神谷支部へ再び②
「おぉ!これはすごいっ」
食堂へ案内されると、テーブルの上にはずらりと夕食が並べられていた。
しかも、和食だ。あぁ久々に白く輝く白米を見た。
小皿に彩りよく盛られたサラダ、ブリの照り焼き、えび、かぼちゃ、れんこん、なすの天ぷら、肉じゃが、豆腐とワカメの味噌汁。
ついでに漬物のオマケ付き、まさにザ・パーフェクト和食!
「えぇ、教会では洋食が主だと思ったので和食をメインに作りました」
「そんな事まで考えてくれたのか」
「漬物はちなみに私が毎日漬けてる自家製よ」
「アメリの漬物はすごく美味しいんですよ。外に住んでる塔員がわざわざもらいに来るくらいです」
「へぇ、アメリはすごいんだな」
アルバートがパンパンと手を叩く。
「さぁさぁ、せっかくのご馳走だ。冷めない内に食べてしまおう」
「いただきます」
全員、きちんと座って合掌して食事を始める。
これだけの人数で食事をするのは久々だ。
教会ではスプーンや食器の音だけが聞こえているが、六人も人が集まればさすがに喧しくなる。
「あぁー!マーフィー!私トマト嫌いなんだから、サラダに入れないでって言ったでしょ!」
「ダメです。トマトは栄養があるんですから」
「むっー!」
「支部長、刺し箸はよろしくありません。しっかり挟んで食べましょう」
「またやってしまった。ダメだね、どうも箸の使い方は慣れない、ついつい刺してしまう」
「アルバートはもうそれ職業病だろ」
「平時でもそんな様じゃ、外部との懇談会の時に恥をかいてしまうだろうが。重田、手で天ぷらを食べるな」
「いいじゃんか、エビの尻尾は掴んで食べるためにあるんだよ」
「んなわけないだろ」
なんとも面白い風景だ。人間観察が好きな人間ならずっとここに居れるんじゃないか?
ここの連中は本当の家族みたいだ。
しかし、本当に白米がうまい。洋食に慣れ親しんでていても、やはり俺は日本人なんだなと思ってしまう。
騒がしくも愉快な夕食が終わった。
食事中も何かとみんな気を使ってくれた。
あのアメリが注意深く俺を見ていると思ったら、空になった茶碗を見てすぐさまおかわりを盛ってくれた。
「漬物はどう、おいしかった?」
「いや、驚いたよ。あんな美味しい漬物は食べたことなかった」
「えへへ」と嬉しそうな笑顔と共に大盛りのご飯にぶっ刺さる漬物丼を出された時は困惑したが、
彼女は彼女なりに俺に気を使ってくれたのだろう。
マーフィーや重田も俺が一人にならない様にうまく会話に混ぜてくれていた。
心の中で、少なからず敵意を持たれてるとは思っていたが俺の思い過ごしだったようだ。
ラウンジに案内され、ソファーでゆっくり寛ぐ。
マーフィーとアメリと香織が俺の部屋の準備をしているので、ここには俺とアルバートと重田しかいない。
男だけしかいない空間も久しぶりだ。
いや、俺の胸に一人、女子がいたか。由美は何を思っているんだろうか?
「そうそう、竜也~さっきから気になっていたんだけどその胸のアクセサリーオシャレだね、ちょっと見せてくんない?」
重田が由美に手を伸ばす。
思わず、身をひねってその手から逃れる。
「なになに?竜也、そのペンダントになんか秘密があんのかな~?」
「いや、ない。だけど、これは大事な物なんだ。気軽に触らせるわけにはいかない」
「はっは~ん、さては――」
まずい、バレたか?
これからは業の反応があると師匠が言っていた。それを悟られた?
「さては、シエナちゃんからのプレゼントだな!?やだね~青春だね~それは人に触らせたくないよな~」
「あ、あぁ。あんまりシエナも恥ずかしいから、人に見せるなと言われてるんだ」
「そっか、そっか~」
「竜也君はシエナさんの事が好きなのかい?」
「は?」
アルバートが急に変な話を始める。
俺がシエナを?シエナには感謝もしているし、シエナといると楽しいし、あの夜の誓いも受け入れてもらえて嬉しかった。
あの笑顔だけはこの先もずっと忘れないだろう。
あれ?俺ってシエナの事が好きなのか?
