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休養

食卓に朝食を並べる。

パンにコンソメスープ、サラダと質素な洋食だ。

師匠が来てからは、シエナに師匠が加わって、朝食を作ってくれている。

俺も何か手伝いところだが、生憎(あいにく)台所は三人も並んでは作業が捗らない(はかど)

なので、俺は食器の準備や食事運びを手伝う。

朝食を済ましたら、廊下の掃除をやって師匠との修行だ。


今日はどんな修行をするのだろうか。

森の中を師匠が走るのをやめるまで終わらないランニングだろうか。

読書をする師匠を乗せながらの腕立て伏せなどの筋力トレーニングか。

身体中、アザだらけになる組み手か。

考えるだけで身体が痛みをあげてきそうだが、嫌ではない。

師匠との修行は正直、楽しかった。

ランニングや筋力トレーニングは自分の力が日に日に強くなっていくのを感じるし、

組み手はもっとも楽しい。

俺の知らない技を師匠は毎日使ってくる。

それを覚えていくのはもはや、快感に近い喜びだ。

だが、

「今日は休養だ、市内の散策を許す」

師匠から放たれた言葉はどんな技よりも意外だった。


「と、言われても用事なんか一つぐらいしかないんだよなぁ」

暇を許された俺は久しぶりに街を散策していた。


シエナを遊びに誘ったが

「あの、その……申し訳ないのですが用事があるので――」

なんとも気まずそうに断られてしまった。

そんな顔をされたら、誘った俺が悪いみたいじゃないか。

「っ――そうか。じゃぁ、土産を買ってくるから楽しみにしといてくれよ」

「本当ですか?」

花が咲くようにシエナに笑顔が戻る。

「あぁ、期待して待っててくれよ」

「えぇ、あまり遅くなってはいけませんよ?夕飯までには帰ってきてくださいね」

「うん、わかっあっ――」

師匠がジッーと俺を見ている。

あれはただ、俺達を見ているのではない。

間違いなく俺だけを睨んでいる――!

絶対、気のせいだと自分に言い聞かせつつ

ツッコんだら負けなので無視して逃げ出すように出かけていた。

森をぬけてバスに揺られる事、数十分。

住宅地を過ぎ、駅前の繁華街に到着した。

ショッピングモールや雑貨屋などを散策してシエナの土産を探した。

「これがいい。シエナに似合いそうだ」

雑貨屋のショーウインドウに飾られたブローチが目についた俺はすぐに店内に入り、

それを購入した。


「さて、どうしようか」

他に観る物は得に何もなかった。

他者と共有する思い出もない。

思い出の場所も帰るべき家もない。

俺という存在が消えたこの世界では全てが無機質なモノだと錯覚しそうになる。

だが、それでも今の俺にはシエナと神父、それから――


「竜也、どこも行かないの?」

そう、胸に飾られたネックレスから由美の声がする。

今朝、神父から逃げた――いや、教会から出る間際にシエナから渡されたのだ。

ワイヤーアクセサリーと言うのだったろうか?

