混乱
目の前には銀髪の少女がこちらを伺っている
「君は」
「初めまして竜也さん、私の名はシエナ・カタギリ この神谷教会の副管理者です」
礼儀正しく頭を下げる、それに釣られ俺も頭を下げてしまう
いや、そんな事ではない
先ほどの光景はなんだったのか、俺に一体何があったのか
色々問い出したい事がある、彼女はきっと何か知ってるはずだ
「こ、こちらこそ 俺は藤村竜也」
「はい、伺っています。由美と交戦し業を発現して彼女をこの石にしたそうですね?」
彼女は右手に石を持って、俺に差し出す。
なんだ、その石は?
待てよ、俺が業を発現して由美をこの石にした?
俺にそんな事があったのかと実感はないのでまるで絵空事を聞いてるようだ
業というフレーズは由美と名乗る女子高生からも聞いたがなんなのか
まだまだ聞きたい事は山ほどある
身体の痛みや疲れなど、とうに忘れてしまっている
「なんで、君がそんな事を――」
バタンッと勢いのいい音が入口から堂内に響き渡る
「見つけたぞ!両手を上げて跪け!!」
そこには複数の人間がいた
だが、その格好は普通ではない
剣や槍を持ち鎧を着て武装している者、銃を持つ者、全身に体毛を生やした狼人間
その異彩を放つ一行の中でも特に目立つ、中心に立つ白い鎧を着た騎士
「シエナさん、その男から離れてください。由美さんを殺した危険人物です」
一歩前に出て、純白の剣を構えて俺に殺意を向ける
派手ではないが地味でもない高貴な装飾が印象的で
まるで物語に出てくる白騎士の様だ
顔は一本角を生やして馬を模した様な兜で隠れているが声は男だった。
その構えに隙はなく、俺が少しでも挙動を見せたら貫かんとするばかりだ
その後方にいる銃を向けてる女が目に入る
不自然に前髪を伸ばして片目が隠れている
見えている目は瞬きすらせず俺を威嚇している
あいつか?俺を狙った狙撃手は?
なんてヘンテコな銃を持っているんだ、あんなので殺されかけたのか
「おい!貴様!跪けと言っている!」
その冷淡な顔つきから想像できない怒声を俺に投げかけてくる
クールビューティーな印象だったか存外に怒りやすい様だ
とりあえず、言われるがまま両手を上げて跪く
このままじゃ、銃弾が先か剣が先かっていう話になってしまいそうだ
「お待ちなさい」
シエナが俺の前に立つ
その後ろ姿は華奢な彼女からは対照的に堂々としている
「何をしてるんです?正気ですか!」
「はい、私は正気です。それよりも貴方々の行動の方が常軌を逸していると思いますが」
周囲から動揺と戸惑いの声が聞こえ始める
いつの間にか囲まれていたらしい
彼女はこの状況をどうするつもりだろうか……
「はい、無礼は承知の事ですがこれは不測事態なのです」
「ならば結構。それはすでに解消されています」
周りは事態が掴めず、白騎士も同じように動揺し始めた
「わかりませんか?この教会で武装している事こそ、教団に対しての反逆行為と同義です。
今すぐそれを解除しあなたは残り他の者はここから退去しなさい」
「それでは、この男は……」
「物分りが悪いわね。あなたは私の能力をしっているはずよ」
なんだ?あれ?マジックか?