「だってそうだろ?僕の誘いを蹴り続けるは、プレゼントを肌身離さず持っているは、もうこれは愛を感じずにはいられないよ」
「俺は、その好きだとかそういうのは――その……」
「はっは!竜也が照れてる!なんだ、案外ウブなんだな竜也は!」
照れる俺を重田がからかう。
「うるさいな、お前らだって好きな人ぐらいいるだろ!」
「俺はそういうのフィーリングっていうの?好きだとか考えないもんね」
「お前はほんと、中身も野性的なんだな。アルバートはどうなんだよ?」
「ここに来る前の任務で死んだよ」
「は?」
「おい、アルバート」
「あぁ、ごめんごめん。暗い話はよしとこう!気にしないでくれ」
ガチャリと扉が開く。
「藤村、部屋の用意が出来たぞ」
「さぁさぁ、もうこんな時間だ。そろそろ寝ようじゃないか」
時刻は午後十一時、確かにもう寝てもいい頃だ。
楽しい時間というのは時間がたつのも早いものだ。
「おやすみなさい」
「あぁ、おやすみ。明日は七時に朝食だ。寝坊するなよ」
香織に部屋へ案内され、就寝の挨拶をして別れる。
ベッドに勢いよく飛び込み、始めての天井をボッーと眺める。
マットレスが軋みながら、俺を優しく包み込む。
「こいつはまたいいベッドだな」と独り言を呟く。
しかしアルバートは好きな人間を失っていた。その事を話した彼の顔は僅かな哀愁を感じさせた。
彼の過去に何があったかは知らないが、それでもああやって立派な人間になっているんだ。
「俺もがんばらなくちゃな」
そう誓って、瞼を閉じた。
ジリリという起床音と共に身体を起こす。
久々に上等なベッドで寝たせいかよく寝れた。
やっぱり、マットレスがいいからなのか?金さえあれば買えるんだが、買ったら買ったで。
「竜也、貴方何を無駄使いしてるんですか?これだけでパンが何個買えるかわかりますか?」
なんて、怒られそうだ。そういうの嫌いそうだもんなシエナ。
「いただきます」
「あぁ、アメリ!それはぼくのソーセージです!」
「いいのよ、あんた大人でしょ?アメリは成長期なんだから譲りなさいよ!」
「アメリ、食事中は業を使うな」
「嫌よ。こうしてた方が人数も増えていいでしょ」
「まぁまぁ、いいじゃないか」
「さすが支部長!器が違うわ」
朝食を昨日と変わらないメンバーで食べる。
朝からやはり騒々しい食事風景だ。だが不愉快ではなく心地よい。
ここは本当の家族みたいな優しさが溢れている。
塔員になるのも悪くないんじゃないんかとも考えてしまうが、
彼らには彼らの俺には俺の帰る場所がある。それを捻じ曲げては何もかも失ってしまうだろう。
「重田、彼をバス乗り場まで送ってやってくれ」
「へいへい、任されましたっ」
「竜也、また来なさいよねっ今度はもっと美味しい漬物用意しとくんだから!」
「あぁ、ありがとうアメリ。楽しみにしてるよ」
「竜也君、我が神谷支部はいつでも君を歓迎するからね。またいつでも来てくれ」
「藤村、またな」
「ありがとう、みんな。また機会があったら来るよ」
そう言って名残惜しくも神谷支部を後にする。
バス停のある駅前までは繁華街をぬける必要がある。だが、
「竜也、ちょっといいか?」
そう言って、路地裏へ重田が俺を導く。
そこには立ち入り禁止と書かれた黄色いテープが貼られていた。
それを気にすることもなく、重田が中へと入っていく。
「おいおい、いいのかよ?」
「いいから、いいから」
ジメジメとしたビルの合間を歩いていく。
一体、どこへ行こうというのか?
まさか、俺を捕まえる為に罠をはっている?いや、まさかな。
「うわっなんだこれ」
そこにはビルの壁がペンキをぶちまけた様に真っ赤に染まっていた。
一体、何があったというのか?壁にはあちらこちらに爪痕の様なキズが付いている。
「ニュースで見てないか?繁華街での謎の失踪事件。ここがその事件の現場だよ」
「なんだって?」
「それが一件や二件じゃない、もう十数件も起きている。ここが一番ひどい現場だ」
「一体、誰がこんな事を?」
「最初は支部でも竜也、お前が最有力候補だったんだ。だが昨日も同様の事件があった。
お前の疑いは晴れたんだが、じゃぁ一体誰が?って話なんだ」
俺が容疑者扱いだったのか。それで一晩、俺を支部で実質、拘留したのか。
なんとも、気分の悪い話だ。
「あ、この話を知ってるのは俺とアルバートだけだ。他の奴らはお前を心から歓迎していたさ」
「まぁ、あんだけの接待受けたんだ。文句は言いたくても言えないか」
「ははっやっぱ竜也は面白い、物分り良すぎっ!」
「まぁな、あんまり人と争うのは好きじゃないし」
「それって諦めやすくて折れやすい人間って事だろ?もっとタフな人間にならないといざって時に後悔するぜ?」
「忠告、感謝するよ。それで俺をここに呼んだ理由を教えてくれよ」
「あぁ、この捜査に協力してくれ」
「いや、俺そんな能力ないし。あんまり自由がきく立場じゃない」
「大丈夫、お前は教会側の監視を頼みたい」
「どういう事だ?」
「この神谷市は特別でな。市外の業使いが侵入すると教会に必ずたどり着く様になっている。
つまりは、教会側が何か企んでいるんじゃないかと俺は読んでいる」
「んなワケないだろ。シエナも師匠もそんな事する人達じゃない」
「わからんぜ?人間なんていつ裏切るかわかんないだから」
「おい、いい加減にしろよ。そんなのに協力してやるもんか。そんな捜査ならお前らでやればいいじゃないか」
踵を返して、俺は来た道を引き返そうとする。
だが、そこに一人の人間がいた。
逆光で顔はよく見えない。だが少し痙攣しているのか、手がビクッビクッと震えている。
「お前、森下か?最近、支部に顔を見せないと思ったがこんな所で何してんだよ?」
「なんだ、知り合いか?」
一歩一歩、森下と呼ばれる人間が近づいてくる。
ようやく、影で暗くなり顔が見える。
「うおっなんだっ?あの刺青?重田、お前以上にファンキーな奴が出てきたぞ」
「解業の刻印だ、強制的に業を解放させる禁止刻印の一種。森下ぁ!一体なにがあった!?」
「――ようやく、見つけた……これでもう……苦しまずに済むっ――」
そう言って、森下と言われた男はありえない距離を飛躍して俺に襲いかかってきた。




