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対峙

周囲の至る所に岩が並ぶ荒野。

そこには何も綺麗なものはない。

空は灰色で薄暗く、草花は枯れ果てている。

何もかも死に絶え、陰気臭い世界。

その中で対峙する二つの影がある。


それは竜也とその影である褐色の青年だ。

業を完全に支配するには己の中の獣を倒さなければならない。

そう言ったのは彼の師匠だ。

負ける事も許されず、逃げる事も許されない。

不退転の戦場。

竜也はここで己の生涯をかけ、最大の敵を打ち破る。

「なんだ、そのツラ?悲しいね。今まで仲良く生活していた相棒に向ける眼差しとは思えない」

心底がっかりしたという様な口調で青年は笑いかける。

「俺はお前を倒さなければ前に進めない」


「ならば、俺と共に進め! 俺を倒して力を手に入れる? 笑わせるな! この臆病者っ!

 わかってるんだろう? もうお前の生き方では限界だ!」

「臆病者か、そうだ。 俺は今、その臆病者の自分を超えてみせる。

 俺はお前を倒し、シエナを救う」


「笑わせるなよ、俺を倒すだと? 自分が何を受け入れるかもわからないくせにか?

 常に傍観者でいたお前が何を理解できるっていうんだ?

つらい思いばかり押し付けて最後はいいとこだけ持って後はさよならだと?」


「っ……何が言いたい?」


竜也は言葉に詰まる。

確かに都合のいい言い分だ。

竜也は純粋に力を欲しているだけだ、それが青年の怒りを頂点へと登らせる。


「お前は今まで人に与え続けてきた。誠実を献身を慈悲を。

 与えたなら報酬があっていいはずだ。

 だが、お前は何も求めなかった。

 与え続けてお前は自身すら失った。

 それでも、お前は立ち続け、希望などというものに歩き続けた。

 そんなのは聖人の生き方だ、ただの人間がそんな事をすれば崩壊するのは必然。

 だから、俺が生まれた! これは罪か? 罰か? 否!

 これが報酬だ!この力こそが俺達に与えられた武器だ!

 与えられて去っていった者に!散々な扱いをしてきた俺達を苦しめてきた人間に復讐を!

 そうだ!俺だけがその意思を持っているのではない!お前の中にもそれはある!」


「過去の俺にはその復讐心はあった。だがな。

 今は希望がある。俺の全てを知っても受け入れてくれた希望が、

 今まで多くの希望を失ってきた。俺は今度こそこの希望を守りたい」


「その為に過去を塗りつぶすと?」


「違う。過去があるから今がある。

 お前が俺の怒りであり絶望なら、それを超えて未来へ進みたい」

一瞬、青年は息を詰まらせる。

下を俯き(うつむ)、身体を揺らしながら拳を握り締める。

「つまり、俺はお前の敵か……?」

「そうだ、この希望で俺は俺の闇を照らす」


憎しみの矛先は羊に出会った事でいなくなった。ならばその憎しみは自分に帰ってくるのは必然。


一歩一歩、竜也は相手に近づく。

「そうだったな……

 俺とお前は相容れない存在だ 初めから俺たちの間に言葉は意味を持たなかったな」

青年との距離は数メートル。

もはや、後ろを振り向き逃げる事は不可能な距離。


「今こそ(希望)お前(絶望)を打ち倒す。そのために生きてきた」



一瞬、空気が止まる。

逃げ道はない お互いの視線が火花を散らす。


「ならば、(過去)を超えてみせろ!」

 

