君。どうしたの?」


キョトンとした表情で、何が起こったのかを理解していないようだった。


「先生。いったい何が起きた?誰かに襲われのか?」

「何って・・・いつも通りに実験してただけよ?」


「いつも通りって。先生はいつも腕から血を垂らしながら実験すんのか?」

「そんなわけないでしょ。他に試薬がなかったから、自分で用意するしかないじゃない」


「試薬を用意するって、どういうことだよ?」

「こういうことよ」


腕からあふれ出た血液は、机の上に水たまりを作っていた。

右手でその上をそっと撫でる。

ずいぶんと手慣れた動作に見える。どうやら、ひたすらヘスの使い方の練習をしていたようだ。

まるで鍾乳石ができる様子を早回しで見せられるように、指先から銀色の結晶が成長していった。


「奇麗でしょ?地球でもこれだけの純度のものはそうはお目にかかれないんだから」

「これは、鉄・・・?」

「そうよ。ヘモグロビンくらいは聞いたことあるでしょ?私たちの血液の中にある鉄分を、ヘスの力で結晶化させたの」


本来は酸素や有機配位子と結合しているだとか、結合させる際の電荷補償がどのように行われたとか、難しい単語がいくつか並んだが

凛が聞きたかったことはそういうことではない。


「そいつがとても貴重なものだってのはよく分かった。でも、実験なら他の物を使ってもできたろう?」

「例えば?」

「え・・・?」


思わぬ問い返しに、凛は少しだけ周囲を見回した。

「あなた、この世界の構成元素がどんなものかわかってるの?結合させた際にできた副生成物が有害だったら?あるいは思いもよらない反応が起こったら?」

「いや、そこまでは考えてなかったけど・・・」


「今、身近にあるものの中で、最も素性がはっきりとしたものはなに?私たちの体でしょ?

この世界の物質は、水でさえ得体が知れないの。

金属を使った反応の方が取り扱いやすかったから、とりあえず鉄を選んだわ。

実際はカルシウムやカリウムの方が人体には多量に含まれてるんだけど、あの二つは大気中で不安定だから除外したわ。昔、ボヤ騒ぎも起こしたことあったし・・・」


そこまで説明を聞いて、凛は大きくため息をついた。

この世界に来てからというもの、理解に苦しむ生物や現象を数多く目撃してきた。

しかし、目の前で熱っぽく自分の血液について語る女性ほど変わった存在はいないかもしれない。


「わかった、先生。要は、実験道具が見つからなかったから自分の体で代用したってことなんだよな?」

「そうよ」

いつもの透明な素顔の上に、とても満足げな表情がうっすらと浮かんでいた。

「それで、自分の血液を使って、ひたすら実験を繰り返していたと・・・」

「ええ・・・至福の一時だったわ・・・」


うっとりとした、熱のこもった瞳で再び空を見上げる。

潤んだような魅惑的な青い瞳は、確かにこちらも見とれてしまいそうなほどに美しく、煽情的だった。

呼吸は浅く、熱と湿り気を帯びていた。

手首から血を流しているのでなければ、さぞかし魅力的だったろう。


どうやら、先ほどの鈴は気絶していたのではなく集中して悦に入っていただけのようだった。

そしてその姿を見て、凛はもう一つの事実に気づいた。


「なあ先生。ひょっとして、実験中に誰も入るなって言ったのは・・・」

「私、実験に集中すると周りが見えなくなるし、周りの人も目に毒だっていうのよ」

「わかった。俺も次からは気を付けるよ・・・」


呆れ果てたように、凛は肩を落として床に敷かれた布団の上に腰を下ろした。

どうやら、二つ目の寝床をアル母子が用意してくれたようだった。

そういえば、先ほどからヘスの声が聞こえない。

散々こき使われて、疲れ果ててしまったのだろうか?


