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黒橡

作者: 雨森 夜宵

 その輝く星に、接吻けを。


   *  *  *


 厚手の上着ですら、その繊維の隙間から刺すように夜闇が凍みる。外出するのに手袋とマフラーが欠かせない、そんな寒さが街を満たすようになって、どのくらいが経ったのだろう。少し、温かさが恋しい気もする。

 すっかり暗くなった小さな街の、更にその小さな片隅に、俺というなんだかパッとしない人間が暮らしている。そして、そのことを世界中のほぼ全員に近い人々が知らない。別に誰かに知らせる必要はないと思うけど、そう思うと、少し不思議な気がする。大声で叫びたいような気分になる。一階の両親が完全に寝静まった後、レジャーシートやその他諸々を片手にそっと窓を開ける時なんか、とてもそんな感じがする。

ただ、それもあまり長続きはしない。

 俺がそんな気分になっていることすら誰も知らないのだと思うと、ほんの小さなため息がひとつ漏れて、それでおしまいになってしまう。だから、結局俺は何を叫ぶこともなく、ただもそもそとレジャーシートを敷くことになる。

 夜中に起き出して星を眺めるのが俺の日課だということも、どうせ世界中のほぼ全員に近い人々は知らない。そもそも俺の方だって、「世界中のほぼ全員に近い人々」として括られてしまう。単なる立ち位置の問題だ。別に知らなくたって何の支障もない、互いにどうでもいい存在。地球にくっついたちいさなおまけ、みたいなもの。それは何だか、悲しかった。

 来世は星になりたい、とふと思う。


   *  *  *


 窓の外には一階部分の屋根がぬっと張り出して、さながらベランダのようになっている。そこにレジャーシートを敷き、冬場は毛布にくるまって、そうして星を眺める。両親が気づいているのかどうかは分からないが、今までに止められたことは一度もないから、別にどうでもいいのかもしれない。むしろその方が都合がいい。この静かで優しい時間を満喫するのに、親の目は邪魔なだけだろうから。

 道具を小脇に抱えて、窓枠を越える。

 窓の外は家ではない。そこは家と同じ世界でありながら、家とは全く違う、「夜」そのものだ。ふっと肩の力が抜けるのが分かる。風はゆっくりと、しかし酷く冷たく、俺の輪郭を上から下までなぞって、そして吹き過ぎていった。夜の世界には、淹れたてのコーヒーの色をした闇が満ちている。それは妙に優しくて、俺は結局布団に戻るのをやめてしまう。

 そっと窓を閉めた。

 ごちゃごちゃとものに溢れた部屋が、氷のようなガラスの向こう側に隠れる。部屋の整理ができない性格なのは、昔から直っていない。直そうという気もない。母は見る度きれいにしろとうるさいけれど、ふと振り返れば紺色の空があって、部屋のひとつがなんだ、と言わんばかりに星がきらめく。

 空はいつ見ても広い。俺の小ささも風の冷たさも全部、その大きさだけで蹴っ飛ばしてしまうくらい、空は広い。だから、空が好きだ。とはいえ山も好きだし、森も好きだし、もし海沿いの町に住んでいたら、もしかしたら海も好きだったかもしれない。けれど街だけは、見ているだけで酸素が足りないような気分になる。金魚みたいに上を見上げて、他の人の酸素まで奪い取るように、必死に息をしなくちゃならない……。

 レジャーシートを出来るだけ静かに広げる。

 一昔前に流行ったキャラクターが印刷されたそれは、今では完全に俺の持ち物になっている。媚びまくりの造形で人懐っこく笑うこいつは、元々俺の趣味ではない。昔小学校の林間学校で一緒にいた奴が俺のと間違えて持って帰って、それきりになっている。あの時俺がどんな柄のシートを持っていったのかは覚えていない。多分青と灰のチェックとか、なんか、そういう無難な奴だったのだろう。

