シャーリのオムライス
いやはやお久しぶりです。え?お前のこと知らない?
まあそうですよね何週間ぶりだろいやほんと……
「はあはあ……」
しくじった、手馴れた仕事だと甘く見ていた。
数刻前の自分にこの憤りをぶつけたい。利き腕を負傷し鮮血が滴り落ちている。
闇夜。
王都の市民街の屋根を飛び走り回る影が一つ、そしてその後方に三つ程の影が遅れて前方の影を追う。
暗殺者であるシャーリ、任務遂行率はどの暗殺者より一つ頭が飛び抜けていることでこの王都では有名な人物だ。
彼女は物心ついた頃から生んだ親からは見捨てられ物として売られ暗殺の道具として育てられてきた。しかしそれは運が良かったのか彼女には暗殺の才能があり十代になる前にはほぼ一人前の暗殺者として成長していた。
感情を捨て確実に急所を一撃でとどめをさす。迅速に繊細に。彼女の暗殺とは芸術的だ、と言ったものさえいた。
しかし例え彼女であっても任務を失敗することはある。
「逃がすな必ず殺せ!」
迫り来る三つの殺意はしっかりと彼女の背中に目掛けて殺傷力の高い魔法や武器を飛ばしてくる。この暗闇の中でもしっかりと狙いをつけれるのは彼らもまた教育された暗殺者ということなのだろう。同種に狙われることは多々あるが今回は極めて例外かもしれない。ターゲットの要人が付けていた護衛がまさか暗殺者とは思ってもなかった。おかけで潜入した豪邸の罠にかかりこの有様だ。私がここを通ると予想していたかのようにトラップは発動し利き腕を負傷、情けないかぎりだ。
今まで感じなかった狩られるものの恐怖、狙いが定まらないようジグザグに走るが残り少ない魔力は脚にかけた身体強化の魔法がとけかけている。
殺されるのは時間の問題か。
走馬灯のように思い出が脳に流れていく、親に捨てられ暗殺者として教育されてきた日々、同期に殺されかけられたこと、卒業試験に自分の母親を殺したこと……
「おかあさん……おかあさん」
涙が止まらない、死ぬ直後だからだろうか。それとも今更になって自身の手で殺めた母親を思い出したためか。
あの母親を殺したことに悔いはない、自身を捨てた母親だ死んで当然だ。けれど……どこかで私は愛してほしかった子供として一人の子として、そして今更になって泣きすがっている、もう思い出せない曖昧模糊な母親の顔に。
「あ……」
足を踏み外した。魔力切れによる立ちくらみと共に倦怠感が身体にずっしりとのしかかる。そして市街地の屋根から落ち……
「う、うあああ!」
身体の態勢を瞬時に整え左手をかざし、前方に空気の弾を打ち出す。
「空気弾!!」
そのまま魔法の推進力を利用し窓ガラスに飛び込んだ。ガラスの破片が身体に刺さるも声を殺し痛みに耐える。
「おちたか!?」「いやこの辺りで隠蔽魔法を使ったかもしれん!魔力の残り香ある」「いいから早く探せ、なんとしても仕留めるのだ!」
どうやら敵は私を見失ったようだ、よかった。しかしもうこれまでか、すぐにここは発見され私は殺されるのだろう……ああ普通の女の子として……うまれ……たk……
そのまま意識がシャットアウトされた。頬を流れる涙も身体からとめどなく流れる血液も何も感じないそして体温がゆっくりと冷めていくことも感じず、私は眠った。
「…………!?ーん!」
「!!?」
なんだろう……物音がする。
リーシャはほんの薄く重い瞼を無理やり開けようとするもその力は弱々しくモヤがかかったようにしか見えない。しかし鼻から空気を取り込むことである程度の情報かわかった。フレグランスの香水の匂い、優しく抱き抱え挙げられる際に感じた柔らかく細い二の腕、そして声のトーン、女性……ああ……おかあさん。
「おかあさん……」
ーーー
「ここは……」
リーシャが覚醒するとそこには不思議な光景が目にはいった。
白を基調とした部屋、程よく色鮮やかな小物が置かれ裕福な家庭だと気づく、ここはあの世だろうか。ふと脳裏にそんな言葉がよぎったが右腕に激痛が走り思考を断ち切った。
どうやら生きているようだ。幸運……いや悪運がつよいというべきか。
「……?」
足音……階段を一段づつ上がる音がほんの少しだが聞こえる。開閉式のドアが開き一人の女が姿を現した。
