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3rd BET「精霊の支配する世界」 1

ものすごい速度で落下している。

全身のいたるところをかきむしるように風が打ち付けて、通り抜けていく。


一難去ってまた一難、とはまさにこのことだった。

山の頂上でドラゴンから少女を救ったかと思えば、

その復讐とばかりにドラゴンの群れに囲まれ、

さんざん炎であぶられたかと思ったら、今度は地面に真っ逆さまに落ちている。


地球でも、刺激のない日常に耐え切れなくなってギャンブラーの道を選んだのだが、

さすがにここまで刺激的な体験は初めてだった。

異世界ではこれが日常なのかもしれないし、自分もやがて慣れていくのかもしれないが

その前に何とか生き残る方法を考えなくては、


念のために背中を見てみたが、パラシュートはない。

落ちていく先を見つめたが、ビル火災でよく使われるようなエア・マットは見つからなかった。

ただただ、1面の緑が広がっていた。


「今度こそ、手の打ちようがないかもしれねえな・・・」

一人で静かに愚痴をこぼした。

「逢沢先生よ、こんな状況でも助かる方法はないもんかね?その腕輪の力で、何か作ったり・・・」

「・・・」

すがる、というよりも沈黙に耐え切れずに発したその問いは、しかし沈黙で返されてしまった。

両腕の中にある小さな身体は、ドラゴンとの激闘ですっかり疲れ果てていたのだろう。

声を出す気力もないのかもしれない。

完全に力が抜けていた。


(いや、これは疲れているというよりも・・・)

<気絶、しとるな>


空中で無理やり体の向きを変えると、眉根を寄せた苦悶の表情で、意識を失っている鈴の顔が見えた。

顔には脂汗がびっしりと浮かび、唇は小さく震えていた。

想像以上に手のやけどがひどいのかもしれない。


それだけの怪我を負ってまで助けてもらったのに、それも無駄になろうとしていた。

(クソっ!それでもできることはやるしかねえ!)


勝負をしていると、どうしても運悪く負けが続くこともある。

そんな時に大事なことは、やけになって一発逆転を狙うことでも、あきらめて適当になることでもない。

負けを少しでも減らすように、小さな勝ちを積み重ねなおすことだった。


体を地面に対して水平に向け、風の抵抗を最大にする。

鈴の体はこれ以上冷やすわけにはいかない。右手できつく抱き寄せていた。


体の向きを一生懸命変えて、落下地点をずらしていく。

どこに落ちても同じかもしれないが、少しでも可能性のある場所を選ぶのだ。


(緑の・・・多いところ・・・木の枝をクッションにすれば少しでも落下の衝撃が吸収される・・・!)


落下速度に感覚が追いつかず、地面にあとどれくらいで激突するのかわからないが

直感でその時が近いことを悟ると、凛は可能な限り鈴の体を上に持ち上げた。


(俺の体が少しでもクッションになってくれれば・・・!)


命と知識、そして精いっぱいの度胸をかけて危機を乗り越えてくれた鈴への、

彼なりの敬意と感謝だった。


後できることといったら、自分たちをこんな世界に呼び出したくそったれな神様に祈ることだけだった。

木の枝が迫ってくる。そして凛の意識はそこで一瞬ブラックアウトした。






次に気が付いた瞬間、凛は自分が水の中にいることに気づいた。

(水に落ちたのか・・・!助かったのか!)

歓喜の前に、慌てて自分の腕の中を確認した。

変わらずに意識を失った鈴の姿がそこにあった。

気絶しているおかげで、水を飲んだ様子はない。


見上げると、水面ははるか頭上にあった。落下の勢いはやはりものすごかったのだろう。

よく無事でいられたものである。


とにかく、自分の息が続く間に水面に上がらなくてはならない。

ドラゴンに食われそうになった後は火あぶりになり、次は転落、それも切り抜けたと思ったら今度は水攻め。

しかし、凛は前向きに考えた。

それでも今生きている・・・!


