支部と師匠②
「どうして神父がここにっ!?」
「なんだ、貴様ら。事情を知らないのか?アルバ――」
「っだああああ!!」
師匠の声を書楽の大声がさえぎる。
「アルバートも騙されていたんだ。
本当の敵は他にいる。それで俺達は神父たちに会うために外に出ていたんだ。
なっ神父?」
師匠は書楽をつかみ、廊下の隅へと引き寄せる。
「どういう事だ?」
「あいつらは関係ない。ここで真相を伝えればあいつらは二度と人を信用しなくなる。
今回だけ、今回だけ俺に合わせてくれっなっ? なっ?」
「お前ら、なにしているんだ?」
香織がいぶかしげに見つめている。
「あぁ、いやなんでもない」
「とりあえず、我々を助けてくれたんだ。神父ありがとう。
神父を疑う理由がなくなったのはわかった。これからどうする?」
「決まっている。あの魔ネズミをいくら倒しても意味がない。本体を倒しにいくぞ」
「待ってよ。マーフィーを殺すっていうの!?」
アメリが前に進もうとする神父の目の前に両手を広げてとめる。
自分より遥かに背が高く、巨大な神父を前にアメリの足が自分の意思と関係なく震える。
カエルと蛇だ。
相手がその気になれば、気づく前に飲み込まれる。
それほどの力の差を感じてもアメリは一歩も退かない。
「邪魔だ。時間がない」
アメリを行動ではなく、威勢で排除する。
「嫌よ!マーフィーはまだ生きてるんだから!」
「魔獣になった者は二度と戻れないのだ」
「嘘っ!嘘よっ!森下は戻ったじゃない!}
「あいつは魔獣になってから時間が短かったから戻れたのだ。
偶然にも近い。そんなものに手間取ってる場合ではない」
アメリの目の前に香織が神父に対面して立つ。
「私からもお願いだ、神父」
香織は膝まづいて、頭を下げる。
そして、誠心誠意。自分の出来る最上の懇願の方法をとる。
「おいおい、香織……」
書楽もプライドの高い短気な香織がそんな事をするのが信じられない様子だ。
「マーフィーは我々の仲間だ。そしてアメリの大切な人でもある。
あいつを救えるなら、私はなんでもする。どうか、どうか頼む……!」
神父をそれを黙って見据える。
静寂が廊下をつつむ。
「顔を上げろ、香織」
香織の目には涙がたまっていた。
混乱と仲間への情が頭の中で入り乱れ、混乱している。
自分でもなぜこんな事をしてるのかわからないのだろう。
「私、一人では無理だ。お前にも手伝ってもらう」
「っ!……ありがとう、ありがとうございます!」
「そんじゃ、いくぜ?」
書楽がドアに敷かれた封を切る。
ドアを開くと、全員が唾を飲んだ。
ラウンジへとつづく道は巨大なネズミで埋め尽くされていた
前衛に師匠・書楽。
後衛に香織、その後ろにアメリを守るルリがいる。
「うっひゃぁ~……これだけとは」
「それでも、我々は進まねばならない。これだけの数の魔獣を外に出せば被害は甚大だ」
「へいへい、わかっていますよ」
「あんた、なんでそんなお気楽なのよ!」
「なんでって?そりゃぁ、こんぐらいの修羅場何度も潜ってきたに決まってるからさ!」
書楽は巨狼になり、魔ネズミを引き裂く。
それは銀光と化していた。
過ぎ去れば、そこには霧散した魔ネズミの塵だけが舞う。
だが、相手の利点は戦闘力ではなく、その数である。
取り囲む様にネズミが一斉に襲いかかる。
「おっと、悪いね。神父」
ネズミ達に鎖が絡まり、燃えて爆散する。
「あまり、先導しすぎるな。私は彼女らを守りながら進んでいるのだ」
ラウンジへ着く。
そこには一層巨大なネズミが君臨していた。
「あれがマーフィーか?」
「その様だ。おい、香織。ここからは作戦通りに動け」
「わかった」
香織は銃の脚立を広げて、寝そべり銃を構える。
「書楽、出来るだけマーフィーの周囲の魔獣を蹴散らせ」
「はいよ。それでどうするんだ?」
「香織の業機に入っている銃弾は特別でな、業の活性を抑制するものだ。
それを奴の体内に打ち込む。まだ間に合えば、魔獣化が解除されるかもしれん」
「おいおい、レールガンじゃ威力が強すぎて打ち抜いてしまうぞ?」
「弾が奴の体内で触れるだけでいい」
「了解っ!」
ネズミは切り裂かれ、燃えていく。
だが、数が減る事はなく無尽蔵に湧いてくる。
減らし続けなければ、この部屋をネズミが充満しているだろう。
「おい、全然減らないじゃないか!」
「そうだな」
背中合わせで二人で構えを取る。
香織の周囲には幾重にも結界が敷かれておりネズミは近づく事も出来ない。
アメリとルリが手を握り合う。
「おい、書楽。装術札は残っているか?」
「香織ちゃんに結構使ったからね、神父が持ってきてくれたのはほとんど使ったよ。
あと、ひぃ・ふぅ・み……あと、五枚だね」
「十分だ。マーフィーの所まで鎖を伸ばす。その周囲を一掃するから手を貸せ」
神父は鎖を瞬く間にマーフィーに打ち出す。
だが、それを周囲のネズミが飛びつき、絡まったりかじったりしてマーフィーまで届かない。
そこに刻印が刻まれた札が飛んでくる。
一斉に爆炎がのぼる。
神父の装を書楽の装術が飛躍的に活性化させたのだ。
「今だ!香織!撃てぇ!」
香織は呼吸を止め、身体の僅かな動きを止める。
標準はマーフィーの心臓。
レールガンから閃光が光る。
それは見事、マーフィーの身体を打ち抜いた。
魔獣が消え去り、マーフィーは元の姿に戻っていく。
すぐさま、全員がマーフィーに駆け寄る。
「マーフィー!だいじょうぶか!」
身体を起こし、必死に呼びかける香織。
「っ……」
僅かに意識がある様だ。
「マーフィー!マーフィー!」
アメリが今にも泣きそうな悲痛な声を上げる。
「あれっ?僕なんで?」
意識が戻った
「マーフィー!よかった!」
アメリがマーフィーに抱きつく。
「えぇ、何が起きたかわからないけど……みんなが安心しているみたいでよかっ……」
再び、意識を失う。
「マーフィー!!」
香織が必死に呼びかける。
アメリが泣きじゃくる。
「マーフィーあなたがいなくなったら誰が毎朝、漬け物石をどかすのよ!起きてよ!
……マーフィーが初めての友達だった
いつも優しかった。どんなわがまま言っても笑ってくれた……お願いだから死なないで――」
だが、マーフィーから言葉は返ってこない。
悲しみが部屋の中に満たされる。
「これはダメだったみたいだね」
「……」
だが、すすり泣く声だけがする部屋に違う音が聞こえてくる。
「ぐっーぐっー」
それはマーフィーからだった。
「マー……フィー……?」
「寝てるな」
「あぁ、寝てるな」
「間に合ったのか?」
「あぁ、間に合った」
「うわぁあああん!マーフィーよかった!」
「おい、神父。なんだか外の様子がおかしいぞ?」
出口の方向から、赤い光が天井からさしていた。
エレベーターのドアの前に空いた大きな穴から、真っ赤な空が見えていた。
二人で屋上へと出る。
そこには、教会の方の空に幾何学的な模様が描かれていた。
「竜也、間に合わなかったのか!?」