 冷え切った外壁に背中を預けて、そのままずるずると座り込んだ。外気以上に冷たかったそこが、じんわりと俺の体温に馴染んでいくのが分かる。コートだけだと脚が死ぬほど冷えるから、持ってきた毛布を足先からしっかり掛けた。毛布もレジャーシートもそれなりに大きい。余った右側半分は、そのまま空けてある。時間を決めているわけじゃない。けれど、きっと、そうかからないうちにやってくる。いつも通りだ。

なんせ、あいつには俺との約束がある。俺の好むと好まざるとにかかわらず来るのだから、こっちとしても丁重に迎えてやらないと何をされるか分からない。特にここ三日間くらいは確実にやってくるだろうと、そういう確信が俺にはあった。なんてったって流星群のシーズンだ。そもそも来ないわけはないが、今日は尚の事来ないわけがない。

 そういうわけで、こっそり拝借しておいた水筒を開ける。

 さっき淹れたばかりのコーヒーをマグへ注げば、心地よい香りが立ち上り、ほかほかの湯気と一緒に夜空へ吸い込まれていった。何分にもここは田舎ではないから、周囲は諸々の照明で明るいし、右側の空は大きなアパートに隠れてしまって見えない。だから、見上げた空は少しばかり小さくて、くすんでいて、そしてあまりに遠い。

 でも、だからこそいいんだ、と思う。

 胸いっぱいに吸ったコーヒーの香りが、ほんわり温かい。役と一緒に口に含んだそれは、ふわりと抜けて、俺の頭の中を透明にしていくような感じがする。


 砂利の擦れ合う音がした。


 来た、と体に緊張が走る。

 視線を下ろせば、いつもの冬装束が団地の脇を歩いてきた。真っ黒なコートに真っ黒な毛糸の帽子、両手をポケットに突っ込んだままのその人影は、毎日のようにこの時間帯のこの場所を通る。そいつは――――楓は、俺の一つ上の幼馴染だ。不審者ではない。ひょい、と上げられたその顔はまだ夏の日焼けの余韻を残していて、俺の青ざめた肌色とは全然違うことを知っている。にやっと不敵な笑み。少しすかしたようなその顔は、学校の友達に見せるものより幾分か柔らかいことを俺は知っている。そんな振る舞いの割に男子からの人気が高かったことも、それを本人が気に病んでいたことも、俺は知っている。

 身軽に金網を飛び越え、置きっぱなしの脚立を足場にして屋根へと上がる。足元を吹き抜けていった風は冷たく、楓はぶるりと一つ体を震わせた。


「すまん、待った?」


 女性にしてはほんの少し低いであろうその声は、夜の闇によく響く。俺はその声が、頭をまるごと震わせるような優しい振動を起こすのが好きだった。毎日のように遊んでいた頃には、楓はそれを引け目に感じている節があった。中学に上がってから、それは楓の武器だ。初対面の相手はまず楓の声に脳を揺さぶられ、片っ端からその虜になる……。


「あ、いや。今出てきたばっか」


 返す声の小ささに、我ながら少しだけ苛立つ。


「おう。そりゃ何より」


 小さく笑って、楓は俺の隣に腰を下ろした。ぴちゃりと水音がして、俺は慌ててコーヒーの蓋を閉め、マグをひとまず避難させる。小さなナップザックを下ろすと、さむ、と小さく呟いて、楓は俺の毛布に体を滑り込ませた。勢いそのまま、俺にぴったりくっつく。小さい頃からそうしてきた。けれど、入ってくる空気は恐ろしいほど冷え切り、俺は毎度毎度体を震わせることになる。

