家具屋姫
家具屋姫
いつのことでしたか、天の川銀河に似た銀河に地球に似た星があって、その星にニッポン王国という国がありました。文明は今の日本くらい発達していましたが、伝統がしっかり守られているお陰で何処も彼処も古風な感じのする国でした。そんな国の或るところにおじいさんとおばあさんが住んでいました。
おじいさんは家具屋を営んでいまして嘗ては腕の立つ指物師でした。
或る日のこと、おじいさんはいつものように朝の散歩をしていると、竹林の横を通った時に黄金に光り輝く竹を発見しました。
おじいさんは驚くと共に不思議に思いましたが、光るところだけを頂戴して、とびっきり高価な工芸品を作ってやろうと思い付きましたのでノコギリを持って来て切ってみると、なんと竹の中に肩幅が竹筒に納まるくらいの小さな女の赤ちゃんがおりました。
子宝に恵まれなかったおじいさんは、これ幸いとその可愛い赤ちゃんを家具屋にちなんでカグヤ姫と名付け、自分の子供としておばあさんと一緒に育てる夢と高価な工芸品を作る夢を心に描いて光る部分と一緒に胸に抱きました。
その後、おじいさんは夢を実現しようとおばあさんと共にカグヤ姫を育てる一方、黄金の竹で竹人形作りに精を出しました。そうして黄金の竹人形が出来上がった頃には、カグヤ姫はこの世のものとは思われない美しい大人の女性に成長しました。
おじいさんとおばあさんはその成長の早さと美しさに驚きましたが、何はともあれ良いことじゃと喜び合いました。そして一つの目的を果たしたおじいさんは、もう一つの目的を果たすべく黄金の竹人形を携えて王様のところへ売り込みに行ったところ大喜びした王様に国宝文化財に指定され、更には自分が人間国宝に指定され、おまけに褒美と官位のみならず余生を贅沢三昧に暮らせるくらいの大金を王様から賜ることになりました。
そうなると、おじいさんは大金の一部で建てた御殿で仕事もせずに昼間からカグヤ姫を肴に酒を飲み、夜は毎晩、元いた仲間や金目当てに寄って来る者たちと大酒宴会を催すようになりました。
当然、カグヤ姫の美しさを聞きつけて求める男も来ますので、おじいさんは小春日和の或る日、かぐや姫に言いました。
「なあ、カグヤ姫や、わしはもういつ酒で身をつぶすか分からん体じゃし、お前はもうええ年頃じゃから、わしが死ぬ前に花婿さんを迎えてはくれんかのう。わしは是非とも、お前の花嫁姿を死ぬ前に拝んでおきたいんじゃ。」
カグヤ姫は8月の十五夜のお月さんが出る晩に月の都に帰ることが決まっていましたから、おじいさんの願いは叶えてあげたくても叶えられることではありませんでした。そこでカグヤ姫は言いました。
「花嫁衣裳を身に着けるだけなら出来ますよ。」
「えっ、そりゃあ、つまり、わしの酒の肴になるってことかな。」
「はい、それもあります。」
「それもありますって、あのな、かぐや姫や、わしはお前に結婚を勧めておるのじゃよ。」
「勿論、分かっております。」
「じゃあ、何で、そんなことを言うんじゃ。」
「・・・」
「そう言えば、近頃、毎晩、月を眺めながら悲しそうに寂しそうにしておるが、やっぱり、男が欲しいんじゃろ。」
「・・・」
「ハッハッハ!ちょっと聞き方が露骨過ぎたようじゃな。おなごだものな、恥ずかしがるのも道理じゃ。よし、分かった。お前は深窓に育った正真正銘の箱入り娘で、わしの助けが必要じゃから、わしの広い人脈を使って花婿を探してやろう、どんなのが良いんじゃ?」
カグヤ姫はこうなったらと無理難題を押し付けることにしました。
「そうですねえ、色々条件がありますからメモを取ってください。」
「メモを取れじゃ?そんなに条件があるのか?貪欲じゃなあ、ハッハッハ!まあ、ええ、よし、分かった。」
おじいさんがメモ帳を引っ張り出して来ると、カグヤ姫は言いました。
「まず、オヤジは嫌ですから若者であること。」
「ふむ、ふむ。それから。」
「ちびは嫌ですから高身長であること。」
「ふむ、ふむ。それから。」
「ブ男は嫌ですからイケメンであること。」
「ふむ、ふむ。それから。」
「出世の見込みのない馬鹿は嫌ですから高学歴であること。」
「ふむ、ふむ。それから。」
「貧乏は嫌ですから高収入であること。」
「ふむ、ふむ。それから。」
「一般人は嫌ですから貴族であること。」
「ふむ、ふむ。それから。」
「人間は嫌ですから神様であること。」
