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4th BET「精霊の支配する町」 2

少年の名前はアルと言った。

アルの案内で、城壁の中には簡単に入ることができた。

小さな抜け穴があって、誰でも行き来できるようだったが、

特に理由もなく外に出ることはほとんどなく、たまに周囲を巡回する兵士がいるくらいらしい。


というわけで、二人はこうして初めての異世界の街並みを目にすることになったのだった。





いざ町の中に入ってみると、そこには想像以上の光景が広がっていた。


「なんつうか・・・普通だな・・・」


極めて率直な感想を凛が口にすると、隣を歩く鈴もそれに静かに同意した。


「そうね。猫耳の生えた女の子ぐらいはいるのかなと思ったけど、いたって普通の町ね」


この世界に来てからというもの、二人は元の世界では絶対に起こりえない体験『しか』してこなかった。

ここは異世界であるからして、それも当然と受け入れつつあった二人であったが、そんな二人にとってこの街並みは逆に違和感の塊であった。


「日本とは確かに違うけど、欧州のどこか、と言われたら信じちゃいそうね」

鈴の言葉は、よく的を射ていた。

もしも、二人が召喚された先が線香のように細長い山の頂上ではなく、この町の中だったとしたら、

おそらく自分たちが異世界にいるなどとは微塵も疑うことがなかっただろう。


目の前を歩いている少年アルや、兵士達と初めて会ったときにも感じたことだったが

この世界の人間は『普通』なのだ。

流れている血の色も、おそらくはその組成も(実は、けがの治療をした際に鈴は少しだけアルの血液を盗み取っていた)

二人とそう変わりはしないのだろう。


「まあ、ここは素直に喜んでおくべきところだよな?」

「そうね。言葉が通じなかったり、生態がまるっきり違ってたら、さぞ辛かったでしょうね」

「言葉が通じるってのは、あんたの仕業か?ヘス」

<その通りです。神器は、主との意思疎通を可能としております。私たちを介して、この世界の人間とも意思疎通をしているのです>


「げ・・・それじゃあ、俺はヘスから離れたらヤバいってことか・・・」

<そう遠く離れなければ、問題ないでしょう。現に先ほど、凛様は私の主が森の奥に隠れていたにもかかわらず、兵士たちと会話できておりましたので>

「でも、もう少し距離が離れてたら会話もままならなかったかもしれねえのか・・・アブねえ橋わたってたんだなあ・・・」


冷や汗を拭うように、額に手を当てた凛。

鈴は少しだけ皮肉を込めて彼の行為をたしなめることにした。


「あの子を助けたのは、決して安い勝負ではなかったということね。次からは、もっと慎重になったらどうかしら?」

「いいや、あの状況だったらあれ以外に選択肢はない!」

凛はきっぱりと言い切った。

その堂々とした態度に、鈴の眼が少し見開く。驚いたように見開いた瞳は、やがて少しだけ柔らかく細められた。


「冴木君にとって、こういったことには損得が働かないのね。てっきり、もっと利己的な人だと思ってたわ」

精霊との勝負に神剣を賭けた際に、彼はきっぱりと自分の命が最優先だと言い放っていた。

ギャンブラーなどやっているのだから、損得勘定にはシビアに違いないと思っていたが、どうやらそうではないらしい。

見直したように鈴が見上げると、凛はさらにそれを否定した。


「何言ってんだ?人助けも自分のためだろ?良いことをした後は決まってバカ勝ちするんだ。ギャンブラーたるもの、日ごろから運も鍛えなくちゃな!」


「・・・なかなか斬新な意見ね。参考にさせてもらうわ・・・」

どこまで本気かわからない凛の独白に、鈴は静かにため息をついた。


なんにせよ、今回はその効果は絶大だったようだ。

アルは、二人を自宅に招待し、もてなしてくれようとしている。

地球に似ているとはいえ、この世界の勝手が全く分からない二人にとってこれ以上にありがたいことはなかった。

おそらく、この世界で生きていくために必要な最低限の情報もアルから得ることができるだろう。


(まあ、命の恩人なんだから親切にしようって気持ちはわからなくもないけど・・・)


