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魔獣②

結界に突き刺さった角がようやく取れて首を振る森下。

振り返るとそこには、大きな狼がいた。

先ほどの黒い鎧はいない。

だが、そんなものは関係ない、森下にとっては目にする動物はすべて餌だった。

空腹のみが森下を支配していた。

なんでもいいから腹に物を入れたい。

まさに餓鬼、飢えた獣は新たな獲物に襲いかかる。


狼と蛇の競走が始まる。

被食者は明らかに狼である重田だ。

自身の装術でブーストをかけた俊敏さで森下を右へ左へと翻弄する。

重田には反撃へ転じる余裕などない。

一度でも捕まれば、重田に逃れられる手立てがないからだ。

後ろから絶対的な死が追いかける。

もはや、肉眼では二つの影が右往左往に飛んでいる姿しか見えない。


「かかったな」

結界の際まで追い詰められた重田は森下の突進を伏せて避ける。

重田は人間の姿に戻り、怯えて少しでも距離を取ろうと縮こまった。

最高速度で結界に突進したのだ。竜也の時より更に深く角が結界に食い込んでいる。

だが、そのすぐ目の前には獲物がいるのだ。そう簡単に諦めるはずがない。

「これ、思ったよりやばいやつじゃん」

重田は口の脇に生えた二本の角に周りをふさがれていた。

刀のように鋭く光る角が前後に動き、重田を執拗に狙ってくる。

「ひいぃぃ!!」

大きな口が開き、届かないと知りながらも噛み付こうとする。


だが、少しづつ突き刺さった角を深く食い込ませ、森下は重田に近づいてく。

「――!!!」

「本当にここまで成功するとはね」

森下はより大きく開いたその口に二枚の札をはる。

「そんじゃ、患者さん口を大きく開いでくださいなっと!」

そこに二本の柱が生えてくる。

その柱で口が大きくひらく。

それでも、森下はその柱を噛み砕こうとパキッパキッと嫌な音がし始める。


「おいおい、普通アゴが外れて力なんて入らないはずだろ」

間違いだ。蛇のアゴが外れる事はない。

蛇にはアゴにつながる二本の骨がある。

そのおかげで上アゴと下アゴが離れてもアゴが外れる事はない。

自身より明らかに大きな獲物を捕食できるのはその為だ。

「まぁいっか。ここまで、お膳立てしたんだ。しっかり仕事しろよ!竜也!」

「ここまでうまくいったんだ、必ず成功させる!」


重田の背後の結界が消える。

森下は前に出ようとする反動で重田を飛び越え進んでいく。

「――っ!」

森下の目に新たな獲物が目にうつる。

そこには狩りの為に力を全身に溜める獣がいた。

獣が身体を捻らせ(ひね)る、森下に悪感が走るがそれでも止まらなかった。

その悪感を拭いきるのは食欲だった。

何をしようとそんな所にいるかは理解出来ない、だがさっきまでの標的より栄養のある餌だとは理解した。

早く奴を食いたい。そうすればこの飢餓感は無くなる。

いい加減に我慢が出来なかった。

「人間を食いたい」その意識だけが森下を支配する。

だがっ――


「おらぁあああああああ!!」

あろうことか獲物の方が自身の口に突進していた。

竜也の両足には重田と同じ模様が描かれていた。

それは竜也の力をバックアップする為に重田が描いた刻印だった。

竜也の力だけではあの肉体を打倒するのは無理だった。

力を使いすぎれば暴走してしまう。そうなれば全滅は必然。

だから自身の装ではなく、森下の装術で自身を強化したのだ。

「っ――!!」


竜也は牙を吹き飛ばし、舌を切り裂き、食道を突き進んで行く。

まるで、全てを粉塵に変えるドリル。

推力は衰えることなく、竜也は目的にたどり着く。


「見つけたぞ!」

竜也は今にも肉体に沈んで取り込まれようとする森下に手をかける。

大蛇の腹を切り裂く黒い一閃。

中から、森下を抱えた竜也が出てくる。

「おぉ!成功したかっ!」

大蛇は霧散していき、そこには一本の槍が残っていた。

「業が本人と分離している。すぐに戻さないと廃人になってしまうな。

 すぐに支部に向かうぞ。ここには医療道具がない」

「わりぃ、力を使いすぎてもう走れない……」

「あぁ、もう!俺の背中に乗れ!森下を絶対に落とすなよ!」

「大丈夫なのか?公衆で業を堂々と使って」

「不可視の刻印を使ってるから、一般人に俺達は見られない!余計な心配しないで早く乗れ!」


支部に急いで駆け込み、重田に導かれるまま診療室に入る。

竜也は出来る事がないと分かり、診療室の前にあるベンチに座る。

「なんだか、疲れたな」

バタリと倒れ、そのまま意識を失いそうになる。

後は、彼らに任せる事しか出来ない。

このまま寝てしまったら、また帰りが遅れてシエナを心配させてしまいそうなので意識が飛ばない様に回復をはかる。


竜也は考える。

あの魔獣、誰があんな事をしたのか。

あの全身に描かれた刺青は刻印だった。つまり装術に長けた人間が犯人だ。

この街には装術を使える人間がどれくらいいるんだろう?

師匠、重田、あとは恐らくアルバートもだろう。

いや、それとセンセイションに刻印塗料を買いに来たローブの男がいた。

今の所、この中で一番怪しいのはこのローブ男だ。

教会に帰ったら、師匠に相談しなければならない。

これはとんでもない事件になりそうな気がする。

それに森下の竜也に対して「見つけた」という言葉。

なぜ、森下が竜也を探していた?純粋種だからか?それとも羊がまた関係している?

竜也の考えはまったくまとまらない――


「やぁ、竜也君。今日はご苦労だったね。

 いつでも来てもいいとは行ったけどまさかその日に来るとは思わなかったよ」

目の前にアルバートが現れる。

「俺もまさか街に出ただけで戦うとは思わなかったよ」

「すまないが詳しい話はまた後で。森下を診なくてはいけない」

アルバートは少し話して、すぐに診療室へ向かっていく。

それと入れ替わるように重田が出てきた。

「おっ竜也、律儀だね~もう帰ってもいいんだよ」

「そういうわけにもいかないだろう。森下の様子はどうなんだよ」

「正直、微妙だね。業は本人に戻せたけど意識が戻らない、これはお手上げって所でアルバートと交代だ」

「あれが続くと思うか?」

「たぶんね、一度ある事は二度三度あってもおかしくない。どう?塔に協力する気になった?」

「それって逆に言えば、俺に教会側を監視させて自分たちが動きやすい環境にも出来るってことじゃないか?」

「確かに、そういう見方も出来るな」

「あぁ、俺はお前らの事をよく知らない。お前らも俺に対してはそうだろ?」

「誰が敵で誰が味方かわからなくなるな。それも犯人の目的って見方も出来る。

 こういう状況で疑心暗鬼はよくない」

「疑心暗鬼にさせたのはお前らの方だろ。アルバートとの一戦だって俺を試したんじゃないのか?」

「それは悪かった。アルバートも支部長としての責任があるんだ。

 教会の監視は忘れてくれ。

 だがこの事件の解決に協力してくれ、このまま仲間がやられていくのは許せない」

「それは俺もだ。師匠にもこの事は伝えとく。とりあえず、俺はもう帰るよ」

「あぁ、神父にもよろしく言っといてくれ」

「わかった、じゃぁな狼少年」

「それ言うのやめろって!」

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