「えっ!」
「ふふふ、それは冗談ですが、神様から来世の天国行きを約束されている人であること。」
「えっ!それはまた難しいことじゃが、どうやって確かめるのじゃ?」
「虫一匹殺したことのない善行を重ねた善人であるかどうかを確かめればいいんです。」
「えっ!それはまた求めるものが潔癖過ぎやあしないか・・・」
「兎に角、モーセの十戒を守っていればいいんです。」
「もうせ?何と申せ?」
「何言ってるの!あのね、少なくとも盗み、人殺し、姦淫をしていないか、そして隣人について偽証していないか、隣人の財産をむさぼってはいないかどうかを確かめればいいんです。」
「あっ、なるほど、了解、了解。で、以上であるかな?」
「はい、おじいさま。」
「うむ、よし、分かった。然らば、わしのホームページにな、カグヤ姫の花婿大募集!と派手に掲げてだな、これらの条件を満たした若人奮って竹取りの御殿に来たれ!とまあ、こんな感じで宣伝してやるから楽しみに待っておるのじゃ、わしもどんなのが来るか楽しみじゃわい。あっ、そうそう、わしの知り合いの息子の中にも・・・あっ、いないか、ハッハッハ!」
「大した人脈ですこと、オホホホホ!」
そんな訳で大募集したところカグヤ姫は超美人ですから応募者がおじいさんの御殿に毎日のように殺到しました。ですが、ほとんどが条件を満たしていない嘘つきばかりでした。それでも30日間、募集した結果、若くてイケメンで貴族で三高を満たした者が10人現れ、その中から選りすぐりの5人に絞られ、春宵一刻値千金の名にふさわしい三日月の照り映える春の夜におじいさんのお座敷で、おじいさんとおばあさんが同席する中、カグヤ姫と花婿候補5人の面会と相成りました。
「流石に立派な貴公子ばかりがそろって、わしの御殿も一層華やいだ雰囲気になり、わしも嬉しい限りじゃが、どうじゃな、自己紹介も終わったことじゃし、カグヤ姫や、面倒なことは抜きじゃ、ずばり告白してみなさい、誰が好みじゃ?」
カグヤ姫は勿論、一緒になる気はありませんでしたが、一人だけタイプの人がいましたから、その人の名を言いました。
「クラモチノミコさまでございます。」
「おー!」
クラモチノミコ以外の人が一斉に唸ったのです。
それでクラモチノミコ以外は退去してカグヤ姫がクラモチノミコの品定めをすることになりました。
「あなた様は盗みを働いたことはございますか?」
「いや、いきなり何を聞いていらっしゃるんですか、私は苟も貴族ですよ。」
「貴族の方は農民の収穫を搾取横領すると聞きましたが、それは盗みとは違うんですか?」
「いや、私は搾取横領なぞはしませんよ。」
「疑わしいですね、では、人を殺めたことはございますか?」
「いや、また、何ですか、人聞きの悪い・・・」
「貴族の方は権力争いの際によく暗殺者を仕向けると聞きましたが、それは人殺しとは違うんですか?」
「いや、私はそもそも権力争いなぞしませんから・・・」
「疑わしいですね、では、隣人について偽証したことはございますか?」
「いや、私は嘘をついたり、悪口を言ったりなぞしないですから・・・」
「貴族の方は権力争いの際によくライバルを消したり罠にはめたりするためにライバルについて根も葉もない噂を立てると聞きましたが、それは偽証とは違うんですか?」
「いや、だから、そもそも私は権力争いをしませんから・・・」
「疑わしいですね、では、隣人の財産をむさぼることはございますか?」
「いや、私は自分で言うのも何ですが、潤沢にお金を持ってますから人の財産をむさぼるなぞするはずがないです。」
「貴族の方はより財産を持っている方の肩を持つと聞きましたが、それは隣人の財産をむさぼることとは違うんですか?」
「いや、私は損得勘定して常に事に当たる卑しき者とは違いますから・・・」
「疑わしいですね、では、姦淫をされたことはございますか?」
「えっ、かんいん?かんいんとおっしゃいますと図書館員とか美術館員のことですか?」
「違います。近親相姦の姦と淫売の淫を組み合わせた姦淫のことです。」
「ああ、アハハ!いや、私が幾らもてもての貴族だからって光源氏じゃあるまいし・・・」
「女の人と寝たことがないと、そうおっしゃるんですか。」
「いえ、それとこれとは話が別じゃないですか。私だって付き合った人はいますよ。だけど、浮気とかはしたことはないということですよ。」
