レブル②
「シエナ、走れ。できるだけ遠くへ逃げろ」
「……はい」
シエナは少し躊躇しながらも出口の方へと走り出す。
自分に出来る事は竜也の枷にならない様にする事しか出来ないと思ったからだろう。
それを見送る事もせずに竜也はレブルを睨む。
「逃げる? 我を前にしてどこへ逃げるというのだ?」
竜也は油断しきっているレブルへ走る。
その隙だらけの顎に向かって、鉤爪を打ち抜こうとするがレブルの爪によって止められた。
それでも、より速く、より正確に追撃の手を止めない。
レブルはそれを幼子を相手にする様に捌ききる。
入った肉体が良かった、アルバートの身体能力、鎧の能力が大幅に飛躍してレブルを強くしていた。
その巨体に不釣り合いな速度で竜也を追い詰める。
「しまった!」
竜也の足をレブルのしっぽがなぎ払い、身体を地面に倒す。
レブルが腰に着けられた大剣を引き抜く。
竜也はすぐさま、立ち上がろうとするが大剣が迫っていた。
「ぐぉおおおおお!!」
それを両手で挟み込み、受け止める。両手から火花を散らしながら押しつぶされない様に踏ん張り続ける。
身動き一つ取れず、歯を食いしばり続けてるせいで口から血が垂れ始めていた。
「どうした?もう終わりか?余興には物足りぬぞ!」
レブルの口が大きく開き、そこから赤い閃光がはしり始める。
その閃光を竜也が視界に収めた瞬間、猛烈な炎が竜也を包んでいた。
アルバートの風とレブルの炎、この二つが合わさる事で炎は広範囲に放たれ逃げ場はない。
周囲の花々を枯らし、燃やしていく。
シエナも出口まであともう少しというところでその熱風で身を縮める事しか出来なくなっていた。
「竜也ぁあああああ!」
シエナは竜也がその炎の中心にいる光景を見て絶望し、叫ぶ。
天国の様な庭園はまさしく煉獄と化していた。
「ぐぁあああああ!!」
装で身体を包んで守り続けるが、その熱はそれだけでは留まらない。
熱さなど感じない。ただただ全身から痛みを感じる。
息を吸う事も許さないその炎は竜也を蝕んでいく。
もう限界かという所で煉獄の炎は終わりを迎えた。
「なんだ、そのざまは? だいぶ、手を抜いたんだがな。こんなものが我の器として本当に満足できる代物なのか?」
尻尾で竜也をなぎ払う。
無造作に投げられた空き缶の様にごろごろと転がる。
地面を掴む様に握りこぶしを作りながら、煙がくすぶる身体を立ち上がらせる。
「なに……言ってやがる?俺はまだ戦える」
全身から響く痛みをこらえて竜也は立ち上がる。
「……もうよい。余興は終わりだ」
レブルが大剣を手に取り、天井へ投げつける。
大剣は赤く光りながら膨れ上がり、大爆発を起こす。
由美はそれに驚き、大声を上げた。
「まずいっ!結界が破られた!レブルはあそこから外へ出るつもりよ!」
天井に大穴が空き、遠くに夜空が見えていた。
周囲に剣の破片が落ちてくる。
「やはり、一介の騎士程度の剣では我が炎に耐えられぬか」
「来い、我が怨敵の子よ。貴様がこれから見るのは絶望だけと知れ」
「えっ……?」
レブルは呆然とするシエナを掴み、翼を生やして飛んでいく。
天井に空いた大穴に向かっている。
「おい、待て!」
レブルが口から炎を吐き、階段ごと出口を燃やす。
「貴様はそこで待っていろ。器は器らしくしてろ、動くな」
レブルは急激に速度を上げて、天井に空いた大穴に吸い込まれていくように消えた。
「やばいわよっ竜也」
「わかっている!」
竜也は装術を使うのは苦手だ。
足場を装で作り歩くことはできるが、大穴までの距離を歩くことはできない。
「師匠が言っていたわ、私の業をあなたは使えるんじゃないの?」
「どういう事だ?」
「私の中に装を送る事が出来るんだから、その逆をやるのよ。
私の翼をイメージして、それを自分に生やすの」
「やってみる……いや、やるしかないか」
あの森で戦った由美をイメージする。
竜也はあんな綺麗な翼は自分には似合わないと思っていた。照れでも自虐でもない。
この力は自分の物なんだから、自分のイメージに合ったものでなくては整合性が取れない。
業はイメージや精神力が最も重要となる。それにズレが生じ、合ってなければその力は脆くなる。
「……取り出すなら、ついでに加工してしまおう」
蝙蝠のような翼が竜也に生えてくる。
大きく翼を広げて、今か、今かと力を蓄えてその解放を持つ。
「ちょっと、私の姿をイメージしてなんでこんな翼なのよ!?」
「いや、なんかバットマン的なの想像した」
「バカッ!」
「まぁいいじゃないか。これで飛べるんだから」
弓の弦の様に引き絞った力を込めて、地面へと翼を羽ばたかせる。
凄まじい推力を発生させ、竜也は天井の大穴へと吸い込まれていった。




