腕比べ①
「さて、準備はいいかな?」
閑散としたビル群の中、アルバートと対面する竜也。
無論、ここは外ではない。
彼らのいた、ビルの一室だ。
「つくづく、業っていう奴は不思議だな
ただの部屋が閑散とした街に早変わりとは」
「そうかい?もっとすごい結界もあるんだけど、何分予算の方がね?」
そう肩をすくめるアルバート。
その姿は金髪の青年ではなく、純白の鎧を纏った騎士だ。
「もう、やる気なのかよ、あんた」
「いや~だって久々の鎧を使える外の人間との試合だからね。楽しみで、楽しみで」
アルバートは照れているが、昂奮して辛抱出来ない様子だ。
「君も業を発現したらどうだい?」
「いや、それよりもこの手合わせの勝敗条件は?」
「ん~……僕が満足するまで」
「ヴッ!!」
思わず、竜也は鉄砲魚の様な顔で噴き出す。
「手合わせっていうのはそういうもんだよ、当事者同士か第三者が満足するまでそれは続くんだ」
「あ~確かに、師匠との組み手も師匠が止めるまでやってたな」
だが、今の相手は師匠ではない。
竜也はさっさとこの場から逃げ出したい気分だ。
承諾したのは確かに自分だ。
だが、いざとなれば好青年な相手はこうも好戦的だ。
意外と洒落にならない事を請け負ってしまったのかもしれないと後悔していた。
「あんた、今言ったよな?当事者同士が満足するまでだって?」
「うん」と心が躍った様子で応える。
「じゃあさ、俺が止めたくなったらどうするんだよ?」
「なんだ簡単じゃないか、帰ればいいんだよ」
「いや、どうやって?」
「ドアから入ったんだから、ドアから出ればいいじゃないか」
周囲を見渡す竜也。
自分を囲む様に並び立つビル達には無数のドアが閉じている。
「いや、どれだよ?!」
「ん~どれでしょうね~」
意地悪そうにアルバートはおちゃらける。
「てめぇ、ハメやがったな!」
「ははっ人聞きの悪い、君も同意してこの部屋に入ったんだ、合法だよ」
呆れて肩を落とす竜也。
「よくわかった、あんた案外詐欺師の才能あるんじゃないか?
わかったよ。さっさと、終わらせようか」
そうして、竜也が突然黒い霧が包む。
黒霧の中に赤い光が浮き出される。
そして中から黒いガンドレットが現れ、その霧を払う。
竜也はかつての巨体に比べて小柄で人間サイズになった鎧を纏っている。
特徴的な二本の突き出た角の下には赤く鋭く光る瞳がアルバートを見つめている。
「ちゃんと業を抑えられてるね、素晴らしい」
「そりゃ、どうも。さっさと始めよう」
そうして、竜也は両腕のガントレットに折り畳まれた鉤爪を展開させる。
片足を強く地面を踏みつけて、アルバートに肩を見せる様に腰を捻る。
そして、腕を曲げ水平に上げる。
両手の鉤爪同士を火花を散らしながら、こすり合わせる
「神父の教えは素晴らしいね、型を忠実に再現している」
「それじゃ」とアルバートも剣を構え、その鋭い切っ先を竜也に向ける。
突如、アルバートは風の様に消える。
本当に消えたのではない、竜也はアルバートを見失ったのだ。
だが、竜也はアルバートが消えたと思っている。
竜也は気配に集中して、相手の出方を探る。
横か背後か、それとも真上か。
そして、目線を横に移した瞬間。
疾風迅雷の如く、正面からアルバートが斬りかかる。
「なっ!?」
鉤爪と剣が弾きあって火花が散る。
すぐさま竜也は後方に飛び、追撃に備える。
「ダメだよ、そんな簡単に見失っちゃ」
だが、アルバートは追撃をせずにやれやれと両手を上げている。
今の一撃は確実に手抜きのモノだ。
本気で攻撃するのなら、斬るのではなく突くべきだった。
悔しさで、竜也は奥歯を噛み締める。
それとは対極的に面白そうにアルバートは剣を再び構える。
そうして、再びアルバートは疾風になる。
竜也は必死に考える。
今の一瞬、確かに彼は見た。
アルバートは重心を横にずらした。
それは透明に消える為の動作ではない。
移動する為の動作だ。
つまり、アルバートは今、高速で移動している。
しかも、目に止まらぬ速さで。
「ならば」
そうして、竜也は廃ビルの方向へ走る。
障害物の多い施設内なら高速移動は難しいだろう。
おまけに埃が舞えば、位置を把握もできる。
竜也はビルの螺旋階段をかけあがる。
より高く、高くへと。
だが、目的は登る事ではない。
背後からの気配を待っている。
この一本道の階段なら、側面からの攻撃は不可能だ。
正面から回り込む事もできない。
「おやおや、どこへ行くのかな?」
その声は背後ではなく、側面から声がした。
瞬間、アルバートの刃が竜也を襲う。
竜也は咄嗟に手を交差させ、展開していた鉤爪を折りたたみ刃を受ける。
そうして、壁をぶちぬいて竜也は空中へ弾かれる。
だがそれで終わりではない。
落下しながら、アルバートの猛撃は止まらない。
四方からの攻撃に竜也は亀の様に防ぐことしか出来ない。
反撃の余地はない。