幸運に感謝しながら、全力で水面を目指して泳ぎ始めた。



やっとの思いで水からはい出した凛は、息も絶え絶えになんとか二人分の体を水面から引き揚げた。

どうやら落ちたのは湖だったらしい、流れのない穏やかな水中だったおかげで、無駄に体力を消耗せずに済んだ。

実際、急流の中を意識のない人間を抱えて泳ぐことは、本職の救助隊でも困難だっただろう。


全身の筋肉を酷使したせいで、ひざがガタガタと震えていた。

しかし、絶対に腕の中の少女にはこれ以上衝撃を与えまいと、全身全霊をかけて慎重に体を地面に横たえた。

改めて口元に耳をやると、しっかりと呼吸をしていた。

それを聞いて、凛は心の底から安どのため息を漏らした。


こんな状況でも、何とか二人とも五体満足で生きている。

この上ない幸運だろう。あとは、自分の努力でこの命をつなぐだけだ。

何よりも優先して、凜は鈴の体を観察した。


医学の知識などない。

息はしていたのだから、心臓も止まっていないだろう。

両手の無残なやけど以外は、目立った外傷はないように見える。

白衣はこういう時にありがたい。もしも流血していたら、すぐに気づくことができただろう。


念のために、凛は鈴の腕にはまったままになっている腕輪に確認した。

「なあ、ヘス。お前の力を使いすぎると気絶したりするのか?」

<そんなことはありません。私の力は、反作用は生じないように作られています>

「じゃあ、やっぱりこのやけどが原因かもな・・・。ところで、この腕輪をはめたら俺でもその力が使えるのか?」

<試されてみるとよいですが、私の主はすでに決まっています。私を主から引きはがすことはできません>


「そうだろうとは思ったよ・・・」

そこまで確認して、ようやく状況を冷静に判断できるようになった。

つまり、もう後はほとんどできることがないということだった。


ふさぐべき傷跡はない。

かといってむやみに動かすことは危険だ。頭を打っているかもしれない。

結局のところ、もう少し様子を見る以外に方法はないようだった。


「そうだな・・・後やれることといったら・・・」

まるで誰かに言い訳するかのような口調で、自分の着ている服を見下ろした。

湖からはい出してきたのだ。当然全身がびしょぬれだ。むろん、目の前の鈴もそうだった。

「まあ・・・このままびしょ濡れにしとくのは・・・よくないよなあ・・・」


水を限界まで吸い込んだ生地は、鈴の全身に奇麗に張り付いていた。

白衣の下には薄手のブラウスしか着ていなかったようで、ボディラインがはっきりと浮かび上がって見える。

その小柄で控えめな身長に似合わず、自己主張の激しい胸に目をやりながら、凛はため息をついた。

このままにしておけば、少しずつ鈴の全身から体温と体力を奪っていくことだろう。


「まあ、別に恥ずかしがるようなお年頃じゃないんだけどな・・・」

やると決めてからの行動は素早かった。

極力、体を動かさないように丁寧に服を脱がせる。ずいぶん手慣れた動作に見えるが、これは経験のたまものだろう。

せめて早く乾くことを祈りながら、脱がせた服を両手で絞った。


「あれ・・・なんか・・・もう乾いてねえか?」

きつく絞った白衣を、しわを伸ばすように払って見ると、表面からは完全に水気が飛んだように見えた。

触ってみると、確かに乾燥しているようだった。

同じようにブラウスも絞ってみると、水気は一瞬で消え失せていた。

念のため、凛は自分が着ていたシャツにも同じことをしてみたが、結果は一緒だった。


「これ・・・ただの水じゃないのか?」


不気味に思いながらも、とりあえず濡れたままになる心配はなさそうだった。

わからないことは考えないことにする主義だ。

今は、得られた結果だけを大事にしたい。


すぐに元のように鈴に服を着せた。

これで、目覚めた後にも何事もなかったような顔をしていればいい。


これだけ周りでいろいろやった後でも、鈴はまだ目覚める様子がない。

規則正しい寝息で、まるで眠っているかのようだった。


しかし、かすかに唇が震えていた。

服が濡れている間にそれなりに体温を持っていかれたようだった。


「おいおい・・・こんな定番の展開ってないだろう・・・」

体を温めるにも、熱源など周囲を見回しても他にない。

唯一あるのは凛の体自身だけだった。

「まあ、冷静に考えたら、さっきまでずっとこうしてたんだけどな・・・」

ゆっくりと体を抱きかかえ、後ろから抱きしめる。

つい数十分前、この体制のまま二人でドラゴンの大群と戦っていたのだ。

「いや、戦ってたのはこいつ一人だったんだけどよ・・・」


改めて自分の情けなさにため息が出てくる。

自分がやったことといえば、攻撃の気配を読んで、目の前の少女を盾にしただけである。


(ああああああ、情けねえ・・・!)


