急襲
書楽とルリがそっーと忍者の様に支部の中へもどる。
動きは俊敏にだが音は出さずにラウンジへ入っていく。
急いで、戻ってきただろうかルリはひどくノドがかわいていた。
暗闇の中に冷蔵庫の灯りだけが部屋を照らしている。
「ルリ、俺にも飲み物くれよ」
「あんたの名前が書いている飲み物なんてないわよ」
「お前の手にしてる奴があるだろ」
「はぁ?」
冷蔵庫は共有で使われているので、中に入っている物にはそれぞれ自分の名前を書くルールがある。
だが、書楽はその日暮しの性格だ。宵越しの飲み物など用意してるはずはなかった。
「お前ら、どこへ行っていた?」
突如、部屋の電気がつく。
そこに香織がレールガンを肩にかけ、二人をにらんでいた。
背後には不安げにぬいぐるみを抱きしめるアメリがいる。
「おいおい、そんな顔しなさんなって。ちょいと無断外出しただけじゃないか」
「不要な外出はひかえるようにと支部長から言われているはずだ。
お前らに何かあったら、ここを任せた支部長にどうやって顔を合わせる気だ?」
「こんな所にいつまでもいたら気が狂っちまうよ」
「きさまっ!」
書楽は「参った」と言わんばかりに両手を上げる。
「そう怒るなって。 悪かった、軽率すぎました。二度としません」
「ちっ」
香織はいつもより、気が立っていた。
気にかけて、なおかつ手当てまでした竜也が本当の敵だった事が余裕を奪っているのだろう。
「わ、私からも謝るわ。ごめんなさい」
ルリもその気におされたのか、素直に深々と頭を下げる。
「あなたも客人なのだ。あまり勝手なまねはつつしんでくれ」
書楽はそんな事を気にかけず、隙だらけのルリのジュースを奪い取る。
「あっ!ドロボー!」
そそくさとソファーに深々と座り、ジュースを飲み始める。
「まぁまぁ、もう一本あるんだから」
「それも私のでしょう!」
くすくすとアメリが笑う。
「重田とルリは面白いね。ね、香織?」
「あいつはバカなだけだ。真似しようとか思うなよ?ダメ人間になってしまうぞ」
「おいおい、それは言い過ぎだって!」
「あはは!」
ラウンジの中が明るくなる。
久々にみんなの顔に笑顔が戻る。
「それで、マーフィーの容体はどうなんだ?」
「まだ気を失っている。支部長はしばらく寝かせて安静にさせとく様にとのことだ」
「支部長が、ねぇ~」
アメリがぬいぐるみを抱きしめ、暗い顔をする。
いつも具現化している自身の業も出さない。
自身の精神状態が安定していないとドッペルゲンガーほどの複雑な業は使えないのだ。
「マーフィー……」
「大丈夫よ、私が調合した薬剤を使ってるんだからすぐ治るわ」
「だって、マーフィー目覚まさないもん」
「私はあの神父が認めた調剤師よ?必ずよくなるわ」
「ほんと?」
「えぇ!」と笑顔でルリは親指をぐっと前に出す。
「確かに、ルリの調合は一級品だ。そりゃ、外部から買い付けにも来るわな」
「えぇ、神父経由だけど客には困らなかったわ」
誇るようにえっへんとルリはご機嫌になる。
「それで、その調合した薬はどうしたんだ?」
「香織さんに渡したわ。魔獣の血入りの刻印塗料はばつぐんの回復剤にもなるんだから」
「あぁ、私じゃ未熟だから、支部長に渡して先ほど治療に使ってもらった」
ガタンッとソファーから勢いよく書楽が飛び跳ねる。
事情を掴んだルリの顔が青ざめ始める。
「アルバートが!?」
「あ、あぁそうだ。なんだ、支部長に何か用があったのか?」
「すぐにマーフィーのところへ――」
「――!――!緊急事態、緊急事態。支部内に異常が検出されました。
そのため神谷支部をこれより封鎖します。
関係者以外はすぐさま退去してください。繰り返します――」
「まずい!閉じ込められる!」
室内は真っ赤な灯りに染められ、不穏な警報音が鳴り響く。
窓にシャッターがおり、あらゆるドアが閉まる。
「なんだ!?何が起きた!?」
香織が戸惑い、すぐさまドアを必死に開けようとする。
