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雑貨屋セイセンション

繁華街から外れて、人気のないビルの谷間を歩く。

今日は一人ではなく師匠と街に出ていた。

「師匠、買い物ってどこにいくんですか?」

「業使いの専門店がこの近くにあるのだ」


修行で使う刻印用の塗料が底をついたのだ。

師匠曰く、俺の成長と共に刻印の寿命が縮んでるそうだ。

力をつければつけるほど、暴走しやすくなるとは本末転倒なんじゃないだろうか?

師匠からは「確かに業解状態に入ると危険だが、その状態にいく一歩手前をお前は模索するのだ」と言われた。

今だ、自分の限界がわからず毎日師匠にぶっ飛ばされ続けている。

俺はいつになったら、自分の能力を使いこなせるんだろうか?


雑居ビルの地下を歩く。

そこには木札が飾られた薄汚いドアがあった。

「雑貨屋センセイション?師匠ここですか?」

「あぁ、そうだ」

二回・三回・二回と師匠はリズムを刻みながらドアを叩く。

だが、反応はない。

ただただ、リズミカルな音が地下に響く。

ダンッダンッと徐々に師匠の叩く力が強くなっていく。

大太鼓を目の前で叩かれてる様だ。

地下で尚更、響くので耳をふさぐ。

師匠、ドアが軋んでますよ!壊れちゃいますよ!


「師匠!留守じゃないんですか?」


叫ぶ俺に師匠は下がれと後ろに押す。

くるりと神父は背中を向け、ドアに向かって回し蹴りを放った。

「ちょっ!」

ドアが木っ端微塵に吹き飛ぶ。

「おい、店主いるか?

 なんだいるじゃないか」

「ひぃっ!」

店主と呼ばれた小太りの男が師匠に捕まっていた。

「頼んでいた、刻印塗料はあるか?

 こいつの修行で使いすぎてな、弟子が強くなるのも考えものだ」

「いや、それがその――って違う!

 あんた何すんだ!ドアぶちぬきやがって!」

「あぁ、少し強めに叩いてしまった」

「嘘つけ!強化済の特製ドアだぞ?バズーカでも打ち込んだのか!?」

「少し強めに叩いただけだ」

胸ぐらを掴んで、店主に顔を近づける。

やだ、なにこのチンピラ。


「注文してたものは?」

「いや、その発注先が遅れててな。まだ来てないんだよ」

冷や汗をかきながら、店主はささっと師匠から離れる。

怯える様に壁を背にしてはりついてる。


「嘘だな。受け取り済みの注文書がここにあるではないか?」

「ちょっ、あんた何勝手に見てんだ!」

師匠は机にあった紙をひらひらと仰ぐ。

「何を隠している?」

「な、何も隠してねぇよ!ほら、在庫はあるんだ。 

 注文した量とは違うが、これで今日は許してくれ!な?な?」

箱を差し出し、師匠にすがり付いている。

だが、師匠は納得しない様子だ。

「なぁ、君もなんか言ってくれよ。お弟子さん!

 神に仕える者が許しを乞いてるんだ、この神父はそれを咎めてるんだぞ!」

「いや、俺はその――」

弟子なんだが、信者じゃないんだ。

ていうか、この人教団の人なのか?

「何が神に仕える者だ。非合法の商売をして両組織から狙われているはみ出し者が。

 教団に席を置いたのも、教団の道具を横流しするためだろうが」

「ひぃいい!!」

ドカドカと師匠が店主に詰め寄る。

「言え! 今度は誰に俺の商品を横流しした!」


今度は? この店主、中々の強者なんだな。

しかし、こんな滅茶苦茶な店をよく師匠は使っているな。

「本当に知らないんだ。急にうちに来て、「刻印の塗料をできる限り譲って欲しい」と来たんだ。

 在庫分も注文分も全部、相場の倍以上で買い取ると言ってな、ついつい」


「それで居留守を決めていたわけか。その人間はどんな奴だった?」


「わからない、ローブを深く被っていて顔は見えなかった!」

ドンッと神父は店主の頭を壁に打ち付ける。

師匠、それはやりすぎなんじゃないでしょうか?

「痛っ!それでも常連のあんたの分も少しは残しておいたんだ! もう許してくれよ~」

「ふんっその謎のローブ男は気になるが、こういう非正規店にはありがちな話だ」


師匠は箱の中身を確認し始める。

ビンを取り出し、中身をのぞき見ている。

「確かに、本物だな」

「そうだろ?偽物を売りつけてちゃ信用問題だ。

 中々、手に入らない魔獣の血入りの上級品だ」

「そうでなくてはお前の所など使わん。代金はいつもの口座に振り込んでおく」

「へへっ毎度っ」

上機嫌な店主と目が合う。

ニコニコとこちらに寄ってくる。

「お弟子さんも何か買っていかないかい?」

「いや、俺は別に」

辺りを見渡すが、棚にはいくつも薬瓶が並んでいる。

中には液体や見たこともない動植物が入っていた。

「何かほしいのあるでしょう?ほら、このマカの何倍も効果があるニンフの涙なんていかがでしょう?