専用のワイヤーを使用して天然石などを包むように作られるアクセサリーの事だ。

一晩貸してほしいと言われて、なんなんだろうと思ったが、

まさかこんな素敵な物を作ってくれるとは思わなかった。

シンプルながらも手作りとは思えない出来だ。

これに見合ったかはわからないが、ちゃんとシエナの為に手土産も買っておいた。

だが、それさえ終わってしまえば用事は特にない。

今から帰っても教会でする事もない。

俺は繁華街をぬけて公園のベンチに座っていた。


「特別行きたい場所もないしな、知り合いもいないし」

「それでも、誰か会いたい人はいるんでしょ?」

会いたい人か。

ベンチの背もたれに一層身体を傾け、空を仰ぎ見る。


「墓か……」

「え?」と由美が戸惑う

「あ、いやなんでもない」


「それと由美、あまりしゃべるな。独り言つぶやいてる奴と思われてもかまわないが

 ペンダントから声がするなんて尚更怪しまれるじゃないか」


「悪かったわね。何よ、せっかく心配してあげたのに……」と由美はブツブツ言いながら不貞腐れてしまった。


「何をさっきからブツブツと言っている?」

びくっと思わず身体が浮く。

声がした方向を振り向くとそこには――

「怪しい奴だとは思っていたが一人でぶつぶつと気持ち悪いやつだな」

いぶかしげに、こちらをうかがう片目を髪で隠した少女と

「おいおい、香織。あんまり面と向かってそういう事は言うもんじゃないよ」

それをたしなめる金髪の青年。

「悪かったな、不審者で」


「それじゃ」と言って立ち去ろうとする。

ここは危険だ、いや彼らは危険だ。

かたや銃で撃たれ、もう片方は鎧を纏い(まと)剣を突き立てた人物。

初対面で命を狙ってきた二人と出くわしたんだ。


「あぁ、待ってくれ」

そう立ち去ろうとする俺の腕を掴む青年こと、アルバート。

相変わらず、握力がすごい! 

まるで鷲にでも掴まれた様だ。

動きたくてもそこから一歩でも動けば腕の皮が剥がれそうだ。


「いえいえ、今忙しいもんで」

「またまた、さっきまで暇そうにベンチで寛いで(くつろ)いた人間の言葉じゃないよ?」

「ははは、あっバイトの時間だ!」

そう言って何もしていない手首を見て大げさに驚く。

「それじゃ」と再び掴んだ手を解いて立ち去ろうとする。


「おい」と少女が立ちふさがる

「支部長が用件があると言ってるんだ、ふざけてないでおとなしく聞け」


俺にそう凄む(すご)少女。

その幼さの残る整った顔に似合わない鷹の様な鋭い瞳で睨まれては何も出来ないじゃないか。

女の子を突き飛ばす度胸もないし。

というか、手をかけた瞬間地面に倒れてそうだ。


「香織を怒らせると本当に怖いんだよなぁ」と腕を組んで一人でうんうんと頷く(うなず)アルバート。


「わかった、わかった」と両手を上げて降参の姿勢を取る。

「初めからそうすればいいんだ」とふんっとした顔で腕を組み顔をそらしてしまった。


「それで用件っていうのは?」

「あぁ、ここじゃなんだから 違うところで話そうか」

「おい、ちょ――」

そう言って青年はタクシーを捕まえて、俺を押し込むように乗せた。


 「あぁ、ここで構わないよ」

空き物件が多いのか、人気もなく活気もない。

そんなオフィス街の一角にタクシーを止める。

タクシーを降りて顔を上げるとそこそこ綺麗なビルがあった。


「ようこそ、ここが塔神谷支部の拠点ビルだ」

「ささっどうぞ」と手をビルに差し出し、案内をする。


背中ごしに、香織と呼ばれていた少女の鋭い気配を感じる。

下手な事して逃げれば、安易に結果が想像される。

今更ながら、なんでこんな目にあうのだろうか。


エレベーターに乗り、アルバートがスイッチを押す。

胃が浮く様な感覚に不快感を感じるがそれよりも拉致られた不安の方がでかい。


扉が開き、アルバートの後に続いて出る

その瞬間

「おっ支部長!ついに捕まえたんですか!」

「支部長、おかえりなさい」 

「拘束は必要なんじゃないですか?今すぐ猿轡(さるぐつわ)を……」


なんだか賑やかで物騒な声に包まれた。

通路には数人の若者達がアルバートを囲む様に各々挨拶をしている。

少年に少女、双子もいる。それに黒人?

共通点はみんな年若(としわか)だという事だ。


アルバートも気さくに声をかけている。

大人と呼べるのはアルバートだけだろう。

彼は慕われているみんなのお兄さんという感じだ。

「これから、彼と話があるんだ」


そして、一斉に俺に視線を向ける

敵意も混ざった、隙もないなんとも居心地の悪い視線だ。


「今の彼は正気だ。暴れることもないから心配することはないよ」


そうして、俺は針のような視線を受けながら

「応接室」と書かれた部屋にアルバートの影に隠れながら入るのだった。

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