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「あの森には辿り着けない教会がある」


そんな噂話が唐突に同僚の口から出された。

季節はまだ梅雨だ、怪談話にはまだ早いのではないのだろうか。

「辿り着けないってなんだよ、教会が動くのか?」

「違うんだよ、確かに教会の外観と灯りはあるんだ。だけどいくら歩いてもそこには近づけない」

なんとも荒唐無稽な話だ。

だが、怪談話は嫌いではない。

しかし、聞きなれた怪談話を最後まで聞くほど俺は物好きでもない。

「それって白い服の女が追いかけてきたとか家に帰ると車の屋根一面に手の痕があったって話?」

「いや、そういう怪談話じゃなくて……ただ、そこにたどり着いた人間は幸せが訪れるって話だ」

「なんだ、幸せのお呪いの類の話か。実際に幸せになった奴がいるのかよ?」

大抵そういう話は幸か不幸な事が起きるものなのだが

しかし根本的に「本当になった人間はいるのか?」という疑問がある。

いや、いないだろう。

あったとしても偶然って言葉で全てが解決する。

実際に因果関係を示す証拠はないのである。


「それがさ、いるんだよ」

俺があからさまに懐疑的な様子が気に食わないのか。

彼は少しムキになって話を続ける。

「俺の友達でさその自殺を……」

自殺か、最近の俺には身近な話だな。

それで少し躊躇したのか彼は少し言葉を詰まらせる。

「気にするな、続けてくれ」

「すまない、上司からのパワハラが原因で自殺しようとして森に行ったんだ。

 まだ春先で寒くて暗い森の中を死に場所を探しながら進んでいった

 そしたらな森の奥に灯りを見つけて気になって向かったんだ

 そして教会が目の前にあったんだ」

「ほぉ」と思わず声が出る


「中に入ると海外の映画でしか見た事ないステンドグラスや磔刑の像や天使の像が飾られた礼拝堂だったらしい

でな、その奥にシスター姿の女の子が一人立っているんだ」

「へぇ」

教会は実際に動いても幻でもなく現実にはあったのだ。

そこから、どうなるのかと好奇心に胸を躍らせていたのだが

なんで誰も行った事のない森の奥の教会に少女が一人でいるのかという疑念が生まれる。

なんとも空想的な話に戻ってしまった。

「それでな、それからの事を覚えてないんだよ」

「おいおい」と半ば呆れた口調になる

「だけどな。 

 友達はそれがあってから、人が変わった様に強気な男になって仕事の業績を上げているんだ。

 パワハラ上司なんてもう怖くない、俺は生まれ変わったんだ!とか言ってる」

「彼は教会の場所は覚えてないのか?お前も連れてってもらえばいいじゃないか」

「いや、それがさ、目が覚めた時には森の中で寝てたらしい、後日、その周りを探したけど痕跡一つも見つけられなかったてさ」

「それにしてもさ、俺もその幸せの教会に行って、こんなゴミ相手に仕事したくねぇよ」

足元の鉄くずを蹴り上げて鉄箱の中にシュートを決め込む。

「藤村もそうは思わないか」と今のシュートを気にすることなく話し続ける。

確かにそうは思うが、今の俺にとっての幸せとはなんなのかと疑問にも思う。

藤村竜也にとって今の状況には満足していた。

廃棄物処分場での仕事も接客業が苦手な俺には天職だったし

営業なんかする必要もなく事は仕事はあちらからそれこそ捨てるほどやってくる。

荒んだ私生活で生きる気力を無くしても腹は減る。

俺の人生なんてゴミみたいなもんだ。

ならば、ゴミに囲まれて生きていくのも悪くはない。

なんて、思うのは自傷的すぎるだろうか。

[ピッーピッー] 

