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黒百合

「なによ、それ」


由美は頬を引きつらせながら信じがたいものを見る。

目の前には先ほどまでブツブツと何かを言いながら死ぬのを待つ竜也がいたはず。

そこに弓矢を放った途端、それは黒い霧の塊に吸い込まれっていった。

 

 「うぉお゛お゛お゛お゛!!」

轟く咆哮に森が震える。

ほの暗い森の中に異型の影が伸びる。

手を地面に着きしゃがむ様な姿勢で地面を見る怪物。

「なんて、大きさなの」

怪物は大型トラックの様な大きく肥大化した全身を黒い鎧で纏っている。

全身に華やかな飾りなどなく、ただ無骨な模様が刻まれてるだけ。

全身の関節部分からは黒い霧が燃えるように出ており中の様子は伺えない。

「あなた、竜也さんよね?」

そう、その異型の怪物は紛れもなく竜也だった。

竜也は俯いたまま、微動だにしない。

こちらが動けば何が起きるかわからない不気味さ。

まるで、喉元に刃を向けられてる様な感覚。

少しでも唾を飲み込めば喉仏が刃に当たるような緊張感。

緊張を和らげるように深呼吸をする由美。


 「ようやく業を出したわね その鎧なかなかかっこいいわよ」

竜也は先ほどの咆哮から一言もしゃべらず動かない。

何を考えてるのかわからず、探る様に。

そして、これ以上刺激しない様に由美が一方的に話しかける。

 「業の中じゃ鎧型は優秀なやつよ、おめでとう。あなた合格よ」


業にはいくつかの種類がある。武器や防具を出すものが主流でありその中でも鎧は最優の能力である。

教会の保護とは業使いを拘束し、それが教会にとって有益だろうと害あるものだろうと。

手駒にするか。

幽閉か。

処分する事を意味する。

由美はこの竜也の姿から彼が純粋種だと確信する。

なぜなら、今の彼は業を開放したばかりで暴走状態に入ってるからだ。

通常の使い手なら、ここまで能力を開放する事はできない。

 「中々発現しないから、装特化型か変身型かと思ったわよ。さ、業を解いて教会にいきましょう?」


二人の距離は先ほどから変わらない。

由美は近づく事を本能で危険だと察知しているからだろう。

竜也はやはり動かず由美をじっと伺っている。

「何してるの?さっきの事なら謝るわ。

 業の解き方わからない?自分が纏っているモノが消えるイメージをするのよ」

何もしない竜也に痺れを切らして一歩前に出る。

俯いていた気味の悪い紫色に光る目と由美の目があう。

その瞬間、

 「ウォオ゛オ゛オ゛オ゛!!」

両足をバネにして一瞬で由美に近づく竜也。

その体を支えていた手足の爪は鉤爪状になっており、先端部は剣の様に鋭い。

その鋭利な爪で由美の体を八つ裂きにせんとばかりに力任せに振る。

 「っ!」

小さな悲鳴を上げすぐさま上へ飛んで回避する由美。

すぐさま相手から距離を取ろうと空中に移動し弓をつがえる。

 「いきなり何するのよ!殺す気か!」

急に殺意を持って自分を攻撃してきた事に怒声をあげる。

さて先程まで相手を殺そうとしてたのはどちらだったか


 「グルルルル」

正気をなくした様子の竜也は低い犬の様な唸り声を上げ、由美から目を離さない。

 「本気で殺し合いがしたいなら、いいわ!請け負ってあげる!」


先程まで常人ならざる身体能力を得た竜也が躱す事の出来た矢は一般の弓道経験者が放つ速度だった。

だが、今放とうとする矢は人の域を超えた業使いの本領を発揮した弓矢である。

先程まで竜也に放ってた弓とは速度も威力も違う渾身の矢を放つ。

弓矢の速度は秒速二百五十m。

異様な音を唸らせながら弓矢は真っ直ぐ竜也の眉間を貫かんと迫る。


前に突き出た二本の牛の様な角を生やした狼の顔が矢を仰ぎ見る。

さっきまで躱せた弓矢とは違う、異質の弓矢。

しかし、竜也もまた条件は同じ。 

ただの人間から異質となった身。

