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出会いは心の中で

水中にいるような浮遊感を感じる。

頭の中に綿が詰まったみたいに意識がふわふわする。

頭がボッーとして思考が乱れる。

「なんだ、これは?」

目の前に紙があって邪魔なので引き裂いてみる。

爽快な裁断音がするがなぜか気分が悪くなる。

水溜まりに足を踏み入れてみた。

バシャバシャとタップダンスを踊るみたいにリズミカルにバシャバシャと音を鳴らす。

童心に還ったみたいで楽しいが無意味な事に気づいて馬鹿らしくなる。

気づけば何もない暗い空間。

ピチャッと足元で水が跳ねる音が聞こえた。

暗闇に目が慣れその空間の様子が見えてきた。

「うっ」

そこは無残な死体がいくつも転がっていた。

バラバラに引き裂かれ身体は原型を留めてない。

恐る恐るまだなんとか顔がわかる死体に近づく。

「なんでだよ」

そこにはかつて自分を捨てた母親の姿。

身体のあちこちを何かで潰されたかの様にへこんで脇腹からは中身が飛び散っている。

周りの死体を確認する。

何処かで見た事のある特徴が全ての死体にはあった。

「なんで、どうして?誰が……?」

「誰が?何を言ってるんです?あなたがやったんですよ?」

突然声がした方向を振り向く。

そこには修道服を来た少女が立っていた。

「おれがやった?いや、嘘だ……」


頭が混乱する、ここにどうやって来たのかいや、いつ来たのか。

ここはどこだ、この子は誰なんだ。

「いえ、嘘ではありません。あなたはその手で、爪で、楽しそうに切り裂き、彼らを潰しました」

俺の身体を見ればそこには黒い鎧を着け、手には鮮血で汚れた爪があった。

俺にそんな事をした記憶はない。

「た、確かに俺の手にはその跡があるが、記憶にない」


「記憶が無ければ罪はないと?それはあまりに滅茶苦茶な言い分ですね」


「いや、それは」と口ごもってしまう。

これが俺のやった事なら、なんで彼女は無傷なんだ?

この様子を見れば、俺はかなり暴れまわってる。

あちこちに死体の一部が散乱している、しかし彼女は返り血すら浴びていない。


「まだわかりませんか?これがあなたの願望でありあなたの理想とする結果です」


「そんな…違う!違う!」


「いいえ、確かにそうです。私はあなたの心を見てこうして形にしたのです」


やめろ、やめろ、これ以上俺の心を開くな。

誰にも知られたくないんだ、これは。

そうじゃなければ、俺は、俺は――


「何を隠す必要があるのです。外の世界ではそれは必要でしょう

 しかし、ここではそんな常識は必要としないのです」

誰にも知られたくなかったのに、自分の秘密を見られてしまった……

自分の不義からくる羞恥心で顔を隠し身を丸めてしまう。

見ないでくれ、見ないでくれ。

その罪を接受し受容する。そんな瞳で俺を見るな。

「秘密を知られてしまったのがそんなに嫌なのですか?

 いいでしょう、ならば私を殺しなさい。

 それであなたの秘密は守られる」

それもあなたの望みです。とそれもまた受容するかの様に腕を広げる。

それはあまりにも誠実で自己犠牲の権化とも云える姿。


ここで彼女を殺せば秘密は守れるだろう。

それは俺の望みだが俺が求めてた物とは違う。

たとえ、結果的に自分が傷つこうと傷つかなかった他人がいるなら、

俺の人生には価値があったと満足できる様になるだろう。

そう思って生きてきたんだ。

今更、それを否定する事は――それだけは……

「……それはできない」

「えっ」

彼女は腕を広げたまま、初めてその鉄仮面の様な無表情な顔に驚きを見せる。

そんなに俺の答えは意外だったのか。

「それは俺の望みじゃない。確かにそれで秘密は守られるだろうが

 そんなのは間違っている」


「なぜです?ここまでしたあなたが、他人の私を殺さないと?」


「そうだ、確かに俺は人を殺した、無自覚でもそれは事実だ。

 だが、今は自我がある、君が俺の望みを叶えてくれるのなら、

 君を殺さないのも俺の望みだ」

彼女は腕を下ろし、その目を大きく見開き何かを思案している様だった。

そこまで何を考える事があるのだろうか。

しかし、この少女は何者なんだろうか?

