出陣
扉の前に座り続ける師匠。
「刻限か」
いくつも書かれた梵字はあと一つしか残されていない。
だが、それも黒く塗りつぶされようとしていた。
この字が塗りつぶされた時、結界は解かれ中身が出てくる。
「すまないな、竜也」
師匠は鎖を手に、炎が全身に吹き上がる。
この梵字、そのものが竜也のいる結界を作っている。
ならば、そのドアごと全てを焼き尽くせば竜也共々、消滅させる事ができるのだ。
「っ!」
だが、その扉が開く。
中から、黒い鎧を纏った竜也が現れる。
今までの鎧よりも雄々しく大きい、そして瞳はより強く赤く輝いていた。
「師匠。これが俺の真の業です」
「見事な鎧だ、竜也。成功したのだな」
「はいっ師匠とみんなのおかげです」
鎧を解いた竜也の顔は麗らかなものだった。師匠もその顔を見て感心する。
弟子の成長、その完成形をこの目で見れる事は師としてこれ以上の喜びもないだろう。
「本当によかったわ。あのまま飲み込まれるかと思ったわよ」
由美も安堵していた。
「それにしても、なんだか私まで力がみなぎっている気がするわ」
これで手駒は揃ったのだ。
いよいよ、シエナの救出作戦が始まる。
そこに電話がかかる。
師匠はポケットから電話を取り出し、応答する。
相手は大変取り乱し、大声で話し始める。
「神父、緊急だ!」
「なにがあった?」
「野郎!やりやがった!マーフィーを魔獣化して支部に俺達を閉じ込めやがった!」
「なんだと!?」
電話越しに緊迫した様子がわかる。
「師匠!」
「この声は竜也か?成功したんだな」
「あぁ、しげ、いや書楽、お前の結界のおかげだ」
「礼はいいから、早く助けに来てくれ!」
「わかった、待っていろ!」
電話を切り、外へ向かおうとする。
「待て、竜也」
「なんですか?」
「シエナはどうするつもりだ?レブルの復活までもう猶予がない」
竜也が心象世界に入って、三十分しか経っていないがそれでも事態は動き続けている。
他に手をかけている余裕はなかった。
片方を助ければ、片方は捨てなければならない。
「二択だ、シエナを救うか支部の連中を救うか」
その選択を迫られ、竜也は強く瞳を閉じる。
歯をくいしばり、この答えは間違えてはならないと瞳に力を宿す。
「俺はシエナを救いたい。だけど、師匠お願いがあります」
「なんだ?」
「支部を救ってください」
「なんだと!?」
「俺にシエナを任せてください」
「相手はアルバートだぞ?」
「わかっています。だけど、俺はみんなを救いたい。
見殺しにする後ろめたさで言っているんじゃない。
師匠なら彼らを救えると信じている。
だから、師匠は俺がシエナを救えると信じてください」
「話にならん、なんで私が――」
師匠にとって、支部の人間を救う事に価値はなかった。
我が子の様に、かわいがり守り続けたシエナをなぜここで助けにいかないというのか。
弟子を殴り、脅しつけてでも教会へ向かわねばならない。
だが、竜也の顔を見ると師匠の動きが止まる。
その愚直なまでに覚悟と信念をもった瞳にかつての仲間の面影を思い出す。
こういう時、彼は絶対に言う事を聞かなかった。
たとえ、殴られ様と目の前に剣を突きつけられようと言葉を変えなかった。
それに師匠はいつも振り回されていた。
「懐かしさ」でつい、声から笑いが漏れる。
師匠が竜也に札を投げる。
「えっ?」
「……いいだろう。お前は教会へ行け。
アルバートを倒した時にレブルがまだ復活していなかったらその札を貼るのだ」
師匠は竜也を連れて、外に出る。
そして、指笛を鳴らす。
遠くの空から一頭の馬が火の粉を舞い散らしながら走ってくる。
「デナリオン、このバカ弟子を教会まで連れてってやってくれ」
高らかに主人の望みを聞き届けたとデナリオンが鳴く。
「俺、馬の乗り方とか知らないんですけど……?」
「大丈夫だ。ただ跨っていればいい。教会に着いたら下りるがいい。早く行くのだ」
竜也は急いでデナリオンに乗る。
大きく立ち上がり、鳴き声を上げると竜也の声を置いていく様に彼方まで走り去っていった。
「まったく馬の乗り方一つも知らんとはまだまだ教える事は山ほどだな。
――だが、あいつのあの時の顔、いや雰囲気か。シエナの父に似ていたな。
シエナがあいつを気に入った理由がようやくわかった」
そう言って、師匠もまた夜の街へ溶ける様に走り去るのだった。