眉間に迫ってくるのがわかっているならば打ち落とせばいい。

砲弾と化した弓矢に巨大な鉄球の様な拳を振り落とす。


叫び声と共に竜也は爆炎に包まれる。

爆煙が周囲の森を包みこみ、竜也が見えなくなる。

由美は爆煙が収まるのを待つ。

確かに手応えを感じた。

弓矢は弾けてもその衝撃波まで防ぎきれない。それが由美の狙い。

超速の矢に衝撃波という負荷攻撃。一度で二撃の必殺技。

自身の最大威力を発揮した由美の得意技だ。

その矢を放つまで構えもせず、ましてや真っ向から撃ち落とそうとする相手をバカにしていた。

しかし、拭いきれない違和感があった。相手はなおそれでも生きている。 

あの爆煙が空けた時、そこには変わらぬ姿で立つ異型の鎧をイメージする。


 「うわっ!」

風を切る音と共に突如現れた黒い物体に驚愕する由美。

それは森からいくつも伸びており、由美の周囲を囲うように複数の帯が黒い霧状のモノを散らばせながら空を仰いでいる。


(これは?彼の仕業かしら、なら離れないと、この霧状のモノも気になるし)

この黒いモノから距離を取ろうと何もない方向へ向かおうとする。


 「……クルルル」

背後から獣の唸り声が聞こえ後ろを振り向くと何処から現れたのか。

巨体の化物もとい竜也が由美に飛びかかってきていた。

(あの帯状のモノは私に向かうための移動手段だったのね)

由美は相手が知性のない獣と思っていたがここで知識を活用できる怪物なのだと理解した。

急いで旋回し、逃げようとする由美に竜也は帯を足場にして跳躍し一瞬で間合いを詰める。

 「やばっ」


竜也がその翼を切り裂き地に落とそうとする。

 「ウ゛ッ?」

今まで怒り以外の感情を出さなかった獣はここに来て初めて驚いた様子を見せる。

回避行動を取る由美に竜也はその身体ではなくがら空きになった翼にその爪をかけようとしていた。

しかしその爪は槍によって防がれた。

何処にその様な槍を隠していたのだろうか、その槍は確かに由美の手に握られていた。


 「あなたと私じゃ、くぐり抜けてきた修羅場の数が違うわ!私には弓だけじゃない、矢を巨大化すれば槍にも応用できるのよ」


そう言って得意げに槍を振り回し周囲の帯を切り裂く。

切り裂かれた帯は四散し、黒い百合となり消滅する。

 「黒百合とはまた悪趣味ね。それに驚いた、あなた"装”が使えるのね」


装とは業の力の源の事だ。

それを纏えば戦闘力が増加し、活用すれば己の戦略性が飛躍的に広がるモノだ。

本来、業使いが能力を発動し、さらに装を使いこなすのに何年もかかるとされている。

竜也の様な素人が簡単に出せるモノではない。


 「あなた、本当見た目も中身も怪物だわ」

もはや、生け捕りにしようなどと考えは毛頭ない。

この男は全力で排除しなければこちらがやられる。

由美は久々の死闘に武者震いを起こす。


 「ウ゛ァ゛アアアア!!」


 「でやぁ!」


爪と槍がぶつかり合う。

竜也の攻撃は短調に腕を振り回すだけの攻撃。

しかし、その威力とスピードはケタ違い。常人なら瞬殺される代物だろう。

だが、由美はそれを人類が長きに渡って培ってきた技で受け流す。

力は竜也に分があるが技術で補えば圧される事はない。

厄介なのはあの鎧、何度槍で突いても一向に傷を加える事すらできない。

関節部分を突けば何もない様にすり抜けていく。

先程から帯状の装は切ってもそのままで修復する様子はない。

竜也の爪を受け流しながら、足元の装を切り裂く。

距離を離せば弓矢で相手の足場たる装を失くし、体勢を崩す。


将棋を打つ様に相手の手駒をなくして詰みとなる状況を作りだしていく。

しかし、思ったより数が多い。というより次から次へと帯状の装はその数を増やしている。

竜也から距離を置いて、その現状を確認する。

切った箇所は修復してないが、竜也の周りには装が今だ主を守るかのごとく密集している。

 

 (攻めてると思ったけど、攻められてたのはこっちの方かもね)