青年は黒い霧を纏い、いつかの森で現れた巨大な化物が姿を表す。

それに応える様に竜也もまた黒い鎧を纏う。


「ウ”オ”オ”オ”オ”!」

怪物は渾身の力を込めて拳を突き出す。

「おおおおお!!」

それを避ける素振りも見せず竜也は正面から反撃へ出る。

玉掛けクレーンの鉄球の様な拳にそれに遥かに劣る小さな拳で己の全身全霊をかけて反撃する。

拳と拳がぶつかり合い周囲に衝撃波が発生する。

拳が一瞬せめぎ合うが、負けるのは当然体格に劣る竜也。

拳の運動エネルギーに押され吹き飛ばされる。

「っ!どこだ!?」

着地し、すぐさま構えを取るが相手を見失う。

怪物の気配は竜也の周囲を高速で移動し姿を見せない。

竜也は背後からの攻撃を警戒し、四周を警戒する様にステップをふむ。


背後から明確な殺意を感じる。

その気配に合わせて、竜也は後ろ回し蹴りを繰り出す。

その威力は大木すら粉砕するだろう、タイミングも最適だった。

確かな感触を確信する。

「くっ!」

だが、それを怪物はいともたやすく、掴み受ける。

竜也の隙だらけになった脇腹に巨大で強烈な拳が入る。

「がはっ!」

いくら鎧を着てるとはいえ、その衝撃まで防ぐことは不可能だ。

竜也は今の攻撃で反撃に転ずる機会を失った。

暴風とかした一方的な暴力が竜也に襲いかかる。

鉄と鉄がぶつかり合い、火花を散らす。

怪物が岩盤を砕き、岩片がショットガンの弾の様に打ち出される。

それを装で弾き返すがその隙をついて、怪物の拳が竜也を弾き飛ばす。

最後の一撃で、内蔵を痛めたのか口から血が咳と共に噴射する。

それに追い打ちをかける様に怪物は攻撃の手を緩めない。

「ははは! どうした!? いつまでも亀になっているつもりか?」


反撃に転ずる事も出来ず、ただ竜也は相手の攻撃を防ぎ捌く事しか出来ない。

化物の罵声は激しい攻撃と共に竜也を煽る。


「お前は誰も傷つけたくないから自分を押さえつけ自分の心を傷つけた!」

化物の拳が竜也に言葉と共に強く打ち付けられる。

「それでどうなった?

 傷つけないかわりに自分がここにいてもいい人間だと免罪符を得たつもりになってたのか?」

竜也は両腕を折りボクサーのガードの様な体勢で心理的攻撃と肉体的攻撃を防ぐ。


「逃げずに立向かい耐えるだけで精一杯!逃げる事を許さず、その場しのぎの希望にすがっていただけ!

 お前はただ耐えてきただけ、限界なんかすぐにやってくる!

 キレるなり、なんらかの反撃に転じてれば救いようはあった!だが、しなかった!出来なかった!

 だから、俺が生まれた!

 ならば、俺は今まで通りお前を過去に溺れさせてやる」

 攻撃と罵声の嵐は留まる事を知らない。

「お前は立ち向かうべきだった!戦わないという選択がより大きな憎しみとなり(かせ)となる!

 これがお前の望んだ結果か?それにより大きな力を得て多くの人間を殺すことが!」


違うと鎧の中で竜也が歯ぎしりをする。

「違うのなら立ち向かって見せろ!自分のケツぐらいで自分で拭いてみせろ!」

そんなのはわかっていると竜也の目に気合が宿る。

「オラッァア!!」

大木をなぎ倒しそうな大振りのパンチが竜也の腕にメキッと嫌な音を奏でる。

それでも竜也は一瞬の隙を突き、反撃に転ずる。

「でやっ!!」

その大振りの連続攻撃のタイミングを図り、がら空きになったその顔に渾身の蹴りを入れる。

「グフッ」

わずかにダメージを感じさせる声が怪物から漏れる。

しかし、空中での攻撃が仇となる。

「これで終りだぁああ!!」


その蹴り足を掴み、野球の投手の様に振りかぶり、力任せに地面に叩きつける。

「ハハハハハ!!」

何度も何度も叩きつけ、心底楽しそうに怪物は笑う。


「お前はつらいなら逃げ出すべきだった!

 そうだ!父親も母親も恋人も周りの全員から逃げるべきだった」

地面と空中を行き来する竜也の意識は薄らいでいく。

「嫌なら逃げればいい? なんだそれは?

 自分に出来ない事を他人に強要して、逃げる弱さを知った沙織は死んだ

 弱い人間を守ろうとせず、お前は仕事に行った。そんなお前が誰を守る? 誰を救う?」


竜也からは最早言葉は出ない。

そして最後に怪物は竜也を岩山の壁に投げつける。

ドガンッと爆発音の様な音が鳴り、先には竜也を覆うようにクレーターが出来る。


鎧が霧散し、糸の切れた人形の様に竜也が崩れ落ちる。

頭は下を向き、血が頭から流れ落ちる。

荒い息は肉体の限界を物語り、そこに戦意はない。


「誠実?脆すぎる

 献身?馬鹿馬鹿しい

 希望?あまりに儚い」

怪物は竜也の首を掴み持ち上げる。

「わかっただろう?これが答えだ」

竜也を旧教会での由美の様に黒い霧が覆い始める。

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