師匠①
「教会にこんな所があったなんて」
竜也は教会の一室を開けて茫然とする
そこには普通の部屋があるはずだ
だが、そこは一面何もない白い空間があった
「あぁ、拡張の結界が敷かれている 鍛錬するには十分な広さがある」
屈伸運動をしながら神父は話す
「お前も準備体操をしとけ、ケガするぞ」
「こっちに来て足を伸ばして座れ」と手招きする
まるで足を広げて座るぬいぐるみのような格好になる
すると神父は背中を押して前屈運動が始まる
「そういえば、あなたの事なんて呼べばいいんですか?」
名前で呼ぶには馴れ馴れしいし、神父と呼ぶには少し無愛想な気もする
「そうだな、神父と呼ばれる事が多いな」
前屈運動をやめて立ち上がり、俺は神父の体操を真似する
やっぱり、神父か
だけど、これから修行を受ける身なのだ
俺と彼は生徒と先生、弟子と
「師匠、か」
思わず、口にだしてしまう
「そう呼ぶのもよかろう」
神父は準備体操をやめる
「さて、準備体操はもういいだろう」
「竜也、お前は一度業を発現している、その時の事は覚えているか?」
「いや、それが最初は覚えてないんです。塔の人達に追われてる所で意識が戻ったんで」
「その時に業はあったか?」
「えぇ、ボロボロでしたけどね」
「それなら、その時纏っていたモノをイメージしろ」
「また、でかくなるんですか?」
「いや、あの時は完全に業解状態になっていたが通常であれば大丈夫だろう、人間サイズの鎧になるはずだ」
「業解状態?」
「業を発現している時は制限が掛かっている、それを解いてく事を業解という」
「熟練者になればなるほど、その業解状態を限界まで引き上げる事が出来る」
「もし、それを見誤れば?」
「貴様も知っているだろう、自我を失い業に飲まれる」
「その状態が魔獣と呼ばれるものですか?」
「そうだ」と師匠は壺を取り出す
「一応、念の為、刻印を敷いとく」
「服を脱げ」とシャツを引っ張られる
すると腹に冷たい感触が伝わり「ひゃっ」と声をだす
師匠は俺の腹に何かの紋様を塗り始める
「これは戒業の刻印というもので業を抑制するものだ」
「刻印というモノは塗られれば効果を発揮するものなんですか?」
「いや、これに力の源になる装を送れば完成する」
「装?」
「装とは業の力の源だ。お前も鍛錬してれば使えるようになるぞ」
「業ってなんか便利なものですね」
「便利か、だがな力の加減を誤れば、時に自分さえも傷つけるものとなる」
「心しとけ」と俺を戒める
師匠の手から炎が出て俺にかざす
「ちょっ」と思わず声が上がるが
「熱くない?」
「あぁ、これが装だ」
「俺もこの炎を出せるようになるんですか」
「業にはそれぞれ源になる象徴がある。
それを纏ったり、この様に刻印や道具などの原道力とする事も出来る」
「これを炎の様に熱くする事も出来ると?」
「無論、可能だ。氷の様に冷たくする事もできる」
「しかし、それはおすすめしない」と付け加える
「炎とは元来熱いモノだ。
それをわざわざ冷たく変質させる事よりも、よりマグマの様に熱くする事の方が容易い」
「それはイメージの問題?」
「そうだ、業とは心や精神が基盤となっている。
冷たい炎より熱い炎の方がイメージしやすい、まぁ普通に出せば無害なモノだ」
「さて竜也、業を発現してみせろ」
「えーと、どうやって?」
「一度発現してしまえば、簡単に出せる」
「また、暴走しないですか?」
「刻印も刻んである。あれはお前の精神状態が不安定だったからだ、今なら大丈夫」
「さぁ」と師匠が促す
あの時の記憶か、俺の身体には鎧があった
黒い鎧、鋭利な爪、無骨な紋様
「内にある力を外に出す。目を閉じ、両腕を前に出して顔の前で交差させろ」
言われた通りにする
視界から光がさえぎられ、暗闇が増す。
「お前の手に腕に胴体に足に顔に鎧が浮かぶイメージをしろ」
全身に鎧が纏っていく感覚がある。
空気がさえぎられ、
音は濁り、
息も鈍る。
「今だ!内なるモノを外に出せ」
声がした瞬間、手を振り下ろしイメージを爆発させる。
「上出来だ」
目を開け、光が差し込んでくる
「身体を見てみろ」
そう言われ手から足へと目線を移す
「うおっ!すげぇ!」
身体には黒い鎧が着いていた
「すげぇ!格好良いな!」
「あまり、浮かれるな。まだ初歩の初歩だぞ?」
師匠から呆れる声が漏れる。
「けど、なんだか不思議ですね。鎧を着てるのに全然重さを感じないです」
「それはお前の業だからだ」
なんだ、本当に簡単じゃないか
これなら、業をマスターするのもすぐに……
<殺す>
「え?」
何か声が聞こえる
<殺してやる>
<見捨てた者、蔑ろにしてきた者、無関心な者>
<全て、そう全てだ>
「師匠、これって」
不安になり、師匠の方向を向く
だが、そこには何もない 黒い空間だけだった
俺の中で絶望が怒りへと変わっていく
意思が変わる、憎い、そう憎い
憎しみが肥大化していく
それに呼応する様に身体も肥大化していく
だが、怖い
これは俺の意思じゃない
意思してないものが心を蝕んでいく
俺は恐怖でただ叫ぶことしか出来なかった




