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飛翔

全身を雨に打たれながら、暗い山の中をひたすら駆け登る。

木の枝や葉っぱが顔にあたり、足元は広く大きく張った木の根で足を取られそうになる。

普段なら、枝や葉っぱなどすり抜けて走れるはずなのに、やけに身体がでかいと感じる。

まるで巨人にでもなった気分だ。

息は切れ、喉の渇きを口へと垂れてくる雨水で潤す。


「くそっ、なんで今日はこんなに走らされるんだっ!

……なんで俺は鎧なんか着ているんだ?一体どうなっている?」


考察する。

俺は日向由美を名乗る女子高生に殺されかけてそして……どうしたんだっけ?思い出せない。

気がつけば白い騎士に首を掴まれ右肩に衝撃が走って……怖くなって、それで――


空気を裂くような音がした。

左足に何かが掠めて反射的に後ろを振り返る。

暗い木々の間で青白い閃光が走る。

瞬間、

「ぐっ!」

今度は右足に衝撃が走り鎧が砕ける。

誰かが俺を狙撃してきている。

思考が再び、生き残るために臨戦態勢になる。


しかし、運が良かった。

普段、人の通らない原生林を走っているせいで足元には無作為に根が飛び出ている。

自然のままの林は人間が通ることを想定していない。

根でバランスを崩しながら走っているおかげで、初撃が外れたのだ。

狙撃は一撃離脱が基本だ。

狙撃手は自分の位置を知られるのを嫌う。

今は、移動中なのか、再攻撃はやってこない。

おそらく、相手は俺の動きを封じようとしているに違いない。


あらためて、自分の異常さに気づく。

視界は高く、全身に黒い鎧を纏っている。

しかし右腕はなく、全身の大半は朽ち果てていて、

ボロボロとだらしなく鎧の各部が落ちていき、それは花になったら霧の様に消えていく。


「早く逃げ出さないとまずいぜ?」

自分の身体を見ていたら、声が聞こえて前を見る。

見知らぬ褐色の青年がいた。

なんだ、こいつは?いや、俺はこいつを知っている?

「走れよ、殺されるぞ」

茫然(ぼうぜん)としている俺が(しゃく)に触ったのだろうか少し声に苛立ちが感じられた。

「なんで……おまえ……っそんな事わかってるんだよ!」

山を再び、駆け上がる。

背後から、追撃はやってこない。

だが、姿を見せない追っ手は間違いなく俺を追いかけてきている。

あの白い騎士も、もしかしたらいるかもしれない。


「それにしてもボロボロだな。初陣とはいえ張り切りすぎたかな?」

「おまえがやったのか!?」 


青年はいつの間にか肩に腕をかけて、俺がおんぶしてる様な格好になっていた。

「ははっ!おっと間違っても胴体に攻撃を喰らうなよ?その中にお前がいるんだからな」


おい、待て。胴体に俺がいるのか?視界は首にあるのにか?

それにしても、この青年、たぶん――


 「お前あの時の少年か?なんで成長してんだ!?」

 「さぁ?知らないな。でも面白い話があるんだぜ?」

 「なんだよ?急に」

 「でっかい変な犬が俺の所に入ってきやがったから、むかついて角へし折ってやった。

  そしたらな、その犬、尻尾巻いて逃げていきやがった!

  気づいたら、成長していてよ?経験値アップでレベルアップしたのかな?」

 「なんだよ、それ」

ちっとも面白くない。意味がわからない、犬ってあの土手であったやつの事なのか?



 「まずいな、行き止まりだ」


山の中の木々をぬけ、視界が開ける。

どうやら、山の最端に出たらしい。目の前は崖だ。

下まで滑り落ちようともこの身体じゃ大根おろしだ。

飛ぶか?いや飛べるはずがない。

遠くから声が聞こえ始める。


諦めて命乞いか?それとも戦うか?

剣を突きつけられて、銃で撃ってくる連中に?

こんな図体だけのボロボロの鎧でどうやって戦う?


やはり滑り落ちる?……ダメだ!ダメだ!

飛ぶか?

――ダメだダメだダメだ!

あらゆる思考が死に直結する。


 「おいおい簡単だろ、答え出てるじゃないか。

  飛べばいいじゃんか、お前はもう力を手に入れてるんだから」

  

 「何言ってるんだ!下まで何メートルあると思ってるんだ!不可能に決まってる!」


あまりにも馬鹿げた発言に堪えられなくて声を荒げる。

こいつはさっきからなんなんだ!もう一人の俺とは言ってたが、もう付き合ってられない。

邪魔だ!そんなんなら俺がお前を投げ飛ばしてやるよ!