「ヘス・・・あんたは大丈夫か?」

<はあ・・・快感・・・>


(ヘス、あんたもか・・・)


<ああ・・・至福の一時でした。私をここまで使い込んでいただけた人は、あなたがが初めてです。>

「私もよ、ヘス。私の欲望をここまで満たしてくれたのは、あなたが初めて・・・」

<私、もうあなたた無しではダメかもしれません>

「ウフフフ、私もよ。じゃあ、もう1回戦やりましょうか」

<ええ、いくらでもお付き合いいたしますわ>


うっとりと見つめあい(?)二人だけの世界に入り込んでいるようだった。


(もう勝手にしてくれ)

凛はそっと、布団に横になった。


「でも、おかげでこの世界のことが少しは理解できたわ。説明してあげましょうか?」

「いいや、今日はもう・・・なんだか・・・心底疲れました・・・続きは、明日にしよう・・・」


言葉とほぼ同時に、凛は深い眠りに落ちていった。






夜が明けて、二人は昨晩得た情報を交換することにした。

お互いに話すと長くなりそうだったが、鈴は順番を凛に譲った。


凛の得た情報の方が、早く簡潔で理解しやすく、また大枠で世界観を捉えられるためとの判断だった。

そんな風に言われてしまうと、説明の際にも変に力が入ってしまいそうだった。

何しろ鈴のツッコミは厳しい。話に少しでも矛盾点や不備があると、矢継ぎ早に質問が飛んでくるのだ。


凛は、慎重に言葉を選びながら説明を始めた。


「俺が町で得た情報だけど、一番重要だと思ったところから話していくぜ?」

鈴は黙ってうなずく。

「多分、これが一番大きな収穫だと思うが『邪神』とやらについてだ」

「意外ね、普通の町の人たちにも知られていたなんて」


邪神を倒すことが、二人がこの世界に呼ばれた理由であり、それを達成すれば二人は元の世界に戻れるはずだった。

つまり、邪神の情報は、二人にとって最も重要なものであった。


「確かにそうだな。でも、ゲームとかでも意外に世間一般の人に認知されてるから、そんなもんかもな」

肩をすくめて、凛は続けた。


「期待させちまったかもしれないが、得られた情報はそれほど多くはない。どうやら、邪神はあっち側の世界にいるらしい」

言いながら、凛は指を真上に向けた。

「あっち側。世間では天上界とか、神界とか呼ばれてるらしいが、とにかく上側の世界にいるらしい」

「最初に落ちるときに、逆側を選べばよかったかもね」


神剣を抜いたあの場所は、限りなく重力が少なかった。つまり、天上界とこちらの世界のほとんど中間に位置する場所だったのだろう。

少し頑張って飛び上がったら、『上側に落下する』こともできたかもしれないのだ。


「確かに、そしたらいきなり邪神様とご対面できたかもな」

「その、天上界とこちらとの行き来は可能なの?」

「いいや、全くないそうだ。一番の理由は、俺たちも見ただろう?」

「ドラゴンの群れね」

「ああ、あいつらが上空にたむろしているせいで、天上界に行こうとした奴らはみんな食われちまったみたいだ」


つくづく、よくあんな場所から生還できたものだと、凛は自分たちの幸運に感謝して話を続けた。


「邪神様は、天上界からこっちの世界にたびたび嫌がらせをしてくるみたいでな。7日に1回、空から魔物が降ってくるんだと」

「それで、これだけ立派な城壁があって、しかも誰も外に出歩かないのね?」

「邪神様に関する情報はこんなところだな。何か質問はあるかい?」

「名前や、容姿については、何か情報はないの?」

凛は首を振った。