「あ、起きたんだ。びっくりしたんだよ
〜いきなり窓ガラス壊れる音がして見に来たら女の子が傷だらけで倒れてるんだもん。あとあまり動いちゃダメだよ?まだ傷が治ってないから」
濡れたタオルにオケをテーブルに置くと絞っている。
「……」
傷……いつもだったら少しの怪我をすれば回復魔法ですぐに治るが包帯で巻かれているということはこの女、魔法は使えないようだ。しかし医療の知識は少しあるようだ。
「おま……お前は誰だ」
普段ならこんなことはしない。言葉などかわさずにすぐに人との会話を切ってしまう私の性だが助けてもらったお礼をいうためだ名前は知っておきたい。
けど……ものを尋ねる言葉など私は知らない。
「言い直したのになんでそうなっちゃったかな……私の名前はアカネよ。あなたは?」
呆れ顔の女はアカネと言うらしいどうでもいいが。
「……シャーリ、ただのシャーリ」
「傷だらけでただのシャーリって……なかなか面白いジョークを言うんだねシャーリちゃんは。お腹すいたよねちょっと待っててナツメさんに頼んで食事作ってもらうから」
慌ただしい女だ。汗を拭くためのタオルをそのままテーブルに置いて行ってしまった。
なんて女だ……取りに行こうにも下半身が動かない。普通はタオルで私の体を拭いてからではないのか。
そうやって愚痴を吐き、ベットで大人しく時間が経つのを待つ、異世界なのかと思うほど自身の目に入ってくるのは見たこともないものばかりだ。ガラスは貴族の家でしか見たことがない、やはりここも貴族の家か?そして天井にある魔法具だろうかさっきから心地よい風が頬にあたり気持ちいい。ジメジメとした肌触りだった昨日の夜が嘘のようだ。
足音。階段をゆっくりと上がる音が聞こえてくる、歩幅からして男か?いやもう一つ聞こえる二人か。
ドアが開きアカネと人なっつこい笑顔の男がそこにいた。
「やあ君がシャーリちゃんかな?こんにちは僕はナツメって言うんだ」
スッと片手を出してくるその男からはプンプンと匂いがした。
「……お前、食べ物の匂いがする」
「へぇー、シャーリちゃんは鼻がとてもいいんだね。そうだよ今さっきまで料理してたからね。こう見えても僕料理が得意なんだ」
「食事屋?」
「まあそんなところかな。ところでお腹すいてたらでいいんだけど料理食べてくれないかな?材料が余っちゃって困ってるんだ」
「……」
嘘が下手な男だ。いやこの二人。さっきアカネがお前に頼みに行くところをまじかで見ているというのに余っている料理があるから食べてくれないかとか嘘が下手というよりアホなのか。多分私が遠慮することを避けるためだろう。……優しい人達だな。
「何も聞かないのか」
「ん?」
「なんで私が傷だらけなのか普通の人間だったら怖くて逃げるはずだろ。お前らこいうの慣れていたりするのか」
そう質問するとナツメはしばらく考えたあとこう答えた。
「そうだな……最初はびっくりしたけど小さな女の子が血だらけになっているところ見たらほっとけないよ。たとえどんな事情があったとしても助けなきゃって思ったんだ。まあアカネさんが看護師の資格持ってなきゃ僕もうダメだったけどね」
「私って意外とハイスペック!」
「まあそれはそうと食べてくれるかな?」
ニッコリと笑うナツメ。優しくされたことなんてなかった私にはとても眩しすぎる宝石のように輝いて見えた。私はこの人のもとで恩を返したい、そんな気持ちを知ったのはもう少しあとのことだと今の自分が知るはずもなかった。
「……うん食べる」
「わかった。まあもう料理は作ってあるんだ、食べてくれなかったらどうしようとおもったけどどうぞ召し上がれ。ナツメ特製オムライスだよ」
机を移動させ別途近くに置かれたその黄色く輝く料理は私の中の探究心を強く刺激した。
アカネが椅子に座るとスプーンで掬いとる。
黄色い物体は多分卵だろう。そして中からあらわれたのは紅い米。血の色とはまた違う、薄くもどこか食欲そそられる、気を抜くと今でもヨダレが落ちそうだ。
「はい、シャーリちゃんお口開けて」
しかしこれはどいうことだ完全に子供扱いではないか。さすがの私でも一人で食べれる。
