魔獣①
「なっ!?」
森下と呼ばれた男が襲いかかる。
技も知恵もない獣の様な突撃は易々と避けれるが、それでは治まらんとばかりに槍を手にする。
森下の持つ槍はただの槍ではない十文字槍だ。
穂先で分かれた刃が俺の首を容赦なく狙ってくる。
「アァアアアアア!!」
「くそっなんだこいつは!?」
デタラメに放たれる機関銃の様な槍の嵐。
狂人の槍はアスファルトを削り、コンクリートさえも打ち砕く。
血走った目が俺を離さない。心臓はとっくに悲鳴を上げてるだろうに今だ相手はスピートを緩めるどころか、
オーバーヒートを超えて、加速していた。
こんな物を喰らえば、ケガだけでは済まされない。
ここで業を使うか?いや、こんな真昼間の街中で?
業は一般人に見つかってはならない、見つかれば重罪だ。
だが、このまま避けて逃げ続けるなんて無理だ。
「はーい、竜也くん。新しい結界よー?」
突如、ビルの谷間が緑色の膜に覆われる。
まるで、自分たちを囲う巨大なシャボン玉の中にいる様だ。
「これは?」
「空間結界だ。外部とこの空間を遮断したから好きに暴れていいぞ」
俺は鎧を纏い、どれぐらいの強度があるのか試しに緑色の膜を引っ掻いてみる。
膜に傷が入り、それが瞬時に再生する。
「おぉ、すごいな」
「おい、なにしてんだ!?」
「いや、どれぐらい強度があるかと思って」
「竜也くん、アホなの?一応、言っておくけどあこに貼られてる紙には絶対触らないでね」
「あれは?」
重田が指差す方を見ると梵字の書かれた紙が貼られていた。
「あれが、この結界を作ってる元だ。あれが破られると解かれちゃうから」
「アァアアアア!!!」
今までより一層大きい森下の咆哮が轟く。
全身からは黒い湯気が出て、血管がメロンの様に浮かび上がっている。
言葉を話す自我など残っていないのだろう。ただただ、彼は叫び続ける。
「おい、あれやばいんじゃないか?」
「まずいね、魔獣になりかけている」
まるで駄々をこねる子供の様に森下は暴れまわる。
誰もいない方向へ槍を突き出し、意味もなく槍を手で回し周囲を粉塵に帰る。
もはや、近づく事は不可能だ。
「……」
それがぴたっと止まる。
この場の時間が止まった様に静寂に包まれた。
「おいっ何してんだ!?やめろ!」
森下は俺の制止に耳をかたむける事なく、手にした槍を飲み込んだ。
全身から気泡の様な物が浮かび上がり、全身が大きく膨れ上がっていく。
それはより大きく、長く、身体を伸ばしていく。
「……」
それは巨大な蛇だった。
頭に槍の様に鋭い角を伸ばし、爬虫類の目が俺達を見ている。
動けない、いや動きたくない。
巨大な化物を目の前にして、足が震え始める。
圧倒的な暴力の化身を前に俺はどうする事も出来ない。
相手はまだ俺達を敵として認識していない。
だから、向こうも動かない。
「ねぇ、竜也。俺、帰っていい?」
「ふざけんな、お前の仲間なんだから。お前が責任もってなんとかしろ」
「いや、だって彼。君に用があるみたいだし。俺、邪魔でしょ?じゃ、あとは若い人同士に任せて」
「ちょ、待てよ!」
俺は逃げ出そうとする重田の腕をがっちり掴む。
こうなったら、絶対こいつだけは逃がさない。俺だけでこんな化物相手に出来るかっ!
