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世界は猫で出来ていた

作者: ムーン

ゆるい気持ちでお読みください。




ピピピ……と目覚ましが顔の横から鼓膜を揺さぶる。

毎日の事だ、今日もいつも通りの日常。

目を閉じたまま手探りで目覚ましのスイッチを切り、そこに手を置いたまま二度寝する。五分後にまた鳴るはずだ。



…………もふ



硬いプラスチックの感触が柔らかく温かい毛皮に変わる。

驚いて飛び起きた、目覚ましであるはずのものに手をついて。



にゃぁぁぁ……!



手の下にあるのは不満たっぷりの鳴き声を上げる猫。慌てて手をどかし、シーツを身を守る盾のように抱き締めながらベッドを落ちた。

猫は触れられた場所を丹念に舐め、それから丸まった。


にゃんもないと


そんな言葉が思い出される。

いや、そんな言葉を思い出している場合ではない。

猫なんて飼っていないのに、どうして猫が……マンションの七階に忍び込むなんて不可能だろう。


丸まった猫をよくよく観察してみれば、猫ではありえない色をしていた。

白地に青でバラのような模様が──実家から持ってきた古い目覚まし時計と同じ模様があった。


もう訳が分からない、寝ぼけていると思いたい。

一縷の望みをかけ、洗面所へ。


いつも通りの洗面所に安堵し、顔を少し濡らして泡を立てて……手探りで蛇口を捻り、泡を落とす。

目を閉じたまま壁にかけてあるタオルを掴んで、顔を押し付ける。



もふんっ



柔らかい、温かい。そして少し臭い。

先程も味わった感触と温度、そして。



にゃーっ!



濡れた顔を押し付けられ不機嫌になった猫の声。

半ば無意識に後ずさり、壁に背をぶつけた。ずるずると座り込んで、タオル掛けに脇を通して引っかかった猫を眺めた。


全く訳が分からな──もふっ


床に敷いてあった給水マットが、猫になった。



みゃぁああっ!



座られて不機嫌な猫が鳴く。模様は青と白のストライプ、給水マットと同じ。

謝りながら洗面所を出て、この異常事態を誰かに相談しようと、写真を撮ろうと、あわよくばバズろうと……スマホを掴んだ。


寝ている間に充電してあったスマホはもふもふと感触を返してきた。


手のひらサイズの黒猫は壁に張り付いた白い猫の尻尾を咥えていた。

なるほど白猫は充電器かな……いや待て落ち着け、充電器は猫にならない。

尻尾を咥えて眠っている様子の黒猫をそっと置く。


スリープモード?


いや、スマホも充電器にならない。なら本物はどこに行ったんだ。

頭の中で自問自答を繰り返し、冷蔵庫を開ける。冷蔵庫の中には猫が居た。



なぁぁ……



弱々しい鳴き声を上げる猫を冷蔵庫から救出、腕の中で温めつつ、ペットボトルのお茶を掴んだ。

蓋を開けて、中のお茶を飲む。


よく冷えた麦茶だ──と、口いっぱいに毛。


いつの間にかペットボトルに入った猫の尻尾を咥えていた。たった今まで飲んでいたのに。



に、にぁ、にぁぁ……



ペットボトルの中で足掻く猫の救出のため、カッターナイフを装備。大丈夫、これはまだ文房具だ、猫ではない。

猫を傷付けないよう慎重にペットボトルを切っていく。中の猫の色はもちろん茶色、麦茶色。


猫が出られるだけの隙間が出来ると麦茶猫はするりと抜け出し、手の中には黒と灰の小さな猫が居た。ハサミの持ち手は黒いゴムだった……やはり、あらゆる物が猫になっていっている気がする。


これはこの家だけの現象なのか、それを確かめるためテレビをつけた。スマホの方が良かったが、もう猫だから仕方ない。

リモコンの電源ボタンを押し、いつも見ているニュース番組のチャンネルを……猫だこれ。



みゃー?



手の中に猫が居る。それにしても猫はよく伸びる……液体だ。

まぁ一応テレビは付けられたし、いつも見ているものとは違うがこれもニュース番組だ。今は芸能人の不倫報道をやっていた。


と、速報の文字が入り、キャスターが持っていた指し棒が猫に変わる。その後も慌てる出演者達をよそにスタジオ内の物がどんどんと猫に──と、画面が暗転した。

機材や中継器が猫になったのだろうか、なんて呑気に考えているとテレビが大きな猫になった。


黒色家電白色家電とはよく言ったもので、家の中にはいつの間にか黒猫と白猫がウロウロ歩いていた。

手を伸ばせば腹を見せるもの、引っ掻いてくるもの、じゃれついてくるもの、猫も十人十色……十猫十色?



にゃーお



大きな声が聞こえる。今度はなんだろう、洗濯機か、浴槽か、それとも──



にゃーお



にゃーお



にゃぁああぁーーおっ!