白騎士から鎧が一瞬で消え、そこには端正な顔の金髪の青年が立っていた
僅かに汗で湿らせた髪を掻く
「全員聞いたな、業を解き支部に戻れ。私はここに残る。香織、引率を頼む」
「しかし……いえ、わかりました。」
全員が青年同様、持っていた武装を一瞬で消していく
香織と呼ばれた女だけは銃を肩にかけている
なんなんだ、この連中は……
異様な光景に俺は両手を上げて跪いて唖然とする事しか出来ない
香織達は青年に言われた通りに出口に向かっていく
「支部長、何かあれば早急にご連絡を」
「あぁ、いつもすまない」
最後に丁寧に礼をして香織がドアを閉めていった
「あの~」
「ん?なんだい?」
青年の蒼い瞳が俺に向く
柔らかい口調だがその瞳に敵意が向けられている
「両手を下げて構わないですか?結構、この体勢つらいんで」
「シエナさん、本当に大丈夫なんですね?」
視線を俺から離さずにシエナに問いかける
どうやら、完全に警戒心は解いてないらしい
「構いません、私は彼を信じます」
「ならば構わない。君、名前は?」
深呼吸をする様に息をふきながら両手を太ももの上に上げる
「俺の名は藤村竜也、あなたは?」
「私の名はアルバート・マーキス、塔・神谷支部の支部長を勤めている」
塔神谷支部?初めて聞いた名だ、どこかにそんな会社はあっただろうか
いや、こんな奇怪な集団のいる会社なんてあるわけない
どこかの秘密組織だろうか
「彼は私たちの様な組織の事は何も知りません。無論、業の事も」
「何ですって?彼は野良の能力者なのですか?いや、まさか、それもありえない」
手で顎を包みながら考え始めるアルバート
「何を考える事があるのです?簡単な事です。彼は純粋種です。」
その瞬間、空気が凍る
先ほどまでそれでも冷静を保っていただろうアルバートの目が驚きで見開く
「純粋種?まさか……いや、確かに彼は魔獣化していたが」
「そうです、純粋種は魔獣にはならない。彼は確かに業を完全に開放しましたが魔獣にはならなかった」
「つまり、彼は初めての業で暴走して由美さんを殺し純粋種ゆえに元の姿に戻り教会にたどり着いた、と」
どうやら、アルバートはシエナの説明で納得したらしい
俺には彼らの会話がさっぱり理解出来ないでいる
「それでは、彼の身柄は塔が保護しましょう」
さっと俺の手を引いてくる
「え、いや、ちょっと」
慌てて手を振りほどく、一体今の会話でなぜそうなるのか
「先ほどはすまなかった。事情を掴めた以上、塔は君の身分と安全を保証しよう。」
「詳しい話は支部で」と笑顔で再び俺の手を取り出口へと向かおうとする
何がなんだかわからない
さっきまで殺そうとしていたのに今度は保護すると言い出し始めた
てか、この人思ったより力強い。全然手がほどけない
「お待ちなさい」
声がした瞬間、逆の手が暖かい物に包まれた
どうやら、彼女が俺の手を握り締めて歩みを止めたようだ
「教団の任は能力者の管理・保護。塔の任は能力者の教育と統率のはずです」
「えぇ、確かにそうですが今おっしゃった通り、私は彼を教育する義務がありますので」
再び、アルバートは歩みを進める
俺はそれに吊られ前に出るが、両方の手から引っ張られどうするワケにもいかず立ち止まる
「どうしたんだい?何も心配する必要はないんだよ?」
彼は笑顔で優しく語りかける。彼の言葉に嘘・偽りはなさそうだ
俺が女であったらすぐに二つ返事でついて行ってただろう
だが、俺は男だ
逆の方向ではアルバートを睨みながら抵抗を続ける少女がいる
前にも後ろにも出るワケにはいかない
「仮にも教会の代表である私が彼の保護をすると言ったんです!離しなさい!アルバート!」
シエナがムキになってきた
なぜ彼女はこれまで必死になるのだろう
「それは職権乱用だ。次回の神谷市塔教会議でそれを議題にしましょう
今回は退いていただきたい。ミス・シエナ!」
お互いがムキになってきた
歩みを止めようとしないアルバートと必死に両足で踏ん張るシエナ
それに板挟み、いや牛裂きの刑の格好になっている俺
「待て!待ってくれ!俺はどちらにも行きたいとは言ってない!」
その瞬間、両方からの力がすっと消え張っていた筋肉が緩む
「確かにそうでした。私たちは勘違いしていた。彼の意思を尊重する事を蔑ろにしていた」
「え、えぇ、大事な事を忘れていましたね」
冷静な顔つきになるアルバートとはぁはぁと顔を赤らめながら息をするシエナ
「それでは君はどちらに行きたいんだい?