「いいや、どうやら天上界との行き来がないのは本当みたいで、あっち側の情報は全くなかった」


「そう・・・こっちの世界にも邪神のことを知っている人がいれば助かるんだけど」

「先生よ。確かにそれは重要だけど、そんなに知ったところで、結局は天上界に行けなきゃどうしようもないんだぜ?」

「何言ってるの冴木君?」

鈴は意外そうな顔で鈴を見上げた。

「あの神剣は、最初にこう言ったでしょ?『はっきりと認識さえしていれば、距離は関係ない。どんなものでも斬れる』って。

つまり、極論を言えば邪神のプロフィール集と神剣の両方が今目の前にあれば、私たちのこの世界での仕事は終わるのよ?」


<残念ですが、今はその両方共に手元にない状況ですけどね>


「言われてみれば確かに恐ろしい剣だな。デス〇ートみたいだ」

「あっちは顔と名前だけで倒せるのよ?私たちの任務だけに限定すれば、あちらの方が向いているでしょうね」

メガネの位置を直しながら、鈴は先を促した。

「ほかには、どんなことが分かったの?」


「そうだな。この世界のことなんだが、こっちは天上界と真逆の世界、下界と呼ばれていて、なんでも4つのエリアに分かれてるみたいだ」

「4つ?魔物は7日に一回しか降ってこないのに、なんだかアンマッチね?」

「確かにな。そもそも魔物のせいでその4つのエリア間の行き来自体もそうそうないみたいなんだ。残りの3つのエリアには7日に2回、魔物が来てるのかもな」

「それはそれで、不公平な気もするわ」

それ以上は凜もわからないとばかりに、この話題についてはこれ以上触れることはしなかった。


「4つのエリアは『水』『火』『土』『金』の4つの精霊の支配下に置かれているらしい。もちろん、俺たちのいるここは水の精霊が支配しているエリアだ」

「精霊が支配するって、どういうこと?」

鈴の視線が少しだけ剣呑に歪んできた。意味が理解できない、あるいは定義があやふやな説明をするとすぐにこうなってしまう。


「この町がいい例だろう?水を意のままに操るのさ。契約を結んだ相手にも力を分け与えるらしく、そういった一部の人間は『魔法使い』として、支配階級に収まっていることが多いみたいだな」

「契約の条件は?」

「それについては、たぶん俺たちの方が町のみんなよりは詳しいだろうさ。なにせ、精霊と出会って無事に帰ってこれた奴はほとんどいないらしい」

「まあ、そもそも外を出歩く人がいないのだから、無理もないわね」


鈴は、今までの情報をかみしめるように口の中で静かに反芻しているようだった。

口もがせわしなく動くその様子が、どことなく口いっぱいに木の実を加えこんだリスのようで、

凛はこっそりとその横顔を堪能していた。



「最後は、天上界の情報だが、これに関しては話半分で聞いてくれよ。伝承というか、噂程度の確からしさしかないんだ」

凛は、そう前置きしてから最後の話題を始めた。

「この世界、太陽がないのにどうして昼と夜があるんだと思う?」

「そこは、確かにずっと不思議だったわ」

「天上界には2人の神様がいて、それぞれ光の神様と闇の邪神って呼ばれてるらしい。天上界では二人の神様が領地を争っているらしく、ちょうど領地は二分されているみたいでな。

光の神様の領地が真上に来るときは昼。闇の邪神の領地の時は夜になるってことらしい」


「・・・ちょっと、さすがに理解に苦しむわね・・・」

げんなりとした様子で、鈴が疑問を口にした。

「そもそも、闇の邪神って何よ?光と闇は決して対になっていないわ!光が当たっていないところがたまたま暗いだけでしょ?