自虐の様に自分で自分をツッこむ。

現状は今だ膠着状態。

この装をなんとかしない事にはどうにも動かない。

槍や弓矢で消してもまた新たな帯が出てくるんじゃ、意味がない。


 「あ~やめた、私も装を使うわ」

由美もまた装が使える業使い。

しかし、装自体の操作はまだ未熟であり加減も出来ないので仕える師匠からはここぞの時だけと釘を刺されていた。

おまけに精神力を大幅に消費し一時的に戦闘力も落ちる諸刃の剣。

これで止めを刺せなかったら窮地に追いやられる。

由美もそれだけはと抑えていたが、現状打破の為に自身最大の必殺技を使うしかないと覚悟する。


翼を今までより大きく広げ、槍を捨て右手を真っ直ぐ伸ばし竜也へと向ける。

翼の羽が一本一本立ち始め、その穂先は鋭利な剣へと変貌する。


 「それじゃ、竜也さん 生きてたらまた会いましょう」


その言葉を最後に竜也は一瞬で白い何かに覆われた。

というより、羽の雪崩になすすべなく飲み込まれた。

由美の装は羽であった。

その一本一本は剣のように鋭く。それが雪崩のように敵に襲い掛かる代物。

何度修練しても最後まで加減できず、自分が止めようとしてもすぐには止まらず放たれ続ける羽の嵐。

一時的に戦闘力が低下するのはその為である。

精神力は業使いに取っては体力に等しい、いわばこれは由美の捨て身の攻撃に他ならない。


 「はぁはぁ」

肩で息をし竜也がいた場所へ目を向ける。

そこには羽毛の様なモノが散乱するだけで姿はない。

地上にも目を向けるが暗い森の中まで視認は不可能だ。

しかし木上に引っかかっているゆらゆらと揺れる帯が目に付く。

 「っ!」

急いで周囲を見回す あれは間違いなく竜也の装であり

使用者が健在であれば装は消えない

残り少ない精神力を使い、槍を装備する

 (このまま逃げるしかない、しかし相手が見えないんじゃ迂闊に動けない!)


追い込まれたのは間違いなく由美である

相手はどこだと見渡すが影も形もない


 「ウ゛オ゛オ゛オ゛!!」

叫び声が聞こえた真上を見る

そこには白い羽が所々に刺さり、ひび割れた鎧を着た怪物。

それが真上から巨大な油圧式フォークの様な手で握りつぶそうと突進してくる。

しかし、利は由美にあり。

相手は徒手での攻撃。

しかし由美にはそれより長い丈を持つ槍がある。

全身全霊を込めて、これを迎え撃ちそのまま頭を串刺しにしようと槍を突き出す。

このままいけば由美の勝利は確実。

しかし、それはあくまで徒手と槍の戦いならばだ。


 「ウ゛オ゛オ゛オ゛!!」


 「そんな……!」


装とは纏って戦う武器。

相手が最長の武器である槍を持つのなら。

こちらもまたそれに匹敵する武器を用意すればいいだけのこと。

竜也は装を由美の槍よりも長い刃状に加工して手に纏っていた。

それは由美の持つ槍より長い武器だった。

無骨に加工したモノでもその効果は絶大。

由美の槍を弾き、その翼に突き刺していた。


 「あ゛あ゛あ゛!!」

驚きと翼を突き刺され地面に落下していく恐怖から由美が悲鳴を上げる。

このまま地面に叩きつけられるのは怖くはない。

衣服に付与された教会の加護がその衝撃から身を守ってくれるだろう。

問題はその後、自分が間違いなくこの怪物に八つ裂きにされる未来しか見えない事。

与えられた猶予は少ない。

首にかけられた文字が刻まれている十字架のロザリオを手にする。


 「I will extol thee, O LORD; for thou hast lifted me up, and hast not made my foes to rejoice over me. 」

  (主よ、わたしはあなたをあがめます。あなたはわたしを引きあげ、敵がわたしの事によって喜ぶのを、ゆるされなかったからです。)


