戦争犯罪者&クライマーズ
新暦2005年。
先の戦争で敗北を喫したイングリッド帝国は、UE連合国の管理下の下、復興の道を歩んでいた。
復興のさいにはARMiも使われていたため、5年という短い月日で街のほとんどが回復することができ、一見すると戦争の前の街並みに戻ったように見える。
しかし、もちろん戻っていないものもある。
イングリッド帝国の主権や解散された軍隊などだ。
主権については、一応の名目上、イングリッド帝国の政府は存在するものの、UE連合国の傀儡政権となっており、軍隊に関しては軍の一定階級の人物およびその家族の第三親等までの関係者は、再就職および人手が足りない地域の復興支援という名目上の労働が課せられており、彼らは通称としてクライマーと呼ばれていた。
-イングリッド帝国 マニン島 グラス 地下下水道-
マニン島の都市、グラスの地下道に数人の若者が働いていた。
彼らの薄汚れた作業着は、それが今日だけの苦労ではないことを示し、丸型の国旗の上に赤くバツがつけられた装飾は彼らが戦争関係者もしくは、その家族であることを示している。
「4010番、遅いぞ! ちんたらしてんじゃねえ!」
「はっ、はぃ~!」
そんな汚れまみれの少年たちに対して一人の男性が指示を出していた。
男性は少年たちと違い、小綺麗な格好をしており、胸ポケットのほうには青い盾形のワッペンがされている。
それは男性がフラスン軍の兵士であり、彼らクライマーズ未成年部の監視者である証だ。
うぅ〜、やっぱり辛いよ〜。
クライマーズ未成年部については、15歳から労働が始まる。
先ほど兵士に怒られた赤毛のショートカットをした少女も通例通りに15歳の誕生日を迎えた先月からクライマーズとしての労働が始まり、下水道清掃の配属となった。
配属された当初は、少年3人、少女3人の6人でシフトを組まれており、少年は下水の中に入ってシャベルでどぶさらい、少女はすくった泥をバケツなどで運搬する作業だったが、今日になって少年の一人が体調を崩し、代わりに赤毛の少女がすることになった。
「大丈夫か?」
「はぁ、はぁ……あ、ありがとうございます」
たしか836番さん……だよね?
クライマーズは基本的に番号付けされており、クライマーズ内で本名を教えあうことは禁止されている。
これは、同じ班になったクライマーズ内に戦争時の階級で上下関係を作らせたり、後々に団結して反乱を企てるのを防ぐ一環として、施行されていた。
「監視官、相変わらず嫌なやつだぜ。
俺らが勝っていればどぶさらいをしていたのはあいつらだったのにな」
「えっと……そ、そうですね……」
心配してくれた少年の手前、少女は愛想笑いを浮かべる。
836番の少年にとっては軽口のつもりだったが、少女はのりきれなかった。
たしかに5年前の戦争に少女の国が勝っていれば今のような労働はしなくて良かっただろう。
しかし、戦争に勝つということは多くの人を殺すということだ。
少女自身、父親を亡くしたということもあって、たとえ戦争をした相手の国の人でもあの悲しみを味わってほしくないと思えるほど少女は優しい人物だった。
「自分がやらされて嫌なことを相手に押しつけようとしている時点でお前も五十歩百歩だよ」
そのとき、ふと同じどぶさらいに従事し、黙々と作業をしていた少年がつぶやく。
少年の手は止まっていなかったため、少女は聞き間違いかと思ったが、大柄な少年も同じ方向を見ていたため、どうやら間違いではなさそうだ。
たしか、1番さん……だっけ?
たまに話しかけてくる836番の少年とは違い、1番の少年とはあまり話したことはなかったため、思い出すのに少し時間がかかった。
「はっ、さすが良い子ちゃんは違うねえ。監視官に取り入って少しでも刑期を短くしようってか?」
1番の少年の発言を逃さないように836番の少年はけんかをうる。
少女がここ数日、一緒に作業をしていてわかったことは、この二人の仲は悪いということだ。
少女はここに来て数日しかたっていないが、そのときからすでにこの二人は仲が悪かった。
……でも、1番さんから先につっかかっていったのは珍しいかも。
「……クライマーズの労働は、あくまで社会復興のためのボランティアだ、労役じゃない」
「何がボランティアだ! 賃金なんてほとんど出ない状態で強制的に働かされてボランティアもくそもあるか!」
今回に関して言えば、少女は836番の少年に同意する。
1番の少年の言う通り、一般的にはクライマーズの仕事のボランティアの一種となっているが、836番の言っていた通りの低賃金、強制労働や監視官の存在、そしてクライマーズを見る社会的な目を鑑みるに実態は労役のほうが正しい。
それでもまだ、未成年のクライマーズ場合は救いはある。
というのも基本的にクライマーズとしての労働は18~20歳までと決まっていた。明確に一律化されていないのはクライマーズ個人の社会適性を考えていると表向きに言われているが、実際には労働中に従順な姿勢を見せるほど解放は早く、逆に危険視されるような人物は20歳になってもクライマーズとして労働をさせられる。
「そんなにボランティアが好きならここで一生やっていろよ! 人殺しのお前にはどぶさらいがピッタリだぜ」
ひ、人殺しっ……!?
少女はまさかという目で1番の少年を見る。
だが、1番の少年は否定することなく、ただ纏う空気が明らかに変わった。
「なんだと……?」
1番の少年の手がようやく止まり、836番の少年と向き合い、ピリピリとした空気の中、一触即発の雰囲気が流れる。
ど、どうしよう……
止めるべきなのはわかっているが、先ほど836番の言葉に少女は驚きつつ困っていると、
「無駄口をたたいている暇があったらさっさとしろ! 今日のノルマが終わらないかぎり帰さんからな」
その空気を仲裁したのはくしくも監視官の怒号だった。