道理といえば道理だが、そのあたりの機微に疎い鈴は、それ以上考えることをやめた。

実のところ、アルが鈴の容姿に一目ぼれしてしまったことも要因の一つなのだが、当の本人は全くその認識はなかった。


そんな会話を続けているうちに、どうやらアルの家に到着したようだった。

街中でも、ここは一般的な住宅街のようだった。


「ちょっとそこで待っててくれないかな?今、母ちゃんを呼ぶからさ!」

そう言ってアルは一人家に入っていった。


少しだけ、気まずい沈黙が流れた。

凛は、改めて周囲を見回した。

地球と同じく、街の中は治安も安定しているようで、剣や鎧で武装している者もいなかった。

もしも凛がエクス=ディンガーを持っていたとしたら、さぞ目立っていただろう。、

初めて会ったのが完全武装した兵士たちだったので、てっきり町の中にはああいった荒くれ者たちがうようよしているものだと思っていた。


しかし、街の中と外では状況は全く違うようだった。

後で知らされたのだが、城壁の外には魔物が出るらしく、めったに出歩く人はいないのだとか。


説明を聞いて、よくも今まで無事でいられたもんだと、凛は内心冷や汗をかいていた。

確かに、この世界に来てから火を吐くドラゴンや水を操る蛇などにも出くわしていたのだから、それ以外にも人を襲う魔物がいてもおかしくはなかった。



異世界には来たものの、凛と鈴は普通の生身の人間のままだ。

何でも斬れる剣や、何でも結びつける腕輪を持ってはいるが、

超人的な身体能力もないし、魔法、スキルなども何も使えない。


腕輪の力のおかげでちょっとした切り傷なら治せるが、それ以外はからっきしだ。

凛の顔のやけども、腕輪の使い手である鈴の手のひらのやけどすらも満足に癒すことができない。


自分をかばったためにできた、無残なやけどの跡を思うたびに、凛の胸はズキズキと痛む。

やけどの跡は凛の服を破った即席の包帯で覆っているが、その時に見たやけどはひどいものだった。

おそらく、二度と元の状態に戻ることはないだろう。


本人は気にしなくていいと言ってくれているが、おそらく、凛は一生このことを忘れないだろう。

凛はそっと隣に立つ鈴の手を覗き見た。


白衣の袖の先には、無残なやけどの跡ではなく、美しく透き通った白い手のひらがあった。


「先生よ!?掌のやけどはどうしたんだ!?」


思わず声を上げてしまった。

ここはすでに町の中だ。普通に人通りもある。

凛のあげた声に、周囲の人間が数人振り向き、不審げな目を向けていった。

適当に愛想笑いを浮かべて詫びながら、なんとかその場はごまかしたが

凛は声のトーンを下げて再び鈴に問いかけた。


「俺が言うのもなんだが、一晩寝で元に戻るような軽いやけどじゃなかったと思うぞ?」

「ああ、これね・・・」

鈴は何事もなかったかのように自分の両手を空にかざす。

やけどの跡すら全く見えない、細長くしなやかな指先を見つめながら鈴は続けた。

「気が付いたら元に戻ってたわ。確かに、いつの間にか痛みが消えてたから変だとは思ったのよね」


「やっぱり、ヘスの力じゃないのか?さっきはああ言ってたけど、やっぱり何でも治せるんだろ?」

「ヘスに尋ねてみたけど、どうやらそうじゃないらしいの。この世界だと、そういうこともあるのかもしれないわね」

「なんだか、先生らしくないじゃねえか。こういう、わけのわからないことは徹底して調べるもんかと思ってたぜ」

確かにそうね。と、鈴は嘆息した。

少しだけ恥ずかしそうに、こう付け加える。


「私、あんまり自分のことには興味がわかないの」

言葉が示す通り、鈴の格好には女性らしさが微塵もなかった。

出会った時から化粧は全くしておらず。服も、ブラウスの上に白衣を羽織っただけの、お世辞にもファッションとも呼べたものではなかった。

機能美、というよりも、本当に興味がないから最低限のエチケット程度に身なりを整えているというのが正しいだろう。


「ひょっとして、家には何着も同じ服だけが並んでいたりしてな」

「よくわかったわね。よく同僚から、『たまには洗濯しろよ』なんて勘違いをよくされたもんだわ・・・」

「・・・」


凛は閉口して、それ以上はこの話題に触れることはやめた。


(確かに、この素材を本気で着飾ったら、研究なんかやってられなかったかもな・・・)