 夜の営みがより、情熱的になる事まちがいなし!」

「いや、そういうの様ないから。

 あぁ、剣とかそういうのないの?」


「剣ですか?もちろん、ありますとも!これなんていかがでしょう?」


店の隅に飾られた剣を取り出す。

特徴もないなんの変哲もない剣だった。

それを手にとってみる。

「意外に重いんだな」

「えぇ、西洋剣は切れ味だけじゃなくて、重さで叩き切る事を想定していますからね。

 どうです?中々いいでしょう?」

「竜也、剣なんかもってどうする気だ?」

「あ、その体術だけじゃなくて剣術も教えてもらいたいな~と思って……

 アルバートとの試合で体術だけじゃ、武器を持つ人間と戦うのは限界があるかな、と」

「体術も未熟なのに次の戦闘術に手をだすのか?」

「その、えぇ――やめときます……」


やっぱ、そうだよな。

店主に剣を返そうとする。

「私もそういう段階だとは思っていた」

「え?」

「店主、それはいくらだ?」

「そうですね、いえ、お代は受け取らないでおきましょう」

「なに?どういう心境の変化だ?銭ゲバのお前が」

「それは在庫品なのでね、お弟子さんが剣術を身につけられた時、

 その様な在庫品ではなく、真にお弟子さんの剣に見合った剣を見繕いましょう。

 それが商人としての矜持かと思います」

なんだ、この人?

意外だ、ふざけた人かと思ったら商売上手な人なんだな。

だが、

「ふざけるなよ、店主。お前何を企んでいる?」

「い、いや。俺は何も――」

「何が在庫品だ。他の剣は埃かぶっているのになぜその剣は埃がかぶっていない?」

「そりゃ、たまたまだよ!

 別に、客の忘れ物を使って、更に金儲けしようとか考えてないぞ!」

「……」

前言撤回、この人信用できねー……

「師匠、この剣どうしましょう?」

「まぁ、他に怪しい所はないし、もらっておけ」

あ、いいんだ。

「さて、用事は済んだし。出るぞ」

「あ、はい」

「それと店主、注文の品が連絡をくれ。今度は横流しするんじゃないぞ」

「へい、わかっております!それより、このドアなんですが……」

「それではよろしく頼む」

神父に急かされる様に背中を押されながら、出口へ向かう。

「ちょ、ちょっと神父!それはない!どうすんだよ、これ~……」

店主の泣き声を背に俺達は地上へ出た。


「竜也、何をしている?もっと近くで歩かんか。疲れたのか?」

「い、いえ、そういうわけじゃ……」

繁華街を歩く。

周囲の目線が師匠に集まる。

師匠の見た目ははっきり言って異様だ。

革ジャンに骸骨姿。おまわりさんがすぐさま、お話を聞きに来るレベルの不審者。

だが、師匠に投げかけられる言葉は違う。

「うわ~あの人きれい~」

「どこかのモデルかしら?」

「ちょっと、あんたどこ見てるんだい!」


この黄色い声だ。

師匠は街に出かける時は擬態術(ぎたいじゅつ)を使う。

革ジャンに刻まれた刻印が師匠の見た目を変えるのだ。

なんでも、一般人からは師匠は長身の麗人(れいじん)に見えているらしい。

女の姿をしていた方が色々都合がいいからなのだろう。

だが、そんな美人と歩いているのだ。

男性陣からの俺への視線は想像に難しくない。

そういったものから逃れるには師匠から離れるのが一番だ。


「おっ神父じゃないですかっ」

そんな師匠に、少年が気安く話しかける。

なんだ、このヤンキー少年は?

ジャラジャラとアクセサリーを付けて、顔にはピアスが何個も付いている。

絶対、普段なら関わらないタイプの人間だ。

こんなのが同級生なら、俺はくん付けで呼んで向こうは呼び捨てで俺を呼んでていたに違いない。


「なんだ、アルバートの所の狼少年か」

「その呼び方は勘弁してもらいたいな~ 

 俺には重田 楽斗(しげた がくと)っていう名前がちゃ~んとあるんですわ」

「で、その重田君が何用かね?」

「アルバートさんからの要請でね、そこのお兄さんを貸してもらいたい」

「なに?」

「話は来てるはずですよ?まぁ、まさかこんな偶然会えるとは思ってなかったんですけどね。

 さすが俺!ハッピーボーイの異名は飾りじゃない!」

「期日は決めてなかったはずだ」

「それはそうですけどね、つまりは今すぐにでもいいって事じゃござりませんか?

 な~に、取って食おうって話じゃない、この前の謝罪と親交を兼ねてですよ」

「一方的に決められても困るな。竜也、お前行きたいか?」

「え?」

急にふられても俺も困るんだが……

だが、アルバートとはもう一度ちゃんと話してみたかった。

それが鬼門であろうと、怪我を負わして負わされただけの関係っていうのもなんだか気持ち悪い。


「えぇ、いいですよ」

「ほう、お兄さん。ノリがいいね!そうこなくっちゃ!」

「そうか、ならば行ってこい」


「じゃ、神父。話は決まったってことで!明日には帰しますよ!」

え?明日ってなんだ!?おい!

親猫が子猫を持ち上げる様に、少年は俺の襟をつかんで走り始める。

大人一人、ひきずってこんな速さで走れるなんてっ!

塔の連中はどいつもこいつも怪力なのか!?

足を引きずられながら、街に出るとつくづくロクな事がないと痛感するのであった。

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