あと、こちらに来たら今晩はカラヤンスホテルのスイートルームで身体を休めて明日は一松で食事をしながら話そうじゃないか」
市内、随一の高級ホテルと料亭の名前を出すアルバート
市内では一度は誰しもが行きたいと言われる場所だ
なんとも単純だがそれゆえに魅力的
「そんな無駄遣いすると本部が怒りますよ」
「いえいえ、彼の価値を知れば誰しもが納得するでしょう、むしろ安い経費だ、とね」
むっと彼女が目を逸らしてしまう
「そうですね、私は彼以上に貴方に経済的な事は出来ないでしょう」
そして、シエナはまっすぐ俺の目を見て意を決したかの様に言い出す
「そのかわり、私が出来る事ならあなたになんでもしましょう」
思わず、ドキッとしてしまう
いや、こんな神聖な場所で煩悩ある事を考えてはいけない
無論、彼女もそういった意味合いで言ったわけではないだろう
「それは……なんて魅力的なんだ」
なぜかアルバートが頭を抱えていた
「さぁ、あなたはどっちを選ぶのですか?」
二人して俺の答えを待ち望みながらこちらに視線を釘付けにする
そう見られるとどちらを選んでいいものか
「俺は」
「「俺は?」」
「俺はここに残る」
アルバートは愕然とし、シエナは納得した様に微笑んでいた
「なぜです!彼女に一体何をする気ですか?!」
鬼気迫る勢いで俺の肩を掴み揺さぶってくる
こいつは一体何を考えてるんだ、ていうか痛いんだよ、自分が思ってる以上に力強いんだよあんたは
一気に疲れと痛みが目を覚ましてくる
「何勘違いしてるんだ、俺の身なりを見てみろ
こんなボロボロの格好で高級ホテルや料亭に行ったって心休まるわけないだろ」
「いや、着替えも医者ももちろん用意するよ!」
「今日はもう疲れたんだ、ここだってこんだけ立派な教会なんだ。今の俺には十分だ」
うんうんとシエナが頷く
「これで決まりましたね、アルバート。どうかお引き取りを」
「か、彼がそう言う以上、今晩は帰りましょう。彼の今後についてはまた後日に」
「えぇ構わないわ。それと彼の件はご内密に」
もちろん、とアルバートは踵を返してドアに手をかける
「あぁ、それともうすぐ神父が帰ってくるわ。」
「そうですか。それは楽しみだ」
こちらに顔を向けないが彼の背中からピリッとした緊張感が漂っている
どうやら、ここには神父がいるらしい。
確かにシエナは副管理者と言っていた、そうするとその彼がここの管理者なのだろう
「それでは」と声と共にドアがバタンッと閉まる
急に静かになった事に何処か寂しさが感じられる
「着替えを用意してくるわ、とりあえずそこにお座りなさい」
言われるがまま、ベンチに座る。
そういえば、まだ聞いてないことがあったな。
「なぁ、あの白い宝石をもう一度見せてくれないか?」
「はい」
それは白い宝石みたいで、中では白い炎が燃えてる様に模様が動いている
こんな物どこで拾ったんだろうか?いや拾う余裕などなかったはずだ
これを持っていた記憶もない
その時、宝石から耳につんざく、怒声が教会に響き渡る
「あんた!竜也!私に何をしたのよ!」
なんだこれは?なぜ石の中から女の子の声がするんだ?
いや、この声は聞いた事がある
「由美、あまり彼を混乱させないであげてください」
シエナは困った様にため息をついている
「この石には由美の意思的なものが入っています。それであなたのこれまでの経緯を聞きました」
「これ、どうするのよ?ずっと暗くて動けないし明るくなったかと思えば教会にいるし」
もう何がなんだかわからない、この世は知らない事ばかりなのは知っている
だが、それは常識の範囲内での事だ
今、目の前にしてきた事は非常識だらけ
視界が歪んできた
思考が追いついてこない故の自己防衛本能だろうか
薄れゆく意識の中
ただ、一つわかることはまた謎が一つ増えた事だけだった