 とはいえ、心拍数が恐ろしい程跳ね上がっていることにだけは、絶対に気づかれたくない。ので、近寄らない。


「馬鹿、近い」

「なんだよ、ちっちゃい時からこうじゃんか」

「いや、そうだけど。そういう問題じゃなくて」


 女の子だろうが、と俯き気味にこぼした。

 当たる腕の感触は引き締まってはいるものの、やはり男の腕にはない柔らかさがある。それは気付く度に俺の中で反響し、頭の中がいっぱいになっていく。それに気付いているのかどうか、楓は特に動じることもなく、こっちは別に気にしてないけど、などと嘯く。その冷静さが、俺には羨ましくて堪らない。

 あ、と小さく声を出して、楓はふっと笑った。


「もしかして『いやん興奮しちゃう』ってか」

「ば、馬鹿っ。そんなんじゃ――――」

「騒ぐな、アホ」


 俺の唇に、冷えきった人差し指が当てられた。

 楓が触れているとほとんど動けなくなってしまうのが、我ながら情けなかった。指の当てられている場所を、押し当ててもいけないし、離してもいけない。横目で盗み見た楓の顔は思ったよりも近くて、俺は慌てて視線を空に戻した。凍えた楓の指先は、少しだけ俺の体温を吸い取っていく。

どぎまぎすること数瞬、やっとのことで指は外され。


「……いい加減年頃だろうよお前も」


 やっとのことで絞り出した言葉に、楓はあからさまにむっとする。


「悪かったな。どうせ色気なんかないよ、このやろう」

「いや、そうじゃねーって……まあ、いいや」


 結局ため息をついて、俺はもう一度空を見上げ直した。基本的な星座の位置くらいは、何年も見上げてよく知っている。最近だと、いつも一番最初に見つかるのは双子座だ。並んで輝く双子の星をじっと見ていると、いつの間にか目が慣れて、周りの星たちが見えてくる。双子の星は他の星々に繋がり、その星座は他の星座に連なって、やがて闇の中に浮かび上がる瞬きは空を覆っていく。最初には見えなかったものが後になって見えてくる、それは何度経験しても不思議で、やはり途中で現れたものなのではないかと思ってしまう。

 が、そんなことは絶対にない。

 俺に見えていたものが、全くもって少なかったというだけ。或いは、見えていたのに気付けなかったものが多すぎた、というだけ。どんなことだって、そういうものだ。


「あ、そういえば今日流星群のピークじゃん」


 おもむろに楓が言った。


「双子座流星群な。今ちょうど見てた」

「お前、いつもそうだね」

「まあね」


 楓はお見通しだ。思わず苦笑してしまってから、左手に水筒を握ったままだったことを思い出した。あ、とひとつ声をあげて、その蓋を開ける。


「マグ、持ってる?」

「常備してるわ。今日はコーヒーだね」

「うん。ブラック飲めるよな」

「飲めるよ」

「ですよねー」


 言いながら、楓の取り出したやや小振りなマグにコーヒーを注いでいく。ふんわりと広がる香り。


「良い匂いだ」


 目を細めて楓が微笑む。それはあまりにも優しい眼差しで、俺は思わず目を逸らしていた。


「やけどすんなよ、どじっ子」

 

 余計なことを言うと、楓の眉間に皺が寄る。

 

「誰がどじっ子だこら」

「あとこぼすなよ、どじっ子」

「だから誰がどじっ子だ」

「まあまあ。謙遜するなよどじっ子」

「……おい。やる気か」

「すんません」


 下らない。余りにも下らないと分かってはいる。だが、そんなやりとりでもしていないと、水筒を傾ける手が狂いそうだった。自分のマグにも無事コーヒーを注ぎ足して、俺は内心ため息をついた。毛布から出している両手が、痺れるように寒い。コーヒーを一口飲む。ゆっくりと吐いた息が真っ白になって、煙のように広がり、楓の吐いた息と溶けあって消えていった。静けさに満ちた夜。どこか遠くを走るバイクの音が、時折微かに聞こえる。