「私以外の女の人と寝たんですね!」
「い、いや、だって、それは、だから・・・」
「言い訳無用!私は何より汚らわしい人が大嫌いです!出てってください!」
「いや、そんな殺生な・・・」
「駄目なものは駄目です!おじいさま!おばあさま!ちょっとお出でになってください!」
「は~い!」
おじいさんとおばあさんは声をそろえて出てくると、おじいさんが言いました。
「どうじゃな、日取りは決まったかな?」
「何言ってるの、私はこの人に駄目出しして烙印を押したんです!」
「えー!何でじゃ!」
「この人は盗みも人殺しも隣人の偽証も財産をむさぼることも姦淫もしたことがあるんです!」
「な、な、なんと!まさか、それじゃあ、文句なく地獄行き決定!って言うか、パーフェクトな極悪人じゃないか!それはほんとうなのかね?」
「いやいやいや!違うんです!僕は」とクラモチノミコが言い掛けるや、カグヤ姫は間髪容れず叫びました。
「キャー!やだー!この人は嘘つきです!ハレンチです!この人はこの場でも私に手を出そうとしたんです!こんな人は絶対、絶対、駄目です!おじいさま!おばあさま!直ちに従僕を呼んで、この人を連れ出してください!」
「あ、ああ、分かった。」
おじいさんはカグヤ姫の勢いに押されて、すんなりカグヤ姫の言う通りにしました。
「この星には私にふさわしい男の人がいないことが、これではっきりしました。」
「そ、そうなのか、はあ・・・」
おじいさんはこの国と言わず、この星と言ったところに説得力と不退転の意志を感じ、また、その決然とした態度にゆるぎないものを感じ、溜息の後、何も言えなくなりました。
このカグヤ姫の拒絶は、「カグヤ姫、1万人の応募者を十把ひとからげにしてごみ箱に葬る!」と題して大々的にニュースで報道されましたので王様にも即座に伝わり、姫を口説き落とせるのはわしを措いて他にはいない!と王様は意気込んでカグヤ姫にどうしても会いたくなりました。そこで使いとして態々外交に優れる外務大臣を派遣してカグヤ姫を引見するべくおじいさんに迫らせました。
「よう、ご同輩、ものは相談じゃが、王様はこよなくカグヤ姫と会いたがっておられる。どうじゃ、差し出さんか。」
「わしは無論、王様に会わせてやりたいんじゃが、あの子は誰とも会いたがらんのじゃ。」
「王様であってもか?」
「そうじゃ、鉄の意志と言うのか、そもそも、あの子は自分以外の人間を馬鹿にしとる向きがあるんじゃ。」
「王様であってもか?」
「そうじゃ、失敬千万と言うのか、そもそも、あの子は」
「ああ、分かった、分かった、それではなあ、王様に会えば、きっと王様を尊敬するようになるから姫をわしに引き渡さんか、わしが護衛をつけて城に送ってやるから、そうすれば、王様は更に上の官位でも褒美でも何でも貴様に与えるとおっしゃっておるのじゃ。」
そう聞いてはしゃぐおじいさんであったが、その執り成しにもかかわらずカグヤ姫は言いました。
「王様がお召しになって何をおっしゃたって敬いも恐れ入りもしません。」
そう聞いてしょげ返るおじいさんの執り成しを受けた大臣もしょげ返って城に帰り王様に報告しました。
「何しろ木で鼻を括ると申しますか、強情に突っ撥ねまして姿を見せようともしません。」
「そうか、そうやって多くの男の心をずたずたに切り裂いて来たのであろうなあ・・・しかし、余は美しくありながら氷の如く冷たい女にぞくぞくっとしてしまうほど堪らなくなるのだ。」
自分にこの上ない冷淡さを感じるも猶も諦めきれない王様の使者を見るにつけ、「無理にお仕えさせようとなさるならば、私はこの世から消え失せてしまう積もりです。」とカグヤ姫はおじいさんに言いました。消え失せるとはどういうことじゃとおじいさんが聞いてもカグヤ姫は何も言いません。おじいさんがこのことを王様に伝えても王様は諦めず、狩りに行幸するふりをして、おじいさんの御殿に闖入することを思いつき、おじいさんもそれに賛同しました。
当日、マスメディアは狩りに行幸する王様をこぞって報道しましたのでカグヤ姫もそれを知りましたが、王様が不意をつき、おじいさんの御殿に入って来るのを見るや否や、発行体のように全身から光を放って須臾の間にパッと消えてしまいました。それでも消える前にこっそり垣根の隙間から盗み見していた王様は、その比類なき美しさにすっかり惚れこんでしまったので地上の人間ではないと思いながらも自分に仕えさせたい願望は猶更、募ることになりました。それで後ろ髪を引かれる思いでカグヤ姫を残して帰ってゆきました。