闇の邪神は、光の当たっているところも暗くすることができるの?」

「いや、先生ならそういうと思ったけどよ。だから話半分で聞いてくれって言ったのに」


フーッフーッと、荒い息を吐きながら、鈴は再び椅子に腰かけた。

「天上界は1日で1回転してるんだ。今度よく目を凝らしてみればきっとわかるんだろうけど、どうやらそういうものらしい。

それで闇の領地と光の領地が、ちょうど円盤の半分ずつを分けているから、毎日同じタイミングで昼と夜が来るってことらしいぜ」


「闇の邪神はさておいて、その説明には少し合点がいったわ。要は、半分だけLEDが敷き詰められた円盤が空を回っているのよね?LEDのないところが上空に来たときは夜と、そういうことでしょ?」

「最初にそう説明すればよかったかな?光の神様とか、闇の邪神とかは、あくまでこっちの人たちがそう言ってるだけだからな」


「でもまあ、この世界の常識・・・というか、成り立ちについてはおおよそ理解できたと思うわ」

「精霊とか邪神や神様。異世界に来たって感じがするねえ」

「さすがに、闇の邪神については納得がいかないけどね。今度会ったら存在意義を徹底的に問いただしてやるわ」

「そもそも、その邪神を倒すのが目的なんじゃ・・・」

説教で邪神が滅ぶのならば苦労はないだろうが、鈴の厳しいツッコミに一晩でもさらされてしまえば、さしもの邪神もただでは済まないかもしれない。


「さあ、今度は先生の番だぜ?できるだけ、俺にもわかりやすく説明してくれるよな?」

内心、戦々恐々としながら鈴に説明を求めた。

何しろ、一晩中ヘスに説教(本人曰く『講義』とのことだが)を続けていたのを目の当たりにしていたのだ。

下手をすれば、説明が終わるころには2度目の夜明けを迎えているかもしれない。


昨晩の、異常に興奮していた鈴の姿(ついでに、ヘスも)を思い出し、凛は静かに背筋を震わせていた。


しかし、その時部屋の外から大きな声が響き渡ってきた。

拡声器でも使っているのではないかと思うほどのボリュームは、しかし純粋な人の肉声であった。


「市民に告げる!これは我らが城主トークス伯爵からのお達しである!」

窓から身を乗り出すと、住宅街の中央に位置する広場に仁王立ちする偉そうな兵士の姿が見えた。

兵士は、その大仰な物腰に負けず劣らずの大声で叫んだ。


「昨日、町の外でファイアドラゴンが目撃された!これまでの魔物とは比べ物にならぬ強敵だ!市民は決して城壁の外に出てはならん!」


「あちゃあ・・・ひょっとして俺の嘘のせいか?」

「あの二人の兵士たちの証言がそのまま信じられてしまったようね。こういう時は発言の真偽を確認してから行動すべきでしょうに。なんと愚かな・・・!」

罪悪感に歪む鈴の顔。その横ではセンスのかけらもない城主とやらの判断に憤慨する鈴の顔があった。


「よって、これから3日の間。市民たちには戒厳令を敷く!戦いに備えるため、水の配給も停止だ!」

この発言に、周囲の家の中からも明らかにどよめきが聞こえてきた。

アルと、その母の発言が本当ならば、現状ですらぎりぎりの水準と聞く。

それをストップするとなると、生活どころか生存することすらかなわないものも出てくるかもしれない。

それほどに、水は人の営みに欠かせないものなのだ。


しかし、市民はそれを受け入れるしかなかった。

水を文字通り支配されているのだ。


そして、続く言葉は二人を震撼させた。


「そして、この深刻な情勢下に、あろうことか城主様の水を盗むという大罪を犯した者がいた!

皆が厳しい思いをする中、極めて身勝手で自分勝手なこの行為を、決して許すわけにはいかん。

この者たちは、直ちに捕らえ、明後日に処刑を行う!大罪人の名前は・・・!」


発せられた二人の名前は、アルと、その母の名前であった。

同時に、家の扉が強引に蹴破られる音が響き渡る。

10名を超える兵士たちが、アルの家になだれ込んできた。


続きはこちらに掲載しています。よかったらご覧ください。


https://ncode.syosetu.com/n1343gk/


世界観や、キャラ設定が若干変わっていますので、よろしければ1話目から読み直していただければ幸いです。

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