 失いそこねた時間だ、と俺は思う。もしかしたらあったかもしれない、あったかもしれなかった時間。本当ならなかったはずの時間。ありえない時間。「ありえない」時間。

 それも俺の見間違いなら良かったのだ。


「あのさ、翔斗」

「何?」


 静寂を裂かないよう、囁くように応えた。


「お前、私のこと好き?」

「ん?」


 俺は反射的に、楓へ視線を投げていた。

 どこか遠くを見つめる楓の、物憂げな横顔。血の色の刺した頬。どこか霞んだような眼差し。そこに冗談を言っている雰囲気は一欠片もなく、寒風に晒される俺の頬は赤みを増す。俺は少しだけ目を閉じ、目を開いて、ぱちりと瞬きをした。続けて楓が瞬きをする。睫毛の触れ合う音がすぐそこに聞こえた。気がした。


「何、どうしたの急に」

「いや、ちょっと気になったから」

「それだけ?」

「それだけだよ。……どう。好き?」


 戻された楓の視線は、俺の目を射抜くように。


「そりゃ、好きだけど」

「どのくらい?」

 

 間髪入れずに次の質問が飛んでくる。

 今日こそは、言ってみようか。普段と違う答えを。

 

「いや、どのくらいって……」


 でも、それが終わりの合図になってしまうとしたら?


「……幼馴染みとして、くらい」


 悩んだ挙句にそう返すと、楓はどこか寂しげに笑って、そう、とだけ呟いた。俯いた楓を倣うように、俺も手元の漆黒に目を落とした。鼻腔をくすぐる香ばしさ。その香りは白く煙り、俺が吐いた息に煽られて伸び上がる。その先を見遣って、二つ並んだ小さな輝きを見つけ。双子の星か、と思う。死んだ兄に命を分け与えた弟。

 嫌になる。


「あのさ」

「うん」

「暴露話して良い?」

「良いよ。てか、いつも通りじゃん」


 俺は視線を向けないまま、小さく返事をした。そうかな、と楓は苦笑気味に。それを聞きながら俺はもう一度マグを傾け、楓が紡ぐ次の言葉を待つ。コーヒーは早めに飲み込んだ。放っておけば噎せるのは目に見えていたから。


「お前のこと、好きかもしれん」


 心の準備をしておいた割には、危うく吹き出しかけた。楓はいつもタイミングが悪い。

 無理矢理飲み下したそれのせいで、込み上げる咳が止まらない。楓の右手が俺のマグを受け取って、楓の左手は、俺の背中を静かに撫でた。ぞくりと、背筋が震える。楓の頭が、俺の肩に預けられる。俺の肩の骨が楓の頬にめり込む。ひどく生々しい感触なのに、寒くて寒くて仕方がない。

 楓は、いつになく柔らかな口調で言葉を置いていく。


「ごめん、ちょっと唐突すぎた。……あのな、別に何を強制したい訳じゃないんだ。ただ、言わないと気が済まなくて。多分、何かが変わっちゃうんだろうなって……それは分かってた。分かってたはずなんだ……なんだろうな、ホント」


 呟くような語尾が、露の雫のように震えた。

 

「バカみたいだね……何してんだろ」


 咳き込んで乱れた息を整えながら、俺はまた、顔をあげた。思わず潤んでしまった目に、濃紺の夜闇。右肩に預けられている重みは、俺の背骨にまで食い込んでいくようで。

 体は極力動かさないように、俺は右腕を前に引き抜いた。そっと伸ばすと、冷たく凍えた右手を見つける。俺はそれを壊してしまわないように、柔らかく包み込んだ。ぴくりと跳ねた手は、ただされるがままに、力の込められることはなく。

