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帰還

教会のキッチンにカレーのスパイスの香りが漂う。

ぐつぐつと鍋に野菜と鶏肉が煮込まれている。

それを師匠が革ジャンには不釣り合いなエプロンを着てかき混ぜている。

「シエナ、今日はご機嫌だな」

「そう見えますか?」

鼻歌混じりにシエナはテーブルに皿を置きながらどこか楽しそうにしていた。

「えぇ、実は竜也が土産をですね。出かける時に買ってきてくれると言ってくれたのです」

「ふむ」と神父は火を消し、テーブルに座る。


「同年代の子は由美がいましたが異性からのお土産は初めてなので、どんなものを買ってきてくれるのかと」

「楽しみです」と膨らませた期待を隠しきれない様子だ。

「そうか」と神父はどこかよそよそしい。


「シエナ、竜也に好意を抱いてるか?」

「えぇ、そうですね」


ガタッと神父の椅子が激しくずれる音が部屋に響く。

表情は骸骨なのでわからないが、固まってシエナを見ている。

「確かに友人として親しくさせてもらっているとは思います」

「そ、そうか」

「ところで、神父。竜也の修練は如何ですか?」

「竜也はよくやっている、例えるならスポンジだな」

「スポンジですか?」

「あぁ、教えた事はなんでも吸収する。そして絞れば吸った物をそのまま絞り出す」

「優秀なのですね、竜也は。」

「未熟者である事に変わりはない。何より力を使いすぎただけで暴走してる様ではまだまだ……」


ため息交じりに語る神父とそれを和やかに聞くシエナ。

それを遮る様に時計の鐘がなる。


「あら?もうこんな時間。遅いですね、神父の修練が嫌になって逃げたかしら?」

「いや、帰ってきたようだ」


玄関からドアに掛かったベルが響く。

日暮れ頃になると教会は全て鍵が掛かるため、訪問者は鍵を持たぬ限り入れないのだ。

シエナは小走りで玄関へと向かっていく。

「おかえりなさ……」

笑顔でドアを開けるシエナの目にうつったのは腕に血のついた包帯をして気まずそうに笑う竜也だった。

「た、ただいま……」

「竜也、何があったのですか!?どうしてそんなケガを!?」


シエナの後ろから、ただ事ではない声を聞きつけ神父が現れる。

「なにがあった?竜也、傷を見せろ」

「は、はい」


気まずそうに包帯を解く。

腕には痛々しい刺し傷があり、それを包むように緑色の光が覆っていた。

「治癒刻印?塔の人間がやったのか?」

「え、えぇ、香織という塔員に止血をしてもらって帰ってきました」

「とりあえず、中に入れ。すぐに接合しなくちゃならん」


礼拝堂ではシエナが忙しそうに道具を運び入れる。

神父は竜也の腕に液体をかけ流し、何か呪文の様なものを呟いていた。

指先から腕へと感覚がなくなり、片腕全体が竜也から支配権を失った様に動かなくなる。

どうやら、液体は麻酔剤の様なものらしい。


「シエナ、マンドラゴラは葉っぱだけでよい。そのまま持ってくるな」


シエナは菫色(すみれいろ)の花を咲かせた植木鉢を抱えていた。

「うぉっなんだこの音は!」


突如、耳に強烈な金切り音が鳴り響く。

感覚のない腕は使えないので片方の耳を防ぐ事しかできない。

マンドラゴラは引っこ抜くと悲鳴を上げるというが、シエナの手には数枚の葉があった。

「見たことか。耳に防音をしていないけが人には傷口にも響くだろう」

「ご、ごめんなさい!」

あわてて、シエナは神父の脇にあるテーブルに葉っぱを数枚置く。


「それからいつもの寝付け薬を作っといてくれ」

「はい」と返事をしてシエナは逃げ出すウサギの様に礼拝堂から出て行く。

神父はそれを潰して、色んな薬品と一緒に練りこむ。


「マンドラゴラっていうのは葉を取っただけであんな風になるんですか?」

「動物という物には防護本能があるからな。自分の身が危険と感じれば叫びたくもなるだろう。

 ましてや、身体の一部をちぎられたのだからな。

 マンドラゴラを扱う時は耳栓の代わりに耳に防壁を張るものなのだが、お前には装術を教えてなかったからな」

「装術?」

「装術は装だけを発現して、自在に操る事だ。

 今のお前では業を発現してからでないと装を出せないだろう。

 それが発展すれば装だけを出せるようになる」

「そうなんですか」


「それよりも神経まではまだ壊されていない、これなら今晩で治るぞ」

「本当ですか?腕に穴が開いてるんですよ?」

「あぁ、そのかわり死ぬほど痛いぞ。タオルを口にふくめ」


瞬間、傷口に神父が調合した薬が塗りこまれる。

悲鳴をあげたいがあげれない。

シエナが心配して駆けつけるからだ。

そして、シエナは神父を止めさせるだろう。

だが、竜也はそれだけはしてほしくなかった。

女の子に守られる男なんて、なにも守れることは出来ないだろうから。

だから、必至に口に入れたタオルを噛み締め、声を留める。

 

 「終わりだ」


全身を汗で濡らして激しく息をする竜也。

「治療ってやつはこんなにも辛いんですか?」

「無論だ、人が数ヶ月で癒すものを一晩で終わらせるのだ。

 それなりの代償は必要だ」

「そうですよね」

「シエナがローズマリー入りのワインを用意している。それを飲んで今晩は寝ろ」

「俺、まだ未成年なんですけど」

「大丈夫、ワインは熱してアルコールを飛ばしている」

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