心の中で、それだけを付け加えた。



ちょうどその時、目の前のドアが開いた。

中から出てきたのはアルではなく、恰幅のいい中年の女性だった。

人の好さそうな笑顔を浮かべ、二人を迎え入れてくれた。


「息子を助けてくださったそうで、本当にありがとうございました」

開口一番そう告げると、深々と頭を下げられた。


二人が恐縮していると、家の中に招き入れられ丁重なもてなしを受けた。

どうやら母子二人の母子家庭らしく、息子の説明を聞いた母親は顔を真っ青にしていたようだ。


「あれほど町の外に出てはいけないと教えたのに・・・」

激怒するかとも思ったが、半ばあきらめたような口調だった。

どうやら息子が自分の言うことを聞かないのは今に始まったことではないようだった。


怪しまれないうちに、凛は自分たちの身の上を簡単に説明した。

二人で旅をしているということと、この辺りは初めて訪れるので勝手がわからないということ。

先ほどアルに説明したのと同じく、極めて簡素な自己紹介だった。

本当にこの世界のことがわからないため、適当な嘘をついてはかえって怪しまれる。

凛は必要最小限の情報だけで嘘をつくことを選んだ。


「そうでしたか、汚いところですが、こんなところでよかったら好きなだけご滞在ください」

「父ちゃんの部屋が空いてるから、好きに使うといいよ!いつまでもいてくれてもいいんだからね!」

アルは嬉しそうにそう言ってくれるが、さすがにそう何日も無償で居候するわけにもいかなかった。


「そう言ってくれるのはありがたい。実は持ち合わせが尽きたところで、大したお礼もできないんだが・・・」

そういって、凛は背中に担いできた大きなナップサックを二人の目の前に置いた。

森の中の葉っぱを結合させて作った即席のもので、あちこちに穴も開いている粗末な作りだった。

中身を空けた母親は、目を丸くした。


「こ・・・こんなに大きな・・・氷!?」


「ええ、本当は水のまま持ってきたかったんだけど、適当な容器がなかったから凍らせて持ってきたの」

「僕の持ってきた容器じゃ、大した量は運べなかったからね。このお姉ちゃん、すごいんだよ。きっと神様の使いなんだ!」

自慢げにアルが自慢する。

母親は色々と言いたそうな顔を浮かべたが、すぐに笑顔に戻って再びお礼をした。

「これだけあれば、私たちもとても助かります。本当に、いつまでもいていただいて構いませんのよ?」


「まあ、一宿一飯の恩義、ってところかな?なんでも、この町じゃ水は貴重品なんだってな?」

凛がさりげなく切り出す。

「ここに来るまでに町の中を見てきたわ。町の中にはいたるところに川が流れていた。とても水に困っているようには見えなかったけど・・・」

説明を求めると、母親の表情が曇り始めた。


「この町の水は、すべて城主様の管理下に置かれているんです。我々は、決まった量の水を毎週与えられ、それだけで生活しているのです」

「あんなに川が流れてるんだから、ちょっとくらいとってもばれやしないだろうに・・・」

凛はあきれたようにため息をついた。

「そうじゃないんだ。この町の水は、全部城主様の言うことしか聞かないんだ。

水を盗もうにも、川に入って水を汲んでもすぐに乾いちゃうし。町の外の水はそんなことないんだ。だから僕は町の外に出たんだよ」


その説明に、二人はそっと目くばせをしあった。


(間違いない・・・ここの城主は・・・)

(あの精霊と契約してるわ・・・!)






家に着いたのは夕方頃だった。

部屋に落ち着いた二人は、今後のことについて話し合おうとした。

しかし、二人ともずいぶんと落ち着きがない。


本来ならば、この世界のこと、精霊のこと、邪神のこと、話し合うことは無数にあったはずだ。

しかし、今の二人にはそれらよりもはるかに重要なことが目の前にあった。

「なあ、先生よ。俺はちょっと町の中をぶらぶらしてくるわ。酒場もあったみたいだし、ひょっとしたら賭場・・・いや、とにかく外に出て情報を集めてくるわ」

「そ、そう・・・?じゃあ、私は部屋で待っているわね・・・ヘスと二人っきりでいろいろやってみたいし・・・」


実にわざとらしく、ぎこちない会話だった。

凛はの表情はいつにも増してニヤついており、鈴はいつものクールな表情だが目が泳いでいた。


「そうかあ。それじゃあ、ちょっと出かけてくるわ」

「い、行ってらしゃい。ただし、帰ってきても私が良いというまでは絶対に扉を開けないでね」

「・・・先生よ、ここで機でも折ろうってのかい?」

「私、実験を邪魔されるのも、実験を覗かれるのも大嫌いなの。いい?絶対に開けないでよね」


浮ついた表情が、一変して厳しく吊り上がった。

こうなった鈴には逆らわない方が得策だ。

短い付き合いだが、凛が得た教訓の一つだった。




夜が更けたころ、凛はようやく帰宅の途についた。

町に繰り出してからというもの、凛の手並みは実に鮮やかだった。


アルに少しばかりの小銭を借りると、それを賭場で見る間に増やし続けた。

しかも、目立たないように何件もはしごするという念の入れようだった。


(だいたい、一つの街にこんなに俺の職場があるなんて思ってもいなかったな。

ついつい全店を制覇したくなっちまったじゃねえか)