「自分で掬って食べるから大丈b……いっ!」
思わず右手をあげようとした時、激痛が走る。そ、そうだった怪我をしていたんだった。
「ふふ、ほらその腕じゃ無理でしゃ遠慮しなくていいから、ほらアーン」
「あ、あーん」
悔しいが今はアカネの力を借りよう。
スプーンから口へと運ばれる際にも奇妙にも焦燥感に掻き立てられる。体が疼いているのだこの料理を早く食べさせろと。そして咀嚼。
「んっ!?」
美味しい、素直に出た言葉だった。じっくりと赤い米と卵を味わい飲み込むとすぐさま次の一口を求める。
「つ、次早くちょうだい」
「はいはい、あ、そう言えばこのソースかけてませんでしたねごめんなさい」
アカネはコップのような容器を片手に持つと上から液体を注ぎ始めた。
ああ……そんな言葉がでそうになった。茶色くドロっとした液体をかけたら美しい色合い、味ががダメになってしまう。そう思ったからだ、しかしそれは間違いであった。
先ほどのような卵とバターを炒めたふわりと香る匂いは消えた、しかし別の香りが新たに湧き出た。甘く濃厚なずっしりとした佇まいのなかに見え隠れするサッパリとした上品な匂い。な、なんだこれは……
「あ、そうそうデミグラスソースって言うだけどね。夏目さんのは特別で野菜と果実をベースにした甘いソースなんですよ。何にかけても美味しいから困っちゃう……」
「こっそり使うのはやめてねアカネさん?お客様に提供する量に限りがあるんだから……」
うっとりした顔で頬を染めるアカネを冷たい目で見定めるナツメ、どうやらアカネは常習犯らしい。それほど美味しいのか、何にかけてもうまい……。ゴクリと喉を鳴らすとアカネがたっぷりとソースをつけたオムライスの部分をスプーンでとると口に運んできた。
パクリ。
「おいすぃ……」
ため息が出てしまう。濃厚なソースの味が米と卵との共演をさらに引き立てている。そして次の一口を早くせがむ身体。これが料理なのか人をダメにするほどこの料理は美味しい……
「ご馳走様でした」
「お粗末様」
……ああもうここにはいれないのか。早くここから立ち去らないと奴らが来る。そしてこのふたりも殺されてしまう。こんな料理屋が私のせいで潰されてしまってはダメだ早くここをたちらさないと
そんな考えを打ち砕くようにある提案を押しかけた。
「ねえもし良かったらでいいんだけどシャーリちゃんここで働いてみないかい?」
「え……」
「いいですねナツメさん!私も賛成です」
「え、え、え」
「僕はね君みたいに鼻のいい子が欲しかったんだ。君だったら絶対いい料理人になるよどえかな?行く場所がなかったらここで住み込みで働いてみる気は無い?もちろんお金は払うよ」
「でも……私……」
「正直なところ心配なんだ。シャーリちゃんが。ここに傷だらけで倒れていた時も武器も装備しててあっちの世界の人とは気づいたよ。小さな子供がなんでとは思ったけど、それよりも君がお母さん……って小声で苦しんでたことにアカネさんが絶対助けるって言ってね……ここじゃ多分、君を襲った人たちは気づかないと思うよ。なぜならここは午後七時にならないと向こうとの扉は開かないんだ。一分でもすぎると閉じてしまう。異界の門それがここさ」
ナツメはシャーリの頭を撫でそう言った。
異界の門?聞きなれない単語に首を傾げる。しかし私の言葉聞かれていたのか……いまからでも布団にくるまって悶絶したいところだ。
……七時にならないと通れない場所。魔法かなにかまたは神のいたずらだろうか。そんな甘い言葉を言われるとのらないわけにはいかないじゃないか。
「あら、改めて自己紹介させていただきます。シャーリ、職業は暗殺ですどうかよろしくお願いします」
ぺこりと頭を下げ恩人に恩を返す。それが今の私のやるべき事だ。仕事は……あとだ。
「うん、よろしくシャーリちゃん。……まさか暗殺者とはねまるでファンタジーの世界……いやあっているのか」
「ん?」
「いやこっちの話。とにかく宜しくね」
シャーリ(暗殺者)がナツメの従業員に加わった。
ここまで読んでくださってありがとうございます。不定期更新ですがこれからもろしくお願いします