体からありったけの体温を吐き出すように、深く大きいため息をついた。

体から息を絞り出すと、不意に自分の中身が空っぽになるような錯覚を覚える。

気持ちを落ち着けるために深呼吸を繰り返すと、たまにそんな感覚になることがあった。

呼吸と一緒に、自分の意識まで吐き出したかのような気分になるのだ。


今回吐き出したのは、不安や迷いではなく、自分自身への諦観だったが、

吐き出した後の空洞に、目の前の少女の体温がしみ込んできた。

背中合わせに座っていた時と同じように、トクン トクンと小さな鼓動が全身に響く。

心地よい暖かさとそのリズムに、凛は不意に眠気を覚えた。


「いかん・・・今寝たら・・・」


思い出したが、手のやけどは包帯をした方がいい。

せめて自分の服を使ってやけどを保護してやらなくてはいけない。

そう思ってはいるが、目の前に抱きしめた少女の感触を手放したくないという欲求が勝りつつあった。


(自制しろ・・・自制しろ・・・)


落ち着こうと深呼吸を繰り返すほどに、体の中に鈴の鼓動が響き渡る。

どうしようもなく悶えているところに、思わぬ援軍が空からやってきた。


「・・・痛っ」

木の上にひっかかっていたようで、手のひらよりも小さな何かが凛の頭に落ちてきた。

コツンという音を立てて落下してきたそれは、つい先ほどお別れしたばかりの旧友だった。


「俺の・・・ライターじゃないか」

山の頂上で鈴の実験台になったライターは、幸運にも主の元に戻ってきた。

パチンコ屋でもらったそのライターはSEVEN'Sの名前が刻まれた、凛のお気に入りだった。

幸運のアイテムとも言ってもよかった。これを持っているときは不思議と勝ちが続いたのだ。

「まあ、これで火を起こせるな・・・」

少女を手放す理由ができたことに安どしたような、残念なような複雑な気持ちだったが、とにかく火を起こすことは重要だ。


焚火の熱で温まったようで、鈴の震えは止まり、穏やかな顔で寝息を立てていた。


「・・・はあ」


何とも言えない複雑なため息をついたとき、もう一つの声が凛に届いた


<おーい!誰かー!聞こえんのかー!?>


「あの声は・・・!?」

<どうやら、エクス=ディンガーのようですね>

「そういえば、落下している途中にどっかに放り投げたっけ?」

鈴を両手で抱きしめなくてはいけなかったのだ。なにも斬れない剣など持っている余裕はなかった。

「放っておくのもなんだし、とりあえず取りに行くか」


声の聞こえた方向に向かって歩き出すと、そこには尋常ならざる光景が広がっていた。

森の中を歩いていると、急に景色が開けたと思ったら、目の前には巨大なクレータができていたのだ。

クレーターの中心には、今度こそ伝説の武器よろしく、一本の剣が突き立っていた。


「やっぱ、すげえ高さから落ちたんだな。俺たちって・・・」

唖然としながら、剣のもとまで降りていく。

「すげえな、傷一つついてないじゃねえか」

言葉の通り、神剣には傷一つついておらず、山頂で抜いた時のままだった。

<山頂からここまで放り投げられるとは・・・ここまでひどい扱いを受けたのは初めてじゃ!>

「おまえ、本当に神剣みたいだな・・・!」

<みたい、ではなくて本当にそうだと言っておろうが!>


「それはさておき、あの娘のやけどに包帯を巻いてやりたいんだが、俺の服を斬るくらいはできるだろ?」

<何度も言わせるな!一度斬った後はなにも斬れぬ!試しにわが刃にあててみるがいい!>

「・・・あっそ・・・じゃあな。また24時間経ったら抜きに来るわ」

<ちょっと待て!それはさすがにないだろう!?よく考え直せ!>


喚き散らす神剣の声をよそに、凛は焚火の明かりに向かって歩き出した。



長くなりそうなので、読みやすいように分割してみました

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