魔王様の鶏のムニエル〜マンゴー風味〜
今回は普通にありそうでない……いや多分あるだろこんな話……
「不味い……」
細身の男はそう口にする。
青白い肌にツリ目で背中には蝙蝠のような羽を折りたたんでいる。
スラリとのびた手足にチラリとのぞかせる鋭く尖った犬歯は彼の特徴を表している。
目の前の部下から出された冷めたスープ料理は雑味のオンパレードある。
しかしこれもまた一生懸命自身のために作ってくれたものだと思うと捨てようにも捨てれない。食べ物を捨てるなんて屑のすることだ。平民たちから徴収した税金によって食べているのだ。金をドブに捨てるのと同じ行為を誰がするだろうか。
魔界。
大海サルシアに浮かぶ中央の大地を中心に東西南北にわかれた一際大きな中央の大陸が魔族や魔物達が住むのが魔界である。
現魔王であるエリオスカーレットはため息をついた。
不味い……不味すぎるのだ。
料理が、作物が、家畜が全てが不味い。
美食家でもある彼は他の魔族よりも優れた下を持っていた。
故にわかってしまうのだ、煮込んだことによって出る野菜の雑味、鶏肉の焼き加減であったりともう少し舌がバカだったら良かったと思ったことは何度もある。そしたら美味しく食べれるはずなんだと。
「すまないバティン昼食のスープをさげてくれないか?」
「お気に召しませんでしたか?」
側近である彼女の名はバティン、大人びた風貌に黒髪の悪魔である彼女は確認をとった。
「そうではない、もうお腹いっぱいなんだ。自室で本でも読むことにする」
重い腰を上げ、バティンにそう告げる。
「かしこまりした……では後で私がスープを頂いていいんですね!」
相変わらずの大食いである彼女は目をらんらんと光らせて涎を垂らしている。
まったく相変わらずはしたない奴だ。
「ああ、好きしにしろ」
ほほ笑みを浮かべながらエリオは荘厳なドアを片手で開け薄暗く長い廊下を音もなく歩いっていた。
魔界にも四季はある、人間界と同じようにあるのだが大陸から溢れる魔力によって空はくすんだ紅色に染まっている。
窓から眺める空はいつも紅い。
オーギュスト王国、和平交渉のため一度訪れた時があったが空が真っ青だったことに驚いたものだ。あんなにも綺麗な空をしているのだな人間界は、もう一度行ってみたいものだ。
「という理由なんだ」
午後七時十分。
店主であるナツメは黒のコットンパンツに白のワイシャツに黒のエプロンといういつも通りの服装のまま、エリオの話を耳を立てながらフライパンで鶏肉を焼いていた。
「そんな簡単に城を抜け出してよかったのですか?」
「バティンがいるから問題ではない。食いしん坊の悪魔だが技量は持ち合わせている」
「部下に恵まれているのですね」
ナツメは優しく微笑み、料理を続ける。
エリオが来店したのは夕暮れ時、ブラブラと街を歩いていると魔力につられてここのドアを開けたらしい。
なんでも残り香がどうとか言っているがナツメは身に覚えがない。
「それにしてもこんな空き家にレストランがあるとは驚きだ。魔力の残り香があまりにも不自然だったんでな、いざドアを開けると異世界みたいな場所に繋がってるとは思っていなかったよ」
陽気に笑うエリオ。
ナツメは「そう言えば」といって一旦火を消して考え込む。
「それは毎回どなたからも言われますね。僕はいつもどおり仕事をしているだけなんですが……」
「気にすることは無い、君からは一切魔力を感じない。要するに君は無関係ということだ」
肘をテーブルの上におき指を組むエリオは満足気な顔をしている。
「そうですか、それならいいです。もう少しで出来上がるので少々お待ちください」
「よい。私はこのトマトジュースというものに深く感動している。もう少しこの余韻に浸らせてくれ」
「ふふっ、かしこまりした」
カップに注がれた紅い飲料を味わうようにゆっくりと飲み干していく。
トマトのフレッシュな味わいにこのドロっとした舌触りが特に自分好みに仕上げられている。
久しぶりに良いものを飲んだと心身ともに酔いしれていた。
「もう一杯頂こうかな」
「どうぞご自由に」
腰を上げドリンカーの前にゆっくりと歩いて近づき再度ボタンを押す。
電気仕掛けの機会が音を立てながら紅の液体を注いでいく。
その様子をエリオは顎に手をやり興味津々に観察する。