 顔から火が出ないように、そして体が震えないようにするだけで精一杯だった。寒い日でまだよかったと、心から思う。体の芯から湧き上がる震えを、ひとつひとつ噛み殺す。


「いつからなの」

「うーん、わからん。ずっと前からかな」

「そう」


 ぽつり、ぽつりと、落ちていく言葉。探すように走らせた視線は、空中に交錯する。

 小さな光が、視界の真ん中を斜めに駆けていった。


「「流れたっ」」


 思わず漏らした声が、綺麗に重なった。楓の頭が上げられ、俺の頭が右を向き、互いが互いの視線を捉え。それからくすりと、二人して笑いを殺した。


「バカみたい」


 楓は心底おかしそうに言った。くすくすと笑う楓の体の揺れが、そのまま俺を揺さぶる。揺れる視界の中にまた、走り抜けて消える煌めき。それは細く、淡く、見間違いかとも思うような、微かなもので。


「ほら、また流れた」

「えっ、見てなかった」

「笑いすぎだよ」

「否めない」


 そこからまたひとしきり腹を抱えて、ふう、と一息つくと、楓はばさりと身を起こした。その動きで夜気が毛布の中に滑り込んできて、俺はまた全身を震わせた。忘れていた夜気の冷たさが帰ってきたような、そんな感覚に襲われる。


「よし、気が済んだから帰る」

「ああ、そう」


 思わず視線を向けると、何故か誇らしげな楓が目に入る。


「残念ながら、明日提出の課題が終わってない」

「……あぁ。相変わらずだね、うん」

「なんだよ。明日も来るから許せって」


 明日も、と楓は言った。

 少しばかり遠い目をしてしまって、俺は取り繕うように慌てて笑顔を作った。楓はその間にマグに残っていたコーヒーを一気に煽り、ビニール袋に丁寧に入れてから、ナップザックに放り込む。そこまで見届けて、俺はまた視線を空に戻した。いつの間にか増えていた瞬きが、映り込む。


「別に、待ってるけど」

「――――そっか」


 笑ったような気配。

 その後、俺の右頬に、濡れた感触。楓の、唇。


「じゃあ。また明日」


 ばさあ、と豪快に毛布を跳ね上げて、楓は振り向きもせずに屋根から飛び降りた。砂利が踏みしめられる音に続けて、小走りに去っていく足音が遠ざかり、小さくなり、そして、ふっと聞こえなくなった。

 空を見上げた体勢のまま凍りついていた俺の視界に、もう一度煌めきが横切る。冷え切った右手を、そっと右頬に押し当てて温もりを分けた。掌から染み込んでいく体温が、そのまま手の甲から抜けていく。楓の唇が触れたところから、俺の体温は夜の闇にするりと抜け出ていく。毛布をきつめに巻き直して、体の震えを少しずつ止める。吸って、吐いて、ひとつひとつの吐息の中にコーヒーの香りが混じり、ふわりと解けて消えていく。視線の先に煌めくのは、双子の星。


 楓のくちづけは、約束だ。

 約束で、鎖で。そして、呪いだ。


 楓は、その体が冬の夜気よりずっと鋭く冷え切っていることを、知らない。楓は、その吐息がコーヒーなしには白く曇らないことを知らない。楓は、この夜が何度繰り返されているのかを知らない。それは、俺も知らない。もう、何度目か分からない。昼に起こることはいくらでも変わるのに、夜になると俺は窓枠を超える。そこから起こることは、そこから思うことは、変わらない。楓が、また明日と言うから。楓が明日も、凍え切った体を引きずってやってくるから。

 全世界で、楓に会えるのは俺だけだ。楓にコーヒーを分けられるのも、毛布を分け合えるのも俺だけだ。ただの、なんの変哲もないちっぽけな俺でも、俺にしか出来ないことがある。楓が、楓だけがそれを与えてくれる。その、ほんの一瞬の口づけだけで、いい。それがあるはずのないものでも、失われたはずの時間でも、いないはずの幼馴染でも、死んだはずの好きな人でも、もう、なんでもいい。なんだっていい。

 この体の震えさえ、今は愛しい。


 星の瞬く夜は、ふんわり温かいコーヒーの香りがする。


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