店主の正体
「そんな事があったのか」
教会に戻って師匠に街での事件を話す。
「神父、これは一大事ですよ?我々の戦力では街全域を警備するのは難しいです」
一緒に聞いていたシエナが心配そうに話す。
確かに、またどこで魔獣が現れるかはわからない。
無差別にテロを起こされているのだ。犯人の姿も足取りもわからない。
犯人を見ているであろう森下は昏睡状態だという連絡が入った。
「教会と塔で街をパトロールするっていうのはどうですか?」
「それは無意味だろう。向こうの目的はおそらくお前だ」
「俺が囮になって、敵をおびき出すっていうのは?」
「それは名案だ」
「ダメですよ!竜也が危険な目にあうじゃないですか」
シエナが強く師匠を咎める。
それでも、関係のない人達が俺のせいで傷つくのは嫌だった。
今回は俺と重田がいたから、一般人に被害が及ばなかった。
だが、今後もあれが続くとなれば被害は間違いなく出てくるだろう。
「そうだな。まずは調査から入るべきだろう」
前から思っていたが師匠はシエナに甘い。
大抵の事はシエナの意見を取り入れるのだ。
親子関係ではなくこれではまるで主従関係の様だ。
「調査って、センセイションに行くんですか?」
「そうだ、ローブの男を見ているのはあの店主だけだ。
少し、絞めれば必要な情報が出てくるかもしれない」
「そんな雑巾じゃないんだから……」
「あまり、暴力はいけませんよ神父」
「……わかっている」
センセイションへたどり着く。
再び、師匠は前回のリズムでドアを叩く。
だが、中から反応はない。
また例の居留守だろうか?またドアが蹴り破られそうだ。
俺は耳を塞ぎ、衝撃に備える。
「おや?」
だが、師匠がドアに手をかけると素直に開いた。
「珍しいな、あいつがこんな無用心な事をするとは」
二人で暗い店内に入る。
灯りはまったくついておらず、中の様子は伺えない。
だが、視覚が駄目でも嗅覚は健在だ。異臭が店内に広がっていた。
「神父、これは?」
「間違いない、血の匂いだ」
俺は構えて、この異臭の正体を探る。
パチッと音がして店内が明るくなる。
師匠が電灯のスイッチを押していた。
「これは……」
店内の奥で肩から腰にかけて身体が斬られた店主がいた。
床に血がぶちまけられて、間違いなく即死だっただろう。
辺りにはダイイングメッセージの様な跡もない。
「だれが、こんな事を……まだ血は乾いてないって事はまだ新しい?」
「竜也、気をつけろ」
店内の気配を探るが、ひとけはない。
ここの入口は恐らく一つだ。
ならば、犯人はもうとっくに逃げたか店内にいる。
師匠が奥へと進み、ドアを明け居住スペースを見るが誰もいない。
潜んいるなら、とっくに奇襲をかけているか逃げるなりしてただろう。
どうやら、犯人はもうここにはいない様だ。
「竜也、お前死体を見た事あるのか?」
「え?」
「普通の人間は血まみれの死体を見たらパニックになったり、気分を悪くするものだがお前は平然としている。
だから、経験があったと思うのだが?」
「えぇ、見た事ありますよ。俺の場合は吊ってましたけどね」
「それは親族か?親しい者か?」
「いいえ、同居人です」
「そうか。いやすまん、つい気になってしまったのでな」
「いいんです、気にしないでください。
俺が羊に会う前の話で、俺のいなくなったこの世ではどうなっているかわからないんですから」
「生きているといいな」
「えぇ、心からそう願っています」
「よい心構えだ。さて、この部屋を見る限り本体の方は生きてるな」
「どういう事ですか?」
師匠は棚を横にずらす。
そこには小さなドアがあった。
「ほら、出てこい。私だ、もう敵はいない」
ドアに優しく声をかける師匠。
「中に誰かいるんですか?」
「あぁ――っ!」
突如、バタンッとドアが開き中から何かが師匠に飛びつく。
「うわぁああああん!怖かったよぉおおお!」
大声で小猿の様に泣きながら師匠に抱きつく少女がいた。
無造作に伸びた髪にメガネ、中学生ぐらいの幼い顔が泣き顔で歪んでいる。
「誰ですか?この子?」
「あぁ、ここの店主だ」
「は?」
「この子の名前は宮本ルリ。
あそこにあるのは偽体だ。二年前にここの店主がこの子を残して死んでしまってな。
そのまま、この店を受け継いだんだがこういう店だ。一般人も客にしてる事もあった。
少女がやっているなら悪意を持つ連中が何をするかわからん。
なので、私が前店主とそっくりの偽体を用意したのだ。
それからはこの子が偽体を操作してこの店を切り盛りをしている。
こう見えて刻印塗料の調合の腕はいいんだぞ?」
「神父、あいつが!あのローブの男が来て私を斬ったのよ!」
よほど怖かったのだろう。声は震えて今だ神父の革ジャンの裾を掴んでいる。
「この偽体の調達は手こずったんだが、もったいない」
「そういう問題じゃない!」
「顔は見えなかったのか?」
「また刻印塗料をほしがってね、在庫がないか調べてたら背後から急に斬られたわ」
「これは厄介だな、お前が生きてる事を知られたらまた狙いに来るぞ」
「か、匿ってくれるわよね?」
「これ以上、厄介事はな……」
「ちょ、ちょっと冗談じゃないわよ!あなた、竜也と言ったわね?あんたもなんとか言ってよ」
「そうだな、師匠。こんな少女を見捨てるのはよくないんじゃないんですか?」
「教会に匿うのはお前も含めて厄介事が増えるという事だぞ?」
「うっ」
「とりあえず、塔に協力を仰ごうか」
「アルバートの所?あそこ苦手なんだけど」
「わがまま言うな。無所属のはじき者の道具屋を匿ってくれる所なんて中々ないんだぞ」
「うっ」
★
「えぇ、そういう事なら構いませんよ」
「本当?」
神谷支部へ行き、センセイションが襲われた事、再び来るであろう危険からルリを匿ってほしいと師匠が依頼する。
アルバートは笑顔で「いいですよ」とすんなり受け入れた。
重田がルリをまじまじと見てかまい始める。
「へぇ~こんな嬢ちゃんがあの雑貨屋をね~」
「何よ!店主の見た目で商品の質が変わるっていうの!?」
「まぁまぁ」とアルバートがなだめる。
「それから、一つ確認しとくがそのローブ男の情報は今言った事が全てかい?」
「えぇ、顔も見えなかったし声は濁ってて聞こえずらかったし、正体まではわからなかった」
「これは最後の有益情報の筋が無くなったか……神父、教会側はどういうお考えで?」
「とりあえずは向こうの目的は竜也だという事はわかっている。
ならば、竜也がどこにいるか隠蔽する必要があるな」
「それは教会への拘留って事ですか?」
「そうなるな。向こうはこいつが教会にいることを知らないらしい。
こちらにはまだ襲撃はやってこない」
「森下の意識が戻らないことには正体がわかりませんからね。
こちらもパトロール隊を増やしているんですが中々尻尾が捕まりません」
「とりあえずは、我々はこれで帰るとする。この子の事をよろしく頼む」