やはりこれは魔法具ではないのか。となると何を基礎として動いているのだ。魔法石か?いやもっと単純なものなのかもしれん。
「お待たせしました、鶏胸肉のムニエル〜マンゴー風味〜でございます」
テーブルにコトっとナツメが置くとエリオは感嘆とした声をあげる。
「おおっ」
ふんわりと鼻腔を通り抜ける果実のような甘い香りにパセリの絶妙なアクセントが心を踊らせる。
「この黄色い物体がマンゴーというものか?」
「はいサイコロ状に切ってあるのがマンゴーです、とても甘くて鶏肉に味を加えずともそれだけで味がつくほどです」
「ほほう……気になるのだがなぜこの果実…マンゴーをデザートとして別皿に用意したほうがよかったのではないか?なぜフルーツをいれる?」
「そうですね、料理全体の味を優しく仕上げて食べやすいというのもありますけど、フルーツには主にタンパク質分解酵素と呼ばれるものがあって肉を柔らかく仕上げてくれるんです」
「私には知らないことばかりあるものなんだな……では頂くとしよう」
ナイフとフォークをもち丁寧に切りわける。
光で反射しふっくらとした鶏肉がキラキラと光っているように見える。
ゆっくりと口元に持っていき咀嚼。
マンゴーと呼ばれる甘味が鶏肉の肉汁にみっちりと染み込んでおり噛む度に中からジューシーな果実と鶏肉の旨味と甘さが伝わってくる。
焼きすぎた鶏肉は焦げも混ざり舌触りにザラりとした食感が残るがこのムニエルにはない、焼き加減が絶妙で噛まずともゆっくりと味わって飲み込める。
喉を通り、胃に収まる。
「ああ……美味しいなこの料理は」
「ありがとうございます」
軽く会釈しナツメは切りものを始める。
エリオの食器音とナツメの切りものをする音だけが店内に響く。
エリオはすこし笑みを浮かべながら食事を続ける。
「ところでなぜこんなふっくらとしたテリーヌが焼けるのだ。城の料理人達は毎回少し焼きすぎていてな」
カタンとフォークとナイフを置き、カウンターで切りものを終えたナツメに聞く。
「騎士団長から聞きましたが今、バターの値段が高くなっていると聞きました。多分それが理由でしょう」
「どいうことだ?」
ナツメは手をタオルで拭きながら話を続ける。
「バターをあまり使うと経費に負担がかかって赤字をうむからではないでしょうか?あまりある時であるあなたにあまり迷惑をかけたくないと思っているのかも知れません。僕は別にどうということはありませんがムニエルを焼く際は多めのバターでじっくりと弱火で焼いています」
「弱火では身が焼けないのではないのか?いやでもしかしこのムニエルはしっかりと火が通っている……」
険しい顔になるエリオ。
弱火では焼けないはずだ……いや焼けることを私が知らなかっただけか。
そう思考するエリオをよそにナツメは説明を続ける。
「そうなんです、弱火でも大丈夫なんです。中火や強火だとどうしても表面だけが焼けてしまって中まで火が通らないんです。けれどじっくりと焼くことでふっくらとした味わいになるんです。あと強いて言えば打粉を付けすぎないことでしょうか。付けすぎるとムラが出たりしますので最低限の粉を僕は筆を使って付けています」
ナツメは愛用の筆を取り出しにこやかに笑って険しい顔のエリオを和ませる。
「…なるほど。城に帰ったら料理人にも伝えておくとしよう……ところで話は変わるのだが私の元で働いてはくれないか?」
冷たく美声を帯びた声音が空間に響き、神妙な面持ちで答えるエリオ。
もちろんタダとは言わないと一言添える。
一瞬面くらったような顔をしたナツメだったが一呼吸おいて笑顔でこう言った。
「申し訳ございません、私はのんびりとここでお客様に美味しい料理を作るのが気に入っていますのでお誘いにはのれません」
やんわりと魔王の誘いを断るナツメ。たとえ神の頼みであろうと意思を変える気はないだろう。
「ふふっ、分かっておる。料理を食べればその料理人の本意もわかるというものだ。また食べに来るぞ」
「はい、いつでもお待ちしております」
二人の笑い声が冷たく静かな夜にうもれていった。
魔界、魔王城にて。
「エリオさまあああ!エリオさまあああ!」
バティンが職務に振り回されていたのはまた別の話。
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作者のやる気が多分上がります( ꒪⌓꒪)