また廃棄場の入口からトラックがバックで入って来て威勢のいい声が上がる


「おう、藤村お疲れさん」

「お疲れ様でしたっ。お先に失礼します」

業務終了のチャイムがなり帰路につく。

会社の長いフェンスを抜けて、工業地帯を抜ける。

そしていつもの帰り道である河川沿いを歩く。 

横には大河が流れ、夕日に照らされた波は反射しキラキラと光る。

帰宅時間なのに今日は珍しく俺以外だれもいない。


<おい、今日お前に休日出勤代わってほしいと言った後藤ってやついるだろう?>


目に見えないヤツが俺に話しかける。

「違うよ、桐島だよ」

俺に語りかけるヤツは俺の中にいる。

それは俺の過去が原因なのだろう。

そのせいで思考障害か総合失調症で別の人格を作り上げてしまっていたと思っている。

しかし、根本的な所では心理学の勉強を少し齧った程度ではわからなかった。

なによりありがたい事にこいつは人格で表に出ることはない。


<あいつ外せない用事とか言ってたけど間違いなくギャンブルだぜ>


<あいつこの前ゾロ目の日はあの店は出すんだって他の奴らと話してただろ。

 お前の休日だったはずの日を思い出せよ>


目には見えないが確かにニヤニヤとした、いやらしい口調で語りかける。

思い返せば、その日は十一日。

ギャンブラー達にはゾロ目の日は勝てるという迷信にも似た風潮があるらしい。

先月それで痛い目を見た彼を思い出す。

 

 <また利用されたな、お前の周りは全員お前を都合のいい様に使える人間だって思ってるぜ>


 <わからねぇか?あの近藤の会話もただの休憩時間の尺稼ぎ、暇つぶしだったんだよ>


俺の中のもう一人の自分はいつもこの調子で他人の思考を悪い方に推理小説の様に紐解く。

「断る理由がないんだからいいじゃないか」

おれはいつもの様に受け流す。

またこいつも嘲笑うかのようにケラケラと笑い返す。

ふと川を見る。

連日の大雨のせいで水かさがいつもより増し波も高くなっている。

「うおっ!?なんだ!?」

そこに上から、急に大きいモノが落ちてくる。

それは大きな水しぶきを起こし、飛沫が夕日に照らされキラキラと光る。

姿形はよく見えなかった。

かすかに見えたのは動物の胴体だけだ。

それが大河の大きな波にかき消される。

だが、川から大きなうねりがこちらに近づいてくる。


<おいおい、逃げろ逃げろ>


何が起きてるのか、混乱する。

確かに、あのうねりは先ほど落ちてきたモノに違いない。

だがしかし

「身体が動かない……!」

恐怖なのか、足から根が生えたかのように動かない。

なんだ、これは?

金縛りみたいだ、寝てもいないのに冗談だろ。

手荷物を投げ出し俺はさっさとこの場から逃げなきゃならないのに!

あの大きなうねりの正体が水面まで浮いてくる。

「なんだ、あれは角か?」

その瞬間、目の前で大きな水しぶきを上げてそれは姿を現す。

水が顔にかかり、ドブ臭さが鼻につく。

それは街で見かける大型犬以上、いや、馬に近いか?

「は?」

思わず間抜けな声がでる。

それはそうだ。その動物をまじまじと見つめる。

 「ハッハッハッ」

興奮してるような息を吐いてるそれは確かに犬の様な姿だった。

ただおれの知っている犬には体にいくつも角は生えてないし顔には七つの目はついていない。

 <あーあ、だから逃げろって言ったんだ>

そんな声が俺の心で響く。

一歩一歩、その謎の生物は俺に近づく。

もう逃げる事は不可能だ。

俺はこの動物に喰われるのか?

明日の朝刊は「青年失踪!事件現場には謎の血痕が?!」とかか?

そんな冗談を頭の中で考える。

 「死にたくない」

そう思わず口から漏れ、願わくば奇跡が起きないかと目をつぶる。

そこでおれの意思は途絶えた。

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