由美の回想
下校時間のチャイムが鳴り男女入り交じった声が騒々しい学校の玄関。
私こと、日向 由美は委員会の用事を終わらせ、急いでロッカーから靴を取り出す。
「あっ由美、今日カラオケ行かない?合コンあるんだけど人足りなくてさ」
同じクラスの子が私を遊びに誘う。声がした方向に顔を向け首にしたロザリオが鳴る。
「ごめん~今日外せない用事があってさ」
くだらない生徒同士の交流を無下にするわけもいかなくそれっぽい言い訳で断る。
それなりにそういった行事には参加する様にはしてる。
なんせ、女同士の付き合いにイベントを断るのはタブーだ。
輪の中に入れぬ者、入らぬ者、拒む者は徹底的に排除する。つまらぬ人間関係だ。
だがその輪の中に入らなければ平和な学校生活は送れない。
私はそんな小さな社会で過ごす術は十分に身につけているつもりだ。
「え~マジ?バイト?……はしてないから まさか彼氏?」
恋愛関係の秘密もタブー、なぜか必ず報告しなければならない義務があるらしい。
他のコミュニティーは知らないが私の周りではそういう掟があった。
「違う違う、今日遠くから親戚が来るから、その出迎え」
「そっか~それなら他の子見つけるよ ごめんね」
適当にそれっぽい嘘をつく。
ノリが悪いと陰口を叩かれるだろうが、同級生達とはそれなりの人間関係を築いている。
だが結束が固まりすぎれば彼女らは獲物を作るだろう。
……そのために
<あの子があなたの事こんな風に言っていた>
<ここだけの話なんだけどあの子……>
そういった内容の諜報活動も怠らない、無論バランスは崩さない様に心がける。
私に矛先が回らぬ様に絶妙なバランスで出来たコミュニティー。
少しのズレが生じればたちまち牙を向く狼の群れ。
だがその正体はその群れから離れる事を何より恐れる狼の皮を被った羊達。
例えるなら私はその羊達を操る牧羊犬だ。
そんな事より、教会からの知らせだ。
先ほど、教会から強力な業の反応が確認されたという情報が入った。
許可もましてや、白昼堂々の業の使用など通常では考えられない。
この地は特別で業使いであれば一定の境界に入れば教会に行き着く結界が貼られている。
携帯で反応地域を見る。
地図上にサーモグラフィー風にうつされた川の一部がにワインをこぼしたように真っ赤に染まっている。
この神谷市は軽度の罪を犯した業使いや罪人の末裔達が集められた海と山に囲まれている流刑地だ。
かつて教会と敵対していた組織「塔」とは協定を結び、全国各地にこの様な場所が存在している。
「教会」は一般社会への業の不接触、業使いの管理や保護を目的としている
「塔」は業使いの組織化、教育を目的とした集団だ
二つの組織は長く続いた争いをやめ、協定を結んだが小さな紛争はたびたび起きている。
今回もその類のものだろうか?この街の塔責任者はそういった事に無頓着な気もする。
頭の中で推理をする。
塔の連中同士が戦ったのか?
いや、ありえない。ここにはここまで反応を起こせる能力者はいない。
それならば純粋種の出現?
「はっなおさら、あえりなえいわ。でも、もしかしたら――」
業使いは純粋種を祖先にしその血統で代々継がれていく。
純粋種は超自然的に能力を発現した者。
その能力は強大で一代で力と名声を約束されるという。
その出現は稀であり教団に差し出せば来年度の教会の運営費は大分優遇されるはず。
教会にいるあの子も毎年毎年運営費が削られてると嘆いていた。
ならば正体の追求、純粋種ならば発見次第、秘密裏に迅速に保護。
塔の連中が先に見つけ拿捕ささればここの勢力バランスが崩れる可能性がある。
なんと言っても今この街には私以外全員非戦闘員なんだから。
教会本部の連中はここの重要性をまるで理解していない。
軽レベルの流刑地に戦力を集めすぎるのも連中に怪しまれる事はわかるが。
それにしても、実力者の神父が留守にしてるのだから、代行を呼んでくれたっていいじゃない。
それも教会に留まるあの子の能力と私の実力を信用しているとすれば聴こえはいいのだが……
しかし、「塔」の連中に変に教会をいじられアレの存在を知られるのは大変にまずい。
いや、アレの匂いを嗅ぎつけられた?
となると、これって結構やばい案件なんじゃ……
それでも、私は仕事をしなくてはならない。
私は索敵能力には自信がある。
痕跡を辿る事もある程度の距離なら能力者が何処に何人いるかわかるなど動作もない。
さっさと現場に向かって痕跡を辿らねば――
「なんなの、こいつ」
思わず口からこぼれる。
この謎の業使いは突然、川から海まで泳ぎ、浜辺から数km離れたボロアパートに行き、服屋に寄っている。
人物の意図がわからない、何故こんな行動を取るのか 私の様な人間をかく乱させるため?
まさか、こいつは業使いではなく「魔人」なのではないか?という考えが浮かんでくる。
業使いが暴走し変身したものを「魔獣」と呼ぶ。
その中でも自我に目覚めたものが「魔人」だ。
戦った事はあるがとても厄介な相手だった。
チームで挑んだ作戦だったが生きて帰れたのは半分にも満たなかった……
生きて帰って来られたのが奇跡だと思った。
こいつの正体が魔人であるなら私の手には負えない。
なるべく交戦は避け、情報収集に留まろう。
服屋を後にし、眼鏡ごしに蒼く映し出された足跡を辿る。
この眼鏡には「業告の魔装刻印」が刻まれている。
魔装刻印とは業を墨などに込めて能力を付与した物だ。
これは一度、能力者の残した痕跡を見ればそれに反応し経路を割り出してくれる。
それはコンビニに向かっていた。
そこで今は誰も使われなくなった公衆電話を使用している痕があった。
(誰かと連絡を取った?)
なんで?誰と連絡を取ったっていうの?
私は急いでこの謎の正体を突き止める為に走り出す。
次はどこだ?
既に仲間のアジトに潜られたか?
痕跡を消される前に追いつかなければ!
一kmほど離れたファミレスにその気配はあった。
意識を店内に集中し、建物内を観察する。
客は少ない、この男か?
歳は私より少し年上かしら?体格は普通だが少し筋肉質だ。
魔獣の気配ではないが、なんだが嫌な空気が周りを覆っている。
(呑気に遅めのディナータイム?急いで来て損したわ、こんな能天気にしてたなんて)
だけど、最悪の事態は免れた 後はこの男を尋問するだけだ
――ただ、それだけだったはずなのに……