白の街 ペルレ
翌日、日が昇り明るくなり始めた時間帯にジャックはアリスを起こしてパンを手渡す。まだ眠たげなアリスは目をこすりながらも渡されたパンを受け取り、大きくあくびをした。まだ半分寝ていそうな様子だが、起こされたということは移動するのだろうと、それくらいの思考は働かせることができた。
「…もう少し、早く出発するのかと思っていました」
「人ごみに紛れたほうが、多少は安全だと思っただけだ」
欠伸の名残で目元に浮かんだ涙を拭いながら、アリスは横で銃の状態の確認をしているジャックにも聞こえる声量で独り言を口にする。しかしジャックは銃の確認する手も、視線も変えないまま言葉を返した。その様子を横目で眺めながら、アリスはパンを小さくちぎって口に運び、味わうように咀嚼する。
「確かに、一理あります」
「いいから先に食べてしまえ」
何か言いたげな表情を見せるアリスだったが、とりあえず何か話をするには食事を済ませたほうがいいと判断したのかもくもくとパンを次々と口へと運んで行く。
アリスと出会った時に黒服のことを考えると見つかれば厄介事になる可能性は高かった。とはいえ、仕事に行くときに使用している武器ではあまりにも目立ちすぎる。小さくため息を吐きながら部屋の隅に立てかけてある大きな剣を見た。ジャックが主に使用しているのは身の丈ほどの巨大な剣。それは魔法が存在していたころの遺跡から発掘されたもので、剣自体にもなにか細工が施されているようだが今となってはそれを読み解く手はない。金属製のため持てないほどの鉄の塊に見えるが、未知の材質なのか人間の扱えるレベルの重さになっている。
武器を持っていけないことに対して思考を巡らせていれば、アリスがジャックのコートの裾をくいくいと引いて意思表示をしてきた。どうやら食事が終わったと伝えているようで、それならばとジャックは彼女にフードつきのローブを手渡す。彼女のような白い髪はこのあたりにはそう居ないため、先日の黒服の連中に見つかる可能性が高くなると考えてのことだ。フード付きローブを身につけてフードをかぶったアリスを確認し、家を出発しようとした。
「あれは、持っていかないのですか?」
裾を引っ張ってジャックの動きを止めたアリスは、先ほどジャックが持って行けないだろうと眺めていた大剣を指さしていた。小さくため息を吐き帽子を押さえて表情を隠すようにしながら、持っていかないという意思表示をするようにジャックは頷いて見せた。
少しだけ考えた様子を見せたアリスが、大剣へと近づき剣の刀身の部分を指でなぞる様に触れる。一瞬、刀身に文字のような何かが淡く光って浮かんだ。しかし、ジャックが瞬きをする間に消えてしまったため本当にそんなものがあったのかも疑わしかった。目を擦ってもう一度大剣を眺めてみるが、やはり普段と変わらないただの鉄の塊。気のせいだったのだろうと、ジャックはそれ以上先ほどの光のことを考えるのをやめた。
「……これで大丈夫です。では、行きましょうか」
ジャックの隣まで戻ってきたアリスにも特に変わった様子はない。彼女の言葉には疑問符が浮かぶが、出発しても良いと言うのならそろそろ目的の情報屋まで向かい始めようと扉を開けた。
少し離れた街の中心のほうから聞こえる喧騒、小さく耳に届く海のさざ波、海鳥の鳴き声。家の中ではわからなかった外の景色に、アリスの表情が少しだけ綻ぶ。家から出ると照りつける暑い日差しに思わずアリスは目元に影を作るように手をかざし、ジャックは少しだけ帽子の位置を調整した。
家から一歩出ただけだというのに、アリスは明るさに目が眩んでしまった様子だった。無理もない、ペルレの街は白を基調とした建物が多く造られており、道も白い石で舗装されているため照り返しの光が厳しい。ローブのフードをかぶって少しはましになったものの、直接の日差しと照り返しで暗い室内から出たばかりのアリスは久々に浴びる日差しに視界を奪われてしまっていた。
「手を引くから、ついてくるといい」
「……感謝します」
光に慣れるまではジャックに手を引いてもらわなければ進むことすら危うかった。見えないというのはそれだけで恐ろしく、アリスは手を引かれているとはいえさすがに踏み出す足に不安が見える様子。あまり時間を取られたくないジャックは彼女を抱えてしまおうかと考えるが、さすがに少女とはいえ女性に対してそれはどうかと思いなおす。ため息を吐きはするものの、彼女の目が慣れるまではなるべくアリスに合わせるようにエスコートしていく。
向かうのは街のほうだが少し中心からは外れている。中央の広場へとつながる通りから一本外れた道を歩いて行ったところに目的地とする情報屋は存在している。
アリスの手を引きながら、なるべく人通りの多い道を通り目的地へと向かう。幸いアリスは体躯が小さく体重も軽いため、もし見つかったとしても抱えて人ごみに紛れながらある程度は逃げられるだろうという算段である。もちろん見つからないことが一番望ましいのだが。
しばらくすると目が慣れてきたのか、アリスは辺りをきょろきょろと見回している。辺りには花屋やレストラン、歩きながら食べられるような軽食を売っている露店などが並んでいる。広場から一本外れているとはいえ店が全くないわけではない。興味を引かれるのか、さまざまな店の前を通るたびにアリスの歩みがわずかに遅れる。少し歩みが遅れる形になると少しジャックがため息をつき、それに気づいたアリスが少し残念そうに小走りに横に並び歩調を合わせる。
「……せめて目的地に寄った後にしてくれ」
何度目か、アリスの歩みが遅れた際に手を引きながらアリスのほうを向かずにぽつりと独り言のように呟く。その呟きにアリスは自分が物珍しさから店に気を取られていたことに気がつき、彼女は顔を赤らめて俯いた。どうやら、アリスは自分が浮かれてしまっている自覚がなかったようだった。指摘されたのが恥ずかしかったらしく、ジャックの呟き以降は周りを見回すのを止めてまっすぐ目的地へと向かった。
長らく間が空いてしまいましたが、ようやく3話の投稿です。
ファンタジー要素の欠乏してる作品ですが、どうぞよろしくお願いいたします。