一つの店で勝ち続けることは、危険な行為だった。

だから凛は、はじめは少しだけ勝って酒を飲んで帰るつもりだったのだ。

しかし、町の中では想像以上に賭場が開かれていたので、ついつい足を延ばしてしまったのだった。


おかげで、最後の店を出るころには結構な財産を手にしてしまっていたが、

凛はそれを賭場にいた同業者と一晩で使い果たしてしまった。

宵越しの銭は持たない主義だったし、それが原因で誰かに付け狙われる危険性もあった。

なにより、今回の振る舞い酒で得られた情報が大きかった。


この町のこと、この世界のこと。

本来なら常識とされるはずの情報だったが、凛たちはそれを何よりも欲していた。

真顔で面と向かって質問したら明らかに不審がられるような内容でも、凛は巧みな話術と酒の力で次々と引き出していった。


おかげで、今後の身の振り方も見えて気がした。

明日の朝にはじっくりと鈴と話し合えばいいだろう。


(しかし、すっかり遅くなっちまったな。家に入れるだろうか?)

酔っぱらっていても、初めての町であっても、凛の帰巣本能は的確にアルの家を突き止めていた。

幸いにも玄関のカギは空いていた。

確かに、このあたりの治安はよいのだろうが、少し不用心が過ぎる気がした。


(ひょっとして、俺が帰るのを待っててくれたのか?心配させちまったかもな・・・)

罪悪感で少し酔いを醒ますと、家のどこかで寝ているであろう母子を起こさないように

そっと二階の自室にあがった。


ドアの前で聞き耳を立ててみるが、中からは物音ひとつ聞こえなかった。

さすがに鈴も寝てしまっているようだった。

昨日の夜から半ば徹夜でヘスに講義をして、そこから一睡もしていなかったはずだ。

おそらくとっくに眠気の限界は超えていたに違いない。


勝手にドアを開けるなと言われていたが、こんな夜更けにノックする方がまずい。

(そういえば、どんな寝顔なんだろう?)

よくよく考えると、二人で一つの部屋に寝ることになるんだった。

色々な想像が脳裏に浮かぶが、相手は鈴である。


妙な期待は抱かずに、そっとドアノブを握った。

あの奇麗で透明な表情が、果たして眠っているときにはどんな様子になるのか?

そんな奇妙な好奇心を持って、ドアを開ける。



何かが鼻腔を刺激した。



この世界に来て最初に感じたのはカブトムシの匂い、もとい、ドラゴンのフェロモンだったが

今部屋の中に漂っているのは、それよりも慣れ親しんだ匂いだった。


この世界の夜は暗い。

月も星もないのだ。光源は、部屋の中に一つだけ置かれた小さなガス灯だけだった。

凛の感じたにおいは、決してガスの燃える匂いではなかった。


匂いの次に凛に警告を発したのは、ガスの匂いではなく、そのガス灯が照らし出している薄らぼんやりとした影だった。


凛は、酔いが一気に覚めるのを感じた。

同時に冷や汗が全身から噴き出していた。

小さなガス灯が浮かび上がらせるわずかな影、そして鼻腔を刺激するこの匂い。


その二つが、凛の直感を鞭打つように刺激していた。


「・・・逢沢先生・・・?」


声が枯れているのは、決して飲みすぎたからではない。

急に喉の奥から水分が失われたような錯覚を覚えた。


凛は正気に戻ると、急いでもう一人の部屋の主のもとに駆け寄った。

逢沢鈴は、椅子の上にぐったりと腰かけると、手首から血を流して静かに目を閉じていた。




『おいおい、このまま鈴ちゃん死んじゃうの?続きが気になるぜ!』

と思っていただいた方は”ブックマーク”をしていただき、更新をお待ちください。


『もっと神剣を出して活躍させてくれ!バトルが見たいんだよ!』

と思われた方は、”感想”もしくは”評価☆☆☆☆☆”で、作者に意見していただけると幸いです。

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