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回恨

自分が生まれた理由がわからなかった。

周りの人間が羨ましかった。

どんなに傷ついても立ち上がれる人間になりたかった。


世界は自分にないモノで溢れていた。

それを手に入れようと必死で手を伸ばした。

時には掴んだ事もあった。

だが、それも蜃気楼のごとく消えていく。

そんな事を繰り返す内に――


「世界は俺を見ていない」


そう気づいてしまった。

幼い内に蒸発した父親も現実逃避するかの様に自分を見なくなった母親。

初めは傷ついた母親を慰めようと母親の気を引くように優しい子供を演じた。

自分を偽り母親の為に嫌な事でもなんでもした。

小学生の自分を一人で置いていき一週間男と出かけて帰ってきた母親を笑顔で出迎えた事もあった。

貧乏人、臭いと同級生にからかわれながら学校に通い、笑顔で百点と書かれたテスト用紙を出せば、

使い終わったティッシュの様にゴミ箱に投げ捨てられても平然としていた。

母親の笑顔がいつかは自分に振り向いてくれることを信じて……

しかし、その希望は儚くも消え去る。

中学生の頃、帰宅すると台所に置き手紙。

内容は彼氏の子を身ごもった あなたはもういらない 生活に困ったら児童相談所にでも行きなさい。

要約すればこの三つ。

何処に行けばわからなかった。

いや、行き場所ではなく心の拠り所を。

いるはずはないと頭はわかっていても母親のいそうな場所を市内中走り回った。

最後はいつだったか連れていってくれた市内を見渡せる高層ビルの屋上。


そこで俺の心は壊れたのだろう。

ビルから見える住宅地の灯りが妬ましかった。

光の一つ一つが人々の幸せだった。

誰にも気づかれぬまま、俺はその日から壊れ始めた。

そこからだったか見えない人間が自分に語り始める様になったのは――


その後は施設に入所し、働きながら定時制高校に入学。

世界を恨みながら世界に溶けこもうとする矛盾。

その矛盾のはけ口をもう一人の自分に押し付けて生きていた。

本当は怖かったのかもしれない。

今まで積み重ねてきた世界を壊す事が。

――いや、俺は否定したかったのだ。彼らの行いを。

自分勝手に生きる事の醜悪さを知っていたから。

俺は俺を押さえ込めれたのだ。


そんな時だった――沙織(さおり)に出会ったのは。

出会いは偶然だった。

同級生達にいじめられている所をバイトの帰りに立ち会ったのだ。

建設現場のバイトが初めてほかの事で役に立った時だった。

沙織は肩まで伸ばした栗色の髪が特徴的でどこか人を惹きつける魅力があった。

そんな彼女を妬ましく思っていた同性の同級生たち。

学校で一番人気のあった三年生の先輩から告白されたのがきっかけとし、いじめにあう。

今日も公園に呼び出され、普段はいなかった異性の同級生達に襲われようとしていた。

そこを俺が助け、今にあるらしかった。

所々汚れ破れている制服、震える肩を自分で抱きしめ怯えている。

泣く彼女に俺はなんと無責任な言葉をかけてしまったのだろうか。

「つらいなら我慢するな、逃げろ」

「逃げる場所なんてない」

悲痛なか細い声で沙織は何かにすがりつく様にひざに顔を埋める。


 「なら、俺のとこに来るか?」


そうして、俺たちの共同生活が始まった。

なんとも偶然で軽率な出会いではあったがうまくいっていた。

地元の街から離れた沙織は小さなスーパーのレジ打ちのパートになっていた。

周りに知っている者がいないのは寂しいかと問えば、

「昔の人達に会いたいとは思わない」

そう言うだけであった。

俺はバイト先の縁で廃棄物処分場に就職した。

慣れない仕事に苦労しながらも沙織の笑顔に癒される日々を送っていた。


そんなある日――


 「どうしよう……昔の同級生達に見つかった」

その日職場の休憩中になんとも事務室が慌ただしかった。

様子を見に行くとそこには派手な格好をした女子高生グループと店長が言い争っていたのだ。

副店長に事情を聞けばそのグループは万引きをしたらしい。

そのグループの一人と目があった時、沙織は顔がひきつった。

なんと、その集団は沙織の元同級生達でありいじめグループだった。

彼女らは一斉に沙織を見つけ嫌な笑みと馴れ馴れしい声で話しかけてきた。

どうしようもなくなった沙織はその場から逃げ出し、早退していたのだ。


「職場を変えたいけどそこにいる人達はとてもいい人で裏切れない――

 私、どうしたらいい?」

沙織は泣きながら、竜也にすがりつく。


<嫌なことから逃げてきた者の末路はなんとも無様だね>

心の中で影が笑う。


「数日休もう、その後出勤して奴らがいたら職場を変えよう」


震える彼女の頭を撫でながら、その場しのぎの提案する事しかできなかった。

それから沙織は、三日間休みを取り出勤した。

数日は迎えにいく事にしたが、彼女らの影もなくお互い安堵していた。

彼女たちが牙を磨いてる事も知らずに……

会社の研修で数日家を離れる事になった俺は彼女が心配だった。

 「大事な研修なんでしょ?私にばかり気を使ってたら自分を見失っちゃうよ?」

沙織自身はもうだいじょうぶと優しく言ってくれた彼女の優しさに甘えてしまった。

俺は見送ってくれる彼女の笑顔を今も忘れられない。


……その翌日だったらしい、彼女が首を吊ったのは――


研修から帰宅後、暗い部屋の中で彼女は宙に浮いていた。

俺は嗚咽(おえつ)吐瀉(としゃ)に襲われた。

その数日後だった、その原因達が捕まったのは。

万引きした自分らを見捨てた沙織を許せなかった彼女達は、

パート終了後の沙織を待ち伏せて男友達を使い拉致し暴行したのだった。


葬式に出席しようとしたが、

入場口で目の血走った母親に罵詈雑言を浴びせられ、

父親からは無表情の顔で「帰ってくれ」の一言。


彼女は遺書を綴っていた。

゛何も変わらなかった゛

そう誰かに、いや、俺に書き捨ててこの世から立ち去った。

怨みを晴らそうとも初めは思った。

しかし、沙織は自分のせいで未来を失う事を望むだろうか。


俺は望んでいた 希望を(だがまた失った)


俺は恨んでいた 人間を(そうだ)


 ゛ならば、いっそ全て壊そうか ゛


自分以外の存在を感じ、後ろを振り向く。


褐色の青年が微笑みこちらを見ている。


「おまえは……」


「過去に溺れるのはいいけどさ、もうお目覚めの時間だ

 力は得た さぁ始めよう。」

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