一際大きな声が聞こえて、浮遊感を味わった。

床が抜けた……違う、柔らかい、温かい、もふもふしてる…………猫だこれ。


家は無数の猫で出来ていた。


床の板一枚一枚が茶色の猫で、コンクリートは巨大な白猫、鉄筋はスリムな黒猫。

マンションの七階の高さから落ちた……いや、猫に乗ってずるずる崩れていって、特に怪我はない。

至る所にカラフルな猫が居る、壁紙だろうかカーテンだろうか。


「あ、あのすいません、七階の人……でしたよね、一体何が……」


いや分からないと首を振る。声をかけてきたのは、確か……五階の住民だったか。慌てる彼を見ていると何故か冷静になってきた、だが、彼の服が猫に変わって、目の前に全裸の男が立ち尽くしていて、もう…………とりあえずその場を離れた。





スリッパを履いていてよかった。これもいつか猫になるのだろうか。服はまだ服のままだが、彼と何の差があったのだろう。

猫に溢れる街並みはどこに行けばいいのか分からない頭をさらに混乱させる。

電柱にしがみついた女性を見つけ、声をかけた。


「め、眼鏡が急に消えて……何がどうなってるんですか? 何だか家が動いたような……猫の鳴き声がすごく聞こえるんです」


かなり目が悪いらしい。気の毒に……と他人事に思っていると電柱が猫に変わり、彼女は灰色の猫に埋まった。





その後も街を歩いていくとクシャミをする人を多く見かけた、猫アレルギーだろう。猫アレルギーの方にとってはまさに地獄と呼べる状況だ。


何故か急に辺りが暗くなっていく、そう思ったらまた明るくなる。空を見れば太陽が細長く伸びて空を自由気ままに歩いていた。

明るい太陽は見ても形がよく分からないが、おそらくアレも猫なのだろう。



……ずしん…………ずしん



何か大きなものが歩いているような、怪獣映画でよく聞いた地響き。そういえば隣の市に五十階建てのビルがあったな。



みゃぁああぁぁぁあぁあぁぁお……



影が指す。巨大なビル猫が太陽猫の光を遮っている。大きな猫を見上げていると足が柔らかいものに沈む、どうやらアスファルトが猫になったらしい。いつの間にかスリッパは脱げていた、猫になったのか猫になる前に猫に飲まれたのか、それは分からない。


太陽猫は気まぐれに辺りを夜にした。

月は真ん丸だ、昨日は三日月だったのに……そう思っていると丸から長い尻尾が生えた。


巨大にゃんもないと


辺り一帯猫になったことで空気が綺麗になって、比較的都会のこの街でも夜空に満点の星々が見えた。腰まで猫に埋まった状態で、猫の不満そうな鳴き声を聞きながら、ぼーっと空を眺める。

煌めく点々、星座はもう無い。星は自由気ままに夜空を歩き回っている。追いかけっこをしているようなものもあれば、他の星にぶつかって喧嘩しだす星もある。


そんな自由な夜空を見ていると学生の頃の謎、直線AB上を移動する点Pの正体が分かった。猫だあれ。


もう胸まで埋まってきた。そろそろ死にそうだ。服はいつの間にか消えていた。猫になったのだろうか、猫に裂かれたのだろうか。



にゃーん



手頃な猫を抱き上げ、その腹に顔を埋める。猫臭い。別に猫が好きという訳ではないので、この臭いも好きではない、猫は猫の道の上に戻した。


しかし、星々や太陽が猫だということは、この地球も猫なのでは……そんなことを考えた直後、地面が、いや、猫達が震え出した。

ふわふわと漂うような感覚があって、べちゃりと道路猫ごと何かに吸着する。

何となく察した、地球が猫になっても重力は働いていて、人間や猫や空気は留まっているのだろうと。


なら今見えている黒い空に輝く猫達は夜空と言うより宇宙と言うべきだろうか。地球猫は移動しているらしく、上手く引き付けられなかった猫達がポロポロと落ちていく。

地球猫はどんな模様だろう、辺りに見えるのは道路猫で、今どこに乗っているかも分からない、案外と顎の裏に引っ付いているのかも。



地球猫は活発に動いているようで、時折恒星猫に近付いたのか熱波がやって来た。猫になっても燃えているんだな……なら地球猫は水を纏って、いや麦茶猫が居たのだから海水猫も居たのだろう。



ふと空に大きなドーナツのようなものを見つける。猫以外のものを見たのは久しぶりだ。濃い黄色の円環……あれ、消えた、いやまた現れた。円が細まり、線のようになって…………あぁ、猫だこれ。猫の目だ。

これが宇宙猫だろうか、それとも超巨大惑星猫だろうか。


視線を移すと黒い幕が剥がれるようになっていた。宇宙猫は黒猫で、今まで丸まっていて、それが伸びたのだろう……宇宙の外はなんだろうか。

黒いかぎ尻尾が視界の端に揺れ、真っ白い空間が現れる。これが宇宙の外か……



…………もふん



視界いっぱいに広がった何も無い空間だと思われたのは白い毛皮だった。

白以外何も見えないが、この温かさに柔らかさ、そしてこの臭い、間違いない。



猫だこれ。




この話はこの間撮影されたブラックホールの写真を見て思い付きました。

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