青年に残った左腕を伸ばす。


 「おう、その意気だぜ。その投げ飛ばすイメージを自分を飛ばすイメージに変換しろ」

 「なに?」

 「わかりやすく言おう、さっきの翼の生えた女だ

 あの翼をイメージしろ。その体から出てる霧あるだろ?」


言われて自分の身体を見れば朽ち果てひび割れてる部位からは黒い霧が出ている。

それはずっとそこにある様子ではなく自然に消えていく。


 「その霧を翼に変えるんだ、イメージし、形にしろ。」


信じられない……信じられないが俺の案では現状打破は出来ない。

追ってくる人間に捕まるぐらいなら、こいつの言葉に耳を貸したほうがマシだ。

 「イメージだ……イメージ」


この全身から吹き出る黒い霧が背中に密集していく事をイメージする。


 「おっいいね しかし時間がない、もう飛ぶぞ」


意外にも簡単に黒い霧は背中に集まり、消える様子もなく留まっている。

ガサッガサッともう遠くではない足音が聞こえる。

聞き取れはしないが会話も聞こえてくる。


 「やるしかないよな」


両足に力を込めて、正面を睨む。


 「そうだ、翼をイメージしろ」

「あぁ」と呼応する。

俺がいる場所は助走を付けるには正直不十分な距離だ。

しかし、助走を取っている時間はない。

勝負は一度きり。

落ちれば終わり、怯んでも終わり。


「さぁ、景気よく飛ぼうぜ!」


その声に反応し、身体が応える。

一歩一歩に渾身の力を込め、それに大地が応える様に沈みひび割れる。

崖の先端で力を込めれば崩れるだろう、その一歩手前で最大限の力を入れる!


 「飛べ!竜也!」


胃が持たれる様な浮遊感がある

雨と水しぶきが一瞬止まったかの様に錯覚する。


しかし、今はそんな事どうでもいい。

この一瞬に俺の命運がかかっている。

背中の霧の翼に意識を集中させる。

翼だ、翼をイメージし展開させろ。

俺がするべきはその事のみ!


「うぉおおおお!!」

思わず、気合を入れ雄叫びをあげる。

霧を翼に変える。

それを広げればいい!


 「よしっいいぞ!翼が……あれ?」


 「おいおい!落ちてる!落ちてる!

 なんでだ!?なんで落ちる!?」


確かに翼を形成し、羽は広げられたが何故か重力に負けて地面に吸い寄せられていく。


 「馬鹿!羽ばたけ!羽ばたけ!」


両足は宙に浮き、両腕だけでしがみつく青年はあわてふためく。

必死に言われた通りに羽ばたくが重力に負け一向に前に進む気配がない。

このままじゃ大根おろしどころではなく車に轢かれたカエルになってしまう。


 「あぁ、もう!なに翼広げただけで満足してるんだよ!イメージが足りてないんだよ!」

少年はいつもの余裕な様子はなく情けない悲鳴を上げている。

泣きたいのはこっちの方だ!どうする!

前に進むにはどうしたら……


何時しかテレビで見たスカイダイビングの映像を思い浮かべる

 「そうだ!パラシュートだ!」

 「もうこの距離じゃ、勢いは殺せない!」


パラシュートには限界高度がある。それを切れば効果はなくなってしまうのだ。

他に、他になにかいい手があるはずだ。

もう、猶予は少ない。

こんな所で、重力と地面に潰されるのは嫌だ。


 「そうだ!これならどうだ!」


俺は翼を形成してる霧の一部を足に集中させる。


 「馬鹿か!そんなんで地面への衝撃を和らげられるか!」

 「違う!見てろ!」

俺はその霧を壁にして、思いっきり押し蹴る。

それは前方への運動エネルギーとなり、俺達は滑空していた。


 「おいおい、マジかよ」


少年は茫然としていた。

先程まで落ちていたはずが今度は森の上を滑空しているのだ。


 「ははは、すごいだろ。昔見たスカイスポーツを思い出したんだ」


広げた両手から腰、足と足の間に霧で出来た布を張った。

滑空用に作られるウイングスーツを作ったのだ。

これで雨さえ降ってなければ夜空を眺めて夜間飛行を楽しんでいただろう。

まるで、夜空を翔けるムササビだ。


バスッと脇から嫌な音が聞こえる。

脇を見るとそこから穴が空き、そこから朽ち初め、布は黒い霧へと姿を変えていく。


「さっきの狙撃手だ!高度を下げろ!」


「いや、無理!!もう限界だ!」

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