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フラウロスの笑顔

ランプの灯りが一人の影をうつす。

その影の正体が顕微鏡を覗き込んでいる

そのレンズに映るのは由美である石だ。

位置を変え向きを変え注意深く観察する。


「これはすごい」


神父は石を直視し、覗き込む。


「何かわかったの?神父」

「由美、お前から業を感じる」

「は?」

「最初は魂だけが入っていると思ってたが。

 今日、竜也が帰宅してから、お前に違和感を感じていたのだ」

「それで竜也から私を」


「だが、奴の能力は鎧のはずだ」

由美の様に複数の能力を持つ業は代を重ねる事で混ざっていく。

一代しかいない竜也が二つも能力を持つ事はありえないのだ。


「それって、あの羊の仕業?」

「そうかもしれない。

 竜也にはあの鎧ともう一つこの業使いを封じる能力が羊によって与えられたのだろう」

「そうかもしれない、人間の魂には一つしか業を持てない。

 だけど、あいつには竜也じゃない、他の誰かがいる」

「どういうことだ?」

「あいつが業解状態に入るとき、竜也じゃない、誰かの怨声が聞こえるのよ。

 その声が影と一緒に私に迫ってくる。

 今日は一段とすごかったわ。あと、もう少しであの影に染まる所だったわ」


「竜也を通して、お前に力が氾濫(はんらん)して業を目覚めさせたということか。

 しかし、鎧が竜也の能力なのか、封じる能力がその誰かのなのか。

 それはさして、問題ではない。単独でこんな能力を持つ者がここにいるということがまずいのだ」


「確かに羊の出現と純粋種、しかも異能の中の異能が現れたなんて聞いたら、教団本部がすっ飛んでくるわね」


「だからこそ、この場所の秘密を知らぬ者もいる。この教会を見れば一目で疑心を抱くだろう」


「それじゃ、まずいわね。アルバートはもう連絡したかもしれない」


「それは大丈夫だ。すでに口止めはしている。」


「あの曲者が理由も聞かずに素直に言う事を聞くはずがないわ。何か条件を出されたんじゃないか?」


「あぁ、竜也のペンダントをよこせと言われた」

「はぁ!?」

「というのは嘘だ。」


「面白くないわよ、神父」

「今日の事を竜也に詫びたいので、彼を再び支部に招待させてほしいそうだ」

「それだけ?罠じゃないの?」

「あぁ、本当だ。竜也には傷が治り次第向かわせよう」

「大丈夫なの?なんだか、戦ってる時あいつからいつもの風雅さを感じなかったわ。

 なんていうか、手加減をするのを無理しているっていうか――」


「あいつの考える事はわからん。だがな――」

その瞬間、由美の背筋が凍る。

まるで目の前に飢えたグリズリーがいるかの様な悪感だ。

神父の顔に表情などない、だがそれは確かに笑っていた。


「弟子を傷物にしてそれを許す師がいると思うか?」


司教達はこういう時の彼をフラウロスの笑顔と呼んで恐れていた。

司教達の無茶な任務で死地に向かわせられたり、仲間を傷つけられた時に神父は決まってこういう雰囲気を出す。

そして、決まって標的の首を持って帰ってくるのだ。


神父は由美が幼い頃に入団してきた。

しかも、当時でもトップクラスの司教の紹介状付きでだ。

教団は基本的には世襲制だ。

部外者が入団しても地位は司教の小間使いが限度だ。部外者は所詮どこまでいっても部外者なのである。

だが神父は司教クラスと同等の権力を持つ「特務司教」という地位にいる。

実力だけで今は部外者の最高位に立っているのだ。

だから、神父を正面から貶したりあからさまに下に見る者はいない。

教会学園の小学部で素行の悪かった由美の才能を見出して弟子にしたのも神父だ。

しかし、由美は素行が悪かったのではない。

自分の力ではなく、親の権力を行使し弱者をいたぶる同級生達と戦っていたのだ。

だが学園も、身寄りのない娘より力のある親をもつ子供の肩をもつのは道理であった。

正義をかざした娘に与えられたのは賞賛ではなく「退学処分」という宣告だった。


「ここが今日からお前の家だ」

極東の田舎町に新しく建てられた神の家とそこに住む一人の少女。

神父は由美を家族として受け入れ、この教会の秘密を教えてくれた。

神父に選ばれた理由が由美にはなんとなくわかっていた。


一人では動かせない事情はある。

だからせめて自分の場所だけはそういったものから守ろうとしているのだろうか。

由美には神父が人間の醜悪さを許さない真の殉教者に見えた。


「竜也はどうするの?まだ修行を続けるの?」

「無論だ、奴を鍛錬し続ければすべてわかってくるだろう。

 由美、ちょっとこれを掴んでみろ」


そう言って神父は一本の筆を取り出す。

だが、由美にはそれに伸ばす手も腕もない。


「いや、無理でしょ」

「お前の今の力なら出来る。やってみろ」

「むむっ――」


すると、石から手が伸びて筆を掴む。

それを嬉しそうに手がパタパタと動く。

「なんで?! すごい!」

「やはりな、業を感じるのなら。使えると思ったのだ」


「これ、私の業で出来てる!すごい弓矢も翼も出てきそう!

 もしかして、私ここから出れるんじゃないの?」


「いや、やめとけ。肉体を持たぬ者が外に出る事は天に還る事を意味する」

「っ……」

「今は手だけかもしれないが人間の姿を形作れるかもしれんぞ?

 もう力を使うのはやめとけ。石の力が弱まっている」

「ちょっ、早く言ってよ!」

さっと石へ手が縮まっていく。

僅かに石の中の炎が弱くなっていた。


「竜也とのリンクが切れている時は控えた方がいいかもしれんな。

 しかし、お前が出せたという事は竜也もお前の能力を使えるかもしれん」

「あいつ、ほんとにとんでもない奴ね」



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