4.情報屋
「ここの店だが……本当にここでいいのか?」
到着した店の外にはガラクタにしか見えない様々な機械の残骸が積んである。入口の扉についている窓からは店内にも堆く機械が積んであるのが見えた。だがそれだけではなく、ところどころに普通の陶器の花瓶やら椅子やらが乱雑に置かれており、正直何の店か全く分からない状態である。一応店の外の壁には『リサイクルショップ』の看板が出ているが、その看板すら機械の残骸に隠れてしまっているのだからわかるハズがない。
目的の店の前まで来たもののアリスの目的地が本当にここなのかジャックには不安があった。なにせ、ここの店主はいろいろと良い噂を聞かない人物だ。何をもってアリスが情報屋のことを知ったのかは不明だが、少なくとも保護を求める場所ではないだろう。手をつないだままのアリスへと視線を向けて問いかければ、彼女はジャックのほうへと顔を向けて視線を合わせて頷いた。
「ここで間違いないです。店主とは古い付き合いなので」
ジャックに引いてもらっていた手を離し、アリスは迷うことなく店内へと歩みを進めた。入口の扉を開くと小さな鈴の音が鳴り店内へと来客を告げる。そのまま店の奥にあるカウンターの近くまで歩みを進めれば、カウンターから奥のスタッフルームのほうへと向けて声をかけた。
「ミドリ、いるのでしょう?」
「はいはーい、どなたかな……っと、なんだ君か」
店の奥から出てきたのは胡散臭さの漂う若い女性。長いウェーブがかった髪は染めているのか根元から毛先まで鮮やかな緑色で、非常に目立つ外見をしている。ミドリと呼ばれた女性は出てきてアリスの姿を確認すると懐かしげな表情を浮かべてみせた。しかし、それとは対照的にアリスのほうは訝しげな表情で店主を見つめている。
アリスからの頼みは送り届けてほしいという内容だった。それは果たしたのだがこのまま放って帰るのもどうかと思い、ジャックは店の前でポケットから煙草を取り出し、吸いながら待つことにした。店の奥まで入って行ったアリスがしばらく考え込むように俯いた後で、困ったように入口のほうへと視線を向ける。このまま外で待っているつもりだったが、こちらを見つめる様子はどこか助けを求めているようにも見え、ため息をひとつ吐いて煙草を携帯灰皿へ通しこんだ。扉を開いて中へと入るとまっすぐにアリスの元へと向かう。
「……どうした」
古い知り合いだ、と言っていた割にはアリスの表情は固い。なにかあったのかと考えるものの、アリスの事情など知らないジャックは不思議そうに首をかしげて声をかけることくらいしかできなかった。
「いえ……私の知っている店主ではないようなので、その……」
「……ここの店主は少なくとも5年以上は変わってないはずだが…」
どうやら、旧知の仲だと言っていた店主はいない様子でアリスは困ったように眉を下げていた。しかし、ジャックが知る限りこの場所に店を構えた五年前から店主はあの女性であったと記憶している。彼女に対して誰かが店主を騙ったのだろうか。とにかくアリスにとっては頼みの綱だった相手ではなかったようだった。
アリスは踵を返してジャックの方へと戻ろうとしたが、店主がカウンターから体を乗り出して戻ろうとするアリスのフードをつかんで止める。突然フードを掴まれて首が締まり苦しげな表情をして咳込んだ後、恨みがましそうな顔で店主のほうへと向きなおった。
「いやいや、アディ。私だよ私。君の知ってるミドリで間違いないんだ。君の知ってる見た目じゃないだろうけどね」
「……何を仰っているのか判り兼ねます」
店主はアリスの疑いに満ちた視線にやれやれといった様子で頭を掻いて、カウンターの中へと招き入れるように端の板を開けてみせる。ジャックのほうへも視線を向けるが、どうしたものかと悩んだように眉を顰めていた。
「アディは入っといで。ジャックはー……どーすっかなぁ……」
「……来ていただけると、嬉しいです。まだ、この店主を信用したわけではないので……」
アリスから護衛代わりに来てほしいと言いたげに頼まれてしまえば、さすがに見捨てるのも気が引ける。ジャックはやれやれといった様子で帽子を外し、店主に促されるままにカウンターの奥にある扉をくぐった。アリスとジャックが入った後、店主が入ることはなくそのまま扉は閉じられてしまった。
扉の奥には壁いっぱいに積み重ねられ、絶えずよくわからない文字の羅列を表示し続けている何かのモニターとそれをつなぐ数多のケーブル類。おそらくモニターの奥に本体があるのだろう、モニターの奥から伸びたケーブル類はテーブルの上に乱雑に置かれた四つのキーボードに繋がっている。そして、その中心には小柄な女性が座っていた。
「……狭いとこですまないね。この部屋は人を招く事を想定して設計してないんよ」
三人入るのがやっとという様子の部屋の中心にいる女性が椅子ごとくるりと振り返る。その顔を見ればアリスが驚いた表情を浮かべ目を見開いた。椅子に腰かけた女性はその表情に満足げな表情を見せた。
「表にいるアレは私の代理の自動人形なんだよ。なにせ、私はあまり顔を知られてしまうわけにはいかないものでね」
「……なるほど、貴女は確かに私の知ってるミドリで間違いないわ」
二人の目の前で話している小柄で黒髪の女性が本当のミドリ・ナイトムーンだった。アリスは顔見知りのようだが、ジャックは当然初対面だ。自衛のために代理を立てていたというのに、自分が彼女の姿を知ってしまったのは問題なかったのだろうかと、ジャックは少しバツの悪そうな顔をしていた。
そんなジャックの様子に気づきもせず、アリスとミドリは話を弾ませていた。楽しげに談笑していたが、そろそろ本題に入るべきかとミドリのアリスへと向ける視線が鋭く変わる。
「で、お前さんホーリエルんとこの研究所に捕まっていたんじゃなかったのかい?」
話をしながら、ミドリはアリスの額へとライトを当てる。赤いライトを向けられたアリスは自分の額をあらわにするように前髪を上げて見せた。照らされたアリスの額には、紋様のようなものが浮かび上がっている。それを確認すれば少しだけ安心したようにミドリは息を吐いてみせた。
「一昨日逃げ出したところよ。弱ったふりをしておいて正解だったわ……本人確認ご苦労さま」
アリスがやや不機嫌そうな様子で先ほどの確認に対して嫌味の意味合いを込めた労いの言葉をかければ、赤いライトを消したミドリが少しだけ申し訳なさげに眉を下げて見せる。その後、アリスからジャックへとミドリは視線を移す。
「さて、アリスには改めて話をする必要はないが……ここには本来部外者だったはずの人物が一人いる。巻き込んでしまって申し訳ないと思うが、すまないが話を聞いてほしい」
ミドリからの視線を受けて、思わずジャックは帽子のつばで顔を隠した。顔を見られたくない、というよりは厄介事に巻き込まれるのはごめんだという意思表示なのだが、先ほどの様子からして聞かずに立ち去るという選択肢は無さそうに見えた。
前回の投稿からずいぶんと間が空いてしまいました。
これからも続けていくつもりなので、どうぞよろしくお願いいたします。