あるとすれば、それはこの浮遊が終りを迎える時だけだ。
「なに?」
不意にアルバートの猛攻が止まる。
その理由に気づいた時、竜也は地面に落ちていた。
砂埃の舞う中、青白い目が輝く。
そこに立つはアルバートただ一人。
彼の目はより一層濃い砂埃の中を目にしている。
そこは竜也の落下地点。
突如、風を切る音と共に黒い手が伸びてくる。
アルバートを捕まえようとするが、それを難なく切り捨てる。
「いやぁ、装で自分を覆って着地したまではいいけどね」
黒い炎を纏った竜也が姿を表す。
衝撃でのダメージは外見では見えないが、呼吸は酷く荒れていた。
「こんな小手先の技で僕を捕まえようとするのは頂けないな」
「悪かったな、小手先で」
アルバートは再び構えて消える。
地面に駆けた様子はない。
しかし疾風迅雷の猛攻が再び、竜也を襲う。
「なに?」
疑問を口にしたのはアルバートだった。
先ほどまで亀の様に守り続けていた相手が――
<見えているぞ>
そう言うかの様に確かに自分の攻撃をさばき、それどころか。
自分の攻撃に合わせたカウンターを仕掛けてくる。
側面からの攻撃もガードされ、フェイントを入れた正面からの袈裟斬りも止められた。
背後から足を狙った突きを跳んで躱され、旋回蹴りを見舞われる。
何度かの打ち合いの末、再び距離をとる双方。
竜也は肩で息をしながら構えを崩さない。
「一ヶ月そこらで装を使いこなし、ましてや数合の打ち合いで僕の剣を捌いた。
君はなんというか、センスの塊だね」
「褒めてもらえて結構だ。もう満足してくれたか?」
「その前に君、僕の装が見えてる?」
その柔らかな口調と裏腹にその目は私憤に満ちていた。
ついこの前まで素人だったはずの人間がここまで成長する異常性。
武人として抱くなら、それは嫉妬だろう。
醜悪な感情だろうが、それもまた自身を成長させる糧になるという事をアルバートは知っていた。
だからこそ、彼はその感情を隠そうとしない。
「いや、見えていない」
「なに?」
「見えていたのはあんた自身だ、確かに速いが攻撃する瞬間その時だけあんたが見えた。
恐らくだが、高速で動く代償に間が空くんだろう。
それに、装を周囲に漂わせる事である程度どこに現れるかは予測出来た。
後は、そこに合わせて――」
「いや、結構だ。」
竜也の言葉を遮り、拍手をしながら納得するアルバート。
「君のセンスと神父の師事だ、それを相手に遊ぼうとしたのが間違いだったんだ」
「なんだ、あんた遊んでたのか。俺は本気だったぞ」
「そうじゃないと困るとも、僕がどうやって高速移動しているかわかるかい?」
「装で足場を作っているんだろう?空気、いや風じゃないか?
それなら、落下した時の複数の箇所からの攻撃もわかるしその素早さもわかる」
「そうだね、僕の家系は風を使う。
ただただ速く移動しているだけなら地面の様子で位置がばれる。
だから、僕はこうやって装で足場を作る」
そうして、何もない場所をまるで階段を登る様に歩き始める。
「すごいな、そういう使い方は教えられていない」
「大丈夫、塔に属せば僕が教えてあげるよ」
「いや、帰ったら師匠に教えてもらう」
だが竜也は相変わらず勧誘を続けるアルバートに好感を抱いていた。
そんなにも相手が自分を評価してくれるのは嬉しい。
それは自分を受け入れてくれる証。
竜也にはそれが人生で足りていなかった。
何にも受け入れられず。
手にしたと思えば、それはたちまち崩れ落ちる砂の秘宝。
<それでも、今は帰る場所がある>
そう強く思えるのだ。
「そうか……」
残念そうに肩を落とすアルバート。
だが、その手に握られた剣が軋むのを竜也は察知した。
「君はさっき、僕にめがけて装を飛ばしたね?
初心者と熟練者の違い、比べてみようか」
そうして、剣を幾度も振ってみせた。
竜也は周囲に風が通りすぎるのを感じた。
その風は自分だけを避けるかの様に過ぎていく。
だが、パキっと音がした方向を見ると。
そこには綺麗に二つ割れた石が転がっていた。
背筋が冷えて、そこから一歩も動けなくなる。
そして、素振りをやめ剣を竜也の方へ突き向ける。
「さて、質問だ」
「今のは見えていたかい?」
背後から轟音を響いてくる。
何が起きたかと、後ろを振り返る。
そこには遠方までそびえ立ったビル群が崩れ落ちていた。
崩れ落ちるビルの亀裂部分を見ると綺麗な線が入っていた。
崩れ落ちたのではない。
「切り崩したのか」
「その様子だと今のは見えていなかった様だ」
「当たり前だ、風を視認出来る人間なんているものか」
「確かにそうだね、だからこそ僕はこれを使うんだよ」
そして、再びアルバートは姿を消し去る。
だが、先ほどとは違いすぐさま攻撃が始まるわけではなかった。
その静けさに薄ら寒さを感じる。
だが、竜也はその恐怖を飲み込み、その場を駆ける。
動かなければただの的になってしまう。
行き先も考えず、ただ竜也は走り続けた。