だが、それはびくともせずに香織達を拒むように閉じられていた。
「やられたな」
アメリとルリが怯えて、書楽のシャツのすそを掴んでいる。
書楽は必死に考える。
一体、アルバートはなんのために自分たちを閉じ込めたのか。
このまま、隔離してレブルから自分達を守るためにここをシェルター代わりにしようというのか。
「ん?」
ふにゅっと腕に柔らかい感触があたる。
ふと両方を見ると、あまりの恐怖に少女二人が自分に身体を密着していたのだ。
人によってはご褒美の様な状況なのだが残念ながら、書楽にそういう趣味はなかった。
「お二人さん?ちょいと近すぎやしませんかね?」
「はぁ!?そんな事言っている場合じゃないでしょ!?」
「だって、怖いんだもん……」
「それにしたって、まずいでしょ。この距離は……」
呆れた様な顔で香織が書楽を見ている。
その視線を正面から見ないように顔を背ける。
書楽はとても居心地が悪そうだ。
その時、急に奥のドアが物音を立てる。
ハンマーを叩きつけた様にドアが激しい音を立て始めた。
「なんだ!?」
香織がそこへレールガンを構える。
その声に呼応する様に一層、激しくドアが叩かれる。
「おいおい、勘弁してくれよ。強化刻印が発動したドアだぞ。
あんなのぶち破る奴は中々いないぞ」
ドアがミシッミシッときしむ。
ひびが入り始め、とうとうドアが破壊される。
そこへマーフィーが現れる。
「……マーフィー?」
「マーフィー!目が覚めたのね!」
「おいっ!よせっ!」
アメリが嬉しさのあまりマーフィーに抱きつく。
マーフィーは何も答えない。
それでも、「よかった、よかった」とアメリは喜びを爆発させる。
「に……て……」
「おいおい、様子がおかしいぞ」
書楽が構える。
相手は一度、魔獣になりかけた。それにアルバートが何をしたというのか。
「……逃げて!アメリィイイイイイイイ!!!」
「え?」
マーフィーが叫んだ瞬間、身体が大きく膨れ上がり、巨大なネズミになる。
その巨大な前歯がアメリの脳天を狙う。
「アメリ!!」
重田は瞬時に狼男に変身し、マーフィーを突き飛ばしアメリを抱きかかえる。
マーフィーは悶え苦しみ、周囲に竜也達を襲った魔ネズミが出現する。
「嘘よ!マーフィー!マーフィー!」
「なんでマーフィーが魔獣に!?」
魔ネズミが香織たちに襲いかかる。
それを書楽が切り裂き、香織のレールガンが打ち抜く。
だが、敵は数を倍に、そして更に倍へと数を増やす。
「このままじゃ、弾が持たない――!」
「ちっ、仕方ないか……」
書楽は人間に戻り、魔ネズミ達の目の前に札を投げつける。
そこから、緑色のオーラを纏った板が現れ、かべを作って魔ネズミの進行を食い止める。
「これは装術?なぜ、重田がそんなものを使える!?」
魔ネズミ達はその壁となる板をひっかき、食い破ろうと狂ったように暴れまわる。
「おいおい、飛行機が突っ込んできても守りきる結界だぞ?」
その壁に徐々にひびが入り始める。
その光景に書楽は戸惑う。
「とりあえず、ここから出るぞ!」
書楽は出口のドアに札を貼り、手から緑色の水銀の様な装を塗りつける。
「よしっ開いた!早く逃げるぞ!」
全員がラウンジが出た事を確認して、ドアに何枚も札を貼り、先ほどと同じように装を塗りつける。
「なんなんだ?お前は?」
香織の再度の質問に、書楽は歌舞伎役者のような構えを取る。
「遠からんものは音に聞け、近くば寄って目にも見よ。
重田という名も流刑者という立場も仮の姿。
我が名は書楽。さすらいの装術師である!」
「だれ?」
「またそれ!?なんで、ここの連中はモグリばっかなんだよ!」
書楽は悔しそうに地面に地団駄を踏む。
自分がフリーランスとはいえ、高名な装術師なのにここでは通用しない事が本当に悔やむようであった。
「とりあえず、神父に助けを呼ぶか」
「なんで、神父なんかに!?」
「まぁまぁ」と香織をせいし、書楽は通信機を手に取るのであった。