「ちょ、何してんだ」
「うるせぇ!こうなったらお前も道連れにしてやる!」
「ふざけんな、このヤロー!魔獣が出てくるなんてこっちも聞いてねぇんだよ!離せよ!」
二人して、ギャーギャーと叫び合う。
だが、失念していた。俺達は捕食者を目の前にしている事を。
迫り来る気配に視線を向ける。
「っ!」
巨大な口が俺達を飲み込もうとしていた。
すぐさま、横に飛び込みその口を回避する。
大蛇の巨体がすぐ目の前を走る。
俺はその横っ腹に渾身の力を込めて殴りつける。
だが、バインッと音をして硬い鱗に弾かれてしまった。
「!」
その衝撃が気に食わなかったのか、標的を俺に絞って襲いかかってきた。
あんな鋭い角を正直に相手したら串刺しだ。
巨体から繰り出す突進はそれだけでも脅威となる。
相手の動きは俊敏だが、ただそれだけで単調な動きだ。
この巨体をまともに相手はしない。
ヒットアンドアウェイ、その動作だけを守る。
避けては殴り、斬っては避ける。
だが、その全てを大蛇の強靭な身体に弾かれていた。
決定打がないのだ。
防御に徹して、敵の能力を探り隙を見つけようとしていると言えば、聞こえはいいが、K.Oを決める手段がない。
だが、ここで反撃に出なければこちらの体力が持たない。
「このっ――!」
装を纏った鉤爪が身体のもっとも柔らかい部分である腹を穿つ。
飛びついてきた隙を見つけて、あらわになった腹を狙ったのだが、それも無効。
「――ッグァアアアアア!!」
「これは……チャンスだな」
相手は今の突進で地面に突き刺さってバタバタと暴れまわっている。
俺は一度、距離を取り呼吸を整える。
鎧はまだ暴走する兆候はない。装術を使ってもしっかり抑えていれば飲まれる事はなくなっていた。
だが、このまま長期戦が続けばどうなるかわからない。
何かがあればいいのだが、何も考えつかない。
「うおっ!?」
突如、暴れまわっていた森下の尻尾がムチの様にしなって俺を叩きつける。
回避も出来ずに、俺はガードの姿勢を取るが浮遊感を感じる。
吹き飛ばされた理由ではない。俺を何かが掴んで飛んでいるのだ。
いや、掴んでいるのではなかった。
「お前、重田か!?」
「いや~危なかったね。貸し、一つだね。高いよ~?」
俺は狼の姿と化した重田に咥えられていた。
十分な距離を取り、俺は降ろされる。
「お前、そんな姿になれるのか」
重田は全身に歌舞伎の化粧、隈取の様な模様がある大きな狼となっていた。
師匠が重田を狼少年と言っていたのは嘘つきの俗称ではなく本当に狼になれるから、そう呼んでいたのか。
だが、支部では狼人間の姿だったはずだ。狼そのものになれるとは思わなかった。
「遅れてごめん、ごめん。この刻印を描くのに時間がかかっちゃってね。
どうだ?すごいだろ?普段は狼人間なんだけど刻印の力を使えばこんな姿になれるのさ」
「――聞きたい事がある、森下を人間に戻す方法はあるか?」
「なに?」
「だから、魔獣から戻す方法はあるかって聞いてるんだ」
「時間との勝負だが、まだ魔獣になってから時間は経っていない。もし森下をあの身体から引き離す事ができれば」
「やっぱりそうか。よしっやるぞ」
「何考えてるんだ、竜也?」
「あの蛇の真ん中の腹を見てみろ。あそこだけ特別に膨れ上がってるだろ?あそこに森下がいるはずだ。
さっきから、ずっとあの辺を攻撃してるんだが中々、身体を破れなくてな」
「ん~竜也の装を弾いてたからね。あれ以上の衝撃を与えたら、森下にまで攻撃が届いてしまう。
外から切り破いて助け出す事は不可能だね」
「外から……?そうか」
「なにか閃いた?」
「あぁ、いい案がある」
俺は、重田に作戦を伝える。
重田の顔はみるみる顔が蒼くなっていく。
だが、関係ない。一番の犠牲になるであろうのは俺だからだ。
「正気か?竜也。てか、失敗したらまず俺が餌食じゃん!」
「仕方ないだろ、装術をまともに使えるのはお前しかいないんだから。
それとも、何か?お前が俺の役割になるか?」
「いやいや!それは勘弁!わかった、それが一番いい作戦だ!」