由美は詩を読み上げる。それは信じる神への言葉。

彼女は最後の祈りを捧げる為ではなく、最後の奥の手を手にした。

教団の戦闘員が等しく渡されるその十字架は一人前の証であり。

それと同時に強力な力が込められた武器『業機』であった。

業機は業使いから抽出された業を宿した道具。

それはかつて業使いに対抗するため無能力の人間達が編み出した術である。


現代ではそれを複製する事も可能であり、量産品でもその効果は絶大。

故に団員達には等しく業使いへの切り札としてその「破業の十字架」が託される。


生け捕りにはしない、業を消滅させた時、心臓に槍を突き刺す。

落ちる場所は奇しくも死刑宣告をした古い教会の方へと向かっていた。

由美はその手にした十字架に生命力を込める。

戦いは今終わりへ向かおうとしている。


地面に着いた時、どちらがその場に立っているか。

お互いがそれを認識し、最良の手を討とうとする。

先に動いたのは竜也の方であった。

右手を横に突き出し、装を左手の様に纏い始める。

対して由美の狙いはカウンター。

右手は封じられている。ならば左手で攻撃してくるのは必然。

その左手がこちらに向かってきたならば十字架を発動させる。

左手を振りかぶり、由美に目掛けて突き出す。


 「今だ!」


十字架が光り、互いが白い光へ包まれる。

暗く薄気味悪かった森が聖なる光に照らし出されていく。

だが、それも一瞬、すぐさま暗くなり教会や森を黒く染める。


両者の決着が着いた


砂埃の中、竜也の左手は形を無くし腕から肩にかけて大きな亀裂が走り少しずつ腐ちていく。

微動だにせず、うなだれる様に膝と片手を地面につき股下にいる由美を見ている。

由美の切り札は竜也に直撃し、その凶器たる業を破壊した。

亀裂は全身にまで走り出し少しずつその傷を広げ、鎧は無に帰っていく。

完全に業が消滅するまでもう猶予はそこまで残されてないだろう。

後は最終段階、その憎くまた賞賛すべき相手に止めを刺せばいい。

由美の作戦は正しかった、業さえ無くせば自分の勝ちだと確信していたのだから。


 「ゴフッ……」


勝者であるはずの由美の口からは勝利宣言ではなく血と僅かな呼吸しか出てこなかった。

その胸には大きな十字架が突き刺さっている。

何処から、そんな物が出てきたのだろうか?


竜也は左手に装で形成した刃で攻撃などしては来なかった。

落ちる最中、視線に映った古い教会の屋根にあった十字架が目に留まり。

それを装で引っ張って由美の胸へと突き刺したのだ。

業や装は確かに破壊に至った、しかし由美にも付与されている教会の加護を受けた十字架までは破壊出来なかった。

ただそれだけの事。

なぜ、竜也は十字架で止めを刺そうとしたのだろうか。

恐らくは悪意だろう。

その神に仕える少女に十字架で止めを刺すなど、

悪意と言わずなんと言うのだろうか。


 「グルルル」

勝者である竜也が唸り声を上げ、そのまだ朽ちていない右手を由美へ突き出す。

もはや、由美に言葉は出ない 茫然と相手の動きを観察する。

これから、起きる事はどうあれ死という結果からは逃げられない。

黒い霧が由美を囲んでいく。

 「ガハッ」

一際、大きな呼吸をし、それと同時に血が吐瀉(としゃ)される。

死ぬ事は恐れぬがこれからこの怪物が何をするか。

何も抵抗できない事が由美にとっては恐怖なのだろう。

黒い霧は由美に纏わりつき、少しずつ飲み込んでいく。

みるみる霧は小さくなり、由美の身体もそれと同様に消えていく。

目を大きく見開き、涙をこぼし始める。

由美が目蓋を閉じた時、霧は竜也の手の中に収まる。

由美の居た場所にはただ十字架が突き刺さっているだけだった。


 「ウォ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛!!」


先ほどとは打って変わって静かな森に一際大きく長い遠吠えが鳴り響く。

それが彼の勝利宣言なのだろう。

そして、彼を嗜める様に雨が降り出す。


 「ウ゛ォ゛」

遠吠えを終えようとしたその瞬間、

黒い巨体は何かに突き押され、教会を突き抜ける。

何が起きたかわからず、それを起こした相手を睨みつける。

目線の先には竜也を押さえつけ、剣を突き立てる白い鎧の騎士。


 「お前は何者だ?」

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