王様は日頃仕えている女官たちを見ると、美しさに於いてカグヤ姫の足元にも及ばないとつくづく思いました。城の女官の誰よりも清く美しいと思っていた妃でさえ、カグヤ姫と比べると、甚だしく見劣りするのです。ですからカグヤ姫ばかりにかまけて一再ならずカグヤ姫の元へ恋文を書くようになりました。
カグヤ姫は王様の恋文を読むたびに王様の自分を思う深い心を感じましたが、梅雨入りの頃から恋文を手にすることすらしなくなり、晩は只管、月を見て物思いに耽るようになりました。
そうして八月の十五夜が近づいてくると、カグヤ姫は昼夜を分かたず激しく泣くようになりました。その訳をおじいさんが聞くと、カグヤ姫はこう答えました。
「私はこの星の人ではなく月の人でございます。前世の罪によって穢土であるこの星で生まれることになりましたが、おじいさまおばあさまに尽くした行いが神様に認められて今月の十五日に月に帰ることになりました。今まで大切に育ててくれました御恩に対して感謝の言葉もございません。私はおじいさまとおばあさまを本当の親だと思っておりますから、お別れの日のことを思うと、泣けてくるのでございます。」
おじいさんがどうやって月に帰るんじゃと問うと、カグヤ姫はこう答えました。
「十五夜の晩に月の王の使者が宇宙船に乗って空から迎えに来るのでございます。私はその宇宙船に乗って帰るのでございます。」
それをおじいさんから伝え知った王様は、おじいさん同様そうさせてなるものかと宇宙船を撃墜すべく十五夜の日に御殿の周りに戦車部隊を配備し、その上空にも戦闘機部隊を配備し、更には歩兵部隊をおじいさんの御殿に派遣してカグヤ姫を奪えないように守りを固めることにしました。
おじいさんとおばあさんも十五夜の晩はカグヤ姫と共に蔵の中に入って夜戸、外戸、昼戸全てに鍵をかけ、尚且つカグヤ姫を二人で抱きかかえて絶対手渡さない決意を固めました。
それを知ったカグヤ姫は号泣しながら言いました。
「私を閉じ込めて守り戦う準備をどれだけしても月光パワーを持つ月の人に対してはどうすることも出来ないのです。鍵を掛けようがミサイルを用意しようが何をしようがどうすることも出来ないのです。月光パワーを持つ月の人にかかれば、鍵は自然と開いてしまいますし、軍隊の人たちは戦う意欲も守る意欲も失ってしまうのです。」
運命の十五夜の晩、カグヤ姫の言う宇宙船と思われる謎の飛行物体がおじいさんの御殿上空にぽつんと鈍い光を放って現れました。その小ささに真っ先に拍子抜けしたのは戦闘機部隊でした。こんなの機関銃で充分だと思ったのです。ところが、いざ攻撃しようとすると、戦闘意欲を失い、何も出来なくなるのです。あんな星屑みたいなの戦闘機部隊が訳なく撃ち落とすに違いないと思った戦車部隊もそうでした。ですから月からやって来た宇宙船は、難なくおじいさんの御殿に降下して行きました。
降りてゆくに従い、歩兵部隊たちは誰も彼も眠くなって行き、到頭、その場に寝転んで本当に眠ってしまいました。その時です。宇宙船から眩いばかりの光が降り注いできて、おじいさんとおばあさんがカグヤ姫を匿っている蔵を黄金色に照らし出しました。すると、月光パワーが働いて蔵の鍵は全部開いて戸も全部開いてカグヤ姫は光に吸い出され、その拍子におじいさんとおばあさんは磁石のように引き寄せられて抱き合ってしまいました。
「じいさま。」「ばあさま。」「おひさしぶり!!」
そんなおじさんおばあさんを残してゆきながらカグヤ姫は憂える気持ちがなくなりました。月の人はとても清らかで美しくて光を浴びた瞬間からカグヤ姫は、永遠に美しさを保つことの出来る完全無欠の月の人になったので老いることもなければ憂えることもないのです。
カグヤ姫が去ってからというもの、おじいさんはお酒がおいしくなくなり、お酒を止めて、それに伴い大酒宴会も催さなくなりました。お陰で健康を取り戻し、長生きすることになりましたが、何も嬉しいことはありません。それで暇を持て余すようになったおじいさんは、毎日、奇跡を期待してあの竹林に通うのですが、柳の下にいつも泥鰌はいないとはよく言ったもので光る竹を見つけることは二度とありませんでした。