飛翔②
翼はもはや型を失いそれと共にバランスを崩す。
そして俺は何もできずに森の中へと吸い込まれていく。
「うぐっ」「ぎゃっ」と転がり落ちながらだらしない声をあげる。
その運動エネルギーが消費される頃には鎧やその巨体は失われ元の姿に戻ってしまっていた。
「うぐっ痛いな」
身体のあちこちが痛い、転がり落ちた所を見返す。
まるで隕石が落ちたかの様にそこだけ木々が倒され地面が抉られている。
「ははっよく生きてるな、おれ」
思わず笑いがこぼれてしまう。
「とりあえず、逃げないと」
痛む身体を引きずりながら歩き始める。
先程の高揚感は失われ、痛みと雨で冷たくなり始める身体を両腕で抱きしめる。
寒い、帰りたい、あれ?帰る場所なんてあったっけ?と独り言が漏れる。
「おい、なんかお前も言えよ」
少年がいるであろう後ろに顔を向ける。
そこにはただただ暗い森があるだけだ。
周囲を見渡すが誰もいない。
「なんでだよ……」
急に煩わしかったはずの人間がいなくなり寂しくなる。
こんな暗い森の中で一人とは……急に恐怖が俺を襲う。
ただただ歩くしかない、疲れで意識が失いかける。
「うっ」ついに木を背もたれにして座り込む。
ポケットに違和感を感じて、中から違和感の正体を取り出す。
「なんだこれ?」
それは白い宝石だった。
なんでこんなものが俺のポケットに?
今日は本当に不思議な出来事ばかりだ。
深く考える余裕がない、再び俺はその宝石をポケットにしまう。
暗い、寒い、寂しい、怖い。
ありとあらゆるマイナス思考が頭を駆け巡る。
ここで死ぬのか、どっちにしても結果は変わらなかったな。
思わず「はっ」とする。
死んだ彼女の言葉と俺の感想がシンクロしてしまったのだ。
違う、違うと誰かに拒否するかの様に立ち上がろうと顔を上げる。
「え?」
そこには一匹の白い獣がいた。
獣といっても普通の獣ではない、角がいくつも生え目が複数ある化物だ。
「お前は……あの時の」
こちらに向かってゆっくり近づいてくる
「お前はなぜあきらめない?」
そう一言重厚な声が響いてきた。
「そんなの決まっている、生きているからだ」
そうだ、あの日から俺は止まらずに歩き続けた。
誰にも否定出来ない、俺だけの権利。
惨めでも歩こうと刻んだ、俺の唯一の誓い。
「単純明快だな、生き続ける限りお前は歩みを止めないか」
何がおかしいのか「くっくっ」と笑う獣。
「わかっているだろうがお前は一度この世から消滅している。
その代償にお前は力を得た。
その力でお前はどう歩く?その先に何を得る?」
力?あの鎧の事だろうか?
それで何を得るか、そんなの知った事ではない。
「わからない、だがそこに希望があるのなら俺は歩みを止めない」
「希望……」獣はそうわずかに呟いた。
「ならば、歩みを続けよ その先に何があろうとも」
踵を返して獣は暗い森の中へと進み出す。
「おい、待て」
追いかけようと立ち上がるが
獣は暗闇に溶け込むようにその姿を消していった。
「なんなんだよ、あっ」
思わず声が出る。
前方に灯りが見えるのだ 最後の力を振り絞りそれに向かう。
まるで街灯に向かう虫の様だ。
その灯りの正体は教会だった。
白い壁に屋根には十字架が飾られている。
なんでこんな森の中に?とは思ったが今はそんなのどうでもいい。
大きな木製の扉に手をかける。
ギィッと音が鳴る。どうやら鍵はかかってないらしい。
中に入りその景色に圧倒される。
天井や窓にはステンドグラスがあり、光があたればそれはとても美しい光景になりそうだ。
中央には赤い絨毯が敷かれ、その両脇には規則正しくベンチが並べられている。
その奥の両端には剣をもった天使の石像や銀色の剣が置かれている。
さらに奥の壁には人が十字架に貼り付けられた像が飾られている。
その下で何かを祈る少女がいた。
その姿に思わず見とれてしまう。
なぜだかわからない、声をかけてはいけない気がした。
その修道服を身にまとう銀髪の聖女。
清廉な聖女に俺が声をかける資格はない。
いや、違う。
彼女が目を開けた時、全てが始まる、始まってしまう。
そんな直感があった。
彼女は祈るために握った手をほどく。
そして、目を開けてしまった。
その赤色に輝く瞳に俺がうつった。
★
白い七つ目の獣は暗闇の森を歩く。
獣は立ち止まり、前方の人影を見つめる。
影は姿を表さず、獣に話しかける。
「なぜ、私の迎えをまたなかったのですか?」
「お前を?裏切り者のお前を信用しろと?あまり奢るなよ」
「力が弱くなっているではないですか」
「じきに元に戻る。しかしな」
「?」
「まさか、心を二つ持っている人間がいるとはな。
おかげで力の一部を奪われてしまったわ」
「あの男にですか?」
「結界を破る時にこの身体を痛めてしまってな。
奴の魂を糧にしようとしたんだが失敗した。
中身が混ざり合っててどちらを糧にしようかと思案していたら
逆に私が取り込まれてしまった。大した人間よな。
そのおかげで魂の在り処がわかったのだ。後はそのまま食い破ってやったわ」
「その代償に力を奪われたのですよ?」
「それのおかげで最高の器ができたのだ。結果よければ全てよしと言うではないか」
「それでは、奴を捕らえます」
「まだだ。あやつが力を付けて、ようやく完成だ。
それまではお前はお前のやることをしていろ」
影は何も答えない。
納得したのか、呆れたのか、その様子はわからない。
「器はより強力な物で無ければならない、良いものとは時間をかけて熟成させるものよ」
「わかりました、計画は変更なく進行します」
そう言い終わると影はすっと消えていった。
「あぁ、全てが始まるのだ」
獣は独り言を呟き、また歩き始める。