修道服を着てしかも銀髪、外国人だろうか。 

しかも美人というかかわいい。

まるで野山に咲く白百合の様に儚く美しい。

抱きしめれば壊れてしまいそうなほど華奢で小柄な体格。

むっと彼女が何かを感じたかの様に一歩引いてしまう。

やばい、何か悟られてしまったか。

「本当にもう望みはないと?」


「あ?あぁ 何もないよ」


「あなたはそんなに悪徳な人間なのになぜ欲を出さないのです?

 その……あなたの心を見ました。

 自我が無かったとは言え、目覚めてもそれは健在なはずです」

あぁ、なんと言えばいいのだろう。

いや、ここまで見られたのだ 今更隠す必要はないか。

「確かに今までの人生、嫌な事ばっかだった

 でもな、それでも希望はあったんだ

 僅かな、些細な物だったかもしれないけどな」


「あなたの人への増悪は異常なまでに強い。

 不感症、いえ感情が死んでるのならありえますが、あなたは違う。

 希望にすがり続けるのにも限度があります」

「いや、それはそうだけど…それでも、その絶望に行き着くまでにも希望は確かにあった」


結局はダメだったけどなとつい笑いが溢れてしまう。

そんな俺を哀れに思ったのだろう。

彼女は語気を強める。


「ありえません。ことごとく無益になったのですよ?

 虚しさだけが残っただけです。」


「それでも希望にすがり続けよう。惨めで恥辱にまみれた人生でも

 いつの日かその事にも価値はあったのだと納得してみせる。

 どんな時でも希望はある、それがダメでも次の希望を見つける。

 俺がしてきた事、出来る事はその希望を取り逃さない様にがむしゃらになる事だけだ」


「虚しかったり悲しくはないのですか?」


「それはなるさ、けど時間は進み続ける。それと共に希望も生まれる。

 生まれなきゃ、自分で見つける。

 それが虚しいと言うのなら言えばいい」

俺は本心をなんの曇りもなく、言い放つ。

生まれてこの方、人に本心を言うことはなかった。

まさか、こんな初見の少女に言うとは思わなかったな。


「あなたの軌跡は猟奇殺人者みたいなのに」


「おいおい、それはひどい」


「所感は英雄か聖者のあり方ですね」


「それは光栄の極み、猟奇殺人者からヒーローに格上げだ」


なんだか疲れたな。

そういえば森の中を逃げ続けてたんだったな。

おまけにわけのわからぬまま銀髪の少女と問答だ。

それは疲れるわな。

「とりあえず、ここがどこだかわからないけどここってどこ?」


「安心しなさい、ここはあなたの心の中です」


「安心出来ないんですけど」

さらっとこの子はすごい事を言う。

尚更、混乱するじゃないか。

てか、出れるのか、それ?

「いえ、もう必要なくなりました。

 ここから出たいですか?」

「そりゃもちろん」と即答する。

ここにいるだけで不安になる。


「ですが、現実はここからが大変ですよ?あなた自分がした事わかります?」


「残念ながら、ない」


はぁ~と少女がため息をつく。

あれ?そんな残念そうな事言ったのかな?


「そうですか、なら覚悟してください。

 ここからが大変ですよ」

「え、マジ?」

俺はどうやら現実ではとんでもない事をしたらしい。

いや、なんとなく予想は出来てたけど……

「えぇ、下手すれば殺されるかも」

「え、ちょっ……」

彼女は今なんと言った?

視界が再びぼやけていく。

彼女の言葉のせいではない。

視界が歪み、体が何か浮く様な感覚がある。

それは夢が覚めるかの時の様に。

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